6、かりん、東京へ行く
かりんを連れて東京に帰ってきてから、すぐに夏休みがやってきた。
ぼくは、夏休みに行われるイベントで、毎日、関東の各地をかけ回らなければならなかった。もちろん、三峯さんもぼくといっしょに行動するから、けっきょく、かりんは三峯さんのマンションで、ひとりでいることの方が多かった。
三峯さんのマンションは、東京の中でも特に、いろいろな人が集まる場所にあるので、かりんがひとりで外出するのも心配だ。
かりんを連れてきてすぐ、三人で買い物に出かけたことがあった。
いくら、よくテレビに出ているといっても、ぼくは顔を明かしたことはないし、三峯さんもテレビ局では顔がきく方だけど、一般の人に知られているわけではない。それなのに、ぼくたちはやたら注目をあびてしまった。
原因はかりんだった。
かりんは、いろいろな国からたくさんの人が集まっている東京の町でも、大勢の注意をひくほど、目立つようだ。かりんの人形のような顔つきもそうなのだが、例のフリフリのワンピースがいけなかったのかもしれない。
かりんの持って来た服が、そのほかのものも、あまりにも古くさいものばかりだったので、新しい服を買いに行ったのだ。
かりんの住んでいる町では、そういう服がはやっているのかもしれないが、今の東京では、逆に奇抜に見えてしまう。
ただ、新しいイマドキの服に着替えても、やっぱり目立っていたけれど。
「ひとりの時間が多くて、退屈よね。近所くらいなら自由に外出してもらっていいと思っていたけど、これじゃあ、まずいわね。おかしなスカウトなんてされたら大変だし。何よりまどかくんの未公開のマジックのアシスタントをやってもらうんだから、あまり顔が知れたら困るもの」
マンションに閉じ込めるようで申し訳ないと、三峯さんは言ったが、かりんは全然平気な様子で言った。
「ダイジョウブ。あっちにいても、グランパとはほとんどお話できないし、行くとこなかったから、同じだわ。それより、キョーコの部屋から、おもしろいものいっぱい見える。ここにいるだけで、たのしい!」
かりんは早速、三峯さんをキョーコと名前で呼んでいた。そして、マンションの窓から見える高層ビル群や東京タワーや小さなスカイツリーを指さして、心から楽しそうに言うのだった。
そんなわけで、七月は、かりんをひとり残して忙しくかけ回る日々が続いた。けれど、早くマジック・ドールの仕掛けを考えないと、かりんが東京に来たことが無駄になってしまう。
公演やテレビ番組の収録が終わっても、ぼくは家に帰らずに、三峯さんのマンションで『マジック・ドール』の仕掛けを考えていた。
「マーク、ココにそんなにシワ作ったら、フコーになるよ」
ぼくが必死にマジックの仕掛けを考えているとき、かりんがぼくの正面に座って、ぼくの顔をのぞき込んだ。そして自分の眉間を指さして、言ったのだ。ぼくは、かりんのために頑張っているというのに、からかわれたように感じてムッとした。
「そんなこと言ったって、だれのためにっ! ……あれ、その言葉……」
「ハナがよく言ってた。フコーって、アンハッピーのことでしょ」
「……そういえば、そうだった。かりんは本当にひいばあちゃんと仲良かったんだね」
「オフコース! ……もちろん、って意味ね」
「知ってるよ、そのくらい」
「うふふ、ハナとも、こんな風にお話してた」
かりんと話していると、ひいばあちゃんの家によく遊びに行っていた頃のことが、昨日のことみたいに思い出されてくる。かりんは、ひいばあちゃんからの言葉を伝えに来たメッセンジャーなのかもしれない。
だからやっぱり、『マジック・ドール』のマジックをやることは、ひいばあちゃんがぼくに託した、たったひとつの『お願いごと』なのかもしれないと、そう思うのだ。
ぼくは眉間のしわを消して、張り切って、マジックの仕掛けを書き留めているノートに向かった。
そんなぼくの姿を、かりんは頬杖をついて、楽しそうに眺めていた。
紅茶を運んできた三峯さんが、その様子を見て、うれしそうに言った。
「お、まどかくん、いい顔ね! かりん、まどかくんがこういう顔をしているときは、とってもいいアイデアが浮かぶしるしなのよ。しるし……サインね!」
「オー、マーク! きっといいトリック、できる!」
かりんは、早くもぼくがマジック・ドールの仕掛けを完成させたように、思いっきり拍手した。
しかし本当に、それはすぐに実現した。
マジック・ドールの仕掛けは、これまでやってきた、絵を本物にしたり、無いものを出現させたりするマジックを応用させて、考えついた。
三峯さんが、ぼくの案を元に、必要な道具を注文する。あまり時間がないので、すでにあるものを改良したり、付け加えたりして、なるべく早く出来あがるようにしてもらった。
おそらく、八月に入れば『マジック・ドール』を公開できるだろう。
「かりんの衣装は……、これで十分ね」
三峯さんは、かりんが東京に来た時に着ていた服を指して言った。あのときは、あまりにも場違いな衣装に驚いたけど、舞台の衣装として見たら、これ以上ないというくらいぴったりだ。かりんは、「ほら、見なさい」と言うように、得意げな顔になってぼくを見ていた。
いよいよ、ひいじいちゃんの伝説のマジックを、ぼくの手でよみがえらせることができるのだ。