3、ひいばあちゃんの宝物
それから三日後、ひいばあちゃんのお葬式が行われた。
お葬式のあと、おじいちゃんのお姉さんの和江おばさんが、ぼくたちに、ひいばあちゃんの館の片づけを手伝ってほしいと頼んだので、ぼくたちは帰る予定を少し伸ばすことになった。小学校も夏休み前の短縮授業だし、ぼくの仕事も、三峯さんがうまく調節してくれたからよかった。
ちょうどお葬式にやってきた三峯さんも、お手伝いに駆り出されることになってしまったのだけど。
和江おばさんは、おじさんとふたりで、小淵沢駅のすぐ近くで土産物屋を開いていて忙しいが、ひいばあちゃんが亡くなるまで毎日、ひいばあちゃんの様子を見に来ていた。この館も、管理しているのは和江おばさんなのだ。
その和江おばさんが、片づけのとき、ぼくに少しさびた鍵を渡して言った。
「まーくん。これは、ハナさんがまーくんに渡してって、私に預けていたものなんだよ」
ハナとは、ひいばあちゃんの名前だ。おじいちゃんのきょうだい、つまりひいばあちゃんの子どもたちは、ひいばあちゃんを名前で呼んでいるのだ。
和江おばさんから鍵を受け取ったものの、ぼくはそんな鍵に見覚えはないし、どこの鍵なのかもわからない。不思議そうにそれを眺めていたぼくに、和江おばさんは言った。
「それはね、二階のいちばん奥にある部屋の鍵なんだよ」
二階のいちばん奥の部屋!
そこはずっと『開かずの間』だった。小さい頃、この館中を探検してみたこともあるが、その部屋だけはどうしても開けることが出来なかった。
開かないと余計に気になって、ドアのすき間からのぞいてみたり、庭に行って下から窓をながめてみたりしたけど、その中がどんな風になっているかなんて、全然分からなかったのだ。
あの『秘密の部屋』の鍵だなんて! さすがひいばあちゃんだ。最後にステキな『謎解きの答え』を残してくれたんだ。
「あの部屋は、祐五郎さんの部屋なんだよ」
祐五郎さん……ひいばあちゃんのダンナさん。つまり、ひいじいちゃんのことだ。
「祐五郎さんのお仕事の道具が、昔のまま残してあるんだよ。ハナさんは、それをそっくりまーくんに使ってもらいたいって言ってたの。といっても、全然時代が違うから、使えるものなんて、ほとんどないだろうけどね。ハナさんの遺言だから、一度、お部屋を見てちょうだい。ダメなものは捨てていいから……」
そういうことで、お父さんたちがひいばあちゃんの物を整理している間、ぼくは、ひいじいちゃんの部屋の整理をすることになった。
さびた鍵は、少し鍵穴に入りにくかったけど、何度か抜き差ししているうちに、うまくはまった。それをまた何度か回すと、カチッと軽快な音がして、いよいよ開かずの扉が開いた。
ところどころ、塗装のはげた厚い木のドアを押し開けて中に入ると、ぼくは思わず驚きの声を上げた。
南東の角にある部屋はまぶしい光にあふれていて、ぼくがずっと想像していた、薄暗いくもの巣だらけの部屋とは、全然様子が違っていたからだ。
そして、部屋の中には、テレビ番組でしか見たことがないような、古い家具や置物や、レトロな道具が、きれいにみがかれて、整理されて、置かれていた。
ぼくたちには『開かずの間』だったけど、ひいばあちゃんは、いつもここを開けて、きれいに掃除をしていたのだ。
そしてもう何十年も前に亡くなったひいじいちゃんの形見を、大切に大切にしていたのだ。
明るい陽射しの差し込む南の窓の前には、大きな木の机が置かれていて、その上には、ひいじいちゃんが読んでいただろう古い本が並んでいる。日本語の小説や、絵画集、写真集などもあるが、半分くらいは英語やどこか知らない国の言葉で書かれた本で、ぼくにはそれが何について書かれた本なのか、さっぱり分からなかった。
てきとうに、その一つを開いてみると、中には、マジックの様子が描かれたイラストが載っていた。
