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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

花火はキレイなだけじゃない

作者: 一ノ瀬 俊菜

 彼女が行方知らずになったのは、ちょうど年が変わる頃だった。

 菊池 千栄子は、スポーツ万能で常に活発。その明るい性格でみんなから一目置かれる存在。普通の女子高生と言うと少し違うかもしれないけど、どんな学校にも一人はいそうな女子高生だった。

 彼女と最後に出会ったのは、二学期の終業式。


「チエちゃん。冬休みはどうする?」

「うーん。ちょっとわかんないなー。珠里は?」

「たぶん家で年越しかな。初詣とか一緒に行かない?」

「うーん。そうだねー。家族の用事がどうなるかわからなくてさ」


 “家族の用事”

 彼女は夏休みの時も同じことを言っていた。

 けど、家族の用事なんて誰にでもあることだし、仕方がない。何かあっても今の時代は携帯がある。

 翌日――彼女との連絡が取れなくなった。


======


 蝉の声が鬱陶しい。

 気がつけば季節は夏になっていた。

 あれからチエちゃんとは音信不通のままだ。


「そんじゃあ、夏休みだからってあんまり羽を伸ばしすぎんなよー」


二年生になって2回目のテストが終わり、気がつけば夏休みに入っていた。


「珠里。たーまりー」

「え、あ。ごめん。秋穂ちゃん」

「大丈夫?」

「うん。平気」


 秋穂ちゃんは、しっかり者だ。私もしっかりしなきゃ。チエちゃんだって、何かあってもいつも明るかった。どこか抜けているんだけど、笑って「やっちゃった」って言うんだ。そこが可愛かったし、かっこよかった。

 ――またチエちゃんのことを考えている。


「まぁ一応学校には在籍していて、進学も出来たみたいだから。きっとひょろっと顔出すよ」


 二年生になってから秋穂ちゃんに言われた言葉。

 まだ退学届が出てない。留年しているわけでもない。

 なら、どうしてチエちゃんは学校に来ないのだろう?


「どうする? 今年の花火大会」

「今年は……約束したんだ。浴衣着て行くって」

「そっか。来るかな」

「来るよ。チエちゃんは約束を守るのがポリシーだから」


 いつも自慢そうに言っていた。だから、きっと守ってくれる。そう思いたい自分ともう二度と会えないのかもしれないと不安になる自分がぶつかってぐちゃぐちゃになりそうだった。


 毎日、校門の間の桜並木を歩いていると、あの曲がり角の先に彼女が笑っているような気がしてしまう。

 けれども、桜が散って、緑が茂っても、彼女は現れない。


======


 彼女との出会いは、今いる高校の学校説明会だった。


「ねぇ。ペン落としたよ」

「え、あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 そう言ってポケットにしまおうとした。だが、ポケットにはすでに一本ペンが入っていた。


