4、かりん
窓から差し込む光に髪が金色に輝いて、透き通るのように白い顔も、灰色がかった青い目も、不思議な光を発している。
ぼくは思わず、手にしていたビスクドールと、入り口に立つ本物の女の子を何度も見比べていた。
ちょうど、南の窓から差し込んでいた光が女の子を照らしていたので、女の子自体が光っているようで、まるで妖精か何かに見えていたのだけど、女の子がぼくに数歩近づいてくると、その姿はだんだん普通の人間の姿になった。
金色だと思った髪は明るい栗色で、肌の色はやはり白いけれど、瞳は濃いグレーだった。それでもやっぱり、日本人とは違う。人形ほどではないけど、彫りの深い、はっきりとした顔をしていた。
「それ、ユーゴのマジック・ドール……」
ぼくに近づきながら、女の子はぼくが手にしているビスクドールを指さした。
「ユーゴ? マジック・ドール? 君はぼくのひいじいちゃんのことを知っているの?」
「ハナに聞いたから、知ってる」
「ハナって! 何でひいばあちゃんのこと、知っているの? というか、君は誰? 何でこの館にいるの?」
いくらぼくが親戚の顔を全部覚えていないといっても、こんな目立つ外国人の女の子が親戚にいなかったことくらいは分かる。けれど、この館の二階に、こうして入って来れたということは、和江おばさんか、和江おばさんの家族が知っている子のはずだ。
「ハナとはずっと仲良しだったわ。
ワタシ、アメリカのシカゴ住んでる。いつもサマーバケーションで日本のグランパのところ来る。
グランパのところ来ると、ハナのおうち遊びに来て、いつもお話する。だから、ユーゴの話もよく知ってる。
今年も来たのに、ハナ死んじゃったのね……」
ところどころ、本格的な英語の発音で、よく聞き取れなかったけど、ゆっくり話したので、だいたい意味が分かった。つまり、普段はアメリカのどこかに住んでて、日本にグランパ……おじいさん? がいて、サマーバケーション……夏休みに遊びに来るんだけど、そのときにはよく、ハナのおうち……この館に遊びに来て、ひいばあちゃんと話をしていたということだろう。
一年ぶりにやってきたのに、ひいばあちゃんは亡くなっていたので、驚いているのだ。
しかし、昔はぼくも、夏休みはこの家にながく泊まっていたことがあったのに、こんな女の子には一度も会ったことがない。たまたま、遊びに来るタイミングがちがっていたのかもしれないけど。
それに、『ユーゴのマジック・ドールの話』なんて、ひいばあちゃんから聞いたことがない。ひ孫のぼくが知らないことを、他人のこの子が知っていることが、ちょっとくやしい気がする。
ぼくが不愉快な顔でにらんでいるのも気にせず、女の子はぼくに近づいてきて、手の中のビスクドールをなでて言った。
「これなのね。ユーゴのマジック・ドール。このドールは、ユーゴがおまじないを唱えると、本物の女の子になるの」
「え?」
「……って、ハナが言ってたわ。ベリー ファンタスティック マジック!」
「本物の女の子……」
ぼくはおもわず、女の子の姿をまじまじと見つめてしまった。だって、そのマジックは、今ここで本当に起きたのだから。
女の子はにこにこしながら、ぼくを見つめ返した。
「あなた、マークでしょ?」
「マーク?」
「ハナが言ってたわ。マークはユーゴの生まれ変わりって。マジシャンなのよね」
マーク……ひいばあちゃんが、まーくんと呼んでいたから、外国人にはマークと聞こえたのかもしれない。
「マークじゃないよ。ぼくは、ま・ど・か」
「マ、ドゥ、クァ?」
「…………別にマークでもいいや。君の名前は何?」
「ワタシ、カロリーン。ハナは、かりんって呼ぶの。かりんでいいわよ。
それより、マーク。このユーゴのマジック、やってみてよ。ワタシ、ハナにマジック・ドールの話を聞いてから、ずっと見てみたいって思ってたの。そしたら、本当にマジック・ドールがあったなんて。それに、マジシャンもいるじゃない。見せてよ!」
かりんは、マジックに仕掛けがあることを知らないのだろうか? マジシャンは、魔法使いとでも思っているんだろうか?
「あの、マジックっていうのは、仕掛けを考えて、それを分からないようにお客さんに見せるものなんだよ。今、急にやって見せてなんて言われてできるものじゃないよ。夢をこわすようで悪いけど、この人形が本物の女の子になるマジックをするなら、その本物の女の子を連れてこなくちゃ」
かりんは、ぼくの言葉で、ちょっぴり悲しそうな目つきになってだまりこんでしまった。
ぼくは夢をこわすようなことを言って悪かったと思ったけど、本当のことだから仕方ない。ぼくより少し年上に見えるのに、いつまでも幼稚園生みたいなことを信じているなんて、どこかでバカにされるかもしれないじゃないか。
だまりこんでいたかりんは、そのうち腕を組んでため息をつき、片腕を立ててそのてのひらを頬に当て、ななめ上を見つめた。じっと何かを考えているようだ。
しばらくそうした後、急に満面の笑顔になって、ぼくの方を見た。
「アイ、シー! マーク! ワタシがその女の子になる! そのドール、ワタシにちょっと似てない? ワタシ、マークのマジックのお手伝いする!」
ええ? 何でそういうことになるんだ?
ぼくはますます、かりんという女の子の頭の中を疑わなくてはならなくなった。