10-7
「藤川……」
翌日、同僚と昼食を取ろうと階下のロビーに出てくると、そこにいたのは真っ黒なジャケットを羽織った顔色の悪い男だった。
「池垣、悪いが顔を貸せ」
それはNOと言わせない口調で、顔を引きつらせる同僚に断りを入れると奴の後についてビルを出た。
「藤川、何か飲む?」
「必要ない」
奴は眉間に皺を寄せたまま、そう答える。
まったく。
「じゃ、俺はアイスコーヒー頼むから」
店員が来て、アイスコーヒーを頼む。奴は唇を噛み、言葉を選んでるようだった。俺から話したほうがよさそうだな。
「玲美のことだろう?何の用だ?」
「……なぜ、なぜ玲美さんを振った?」
なぜって、こいつ頭おかしいのか?
俺が好きなのは眞有で、玲美ではない。脅されなきゃ、付き合うこともなかった。
「玲美さんは本当にお前のことを好きなんだぞ?」
俺を見つめる藤川の目が充血しているのがわかる。よく見るとクマができてるように見えた。
「……知ってる。でも俺は眞有しかだめなんだ」
「卑怯な男だ。最初から玲美さんに手を出していなきゃ、彼女も……」
「っ手!俺は何もしてないぞ。ただ何度か食事に行ったり、映画を見たりしただけだ」
「好きな女性がいるなら、他の女性とデートなんかするな。お前はいつもそうだ。だから、俺はお前が嫌いだ!」
「いつもって、何の話だ?」
「高校の時、圭子にも同じことしただろう?」
「圭子?」
誰だ?
高校時代の記憶を探って見るが、まったく記憶になかった。
確かに、高校のとき二股、三股したことがあったな。
でも向こうもそれを知ってて付き合っていたはずだ。
「わからないか。町並圭子だ」
「町並!ああ、図書館の!」
圭子なんて名前なんて知らなかった。
そういや、何度かお昼を一緒に食べたことあったっけ?
煩い教室が嫌で図書館に逃げたら彼女が一人でご飯食べてて……
「思い出したか?」
嫌、思い出したけど。
俺は別にやましいことは。
「俺は圭子に告白した。でもお前のことが好きだと断れた。報われないと言ったのに、彼女はそれでもいいと言っていた」
そう言えば、一緒にご飯食べたとき、熱い目で何度か見られたことがあったような。
でも俺は彼女に告白なんてされたことなかったし。
彼女の気持ちなんてしらなかった。
なんだか居心地がよくて、一緒に飯を食っていた。
「どうせ、お前のことだ。圭子の気持ちなんてわからないだろう」
わかるわけがない。
言われないと、わかるわけがない。
「お前は人の気持ちなんてどうでもいいからな。自分のことしか考えてない。玲美さんが今どれだけ傷ついてるか、わかるか!」
藤川はぎろっと俺を睨みつける。
「好きじゃなければ、初めから期待なんか持たせるな」
そして奴は視線をそらすとかすれた声でそう吐き出す。
言われても仕方ない。
俺は自分のこと、自分が楽しいと思うことをしてきた。
人の気持ちなんてどうでもよかった。
「そうだな。俺は玲美に期待を持たせてかもしれない。それは悪かった。玲美が今傷ついていることは想像できる」
「想像? ふん。玲美さんは毎晩目を晴らして泣いてる。俺はお前を殺したいくらいだ!」
「藤川……」
奴の瞳から涙がこぼれるかと思った。
それくらい奴の瞳が潤んでいた。
「くそっつ。お前に会わなきゃよかった」
藤川は舌打ちをすると、立ち上がる。
「玲美さんにはもう近づくな。時間が経てばきっと彼女は立ち直る。お前が余計なことしたら、傷が広がる」
「わかってる」
言われなくても玲美には連絡しないつもりだった。
それくらいのことは俺でもわかる。
藤川は別れの挨拶をするわけでもなく、くるりと背を向けると店を出て行った。
「あ、アイスコーヒーです」
アイスコーヒーくらい、もっと早くできるはずなのに、奴が去ったのと同時に店員が運んでくる。
「ありがとう」
俺が苦笑しながら、グラスを掴むとストローを口に含んだ。快い香りが鼻を刺激したが、黒い液体予想以上に苦く、思わず眉をひそめた。




