10-12
「父さん!」
俺は周りの人が振り向くのも構わず、大声と呼んだ。
振り返った老年の男は十年前より少し老けた父さんだった。
「仕事中悪かったな」
会社の応接間で話すのもなんだと思い、上司に許可を取ると父さんと早めのランチに出かけることにした。近くのファミリーレストランに入り、父さんはタバコの箱をポケットから出しながら、そう言った。
「……店は学が見てるのか?」
我ながらアホな質問だと思う。
しかし、父さんはタバコに火をつけるとああと頷いた。
「……今回のことは感謝してる」
もわっと煙草の煙が天井にゆっくりと上がる。
俺はふいに昔のことを思い出す。
父さんは煙草が好きだった。こうやって煙草を吸いながら店番をする父さんの映像が蘇ってきた。
あまりにもうまそうだったから、小学生のころ隠れて吸ったら、すごい剣幕で怒られたよな。頭ごなしで、めちゃくちゃに怒鳴られた。
あれ以来、煙草は吸っていない。
まあ、吸いたいとも思わないけど。
「今までのこと悪かった。俺はお前にミエ子を重ねていた。お前が口を開くたびにミエ子に言われてるような気分になった。だからお前にどう接していいかわからず、辛く当たった。俺はミエ子、お前の母親を許せないんだ。俺を捨てたあの女を」
捨てた。
そう、母さんは俺達を捨てた。
あんなに仲良かったのに、いい家族だったのに、母さんはそれを捨てた。
「お前はミエ子じゃないのに。お前も辛かったはずなのに、悪かった」
父さんは吸いかけの煙草を灰皿に押し付けると、俺に頭を下げる。
「と、父さん!」
俺は慌ててその肩を掴み、頭を上げるように促す。
謝られることじゃなかった。
俺も、悔しくてこの十年、まったく実家に連絡を取らなかった。
学に全部押し付けて、家を出たっきりだった。
「武」
「父さん。謝らないといけないのは俺もだ。この十年まったく、音沙汰なしで悪かった。この件も、本当は俺、」
「……知ってる。だが、お前がもし店のために宮元さんのお嬢さんと結婚していたら。俺は自分自身が許せなかった。店のために息子が犠牲になるなんて、俺は自身が情けない」
「と、父さん」
「武。本当にありがとう」
父さんは俺を真正面から見ると笑顔を浮かべる。
それは何十年かぶりに見た笑顔で俺は泣きそうになった。
「送っていかなくていいのか?」
「当たり前だ。俺はまだまだ爺扱いされる年じゃない」
もう六十歳超えてるのに……
そう思いながらも笑顔を浮かべる。
すると父さんははっと驚いた表情を浮かべる。
「……やはりミエ子に似てるな。お前は」
「………」
「俺はあの女、お前の母を許せない。だが、きっとそれは愛のゆがんだ形だと思う」
愛?
父さんらしくない言葉に俺の顔が歪んだんだろう。父さんは苦笑すると、背を向ける。
「父さん! 気をつけて!」
「わかってる。また週末な」
父さんは振り向きもせず、手だけ振って、プラットフォームに向かって歩いていく。
俺は、改札口から父さんの姿が消えるまで見送った。




