5-6
爽やかな風が吹き抜ける。
俺の足取りは軽い。
午前中の商談を終わらせ、俺は見山に向かった。
昼食に誘うつもりだった。
電話をかけようか迷ったが、驚かせてやろうと眞有の会社に向かう。
頭の中でいくつかシチュエーションを考えるが、俺達はそういう甘いのは似合わないなと何度も消し去る。
ビルに到着すると、受付嬢が艶やかに俺を迎えた。
俺に興味があるみたいだけど、今は遊んでる場合じゃないと適当に相槌を打つ。
「武?」
そうかすかな声が聞こえ、顔を上げた。
眞有だ。
相変わらず地味な色のスーツを着た、クールな感じだ。
でもそれがいいんだよなあ。
「よかった。出てきてくれて。じゃ、野田さんまたね」
受付嬢に手を振ると、眞有に近付く。
彼女は不機嫌そうな顔を俺に向けた。
まだ怒ってるみたいだな。
でもきっとそれは嫉妬なんだ。
そんな風に考えて彼女に笑いかける。
「ご飯一緒に食べよう」
俺の誘いに眞有が口をへの字に曲げる。
本当、色気がないよなあ。
でも可愛い。
「いいけど……」
彼女が戸惑いながらもそう答え、俺達は近くの喫茶店で昼食をとることにした。
「今日は先に注文しような。えっと、ここは何がうまいの?」
店に入り俺は店員を捕まえ、微笑む。
それを見て、眞有が呆れたような顔を見せる。
やばい、やばい。
誠実さをアピール、アピール。
店員に向けた笑顔をひっこめて、俺は言われたことを復唱する。
「ランチセットかあ」
まあ、通常そうだよな。
お勧めはランチセット。
「じゃ、ランチセットでいいや。眞有、お前はどうする?」
早く注文して、彼女に告白したい。
「あ、じゃ、私もランチセットで」
彼女は一瞬考えたが、そう答え、店員がかしこまりましたと紙に書き込む。
やっぱりこういう決断が早いところもいいよな。
さっぱりしてる。
でも、可愛いんだよな。
「武。今日は何の用?」
一人の世界に入りかけた俺に眞有が冷たく質問する。
まだ怒ってるのか。
これはいきなり告白するっていうのは効果がないな。
「聞きたいことがあって」
俺はそう始めることにした。
「何?」
彼女は頬杖をつき、俺を見上げる。
その表情が色っぽく見え、息を呑む。
そういや、こいつ処女じゃないって言ってたけど、誰と寝たんだ。
まさか撫山?
そんなわけがないと思いながら、俺はまず、これを確認することに決める。
「お前、撫山さんと寝たの?」
「!?」
彼女はぎょっとして、頬杖をついていた手を離す。頭がかくんと落ち、俺は少し笑いそうになった。 しかし、彼女は俺に向かって声を荒げる。
「そ、そんなわけないでしょ。仕事とプライベートは一緒しないの。私は」
まったく、いい歳なのになあ。
眞有は。
俺は可愛いなと思いながら、立て続けに質問する。
「そう、それはよかった。じゃ、付き合ってるの?」
「付き合ってるって……まだだけど」
彼女は歯切り悪く、そう答え、うつむく。
うーん。
微妙だ。告白はされてる感じだ。
これは急いだほうがいい。
絶対に。
「まだってことは、まだ付き合ってないよな。だったら俺と付き合えよな」
よし、言ったぞ。
「武……。昨日から言ってるけど、目的はなに?」
しかし、彼女は疑わしく俺を見つめ返す。
「目的って。好きだからに決まってるだろう」
そう、目的もなにも。
好きだから。
好きだから、誰にも奪われたくない。
「本気なの?」
彼女はじっと俺の瞳を見る。
「本気だよ。神に誓って本気」
彼女の瞳に俺の顔が映る。
彼女はどう思っているんだろう。
彼女の表情からその気持ちを汲み取ろうとする。
疑っているのがわかる。
不安、喜び、いろんな感情が見えた。
「眞有。俺はお前が好きだ。奴にお前を渡すつもりはないから」
彼女の信用を勝ち取りたくて、俺は再び告白する。
眞有はじっと俺を見つめたままだ。
「眞有。俺はお前以外の女と寝るつもりもないし、付き合うつもりもない。だから今日から俺の純粋な彼女になってくれ」
これでも信じてもらえないのかと俺は、彼女の瞳に訴える。
瞳が揺れ、考えているのがわかった。
考えるってことはやっぱり駄目なのか?
「……浮気とかしたら許さないから」
しかし彼女は一度目を閉じ、開けた後、ぽつりとつぶやく。
「わかってるよ。俺も純粋な彼女が男と会うのは嫌だからよろしくな」
そのつぶやきがOKだと理解して、嬉しくなってそう口にする。
浮気なんてするつもりはない。
今度こそ本気だ。
だから眞有も撫山とは個人的に会ってほしくない。
「わかってるわ」
彼女は柔らかく笑う。
付き合う記念に何かしたくなり、テーブルの上を見つめる。そしてそこにコップが二つ置いてあることに気づく。
そうだ、こういうときは乾杯だ。
「じゃ、乾杯しようぜ」
「乾杯?」
彼女が目を瞬かせる。
「そう、乾杯。俺逹の新しい関係に」
俺達はそれまで友人だった。
でも今日からは違う。
区切りをつけたくて、コップを握りしめる。
彼女は戸惑いながらも、同じように別のコップを掴む。
そうして俺達はコップをカチンと重ねた。
眞有の笑顔で俺の心がいっぱいになる。
彼女と付き合えるのが心の底から嬉しかった。
まさか数日後、彼女に別れを切り出すはめになるなど、思ってもいなかった。




