第四話『人殺し』
次で物語がやっと始まります。
結局、俺が人を轢いたためライブハウスに行けるはずもなく、朝までダーツバーで遊んでいた。
ダーツバーのマスターは勘が鋭いのかわからないが、俺らの心情を察し、普段は夜の12時に閉めるのに朝まで営業していた。
マスターの笑顔のおかげで少しだけ心が安らいだ気がした。
この日が金曜日だったため、土日は寝て食べるだけの生活をした。
轢いてしまった奴がどうなったか考えると、吐き気が起こるから、なるべく考えないようにして二日間を過ごした。
ただの二日酔いかもしれないと考える暇さえ無かった。
月曜日、ちゃんと先生に謝らなければならねぇと思い、吐き気を堪え、なんとか教室まで来れた。
ん?騒がしい。
もう授業が始まってもいい時間帯なんだが…。
ガラガラと引き戸を開けると、何組かのグループで話してて、黒板には『集会後自習』と書かれていた。
「おう拓真。また遅刻かよ」
「どうだ、参ったか」
「何に参るんだよ?(笑)」
クラスメートの一人が話し掛け、俺がそれに応える。いつもの風景だ。
だが、なんか違うぞ。
いつもの会話の中に緊迫とした空気が流れてる。ここは異世界か?
「おう拓真。来たのか」
「よう剛」
剛もなんか緊迫とした空気が流れてる。異世界の住人なのか?
「ちょっと便所付き合ってくれねえか?」
「別にいいけど」
俺達はコソコソと教室を出た。
教室を出た途端、この階にトイレがあるのに、渡り廊下を通り、特別な用事でしか使わない校舎へと入り、そこにある男子トイレへと入った。
「どうしたんだよ。トイレなら教室の近くにあったじゃねえか」
俺はダルそうに尋ねる。
「ここじゃなきゃダメなんだよ」剛は真剣なまなざしを俺に向けながら答える。
おい!まさか禁断の告白か!?
剛がジワジワと俺に近寄る。
俺は普通の青春がしたかったな…。
「若林先生が轢き逃げにあったんだよ」
はぁ、若林先生が轢き逃げね……!!!
「どこで!?」
「声でけーよっ」
「どこでよ?」
注意されたから小声で訊く。
「金曜日にあのライブハウスの前で」
「マジかよ…!?」
おい…まさか、犯人はバイクに乗っていた。とかじゃ……。
「警察が調べたらよ、バイクだと思われるタイヤの跡があったんだと」
俺の心の中を読まれたかのように剛が答える。
「それってよ、まさかな……」
全身が寒気で覆われていく。足も震え出した。窓が開いているわけでもない。
「まだ決まったわけじゃねえって」
剛が必死にフォローする。
そんな剛も、唇が震えてるじゃねえか…。
「俺に決まってるじゃねえか!」
「だから声が――」
「俺が先生を殺したんだ」
「落ち着けって――」
「俺が先生を…」
「まだ死んだわけじゃねえって!」
動揺している俺の肩を掴み、剛が怒鳴る。
まだ死んだわけじゃない。
俺はその一言で希望が満ちた。また先生がチケットを俺らに売り裁く姿が目に浮かんだ。
「だけど…」剛が話を続ける。
「歩けないんだと」
全ての雑音が聞こえなくなっていた。
トイレの換気扇の音も、微かに聞こえてたどこかのクラスのざわめきも、全て聞こえなくなった。
「教師も辞めるし、バンドも解散するってよ」
ただ剛の話す声が、耳の奥まで届いた。
気付いたら俺はショルダーバックを背負い、家路を歩いていた。
無意識の内に早退してしまったのだ。
ショックが大きかった。俺が若林先生の人生をグチャグチャにしてしまった。償おうとしても償えないぐらい大きなものを、なくしてしまった。
俺は一体、これからどう生きればいいのだろう。
荒川は太陽光の反射でキラキラ輝き、太陽が光を放ち、視界に入るとすごい眩しい。空は、綺麗だ。
「空はいいよなぁ」
気付いたら詐欺師と同じような事を言っていた。何考えてるんだ俺?子ウサギの死体なんて売りたくねえよ。
しかも、偶然にも前方に詐欺師らしき人物がいるし。
折り畳み式のパイプ椅子に座って、アコギを弾いている。何の曲を弾いているのかわからない。
気付かずに通り過ぎようとしたら、小声で何か歌っている。俺は気になり、そっと耳をすます。
ペペロンチーノが世界を制する。
ペペロンチーノが世界を制する。
この曲は…。
俺が歩むのを止めた途端、詐欺師はニヤリと笑い、「久し振りだな」と言った。
もしや俺、ハメられた!?
「はぁ、久し振りです」俺は徐々に後ずさりしながら応える。
「逃げるなよ、今日は何も持って来てない」
確かに白いバンのトランクからは、開いてあるアコギのケースしかない。俺は安心した。
「どうしたんだよ、なんかあったか?」
詐欺師が核心をついた質問をする。
瞬時にさっき起きた事が蘇ってくる。
「俺はとんでもない事をしたかもしれない。いや、それは俺がしたのかもわからない。むしろ後者の方を期待している。そんなんだったらまだ俺は反省してないのかな」
俺は遠巻きに話し始めると、詐欺師は数回頷き、白いバンを指差し「乗れ」と俺に言った。
何考えてんだ?こいつ。
だが、詐欺師は俺の考えを破壊するかのように、俺を助手席に引きずり込み、ドアを閉め、シートベルトを締め、エンジンを吹し、アクセルを踏み発進させる。それをビデオを早送りさせたような早さで行なった。
もう逃げられないと確信した俺は、シートベルトを締めようと後ろを振り返った。
「よう」
「おっ、よう」
剛に挨拶を済ませ、シートベルトを締める。
ん?
「なんでここにいるんだよ!?」
後部座席には剛だけではなく、山田、藤原も乗っていた。
「拉致られた」
山田が詐欺師に指を差し、小声で状況を説明する。
一方、犯罪まがいな事をした詐欺師は笑顔で口笛を吹いている。
本当に何がしたいんだ?この男。
バンが大通りを出て15分後、ある所に到着した。
そこは街で一番でかい総合病院だった。
「行くぞ」
詐欺師が車を降りて、俺達を誘導する。仕方なく詐欺師についていく。
何回か逃亡を計ろうとしたが、その度に詐欺師が笑顔で「無駄だよ」と呟いたから怖かった。
七階のある病室に着くと、詐欺師はノックをしてゆっくり引き戸を開けた。
そこには、ベッドで横たわってる若林先生がいた。