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7、マジック・ショー


 八月に入り、夏休み真っ盛りの公演には、開演前から長い長い列が出来ていた。ぼくがマジックを始めて、テレビなどで取り上げられてから、小学生がやる本格的なマジックということで注目を浴び、夏休みの公演はいつも満席に近かったが、今回は、チケットを取るのも大変な状態になっているらしい。


 原因は、三峯みつみねさんの考えたキャッチコピーを、看板やネット広告に載せたことだろう。


―― 天才少年マジシャン、この夏だけの特別なマジックを披露! これまで明かされなかった幻想的なマジックをお見逃しなく ――


 期間限定であることと、『特別』『明かされなかった』などの言葉に、お客さんが引き寄せられてきたのだろう。

 でも、確かに、かりんがいる夏の間だけしかできないし、これまでぼくがやってきたマジックとは雰囲気がぜんぜん違うので、そういう宣伝文句はまったくウソというわけではない。

 これだけたくさんのお客さんが期待しているのだから、『マジック・ドール』を絶対に成功させなくてはと、ぼくはますます張り切った。


 道具の準備が済んでから、かりんとも念入りに打ち合わせをして、何度も練習を重ねてきた。

 かりんは、マジックのアシスタントなどやったことはないはずなのに、ぼくが少し教えるだけで、だいたいのことを察して動いてくれる。ましてや、日本語にそれほど慣れていないのに、カンが鋭いというのか、ぼくの言いたいことが何でも分かってしまうのだ。

 そのおかげで、短い準備期間で公開することができたのだ。


 本番が始まった。

 ステージを仕切るカーテンの向こうに、『マジック・ドール』の仕掛けを用意し、ぼくはカーテンの前でいつものマジックを披露する。

 カーテンの後ろでは、かりんが、仕掛け箱の中で待機している。


 仕掛け箱とは、ガラス張りの箱を二つ載せた回転式の台だ。前方の箱が四脚のテーブルに置かれたように見えるように作られている。

 前方の箱にはビスクドール、後方にかりんが入り、布でそれをおおっている間に、箱が回転してビスクドールとかりんの位置が入れ替わるというものだ。

 二つの箱の間には、背景の壁と同じ黒い仕切りがあるので、後ろの箱は見えない。

 かりんは、本物の人形になってしまったかのように、後方の箱の中で身体を丸めて息をじっとひそめているのだろう。


 いよいよ、マジック・ドールを披露するときがやってきた。

 カーテンが開き、仕掛け箱が舞台に現れる。ライトが落とされ、箱の中心にぽつんと置かれたビスクドールにスポットライトが当たる。

 ぼくはビスクドールを紹介するように手を差しのべながら、箱の左右を往復する。そして、ガラス面を叩いたり、前後左右をなでたりして、それが全面ガラス張りの箱であることを証明するように動く。

 ただ、仕掛けがないことを証明するだけでなく、まるで箱の中のビスクドールに触れたいのに、触れられないのがもどかしいという仕草をしてみせる。


 そう、このマジックのストーリーは、ビスクドールに恋してしまった男の子が、どうにかして憧れの人形を手に入れたいと願う、という設定だ。


 箱の下には、大きな半円のじく竿さおのついた大きな黒い幕が置かれている。旗を上げるように竿を持ち上げると前方の箱は黒い幕にすっかりおおわれた。

 「ワン……ツー……」とゆっくりカウントしながら、足許のスイッチを押して箱を回転させ、幕のすき間から、かりんの箱が前を向いたのを確かめて、「スリー!」と一気に黒幕を下ろす。


 スポットライトが、膝を抱えて眠っているようなかりんの姿を映し出した。客席から大きなため息と歓声が上がる。


 それを合図に、かりんは顔を上げ、まるでどこからか瞬間移動してきて、見ず知らずの場所に驚いているというように、辺りをきょろきょろと見回すしぐさをする。

 ぼくが脚立を運んできて、台の横に置くと、かりんは立ち上がり、ガラスの壁をまたいで脚立を伝ってゆっくりと舞台へ降り立つ。


 ぼくは、かりんの手を引いて、ステージの前方に案内し、つないでいる手と反対の手を広げ、ふたりそろって深々とお辞儀をする。


 客席の観客は総立ちになって、ぼくたちに割れるような拍手を送り続けていた。



********************



「大成功よ!!」


 舞台のすそに戻って来たぼくとかりんを、三峯さんがまるごと抱きしめて叫んだ。


「素晴らしいわ、素晴らしいわ! ほら、カーテンコールが鳴りやまない。さ、ふたりとも、もう一度舞台に出てあいさつしてきて!」


 三峯さんは、ぼくの覆面マスクと服のえりと、かりんの髪のほつれとワンピースのフリルのひだを、交互にせわしなく直しながら、興奮気味に言った。


 ぼくたちが再びステージに現れると、また大きな拍手と口笛と、まるで外国のショーでかけられるような「ブラボー!」という叫び声までが聞こえてきた。


 会場の、あまりの盛り上がりに、ぼくとかりんだけが、なんだか舞台の上にぽつんと取り残されてしまったような感じがした。

 

 

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