10-8
「玲美?」
自宅に帰り、ソファで横になっていると携帯電話が鳴る。戸惑いながら出るとかすれた声が聞こえた。
「武。今幸せ?」
「……そんなこと」
彼女の声が異常に聞こえて、言葉を詰まらせる。
「あの女と寄りが戻って幸せよね? でも私はあなたに幸せになんてなってほしくない! だからホテル建設は絶対に実行するつもりなの! 覚えておいてよね」
玲美は掠れた声で涙交じりに叫ぶと、電話を切る。
「………」
報告書、だめだったか?
昨日宮元社長は報告書を受け取ったはずだ。
でもやはりだめだったのか?
つーつーと通話が切られた音が俺の中に生まれた不安を煽る。
玲美が主張すれば、計画はそのまま実行される。
きっと……
携帯電話をテーブルの上に置くと、両手で目を覆って天井を見上げた。
『武?元気?』
友達に戻った後でも俺と眞有は一日何度かメールのやり取りをしていた。彼女は俺が心配らしく、だいたい元気?とか、大丈夫?とか、ご飯食べてる?という内容のメールだった。
メールを見るたびに、俺は心が温かくなり、会って彼女の声を聞きたくなった。でも、今の状態で会うと、自分に歯止めが利かなくなりそうで、メールだけで我慢する。
二日後、長々と話すお客さんとの話を切上げて、お昼に向かおうとすると、すでに社内はがらがらで、みんながお昼に出た後だった。
ま、たまには一人で食うのもいいか。
でも混んでそうだけど。
俺は、昼食時間で人が少なくなったビルを抜けて階下に降りる。
するとそこで俺を待ってた人物は信じらないことに玲美と藤川だった。
「話があるんだけど、いい?」
玲美はその猫のような瞳を閃かせて、俺にそう聞く。
「単刀直入に言うわ。あなたの勝ちよ。ホテル建設は取りやめになったから」
高級そうなレストランに入り、席についてから玲美はすぐにそう言った。
「嬉しい?」
驚く俺に彼女はふふんと笑う。
「それは嬉しいけど……」
嬉しいに決まってる。
でもなんでわざわざ伝えに来たんだ?
「私はあなたが好きだった。本当に。だから、どんな手を使ってでも結婚したかった。でも、だめだったけど」
ずっと泣いていたのか、まぶたがいつもより膨れてる感じだった。
「私はあなたを今日限り忘れるつもり。だから、会いにきたの」
そう話す彼女は俺をしっかりと見つめていた。
でも彼女の瞳の中の俺は、戸惑いでいっぱいで、情けない顔をしていた。
「用件はそれだけ。藤川、帰りましょ」
「はい」
席を立った彼女に返事をして、藤川が腰を上げる。奴は俺に視線を向けることはなかった。
「武。さようなら」
背中をぴんと伸ばし、彼女は座っている俺を見下ろす。
その様子に俺は安堵する。
これなら大丈夫。
情けない俺のことなんて、すぐに忘れるだろう。
「ああ、さようなら。玲美」
俺は彼女の猫のような瞳を見つめ返し、そう口にする。
一瞬玲美の瞳が揺れたような気がしたが、彼女は踵を返すと出口に向かって歩き出した。その後は黒のスーツの男、藤川が追う。
藤川の想いが玲美を立ち直らしたかもしれないな。
俺は店を出て行く二人を見ながらそう思わずにいられなかった。