「これ、マジックの本なんだ!」
ひいじいちゃんの時代にはまだ珍しかった『奇術』を、ひいじいちゃんは、他の国の本で勉強していたのだ。
ぼくはめまいがしそうになった。ひいばあちゃんの話で、ひいじいちゃんがすごい人だと知ってはいたけど、こんなに努力していたなんて。
机の横には、大きな棚があって、そこにはおそらくひいじいちゃんが『奇術』で使っただろう『道具』が、飾り物のようにきれいに並んでいた。
お馴染みのステッキや、造花、万国旗、大小さまざまなトランプ、カップやピンポン玉、古典的なマジックに使う道具ばかりだが、今でも十分使えそうなくらい、手入れが行き届いている。
ぼくがマジックをやり出したので、にわかにひいばあちゃんがしまってあった物を出してきたわけではなく、ひいじいちゃんが亡くなった後から、ずっと大事に手入れしてきたに違いない。
ぼくはひいじいちゃんに直接会ったことはないけれど、どれほど仲の良い夫婦だったんだろうと、想像ができる。
それにしても、今はあまり使われないような古い道具は、かえってぼくには珍しくて、どれも興味深かった。手に取って、裏返したり、横からのぞいたりして、ぐるりと点検すれば、だいたい仕掛けが分かるものばかりだけど、実際それをどうやってお客さんに分からないように見せるかがマジックなのだ。『昭和の大奇術師』といわれたひいじいちゃんのことだから、その手つきは鮮やかだったに違いない。
棚の隅に、黄ばんだスクラップブックが数冊立てかけてあった。開いてみると、新聞の切り抜きやチラシが貼られていて、それが載った日付が、ひいばあちゃんの字で書かれている。
―― 世紀の奇術師 ユーゴ現る! ――
―― 現代に蘇った魔法使い! ユーゴ! ――
古い、ちょっとわざとらしい文字で、そんな派手な宣伝文句が書かれた切り抜きが、いくつもいくつも貼ってあった。
ページが進むにつれて、それは日本語だけじゃなくて、英語のチラシが中心になっていく。ぼくには全部読めないけど、Magicやら、Yugo Saijoやらの文字は見つけられた。
『すごい! ひいじいちゃん、海外でも公演していたんだ!』
なんだか、たいへんな宝物を発見した気分だ。ぼくは、もっとすごい発見があるんじゃないかと、時間を忘れて夢中で部屋中を探し回った。
そして、『それ』を発見したのは、部屋を隅々までひととおり見て回った後だった。
あちこちこすれて、表面がボロボロになった革のトランクの中に、小道具と一緒に並べられていた。そこの周りだけ、中の物を傷つけないように、真綿がたくさん詰められていた。よほど大切なものなのだろう。しかし、大人の男の人が大切にするようなものではないのが不思議だった。
それは、顔や手足が陶器で出来ている、灰色がかった青い瞳と、透き通るような金の髪をした『ビスクドール』だった。たっぷりフリルをあしらったエプロンドレスを身に付けて、本物の革で出来たブーツをはいている。金の髪には、ドレスと同じフリルのカチューシャを付けている。
コレクターがいて、何百万円にもなるという話をテレビで観た気がするが、それと同じものなのだろうか。その時観た人形よりは、二回りほど小さいので、トランクの隅に収めることができたのだ。
ぼくは、壊れないように、慎重にその人形を取り出した。おそらくマジックの道具だったのだろうけど、丁寧に点検しても、その人形には何の仕掛けもないようだった。
一緒に収められていた道具も、それとは関係の無さそうなものばかりだった。
「いったい、何に使っていたのかな? それとも、単に、ひいじいちゃんの趣味?」
ちょうどそうつぶやいたとき、後ろで女の子の声がした。
「ワタシ、知ってるわよ、その人形のこと!」
振り返ったとたん、ぼくは自分の目を疑った。そこには人形がそのまま人間になったような女の子が立っていたのだ。