「あれ。これ私のじゃないや……」

「え、そうだったの? うーん。誰のだろう」


 結局、周囲にいた何人かに聞いても持ち主は見つからず。学校の先生に落とし物として届けることにした。

 お互い一人で来ていたので、自然な流れで私たちは一緒に学校を回ることになった。


「私は菊池 千栄子。よろしくね」

「私は柳原 珠里。えっと、菊池さんは……」

「千栄子でいいよ。みんなもそう言うし。珠里は普段なんて呼ばれている?」

「珠里かな」

「じゃあ、私も珠里って呼んでいい?」

「うん。よろしく千栄子ちゃん」


 話を聞くと彼女もこの高校が第一志望らしく、なんだか仲間が出来た気がして嬉しかった。

 彼女はスマホを持っていたが、私は持っていなかったので、連絡先を交換することも無く、その日は別れた。


 9月になって、高校の文化祭が開かれた。私は勉強の憂さ晴らしになんとなく訪れた。

 そこで、私たちは再び出会った。


「珠里!」


 突然名前を呼ばれて驚いた。地元の高校ではあるが、同じ中学でここを受験する人に交友関係が深い人はいない。声をかけられるなんて微塵も思っていなかった。


「久しぶり。6月以来? 私のこと忘れちゃった?」

「ううん。千栄子ちゃんだよね。まさかまた会えるとは思わなかったよ」

「私も。珠里、勉強できそうだったから。とっくに志望校のレベル上げているのかと思ったよ」

「そんなことないよ……」

「そうだ、よかったら、ちょっと話しして行かない?」


 教室に作られたメイドカフェは、手作りの装飾たちに彩られていた。

 私が紅茶、彼女がコーヒーを注文すると、手作りのクッキーが付いてきた。


「どう? 最近は」

「ぼちぼち……かな。なんか自分のために勉強しているはずなのに、そんな気がしないんだ……」

「あー。私もそんな感じの時あるな。うちの両親プライド高くてさ、『親に恥かかせるな』とか言われちゃうとね。まぁそういう時は走ってストレス発散している」

「部活はもう引退したの?」

「うん。でも、なんかモヤモヤしたときは走りに行くよ。体動かすの気分いいし」

「千栄子ちゃん。アクティブだね」

「で、また怒られる」

「あちゃー」


 しばらく話し込んでいると、追い出されてしまったので、いろいろなものを見て回った。

 その時は外の雲意気なんて気にもしなかった。



「傘持っている?」

「ううん。けど、まぁ私は家近いから大丈夫だけど」

「どうしようっかなぁ」


 まさに土砂降り。舗装された道に当たった雨粒が跳ね返るのが目で見える。

 彼女がスマホで調べたところ、あと数時間は止まない様子だ。


「まぁ、走れば大丈夫だよ!」

「風邪引いちゃうよ」

「へーきへーき。鍛えているから。珠里こそ、風邪引かないようにね」


 彼女の言葉を信じて、私たちは校舎を出ることにした。

 雨宿りができそうな場所をつたって、校門へと向かう。


「次はあっちの軒下に行こう。珠里、大丈夫?」

「大丈夫。ははっ。久しぶりに走ったよ」

「ね。走るの気持ちいいでしょ?」

「うん」


 私たちは笑い合って走り出した。こんなにも愉快な雨は初めてかもしれない。お互い多少濡れはしたが、なんとか校門の目の前までたどり着いた。


「よし、あとは駅に向かって走るだけ。じゃあね、珠里。話ができて楽しかった。次は高校で会おうね」

「うん。絶対また会おうね。千栄子ちゃん」


 千栄子ちゃんは私に手を振って、駅に向かって走り出した。私じゃ到底追いつけそうにないスピードだった。

 私も覚悟を決めて、軒下から走り出す。

 校門のすぐ外が道路になっているわけではない。校門へ続く道の桜並木は高校の目玉スポットの一つになっている。道はコンクリートで舗装されているが、風で吹き飛ばされた土が泥になって、危うく足を捕られそうになった。


