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予定より少し遅れていくと、不機嫌そうな眞有がカウンターに座っていた。飲んでいるのはいつもの甘いカクテルだ。
本当、飲み物は可愛いよな。
そう思いながら、いつものようにウォッカのロックを注文する。
眞有はじっと俺を睨みつけると今日あったことを話して聞かせた。
「受けるわ。それ!」
眞有の話に爆笑した。
どうやら、昨日キスしたのを後輩に見られたせいで、軽い女と思われセフレになってくれと頼まれたらしい。
「受けるじゃないわよ!あんたのせいでしょ!」
彼女は涙を浮かべて笑う俺に鋭い視線を向ける。
「俺のせい?」
「そう。あんたのせい。キスなんかするから!」
そう抗議する彼女の顔は紅潮し、可愛く見えた。
「でもうまかっただろう?」
俺は彼女をもっと怒らせたくなり、そんなことを言ってみる。
「うまかったわよ。さすがに池垣武様よね」
しかし彼女は俺の言葉に乗らず、ふふんと笑う。
「様か、様」
しかもなぜか様付け。
どういう意味だ?
俺は訝しげに彼女を見る。
「だって、加川くん、あの池垣さんって言ってたわよ。あんた、そんなに有名なの?」
「加川?あの子、加川っていうのか?」
心当たりのある苗字だった。
「え?言わなかったっけ?」
眞有は俺の反応に意外そうな顔をする。
「加川永香っていう女性を知ってる。そういえば顔が似てる気がする。姉弟か…」
加川永香。
人形みたいに華奢で可愛くて俺の好みにぴったりな女だった。
しかし、いざベッドに誘うと、全然普通の子でがっかりした。
あの後輩確かに、永香の弟と言われれば納得するような可愛らしさだったよな。
なんで気がつかなかったんだろう。
「げー、なんでつながってるの」
彼女は苦虫を噛み潰した顔をして、うなる。
「ま、世界は狭いっていうからな」
本当狭すぎだ。
「はああ。明日からどうしよう」
彼女は頭を抱えるとうつむいてしまった。
どうやら、本当に困ってるらしい。
「どうしようって。困ってるのはあっちだと思うぞ。なんせ、僕、童貞です。やり方教えてくださいっていっちゃたらさあ」
そうそう。童貞なんて女に知られたら痛いよな。
俺だったか会社辞めちまう。
「ど、童貞っては言ってなかったわよ」
彼女はアラサーのくせに少し赤くなってそう言う。
まったく眞有は不思議な女だよな。
童貞って単語くらい、照れる必要もないのに。
「でも初めてだから童貞だろ?」
俺がそう言うと彼女が口を尖らせた。
「まあ、そうだけど」
可愛い。
まじ、俺おかしいな。
眞有が可愛く思えるなんて。
「眞有。やっちまえばよかったのに。あれだけの可愛い顔だ。楽しめると思うけど」
自分の思いを消したくてそう言葉を続ける。
「ふん。悪いけど、私はあんたと違って節操なしじゃないの。やっぱり愛がないと」
彼女は鼻息を荒くそう言うと、カクテルの入ったグラスに手をかける。
「ふーん。愛ね~」
愛なんて馬鹿らしい。
心がつながってなくても、気持ちいいことすれば、感じるし。
気持ちなんてどうでもいいのに。
愛って言葉に吐き気を覚えて、俺はテーブルの上の小さなグラスを煽る。
「あんた、そんなのよく飲めるわね」
苦い酒が苦手な彼女はうえっと顔を歪めて、そう言う。
こういう顔が眞有らしい。
ほっとする。
「おいしいぞ。試す?眞有はお酒だけは可愛い奴飲むよな」
俺はグラスを傾け、彼女に勧める。
「お酒だけは余計」
眞有は眉間に皺を寄せるとグラスを両手で持った。
こういう表情が、彼女らしい。
可愛い表情をする眞有を見ると、どうしていいかわからなくなる。
なんだろう。俺。
こういう飾らない眞有だから、一緒にいて楽だし、ずっと関係を続けたくなる。
なのに、昨日から俺はおかしい。
彼女を可愛いと思い、抱きたくなる。
彼女は俺の友達だ。
友達にすぎないんだ。
自分にそう言い聞かせて、新しいグラスを手にする。
「眞有の失恋に乾杯」
にこっと彼女へ微笑み、グラスを掲げる。自分の想いが友情であることを再確認したかった。
眞有はそんな俺に苦笑しながら、自分のグラスを重ね、カクテルをその口に含む。
おいしいと笑った彼女の笑顔を可愛らしく見え、驚く。
濡れた唇に色気を感じる。
どうしたんだ。俺?
眞有は友達にすぎない。
それなのに。
「眞有。俺がお前のこと好きだって知ってた?」
俺は自分の想いを試したくてそう口にする。
「はあ?」
彼女が口を歪める。
当然だ。
俺もおかしいと思う。
でもなんだろう。
眞有とこのまま一緒にいたいと思ってしまう。
一緒にいて、彼女に触れ、キスしたい、抱きたいと切実に願う。
「だから今日はいいだろう?」
俺はウォッカの入ったグラスを煽り、誘いをかける。
「冗談」
しかし彼女は俺に冷ややかに答えた。
眞有らしい。
彼女は隙を見せない。
だからこそ、彼女を求めるのか。
その隠された部分を見たいと思って。
俺は自分のそんな想いを胸に潜め、眞有と酒を飲み続けた。