7-3
朝、玲美のマンションから出て、自宅に戻り、着替えて会社に向かう。
結局ほとんど寝れず、顔色が悪いまま出勤した。
俺の荒れた様子にみんなが興味深げに聞いてくる。
「なんでもないから」
笑って俺はそう答えたが、信じてくれた奴はいないようだった。
ま、当たり前か。
午前十時、携帯電話が鳴る。
見覚えのある番号で、俺はすみませんと部屋を出て、電話を取った。
「池垣さん。私です。撫山港です」
それは驚くべきことに奴で、何のようだと顔をしかめる。それを見た女性社員が驚くのがわかったが、どうでもよかった。
「今日の夜お暇ですか?暇じゃなくても時間を作ってください。眞有のことで話があります」
眞有ときたか。
いつからそんな風に呼んでるんだ。
余裕のない俺は無言のままでいた。
「眞有は残念ながら、まだあなたのことを忘れられないらしい。悔しいですが、あなたのお手伝いをしましょう。問題が全て片付いてから眞有をものにしますから」
「なんだと?」
「玲美さんには取引先と食事とでも言っておいてください。それじゃ、場所は後でメールします」
奴は俺の怒りを気にせず、一方的にそう言うと電話を切る。
何か知ってるのか?
でも奴はまだ眞有には何もしてないようだ。
さすが、眞有がいい人だというだけある。
俺ならこういうときは、チャンスが来たと思いその心に付け入るのに。
むかつくけど、いい男だ。
「玲美。俺だ。悪い。今日は取引先と夜、食事なんだ。帰りは遅いから、今日は一緒にいられない」
玲美に動揺せずにそう嘘をつく。
彼女は疑いを持っているようだったが、とりあえず了解する。
「じゃ、お昼付き合ってよね」
しかし、彼女からは逃れられないらしい。
俺は「わかった」と返事をすると、電話を切った。
「武!」
会社から出ると待ってましたと、俺の腕に手を絡めてくる。
その様子は出会ったころと一緒だ。
あの時、自分の気持ちがわからなかった。
だから、彼女をむげにできなかった。
出会ったときに、すでにわかっていたら、彼女が俺を好きになることはなかったかもしれない。
ま、そう思っても後の祭りだけど。
「ここのフレンチおいしいの!」
彼女は終始嬉しそうに顔を緩め、俺に話しかけてくる。
しかし、適当に相槌を打つしかなかった。
玲美の気持ちはわかる。
でも無理だ。
心までは彼女に渡せない。
「じゃ、明日な」
食事を終え、店を出た俺は彼女にそう言うと背を向ける。
「武!」
そんな俺に彼女が後ろから抱きついてきた。
反射的に体が強張る。
それが玲美にとって、ショックだったらしく、俺を抱く手に力がこもったのがわかった。
「なんで、なんでだめなの? 武。お願い、前みたいに笑って。前みたいに私と話して。私がしたことは卑怯だとわかってる。でも好きな気持ちは本当なの!」
「………」
彼女が泣いてるのがわかった。
ぎゅっと握りしめた拳をゆっくりと開くと玲美に向き合う
そしてその涙をハンカチで拭った。彼女が驚いて俺を見上げる。その表情は期待で満ち溢れていた。
「ごめん」
俺が彼女に期待させたんだろう。
出会ったときに……一緒に飲んだときに。
だから、彼女はこういう手段に出た。
俺が悪いんだ。
でも彼女を受け入れることはできない。
体は受け入れるだろう。
でも心は眞有だけのものだ。
「仕事にもどる。また連絡するから」
ハンカチで彼女の涙をもう一度拭うと歩き出す。
彼女の視線を痛いほど感じた。
でも俺は振り返ることができなかった。




