滝平博士の手記
読んでいただければ幸いです
出来る限り多くを書き残しておこうと思う。
私の名前は滝平誠。36歳。
以前は中央軍基地少年兵団専属の軍医及び捕獲された鬼の研究員として勤めていた。
想定していた限りで最悪の事態に陥った。
あの日、赫壱級指定の鬼「ターワン」は日本領海内の孤島に位置する最大級の鬼隔離収容施設へ降り立った。本来広い場所にしか降りない筈のターワンがまるで狙い撃ったかのようだった。
島周辺を旋回中だったジェット機が捉えた映像には、500mを優に越える巨大な蝿の化け物の体躯に施設は用意に踏み潰され、解き放たれた凶暴且つ強力な鬼達が海を渡り四方八方へ離散するまでの一部始終がはっきりと映っていた。
隔離施設から脱走したうち知性を持たない筈の鬼達が徒党を組み軍基地に攻め入り、数日で日本の軍隊が完全に壊滅したのはそれから間もなくのことだった。
私の所属する研究所も最早機能していない。過去の同僚達は皆己の思考を捨て、バーバヤーガへ絶対服従の奴隷と化した。
今はシャッターを締め切りバリケードを張ったオフィスに置かれたデスクトップにこれを記録している。
彼らがシャッターを破壊せんとする音が絶え間なく聞こえてくる。
こうなってしまった以上これを書き記す以外に私の役目など恐らくもうないだろう。
残された者達の為にもこの文書を書き終われば手元のデリンジャーで頭を撃ち抜くつもりだ。私はバーバヤーガの奴隷にはならない。
何にせよ私にはもう多くの時間は残されていない。
物質兵器「Noir」について私が独自に作成した研究レポート、そして現時点でバーバヤーガに曝露していない人々の集落を示した地図の画像をまとめたファイルがある。悪意を持たない者達の助けに少しでもなればと思いこの端末に保存しておく。
『これ』が始まる少し前、そのファイルのパスワードを本当に信頼できる人間にのみ教えた。アルファベットと英数字混じりの何のアナグラムも単語も成していない不規則な50文字の羅列、それを全3パターンだ。
彼女なら間違いはないと思う。そうでなければ困る。
もしこの文書を心正しい者達が読んでいて、そして世界がまだ取り返しのつく状況であったなら、どうかこれが少しでも役に立つように。
バーバヤーガの、スマイリーズの暴走を止めてくれ。