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9、オズの魔法使い


―― かりん、君はいったい、だれ? いくらお世話になったからといって、なぜ他人のひいばあちゃんのために、自分が体をはってまで、マジック・ドールを復活させようとしたの? ――


 ぼくが感じていた小さな疑問を、さらに大きく広げるようなことを、夏休みの最後の公演の前の晩、三峯さんが言った。

 ぼくたちは、いつでもたいてい三人一緒だったから、かりんがシャワーを浴びている、ほんの短いすきに。


和江かずえさんにね、連絡してみたのよ。かりんの家族のことが気になって。和江さん、夏休みで大忙しだから、すっかり忘れていたそうで。それからお店をほかの人に任せてわざわざ見に行ってくれたみたいなの。

 そしたらね、かりんのおじいさんが書いた住所には、人の家は無かったそうよ。代わりに古い教会があったって。今でも使われているみたいだけど、日曜日の礼拝のとき以外は閉まっていて、無人だって」


「住所が少し違っているんじゃないの?」


「それでね、その辺りの人にミドルトンさんというアメリカ人が住んでいるかどうか聞いてくれたそうなんだけど、近所の人は誰も知らないって……」


「…………」


 『マジック・ドール』の公演は、あと一日だ。今、かりんにそのことを聞いても始まらない。けれど、かりんは単なる気まぐれじゃなくて、どうしてもこのマジックを完成させてほしい理由があってやってきたということだ。不思議なことが起きたとしても、それはかりんの強い願いからなのだろう。


……と、三峯さんの話を聞いてから、ぼくが気持ちを整理している間に、三峯さんもほとんど同じようなことを言ってぼくをなぐさめた。


「今日は疲れたから、おフロ、気持ちよかった~! マーク、ネクスト、どうぞ!」


 ちょうどかりんが、幸せそうな顔でバスルームから出てきたところだった。



 次の日の最終公演は、チケットを取れなかった人も、会場の外にあふれているほどだった。かりんが出演する『マジック・ドール』は、今日が最後の公演であることを事前に発表していたので、会場の外でかりんに会えるのではないかとやってきた人たちのようだ。


 ぼくたちは大人気のアイドルのように、会場の裏手からスタッフに囲まれて中へ入らなければならなかった。きっと、こんな経験は二度とないだろう。


 かりんもぼくも三峯さんも、無事に楽屋に入ったあと、思わず三人で顔を見合わせて笑ってしまった。


「すごいわね! ひと夏で超人気スターが生まれちゃったわ! でも今日が最後なんて、まさにシンデレラ!」


「ひどいな。ぼくはそのシンデレラの引き立て役なの?」


「オー! マーク! ちがうよ。ストーリー作ったのは、マーク!」


「かりん、それって、もっと悲しいよ。一応、ぼくが主役なんだけど、この公演……」


「まどかくん、ひがまない! これだけたくさんの人を集めてくれたかりんに感謝して、いちばんいいマジック見せてよ」


「まあ、そうだね! かりんのおかげだね」


 ぼくたちは、三人ではもの足りないけど、円陣らしきものを組んで、手を合わせて気合いを入れた。



 この夏、何回も繰り返してきたステージ。

 ぼくがいつものマジックを披露して、後ろではかりんが出番を待っている。そんなことも今日でおしまいだ。かりんと一緒にステージに上がっていることが、ぼくにはどんなにはげみになっていたのだろう。そんなことをしみじみ感じながら、ひとつひとつのマジックをこなしていく。


 やがて、カーテンが開かれて、ガラス箱に入ったビスクドールが現れると、もうそれだけで客さんのため息と小さな歓声が聞こえてきた。


 お客さんにもすっかりおなじみになってしまった『マジック・ドール』。

 手品は、タネを見破られたらおしまいだ。だから常に新しいものを考えていかなくてはいけない。きっと、『マジック・ドール』は今日までという限定があるからこそ、大成功で終われるのだ。

 ひいじいちゃんが『マジック・ドール』を封印してしまったのも、そういう理由だったのだろう。


 ぼくはビスクドールのケースの周りを行ったり来たりしながら、本当に願っていた。


―― どうか、この人形が、本物の女の子になりますように。そして、その女の子が消えてしまいませんように ――


 何度も何度も心の中で唱えながら、黒い幕でケースをおおう。ぼくの視線の先で、きょうは仕掛け台が調子よく回って、かりんの姿が現れた。ぼくと視線が合うと、彼女はにっこり笑ってうなずいた。


 「スリー!」のかけ声とともに、黒い幕から現れたかりんの姿に、お客さんがいっせいに立ち上がって拍手を送る。マジックの公演で、しかも小学生のやるステージで、『スタンディング・オベーション』なんて、聞いたことがない。今日を最後に『引退』する、かりんへの拍手だ。

 今日のかりんは、あのやり過ぎな・・・・・演出をせずに、静かに箱から立ち上がって、ゆっくりと脚立を降りてきた。ぼくの手を取ると、背筋をぴんと伸ばして、どうどうとステージの前に進んでいった。


 ショーが終わっても、拍手はいつまでもいつまでも鳴りやまない。

 ぼくたちは、三回以上、ステージに呼び戻されることになってしまった。



「かりん、お疲れさま」


 楽屋に戻って、三峯さんと、このショーを演出していた、たくさんのスタッフが、かりんを囲んだ。

 三峯さんが、かりんの上半身ほどもある大きな花束を渡したので、かりんは目の前が見えなくなってしまったが、花のかげからさかんに「センキュー、センキューベリーマッチ!」とさけんで、その場にいた人を笑わせていた。


「それとね、これ、あなたの活躍にはとても足りないけど、出演料よ」

 

 かりんは、ぼくに花束を押し付けて、三峯さんから長方形の包みを受け取った。ドラマでよく見る、数百万円の札束の形によく似ていて、ぼくは花のかげからのぞきながら、「いくら、入っているの!?」と叫んでしまった。


「まあ、まどかくん! いつからそんなにお金にがめつくなったの?」


 三峯さんが、ぼくをたしなめた。

 かりんは不思議そうにその包みを開く。中からは、長方形の木の箱が出て来た。ふたつきの小物入れのようだ。かりんがふたを開くと、ポロンポロンとかわいらしい音が鳴り出した。

 オルゴールだ。


「オーバー・ザ・レインボー……。ウィザード・オブ・オズね」


 しばらくその小さな音楽に耳をかたむけていたかりんは、うれしそうにつぶやいた。


「オーバー・ザ・レインボー? ウィザード……」


「ウィザード・オブ・オズ……『オズの魔法使い』。

 まどかくんは知らないかしら? 竜巻にさらわれた女の子が、オズという魔法の国にたどりついて、家に帰してくれるという魔法使いを探して旅をするお話。この曲はむかし、それが映画になった時のテーマソングだったのよ」


 曲は、CMなどでもよく掛かっているので、知っていたけど、それが映画のテーマソングだったなんて、知らなかった。しかも魔法使いの映画だったなんて。

 三峯さんもニクい演出をするけど、それが、ぼくと大して年の変わらないかりんに、説明もしないで通じたことが驚きだった。


 かりんは、心からうれしそうに、いつまでもオルゴールに聞き入っていた。



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