10-6
「撫山?」
夕方家に帰宅し、確認せず携帯を出ると奴で、思わずさん付けを忘れる。
なんで奴が俺に電話を?
「眞有に電話したんですが出なかったので、気が向かなかったんですが電話をしています。用件はこの間作っていた報告書です。今すぐ送っていただけますか?」
「報告書……ホテル建設の奴か?」
「そうです。今夜永香さんがお父様に頼んで、宮元社長に渡してくれるそうです」
「永香が?」
俺の疑問に撫山は淡々と永香がアドリの社長令嬢で、その力を使って建設に伴う負の報告書を宮本社長に渡すことになったと説明した。
どうやら俺のことは嫌いだが、眞有のために力を貸してくれるらしい。
嫌い、確かに嫌われることはしたよな。
本当に人の気持ちを考えるのが苦手だ。
だから人を傷つけてしまう。
玲美も、きっと初めから冷たくあしらえば、彼女がそんな手段にでることもなかったはずだ。
眞有を傷つけることもなかったかもしれない。
「そういうことですから、今すぐ私のメールアドレスに送ってください。アドレスわかりますか?」
そう言われ、以前もらった名刺を探し出す。
「ああ。会社のほうでいいか?」
「ええ。じゃ、あと五分以内に送ってくださいね」
奴はぶちっと電話を切った。
家のパソコンを立ち上げると奴の名刺に書かれたメールアドレスに報告書を送りつける。するとすぐに返事がきた。
『眞有のために力を貸します。でもあきらめるつもりはありませんから。眞有に心配しないように伝えてください。』
奴も、永香も眞有のため、俺の実家を、商店街を助けようとしている。
なんだか、胸が熱くなり、天井を見上げる。
全部、眞有のおかげだ。
俺一人じゃ、誰も助けてくれなかった。
大丈夫、実家は、商店街は助かる。
あの報告書を読んでもらえば、玲美の親父さんもあきらめるだろう。
眞有。
彼女にお礼を言いたい。
そう思い立ち、電話をかける。
しかし、携帯電話からは電源が切られているとメッセージが流れた。
もしかしたらと実家に掛ける。するとお母さんで出て、『もうあの子ったら。ちょっと待っててください』と言い、保留音が流れ始めた。
「武?」
数分して訝しげな様子で眞有が電話に出た。
「眞有!ありがとう。永香がホテル建設の件どうにかしてくれそうなんだ」
俺は嬉しいニュースを伝えたくて、早口でそうまくし立てる。
「加川さんが?!」
「そう。撫山が電話してきた」
「武!」
はちきれそうな笑顔を浮かべ、眞有が俺の名を呼ぶ。電話で話しているうちに直接話したいと俺達は見山の木村さんのバーで会うことにした。
昼過ぎに別れた時と違い、気持ちが明るく、俺達は微笑みを交わす。
「なんか……信じられない。永香がアドリの社長令嬢ってことも知らなかったし」
「でもよかったね。これでもしかしたらうまくいくかもしれない」
眞有はいつものように色のついた甘そうなカクテルを両手で掴み、俺を見つめる。
「ああ」
彼女に笑いかける。
胸の痛みが消え、心が穏やかだった。
今なら素直になれそうだ。
「撫山も、永香も、いい奴だな。これも眞有のおかげだ。ありがとう!」
横に座る眞有に軽く頭を下げる。
「え?私、何にもしてないけど」
彼女はそんな俺に戸惑い、かたんと手に持ったグラスをテーブルに置く。
「だって、お前が彼らに好かれてるおかげで、俺の実家を助けてもらう。多分、お前がいないと動いてくれなかっただろう」
そう。眞有がいたから、奴らは俺に力を貸してくれた。
すべて眞有のおかげだ。
だから眞有に選択肢を与えるべきだと思う。
「それで、俺、考えたんだ。お前のこと一旦諦める。家のことでお前に負い目があって、俺と付き合ってる気がして嫌なんだ。この件、けりがついたら、正式に付き合うか決めて」
「武!」
眞有は驚いて俺を見つめる。
「撫山はかなり頭にくるけど、いい奴だしな」
そう。奴はいい男だ。
だから、眞有を縛り付けるのはよくない。
もし、彼女が奴を選んだとしても、俺は……
嫌な可能性を想い、目を閉じる。そして木村さんに作ってもらったウォッカのロックを煽る。
渡したくない。でも、彼女に自由を与えるべきだ。でも……眞有のことは好きなんだ。昨日抱いた彼女の感触はまだ生生しく記憶に残っている。
元の関係に戻れるわけがない。
「じゃ、俺達はしばらく友達な。でも友達以上の友達だけど」
往生際の悪い俺がそう言うと、彼女は頬を真っ赤に染める。その唇を奪って抱きたくなる衝動に駆られるが目を閉じて堪える。
決めたんだ。
彼女に選択肢を与える。
「いらっしゃ……」
ふいに木村さんの声がそう聞こえ、途切れた。視線の先には店の入り口だ。俺達はなんだろうと振り向く。
「霧元さん!」
「部長!」
え?!
部長?!
「霧元さんはお前の部長なのか」
俺は予想外の彼の正体に愕然とつぶやく。
霧元さんは驚いている俺達に構うことなく、店内に入るとこちらにまっすぐ歩いてきた。
「……安田。会社を休んでるくせに、会社近くで飲んでるとは、いい度胸だな」
霧元さんは険しい視線を眞有に向けてる。
そうだ。会社休んでいたんだった。
眞有は大きな体を小さくして、霧元さんを見上げている。
「霧元さん。たまには眞有だって息抜きが必要だと思うんですけど」
ゲイであることは会社では隠してるはずだ。
だから眞有のこと、とやかく言われる筋合いはない。
俺の言葉に含む別の意味を読み取り、霧元さんははっと気がついた表情を浮かべた。
「……そうだな。たまには。だが、安田。明日は絶対に出社しろ。加川が困っていたぞ」
「はい、わかってます」
「それならいい」
霧元さんは眞有の答えに頷くと、俺達から離れた奥のカウンター席に座る。そして木村さんと談笑し始めた。
「武。部長とよく会うの?」
二人を見ながら、眞有がたずねる。
「うん、まああ。霧元さんはここの常連みたいだから」
「ふうん」
眞有は二人がそういう関係だと気づいていないらしい、木村さんたちから視線をそらすと、テーブルに置かれたカクテルに口をつける。
長居は無用だな。
知らない方がいいこともあるし。
「じゃ、そろそろ帰るか。今日は来てくれてありがとう。本当は家に連れて帰りたいけど、この件が片付くまでは我慢する」
このまま掻っ攫っていきたい。
選択肢なんか与えたくない。
俺の側にずっと置いておきたい。
でもそんな我侭は許されない。でも彼女をからかうのは自由だ。
「楽しみにしてるから」
耳元で囁くと彼女の頬は一気に真っ赤に染まる。
やっぱり連れて帰りたい。
眞有。
可愛い彼女にそう想いを抱くが、俺は眞有を家まで送ると、素直に家に戻った。




