4-1
頭が痛い……
頭痛に苦しみながらもどうにか頭を活動させ、昨日訪問した会社に再度訪問するためにプレゼン資料を作る。
昨日はとりあえず興味を持ってもらったから、今度はガチっと喰い付いてもらおう。
会社の実績を華々しく説明、うちの商品を買うことでどれだけ利益が得られるか、などを情報として叩き込んでいく。
見た目も大事だからなあ。
選んだテンプレートの色合いなどを調整していると、携帯電話が鳴った。サイレントにしているから、それは振動のみで、周りに気にしながらディスプレイを見る。
誰だ?
09XX……
実家!?
一応一声詫びて、慌てて部屋を出て、休憩所に向かう。
「もしもし?」
そして胸が押し潰れそうな思いを感じながら、電話に出た。
「兄ちゃん。久しぶり」
その声に俺は不覚にも涙が出そうになる。
「学……」
それは十年前に会ったきりの弟、学だった。
「そうか、結婚したのか。おめでとう」
屋上で空を仰ぎあがら、そう口にする。
休憩室では周りが気になり、俺は屋上に上がった。この方がゆっくり話せると思ったからだ。
十年間、まったく連絡をとっていなかった弟が電話してきたのだ。何かあったとしか考えられなかった。
「ありがとう。子供もできたたんだ。来年生まれる」
電話口から弟の照れたような声が聞こえる。
あのシャイな弟が結婚、しかも子供か。
「え? もしかしてデキ婚か?」
「ち、違うよ! 結婚は二年前にしてたから」
二年前、そうか。
学がデキ婚なんてするわけないか。
優しくて真面目な弟の顔を思い出し、自然と口元が緩むのがわかる。
弟は親思いのいい奴だった。
俺と違って……
「……兄ちゃん、一度家に戻ってこないか? 父さんとも話した方がいいと思うし」
ふいに放たれたその言葉に、俺の顔が引きつる。
「嫌だ。父さんも俺なんかと話したくないだろう」
父さんは俺が嫌いだった。
俺のことを昔から否定していた。
だから中学生になった頃から、事あるごとに父さんと衝突していた。
そして高校生になり、話すこともなくなった。
「……そんなことない。兄ちゃん、来月、来月までには一度帰ってこいよな。俺、待ってるから」
「おい! そんなこと」
俺が帰るわけないだろうと返そうとすると、電話口から「学」と声が聞こえた。
それが父さんの声だとわかり、息苦しくなる。
「父さん! じゃ、兄ちゃん、絶対帰ってこいよな。また!」
学は慌ただしくそう言うと電話を切った。
ツー、ツーという電話が切れた音が繰り返される。
電話を持ったまま、目を閉じるとじわりと嫌な感情が染み出してきた。
帰るか。
帰れるわけないだろう。
小さく息を吐き、携帯電話をポケットに入る。
そして、仕事に戻るため屋上出口へ向かった。
仕事にならん。
七時くらいまで粘ったが集中することができず、結局帰ることに決めた。
会社を出て、携帯を握りしめる。
眞有……
こういう時あいつと会えたら、ほっとしそうだ。
でも昨日の様子は明らかにおかしかったし。
しかし、会いたい気持ちは募る。
そうだ、木村さんの新しい店で飲むか。
眞有の会社の近くだし、もしかしたら会えるかもしれない。
俺はそう決めると、気持ちを切り替え見山に向かった。
「いら……しゃい!池垣さん!」
黒基調の店のドアをくぐると木村さんの驚いた声が聞こえた。
俺は反射的に店内を見渡し、霧元さんがいないことに安堵する。
あの人いたら落ち着いて飲めないからな。
「よく来てくれましたね」
「うん。木村さん、いい店ですね。雰囲気がちょっとゴージャスな感じで」
「そう? ありがとう」
木村さんはちょっと照れたように笑う。
そういえば木村さんってうちの弟に似てたんだ。
ずっと誰かに似てると思ったら、弟か。
電話があるまで、ずっと忘れていた。
弟の顔なんて……
でも弟はまともな道を歩んでよかったな。
霧元さんみたいな弟とかできたら怖いし、ゲイの兄っていうものなあ。
そんな馬鹿なことを考え、苦笑する。
「池垣さんはいつもの通りウォッカ?」
「あ、はい!」
すると木村さんに話しかけられ、俺は後ろめたさを感じながら返事をする
木村さんはいい人だけど、やっぱりゲイはなあ。
霧元さんも怖いし。
「?」
ふいにポケットの中の携帯電話がうなり声を上げる。
げ、サイレントのまま。
振動に気持ち悪さを感じ、携帯電話を取り出す。ディスプレイをみるが、見覚えのない番号だった。
「もしもし?」
とりあえず会社の関係者かもと思い、電話に出てみる。
「池垣さん?」
誰だ? 聞き覚えがあるような女の声だけど。
「私は加川永香。覚えてるかしら? ちょっとお願いごとがあるの? 今よろしい?」
「……ああ、いいけど」
永香?
何のお願いだ?
確か彼女は俺のこと大嫌いって言ってたな。
それが何だ?
俺は面喰いながら返事をする。
「ちょっと電話では言いづらいことなの。どこかで会えるかしら?あなたが今いるところに行くわ」
おいおい、なにか誘いみたいだな。
でも一体なんでだ?
まあ、いい。
何かの気晴らしになるかもしれない。
「今、見山のバーにいる。来れるか?」
「見山? ちょうどその辺にいるわ。詳しい場所を教えて、十分以内で行けると思うから」
そうして、俺は昔の女、永香と飲むことになった。