 嫌な予感がした。


 まさか陸上部の彼女がそんなことはないとは思った。しかし、先へ先へと足は進む。

 そして、曲がり角のところに座り込んだ人影が見えた。


「ち、千栄、けほ、千栄子ちゃん!?」

「あっちゃ。追いつかれちゃった。情けないなー」

「大丈夫!? 怪我とかは?」

「ないよ。ありがとう」


 そう言って立ち上がった彼女だが、制服は泥まみれだし、雨で全身びしょ濡れになっていた。


「チエちゃん、着替えとかもってないよね」

「うん。まぁ、もってないね」

「と、とりあえず私の家に行こう。そのままじゃ帰れないでしょ?」

「いいよ。迷惑かけるわけにもいかないし……」

「いいから!」


 私が必死になって言うと、なぜか彼女は笑い出した。


「ははっ。うん。わかった。ありがとう」

「笑うところ、あった?」

「うん。あった」


 そういう彼女は嬉しそうで、私はますます首を傾げた。しかし、今は話をしている場合ではない。さっきから閃光と轟音が迫っている。


「い、行くよ。チエちゃん」


 私は小走りで家までの道をたどった。


「ただいま」

「お邪魔します」

 と言っても、家には誰もいない。母親は妹とどこかに出かけると言っていた。


「どうしよう。ひとまずタオル持ってくるね」

「ありがとう」


 私は髪から水滴が落ちるのを気にしながら、タオルを箪笥から取り、お風呂のスイッチを入れた。

 玄関に戻ろうとするが、栓をしていないことに気がついて、あわてて逆戻りする。


「いま、お風呂入れたから、少し待っていて」

「お風呂!? いや、いいよ。そこまでしなくても……」

「雨で濡れたら湯船につかって、体温めなきゃダメだよ!」


 そう言うと、彼女はまた笑い出した。なにが面白いんだかわからないと、こっちはちょっと面白くない。


「ははっ。ごめん、珠里ってさ、お姉ちゃんかお母さんみたいだよね」

「まぁ実際、姉だけど……」

「うーん。けど、少し違うかな。なんだかね。私のために心配してくれているんだなって伝わってくるから嬉しい」


 彼女の穏やかな微笑みには反駁することも出来ず、私は照れくさくなって顔を逸らした。

 そうこうしているうちに、風呂の機械が愉快な音楽を流した。


「チエちゃん、お風呂……」

「珠里。次にいう言葉を当ててあげようか?」


 彼女は先ほどとはまた違う笑みを浮かべた。


「?」

「『チエちゃんが先に入って』だと思うんだ」

「えっ、なんでわかったの?」

「なんとなくわかるよ。けどさ、珠里だって体冷えているでしょ? だから、一緒に入ろ」

「うーん……ん?」


 私の家の湯船は特別大きくはない。昔は母と妹と入っていたけれども、それもだいぶ前のことだ。高校生二人が入ると、やはり狭かった。

 時々、彼女の足先が肌に触れて、ビクリとする。


「は、恥ずかしくないの?」

「ん? まぁ別に女の子同士だから問題ないでしょ」

「正直、今すごく恥ずかしい……」

「大丈夫だよ。珠里ちゃんの肌すごい綺麗だし」

「そ、そういう問題じゃなくて……」


 私は体育座りの姿勢で縮まるしかなかった。

 心臓はバクバクと鳴りっぱなしだし、チエちゃんの方を普通に向きたいのに、なんだか顔を逸らしてしまう。


「はー。けど、珠里の言う通り、お風呂入って正解だね。これはすっきりするや」

「うん……」

「そういえば、さっき『チエちゃん』って呼んだよね」

「え、あ。そうだっけ」

「うん。まぁ呼びやすいように呼んでよ。私も珠里のこと“タマ”って呼ぼうかなー」


 私の葛藤も知らないで、平気そうなチエちゃんに少しふてくされる。私はやけくそ気味に言った。


「わかった。じゃあ、チエちゃん」

「なに?」

「バカ」

「えっ!?」

「脳筋」

「待ってよ。『タマ』って、そんなに嫌だった?」

「別に。私はもう出るね」


 少しのぼせた気がする。わけのわからないことを言ってしまった。

 私が風呂場から出ようとすると、チエちゃんが引き留めた。


「珠里」

「なに?」

「ありがとう」

「――そういうの、ずるい」


 最後の一言はチエちゃんには聞こえなかったみたいだった。

 汚れを落としても、すぐには乾かない。私の体格は彼女とそこまで変わらないので、私の服を一枚貸すことにした。


「ごめんね。服も傘も借りちゃって。うーん。いっそ郵便で返そうか?」

「いいよ。そのまま持っていて」

「うん。わかった」


