6-4
大柄な女とキラキラと輝く金色の髪の男が前を歩いていた。
「眞有!」
女は彼女だとわかり、俺はぐいっと眞有の腕を引く。
「なに?」
彼女はひやりと冷たい視線を俺に向ける。
「なにって、なんで撫山と一緒にいるんだ?」
「なんでって、私は撫山さんが好きなの。だから離して」
眞有はそう言うと俺の腕を振り払う。
「撫山さん、行きましょう」
「眞有!」
去ろうとする彼女を追い、その腕を再度掴む。
「母さん!?」
しかし振り向いた顔は眞有ではなく、俺を捨てた母さんだった。
そして情景は一気に二十年前のあの日に変わる。
「武!」
母さんの腕を掴んだ幼い俺を、父さんが無理やり引き離す。
「父さん!離して!」
「武。母さんは、この家を出て行くんだ。追うんじゃない」
しかし父さんがぎゅっと俺を抱きしめたまま、静かに言い聞かせる。
「母さん!待って!」
玄関のドアを開けた母を追い、必死に父さんの腕から抜け出る。そして裸足のまま家の外へ。しかし、そこには俺を待つ者はいなかった。
玄関から外に続く道はぎらぎらと輝く太陽の下、白く輝き、まっすぐ前に伸びていた。
「母さん!戻ってきて!お願い!」
幼い俺はそう叫ぶと走り出した。
ぱちっと目を覚まし、周りはまだ真っ暗で安堵する。
夢だとわかっていた、でも苦しさは変わらない。
洗面所に行き、濡れた頬を水で洗う。リビングに戻り時計を見ると午前3時。起きるには早すぎる時間だ。
寝るしかないか。
ベッドに横になると目を閉じた。
なんて夢だ。
眞有が裏切るわけがないのに。
あんな女とは違う。
ジリリリと目覚まし時計がなり、目を覚ます。
二度寝のせいか、目覚めは最悪。
しかし仕事に行かないと、体を起こす。
よっし、今日がんばれば夜は眞有が泊まりにきてくれる。
セックスはなしとしても、一緒に寝ればアホな夢は見ないで済むかもしれない。
うーんと背伸びをすると身支度を始めた。
電車に乗って、メールを打つ。
もちろん、相手は眞有だ。
『おはよう。今夜は楽しみにしてる。早く会いたい』
そう送ると、数分後に返事が来る。
『私も』
眞有らしい、短い返事だが、それだけで嬉しくなる。
今日は撫山と打ち合わせってところが気にかかるけど、ま、仕事だし。
眞有のことだから大丈夫。
そう言い聞かせると電車を降りた。
午後五時、明日の仕事の段取りを同僚と話していると電話が鳴った。ディスプレイを見ると眞有で俺は悪いと同僚に謝って電話を取る。
「ごめん。今日は残業。8時にいけそうもない」
電話口の彼女は申し訳なさそうにそう言う。
残業か。
でもまあ、今日は泊まってくれるし。
「そうか。でも、今日はうちに泊まるつもりだろ?家で待ってるから、何時もいいから来いよ」
「……うん」
そうして眞有との電話を終わらせ、席に戻る。
すると同僚の柴田がニヤニヤと笑っているが見えた。
「今の彼女?」
「うん、ああ」
「今回は格別いい玉見つけたよな。池垣。可愛くて金持ちなんて、逆玉も狙えるじゃん」
「逆玉?可愛い」
眞有の家は金持ちじゃないし、彼女に可愛いという形容詞が当てはまるのか?
「ははは。隠さなくてもいいって。彼女って、あのコンビニにいた宮元カンパニーの娘さんだろう?」
「宮元カンパニー? 違う、違う。あいつは俺の彼女じゃないから」
「え、そうなんだ。俺はてっきりそうだと思ったけど。そうか、そうじゃないんだ。残念だったな」
「残念って。別にどうでもいいけど」
「あっさりしてるな」
「当たり前だろ?」
俺の言葉でその話は終わり、明日の仕事の話に戻る。
そして午後六時、同僚の背中を見送り、俺も帰り支度を始める。
今日はラッキーなことに部長が休みで、邪魔されることはない。
眞有、仕事どれくらいで終わるかな。
見山の木村さんの店で飲んで待つのもいいかな。
そんなことを思いながら、会社を出る。
すると、見たことのある顔を見つけた。
「藤川」
それは黒のスーツをびしっと着た男で、俺を見るとにこっと笑った。
「話があるんだ」
「なんだ? 玲美のことなら。俺は関係ないから」
「お前の実家のことなんだけど」
「実家?」
俺の驚いた顔を見て藤川はくすっと嫌な笑いをした。
「知らないのか? お前の実家周辺の商店街は取り壊す予定だ。宮元グループのホテルを建てるつもりなんだ」
「取り壊す? ホテル?」
そんな話知らない。
だから、学の奴が引越って言ってたのか。
なんで俺にちゃんと話さないんだ。
父さんも……
「しかしだ。池垣。玲美さんが、お前がある条件を飲めばこの件、白紙にしてもいいと言ってる」
「どんな条件だ?」
「お前が玲美さんと結婚するという条件だ」
「……そんなこと、できるわけないだろう! 俺には彼女がいる」
「そうか、そうだったな」
藤川は薄気味悪い笑みを浮かべたまま、頷く。
「お前はそうだよな。実家よりも自分の幸せが大事。人のことなんてどうでもいい奴だからな」
「うるさい」
「邪魔して悪かったな」
藤川は噛み付くように答えた俺を見た後、くるりと背を向ける。そして街の中へ消えていった。




