10-2
「タクシー?」
「そうです。電車で行くと相当時間がかかりそうなので」
「どこに行くんだ?」
「あなたの実家ですよ」
「え?」
驚く俺に、奴は華麗な笑顔を浮かべるとタクシーに乗り込む。そしてどこで調べたのか、俺の実家の住所を運転手に伝えた。
「行かないんですか?」
「行く!」
奴にそう答えると、慌てて後部座席に乗り込んだ。
奴はむっとしている俺に構わず、運転手とにこやかなに談話をしていた。
俺はそれをBGM代わりに聞きながら車窓から見える風景に目を向ける。
十年ぶりの実家だ。
眞有はなんで、俺の実家に?
本当にいるのか?
窓から隣に座る奴に目を移す。
窓から入る光が奴の髪に輝きを与え、眩しいくらいの光を放つ。
そして彫の深い顔に青い瞳。
本当に人形みたいな美しさだな。
「池垣さん?」
俺が見ていたのがわかってか、奴は突然俺に視線を向けた
「何か?」
「何でも」
見惚れていたなんて、口がさけても言いたくない。
顔をそむける俺に、奴は笑いかける。
「眞有は絶対にいるはずです。あなたが彼女の浮気を疑っていたと知ったら、がっかりするでしょうね?」
「言うつもりか?」
「……言うわけないでしょう」
「本当か?」
「ええ」
奴は動揺する俺に頷くと再び運転手と話し始めた。
「ありがとうございました」
俺達は礼を言うとタクシーから降りる。痛い料金を請求されたが、俺は払おうとする奴を押し切り、払った。
商店街の中は車が入れないようになっており、俺達はその手前で降りた。
十年ぶりに訪れたが、町並みは変わりがなく、妙な安心感を覚えた。
しかし、でかでかと立てられた看板を見つけると、頭を金槌で殴られたような衝撃を受けた。
それは宮元カンパニーの看板で、建設予定のホテルの写真が載っていた。
「池垣さん、行きますよ」
足元が崩れ落ちるような感覚を覚えて立ちすくむ俺に奴が声を掛ける。その声ではっとして商店街に足を向けた。
店の並びにほぼ変化がなかったが、商店街の半分の店はシャッターが閉まっていた。取り壊しが決まり、店を閉めたのかとまた胸が苦しくなる。
家が商店街の中にあるので、どの店の人とも知り合いだった。閉まっている店のおじさんやおばさんの顔を思い出し、なぜが罪悪感を覚える。
「武?お前帰ってきたのか~!」
ふと八百屋で野菜を並べていたおじさんが俺の姿を見ると豪快に笑いながら、出てきた。
「八郎おじさん!」
「白状ものめ。何年ぶりなんだ?」
「十年、です」
「十年、酷いもんだな。ま、しょうがないといやあ、しょうがないが。道夫の野郎も素直じゃないからなあ。でもこんなとき、戻ってきたら奴も喜ぶだろう」
八郎おじさんは、ばしばしっと俺の背中を叩くとまた店に戻っていった。
その後も開いてる店のおじさん、おばさんは俺の姿を見るたびに声を掛けてくれた。懐かしさで胸がいっぱいになるのと同時に、罪悪感で押しつぶされそうになった。
自分の幸せのために、この人達を犠牲にした。
「池垣さん」
奴にそう言われ、店を見上げる。『池垣商店』の看板が掛けてある店は外観が少し変わっていた。店の前に置いてあるアイスクリームの冷蔵庫は俺がいたころにはなかったものだった。
「入りましょうか」
「ああ」
奴の言葉に頷くと店に足を踏み入れた。