 チエちゃんは傘を開いた。強い雨はまだ降っている。


「じゃあお互いがんばろうね。あそこの桜並木の下で、また会おう」

「わかった。約束だね」

「うん。よし、約束」


 私たちは指切りをして別れた。


 それからずっとチエちゃんのことを考えていた。

 絶対にあの高校に入って約束を守る。

 そのことが私のモチベーションになった。

 時に彼女と話したい気持ちになった。会いたい気持ちになった。

 でも、それはできない。

 試験の当日。

 私は彼女のことは思い出さないようにして臨んだ。

 もし、思い出したら、絶対に彼女を捜してしまうから。

 試験の結果は……合格だった。


 そして、入学式の日。

 不安を引きずりながら、私は桜並木の道に足を運んた。

 この数週間前にあった、入学説明会に彼女の姿は無かった。いや、本当はいたのかもしれない。けれども、私は彼女がいないことが怖くなって、逃げるように帰ったのだ。

 もし、彼女が本当に入学していなかったら……もう二度と会えないかもしれない。そう考えるだけで胸が苦しかった。

 一歩ずつ花びらが落ちた道を歩いていく。

 曲がり角に差し掛かった。

 ――あぁ、ここでチエちゃん転んでいたっけ。

 もう半年も前のこと。

 だけど、あの日のことは鮮明に覚えている。


「チエちゃん……」


 こぼしたその言葉に応える人がいた。


「呼んだ? 珠里」


 春の木漏れ日が彼女を照らしていた。

 

 言葉を、失った。


「私はね、約束を絶対に守る女なんだ。それが信条なんだ」

「……よかった」

「……珠里?」

「よかった……。また会えた……」


 涙がボロボロあふれ出して、止まらなかった。

 チエちゃんとの再会がたまらなく嬉しかった。


「うん。私も珠里と会えて嬉しい」

 言葉と共にチエちゃんの腕が私を包み込んだ。


「これからもよろしくね。珠里」


 中学の卒業式でも大して泣かなかったのに、高校の入学式にたった一人の、たった二度しか会ったことのない友人との再会に涙した。


「チエちゃん。これからはずっと一緒だよ」

「うん。ありがとう。珠里」


 涙声で縋るようにいった言葉。彼女の返事もすこし上ずっているように聞こえた。


 それから彼女とは同じクラスになることができた。

 彼女は陸上部に入って、私も入ろうかと思ったけれど体力的に難しかったので、手芸部に入ることにした。

 教室や部活がない日は一緒にいることが多かったし、共通の友達もできた。けれども、陸上部の人や知らない人と一緒にいるところを見ると、嫉妬めいた思いが胸に溢れた。

 ――もうそんなのただの友人なんかじゃない。

 私は自分の気持ちをどう処理していいかわからなかった。私に出来るのは、彼女に嫌われないように平常心を装うことだけだった。


 あっという間に一年の一学期が終わろうとしていた。ある日の昼休み。私とチエちゃん。それと陸上部の秋穂ちゃん、手芸部の友紀ちゃんで集まって話をしていた。


「みんな夏はなんか予定あるの?」

 

 と、誰かが切り出したが、全員「部活」と答えた。私も手芸部で文化祭展示の作品を作らなければいけない。


「どっかみんなで遊ぶ日作りたいよね」


 しかし、高校生にもなると、みんながパッと集まることはなかなかできない。

 「なんかイベントがあれば」――という秋穂ちゃんの言葉に、私は思い当たる節があった。


「あ、それなら。この釜湖山公園で花火大会があるんだけど……」

「おー。いいね、流石地元民。いついつ?」

「八月の第一日曜日だったと思うよ」


 三人が予定を確認すると、奇遇なことにみんな予定が空いていた。


「折角だからさ。みんな浴衣で行こうよ!」

「おお、友紀、ナイスアイデア」

「ふふん。じゃあ、みんなそういうことで!」


 秋穂ちゃんと友紀ちゃんが盛り上がっている中、チエちゃんだけはどこか不安そうな表情をしていた。


「どうしたの? チエちゃん」

「うーん。ごめん、行けるかどうか、約束はできないかな。家族の用事がどうなるかわからないんだ」

「そうなんだ……」


 それから数日後、結局、彼女は花火大会に出られないことになった。


「ごめん。珠里。やっぱりダメだった……」

「ううん。仕方ないよ」

「よし。私、約束する。必ず来年の花火大会は行く、もちろん着物でね」

「本当?」

「うん。父親にも花火大会と被ったら行かないって言うからさ」

 

