1、さよなら、ひいばあちゃん
その日、ひいばあちゃんが亡くなった。亡くなったって、家から電話があったと、マネージャーの三峯さんが、青ざめた顔で、公演を終えたぼくに伝えたんだ。
三峯さんは、ひいばあちゃんに会ったことはないのに、ぼくよりも悲しそうな顔をしている。
ぼくがいつも、ぼくのいちばん好きな人は、ひいばあちゃんなんだって、話していたからかもしれない。
大丈夫だよ、三峯さん。ぼく、もう二年以上、ひいばあちゃんに会っていなかったし、もう九十五才だから、いつかはこんな日が来ると思っていたし、そのいつかが来ても、ぼくが最期に会えることはないだろうなって、分かってたから。
ぼくの方が大人みたいに、三峯さんをなぐさめて、三峯さんは、それでもぽろぽろと涙をこぼした。
「とにかく、しばらく予定をキャンセルして、小淵沢に行かないとね。今日はこのまま、お家に送っていきましょうね」
担任の先生みたいな口調で、三峯さんが言った。目を真っ赤にはらして、声が震えているくせに。でも、代わりに三峯さんが泣いてくれたから、ぼくはそんなに泣かなくてよさそうだよ。
ぼくは、大きくうなずいた。
家に帰ると、お父さんもお母さんも、凛も、芭瑠登も、支度を整えて待っていた。
三峯さんは、ぼくの家族に向かって「この度は、ご愁傷さまです」とあいさつすると、またぐすぐすと鼻をすすっていた。お父さんもお母さんも、それに静かに頭を下げている。
その光景を見て、ぼくは、大変なことが起きたんだということに、やっと気付いてきたんだ。
「魅登嘉くん、お葬式には参列させていただくわ。お仕事のことは気にしないで、ゆっくりひいおばあさんとお別れをしてね」
三峯さんは、車の窓から覗いてそう言うと、ぼくがうなずくのを確かめて、車から離れていった。お父さんの運転するセレナが、三峯さんを残して走り出した。
ひいばあちゃんの待つ、山梨県、小淵沢の森の中に立つ、古い大きな洋館に向かって……。
ぼくの名前は、西条 魅登嘉。小学校五年生。
たぶん、漢字だけでは読めないと思う。『さいじょう まどか』っていうんだけど。
親が、今流行りのキラキラネームを面白半分に付けたのでしょう? すぐに読んでもらえなくてかわいそう、なんて変な同情をされたこともあったけど、この名前は、ひいばあちゃんが付けてくれたんだ。
二つ下の妹の凛という名前も、五つ下の弟の芭瑠登という名前も、そうだ。
昔も、難しい漢字を組み合わせた名前の人はかなり居たらしい。
ひいばあちゃんが、一字一字願いを込めて付けてくれた名前だから、読みにくくてもぼくは気に入っている。
けれど……。
ぼくはいま、覆面を付けてマジックをする『天才少年マジシャン 西条まどか』として、テレビに出たり、マジックの公演をしたりしている。自分で『天才』なんていうのも変だけど、そういう名前で通っているので、しかたない。
テレビに出るときには、魅登嘉なんて読みにくい字では覚えてもらえないと、しかたなく、ひらがなの芸名にすることになってしまった。本当はひいばあちゃんのくれた名前で出たかったのだけど。
そう、ぼくのいちばん尊敬する大人は、ひいばあちゃんなんだ。ずっとずっと昔のことも知っているのに、最近の流行にも敏感で、何でも新しいことにチャレンジするひいばあちゃん。
ぼくは会ったことはないけれど、『昭和の大奇術師』といわれたひいじいちゃんのことが大好きで、ひいじいちゃんの話をよく聞かせてくれたひいばあちゃん。
そのお蔭で、ぼくはマジックが得意になったんだ。本当は、それだけじゃないけどね。
その、ぼくがいちばん尊敬する、大好きなひいばあちゃんが亡くなった。
けれどそれが、あの出来事のはじまりだったんだ。
あと少しで夏休みと、うきうき、そわそわし始める、七月の半ばのことだった。