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「ではまた来週、来ます。本日はお時間を割いていただき、ありがとうございました」
初めての会社に営業に来た。手ごたえが十分で来週のアポも作った。俺は意気揚々と会社を出る。
時間は午後六時、報告書は明日でいいよな。
電話をポケットから取り出し、彼女の番号を見つめる。
朝から考えていた。
四時からアポをいれた会社は眞有の会社の近くだ。
何時に終わるか、わからなかった。
だから事前に眞有と約束するのもと思って、電話をしなかった。
でも……。
今日は空いてるか?
来週の初めに飲んだばっかりだ。
駄目か。
ええーい、俺らしくない。
俺は覚悟を決めると電話をかけた。
「武?近くにいるの?いいわ。私も今終わったところだから」
眞有はすぐに電話に出た。
彼女の言葉に心が躍るのがわかった。
それはまるで初恋にも似た感情で、自虐的な笑みを浮かべる。
まったく、どうかしてる。
そんな風に思いながらも、待ち合わせの場所に意気揚々と向かった。
いつものように、眞有は甘ったるいカクテルを頼み、俺はウィスキーにした。グラスを煽りながら、一週間ぶりに彼女を見つめる。
「永香に会ったんだ」
眞有から今日のことを聞き、驚きを隠せなかった。
永香はとてつもなく可愛いが、性格がちょっと不思議な女性だ。一緒に飲んでいた時、頭に何度かクエスチョンマークが浮かんだことを覚えている。
そんな彼女に会って、眞有が何か余計なことを言われたんではないかと、なぜか心配になる。
「で、なんか言われた?」
平静を装い、そう尋ねる。
「言われたわよ。あんたに純粋な女友達がいるのがめずらしいんだってさ」
「そうか。言われたなあ」
やっぱり。
まあ、俺が結構遊んでるのは眞有も知ってるからいいけどな。
でもなんだか、いい気分ではない。
苦い顔をして見つめる彼女に、言い訳がましい笑顔を向ける。
「そういえば、加川姉とどういう知り合いなの? 取引先か何か? ああ、そんなわけないわよね。さすがにあんたでも取引相手とは寝ないでしょ?」
「……よくわかってるな」
さすが眞有。
でも誉められてるのか、けなされてるのかわからないけど。
「仕事と私情は別にしてるでしょ。有能会社員」
彼女は苦笑したまま、ばしっと俺の肩を叩いた。
これは一応誉められてるのか。
仕事ができるってことで。
眞有は仕事が好きだから、きっと仕事ができるほうがいいんだろうな。
顔は彼女の好みだと思う。
大学の時は明らかに好かれていたと思うし。
あの時はまったく興味がなかったからなあ。
デカイから目立ってたし。
ふと視線を向けると彼女がじっと見ているのがわかった。
俺は生真面目な眞有をふいにからかいたくなり、にやっと笑う。
「今日はやりたくなった?」
「じょ、冗談!」
驚いた彼女は飲んでいた液体を気管にいれてしまったらしく、涙を浮かべてむせはじめた。
本当、からかいがいあるよな。
可愛い。
俺はくすくすと笑いながら、眞有の背中をさする。
「一回、くらいいいだろう。減るもんじゃないし」
背中をさすりながら、俺は落ち着いてきた彼女の羞恥に染まる顔を見たくて、顔を近づける。
「だーれが、あんたなんかと。私は一生あんたとは純粋な友達のつもりよ」
すると彼女は俺の視線を避け、顔をそむけた。
「純粋か」
やはり、眞有にその気はないか。
このまま、無理に抱きしめて、キスしたらどうなるんだろう。
嫌がる? それとも……
俺は彼女の背中に手を触れたまま、そんな想いに駆られる。
「ああ、もう。武。やっぱり、あんたと飲むのはこれで最後にするわ」
しかし、彼女はするりと俺から逃げるように椅子から立ち上がった。
そして鞄を掴む。
嫌だ。
まだ一緒にいたい。
子供じみた思考が頭をよぎる。
そして彼女の腕を掴む。
「眞有。俺が悪かった。もう変なこと言わないから」
「本当?」
必死に口にだした言葉に、彼女が疑わしい視線を向ける。
「本当だ。約束する」
守れない約束を口にする。
「じゃ、いいわ」
しかし彼女はそれで安堵したようでそう答えた。
「よかった」
眞有とはずっとこうして一緒に飲んでいたかった。
もしかしたら、そのうちチャンスが回ってくるかもしれない。
悪魔な俺がそう脳裏で呟く。
「じゃ、乾杯しようぜ」
眞有を引き留めたくて、そう言う。
「何に?」
彼女が椅子に座りながら訝しげに俺を見た。
「俺達の友情に」
俺はグラスを掲げながら、そう返す。
友情、俺は実際そんなこと、考えてもいない。
これは愛情、恋だと思う。
ここ数日、俺を悩ましていた感情、それが恋だということが、今わかる。
でも、今はそんなことを言うべきじゃない。
今、眞有が欲しいのは友人としての俺だ。
「そうね」
彼女は俺の想いに気付くことなく、微笑んで頷くと、テーブルの上のグラスを掴んだ。
「乾杯」
彼女の微笑をまぶしく見つめながら、グラスを重ねた。