 チエちゃんは小指を立てて右手を差し出した。


「約束」


私はその指に自分の小指を絡めた。


「約束だね」


======


 その年の夏。つまり、去年の花火大会は三人で行ったけれど、チエちゃんがいないのはやっぱり寂しかった。

 そのことは見事に友紀ちゃんと秋穂ちゃんにも指摘されてしまった。

 今年の花火大会はもうすぐ始まる。


「珠里?」

「ごめんね。今日はごめん……」

「わかった。まぁ来る気が起きたら、合流しよ?」


 電話の向こうでは、「待ってるよー」という友紀ちゃんの声が聞こえてきた。


「うん。ありがとう」

 

 もしかしたら花火大会に行ったら、チエちゃんがいるかもしれないという希望と、それはありえない、行ったら後悔すると言う不安。

 結局、私は不安に負けた。

 なにかをするつもりにもなれず、ただ布団の上に身を放り出した。

 どこかで爆発音が聞こえた。

 あぁ始まってしまったんだ。

 ――約束守ってくれないんだね。

 「私は絶対に約束を守る女だからね!」

 ふと、そんな彼女の声が聞こえる気がした。

 その時、携帯が震えだす。

 まさかと思って手を伸ばすと、ディスプレイには「春日部 秋穂」の文字。

 私は自分が涙声になっていないか、確かめてから電話に出た。


「秋穂ちゃん……?」


 ところが、スピーカーから聞こえてきたのは、秋穂ちゃんの声では無かった。


「え?」


 思わず聞き返した。人込みの声で間違えたかもしれない。


 まさか……。

「私、千栄子。珠里だよね?」

 チエちゃんの声だなんて。


「珠里? 大丈夫?」

「う、うん。本当にチエちゃん?」

「本当だよ。約束。守りに来たよ」


 言葉に詰まった。いろいろ言いたいことがあった。どれから言っていいのかわからずに、無言になってしまう。


「今、どこにいるの?」

「家」

「わかった。じゃあ、私も珠里の家まで行くから、待っていて」

「うん」


 頭が蒸発したみたいだった。

 しばらく、ただ呆然としていた。しかし、目覚めたように飛び上がり、急いで浴衣を着て、髪をセットする。

 馳せる思いをこらえきれずに、玄関を押し開けた。


「珠里。久しぶりだね。元気だった? 」

「――ッ」

「はぁ。いやぁ浴衣って走りにくいね」


 チエちゃんはキレイな朝顔の着物を着ていた。

 チエちゃんが本当にそこにいた。


「チエちゃん、走って来たの? 帯よれているよ?」

「花火終わっちゃうと思ったから」

「しょうがないなぁ。チエちゃんは」


 私はそう言って彼女に後ろを向いてもらった。

 本当は帯のよれなんて大したことない。だけど、私には気持ちを整理する時間がどうしても必要だった。


「はい。直ったよ」

「ありがとう。珠里」

「どういたしまして」


 お互いに向き合うと、自然に笑みがこぼれた。表情筋が緩むと、涙腺も緩みそうになってしまう。


「行こうか」

「うん」


 差し出された手を握る。

 その時、爆発音の直後、空が光った。


「おー。花火っていつまでだっけ?」

「えっと8時50分かな」

「今から釜湖山公園に戻ると……上り坂だし間に合わないか。珠里、ここらへんで花火が見やすい場所ってある?」

「うん。あるよ、穴場なんだ」


 私たちは近くの駐車場まで歩いて行った。そこまでは10分とかからなかった。その間、私は口を開かなかった。


「ここから見えるんだ」

「ほんとだ! 良い場所だね」


 私は頷くと、空を見上げた。

 次々と輝かしい花火が打ちあがっては消えていく。

 光の線がオロオロと不安そうに上がると、パッと弾けて音とともに大きく傘のように広がった。

 霧散した光の粒は名残惜しそうにチリチリ光る。

 あぁ。どうしてこんなに楽しくないんだろう。

 隣には大好きなチエちゃんがいて、目の前には綺麗な花火が上がっているのに。

 心の中でねずみ花火が動き回っているみたいで落ち着かない。

 花火の音が私の胸を叩く。

 

 ――ドン!

