10-1
バスルームから出ると眞有はしっかりと身支度を整えていた。着替えがないからと、彼女は家に帰ることを選んだ。
「じゃ、また」
彼女は俺を見ると、そう声を掛ける。
「眞有。ちょっと待って。家まで送る」
このまま別れたくない。
車はないけど、タクシーで彼女を送る。
本当は泊まっていってほしい。それができないから少しでも一緒にいたい。
「……うん」
俺の言葉に彼女はゆっくりと頷いた。
「じゃ、会社に着いたらメールくれよな」
彼女を家まで送り、俺達は別れた。夜が明け始める街を抜け、タクシーは自宅に向かう。
家に帰って寝る時間はなさそうだな。
ま、寝ないほうが余計なこと考えないですむ。
ただ今は眞有のことを思って、幸せを噛み締めるだけでいい。
俺は空が藍色に変わっていく様子をみながら、眞有のことだけを考えるようにした。
返事がこない。
午前九時すぎ、パソコンを立ち上げ、社内メールを確認する。でも気になるのは携帯のほうで、俺は机の上に置いた携帯電話を何度も見つめる。
送ったのは八時くらい。電車の中からだ。
一時間も経つのに……
昨日の片付けで忙しいのか?
じゃ、今やつと一緒か?
俺はなんだかもやもやして、席を立つとトイレに行く振りをして、屋上に走る。そして電話をかけた。
しかし、眞有が電話を取る気配はまったくない。
携帯を家に忘れたとか?
会社にかける?嫌、もしかしたら外のいるかもしれないし。
電話にでないことになんだから苛立ちを募らせる。
あいつにかけるか。
そう決めると、友亜貴に電話した。
「え、一緒にいないんですか?」
眞有の行方を聞くとぎょっとした声でそう答えられた。
どうやら、今日は休みをとったらしい。
体調が悪いのか?
それとも……
「友亜貴、ありがとう。じゃ、またな」
電話口から友亜貴にいろいろ質問されたような気がしたが、上の空でそう答えると電話を切る。
そして眞有の家に電話をかけた。
「あら、池垣さん。眞有?朝早く出かけたみたいだけど。行き先?ごめんなさいね。わからないわ」
電話に出た彼女のお母さんは友亜貴同様、かなり驚いた様子でそう答えた。
どこに言ったんだ?
胸が焼けるような思いを覚えながら、奴の顔を思い浮かべる。
まさか奴と一緒じゃないような?
お母さんにお礼をいい、電話を切ると携帯を握り締める。
確認する?
もし一緒にいたらどうする?
でも仕事上、一緒にいる可能性もある。
でも会社は休んでる。
俺は迷った挙句、奴に電話をかけた。
「もしもし?池垣さんですか?何の御用でしょうか?」
相変わらず流暢な日本語が電話口から聞こえた。しかし、口調が冷たく、早く電話を切りたいという想いが伝わる。
「……変なこと聞くけど、眞有と一緒にいませんよね?」
「………そうだったらどうします?」
やっぱり、奴と一緒にいるのか?
だから電話に出ない。
俺を好きだって、いつも側にいるといったのはうそだったのか?
携帯を投げつけたくなる衝動を堪え、次の言葉を捜す。
しかし、俺よりも先に再び口を開いたのは奴だった。
「そんなわけないでしょう。池垣さん」
「?」
なんだって?
「眞有はあなたを選んだんです。私と一緒にいるわけないでしょう?」
言葉を発しない俺に奴は畳み掛けるようにそう言葉を続ける。
「馬鹿な池垣さんは、大方連絡をとれない眞有が私と一緒にいるとでも勘違いしたのでしょうか?」
「馬、馬鹿とはなんだ!」
「馬鹿は馬鹿でしょ? 眞有を信じなくてどうするんですか? まったく、嫌な人だ」
くそ、頭に来る野郎だ。
でも、反論できない。
奴が最初に一緒にいるとと答えてときに俺は、そのまま信じた。
眞有が俺を裏切ったと思った。
最低だな。
好きな女を信じられないなんて。
眞有は母さんと違うのに。
「池垣さん、あなたは眞有の行き先に心あたりがありますか?」
「………」
ない。
だから電話したんだ。
しかし、そう答えるのが癪で口をつぐむ。
すると電話口で大きな溜息が聞こえ、次に奴が口を開いた。
「……亀山駅に来てください」
「え?」
「私にこころあたりがあります」
奴に押し切られる形で俺は奴と亀山駅で会うことになった。