 なにが不安なの?

 ――ドン、ド、ド、ドン!

 なんで焦っているの?

 ――ドン。ドン。ドン。

 なら、なんで言わないの?

 ――ヒュー

 早くしないと

 ――ドン!

 弾けて

 ――パラパラパラ……

 消えちゃうよ?


「珠里? どうしたの?」


 花火の音は止んで、代わりにチエちゃんの声が聞こえてきた。


「あ、ごめん……。大丈夫」


 不思議な時間が流れる。そこにはただ虫たちの穏やかな演奏が流れるだけだった。


「チエ……ちゃん」

「なに?」

「どうして急にいなくなっちゃったの?」

「あー。えっとね、ちょっと親がやらかしてね。しばらく身を隠さなきゃいけなかったんだ」

「どういうこと?」

「私の親は政治家でさ。まぁよく聞く横領とかの話だよ。本人曰く全くの無罪だけど。マスコミはどこに食いつくかわからないからって、家族まとめて田舎に連れていかれたよ」

「じゃあ、なんで連絡とってくれなかったの?」

「父がケータイ没収してさ。おかげで……」


 私は無言で彼女を見つめた。

 タイミングよく花火がパッと光って、私たちの顔を照らす。


「あー違うよね。心配させてゴメン。うん、それと今も言い訳しちゃってゴメン」

「うん」


 私は改めて空を見た。花火はまた休憩を挟んでいるようだ。大きな花火が上がる前に、伝えたいことを伝えよう。


「チエちゃんは……。また花火大会が終わったら、どこかに行っちゃうの?」

「うーん。まぁほとぼりも冷めて来たころだから。二学期には戻ってくるよ。絶対」

「約束してくれる?」

「約束する」


 私たちの約束がまた一つ増えた。


「今日、来てくれてたの嬉しかった」

「ありがとう。まぁ私は約束を必ず守るのがポリシーだからね」

「田舎の方って遠い?」

「まぁ交通の便は悪いね。けど、すごくいいところだよ。やっぱり空気が澄んでいるし、なにより野菜が美味しいよ! あと、広いからね、走りがいがある」


 と、彼女は楽しそうに話した。

 ちょっと頭に来た。嘘。だいぶ頭に来た。


「私がどれだけ心配していたのか、わかってそれ言っているの!?」

「ご、ごめん」

「チエちゃんにはお仕置きが必要みたいだね」

「え、割とガチで怒っている?」

「チエちゃん、黙って、目をつぶって」

「……ごめんなさい」


 チエちゃんが目をつぶって立っている。

 呼吸を整える。後は気持ちに従うまま。

 私は彼女を抱きしめた。花火の音なんかに消されないように、彼女の耳元で囁く。


「チエちゃん。叶うならずっと一緒にいて。無理ながら心の中で私を想って。だって、だって私は……」


 もう後には戻れない。最後の言葉が決定的な一言になるのは、誰の目にも明らかだった。

 でも、言えなかった。こんなの言ったも同然のことを言った上で、まだ言えない自分が憎かった。


「はい。終わり」


 しばらくチエちゃんはポカーンとしていた。それもそうだろう。私はやってしまったと思って、数歩下がろうとした。


 ――けれど、

「ははっ。確かにこの生殺しはお仕置きだね」


 そう言うと、チエちゃんは私をそっと抱き留めた。予想外の事に混乱する。


「えっ?」

「なんて言おうとしたのか、教えて?」

「……わかっているの?」

「わかんない。でも、私も同じ風に思うんだ。珠里と一緒にいたい。珠里に私のこと忘れないでいてほしい。だって私は……」



「あなたが好きだから」




 初投稿でした。

 ご意見ご感想ありましたら、よろしくおねがいします。

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