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第三話『汚点』

「だから…(早送り)」

 今日も何かが気に入らなかったのか、長いだけの説教を受ける事になった。

 何が気に入らないのだろう。

 

 生徒指導の指には絆創膏が巻き付けてある。ガラスで切ったそうだ。

 その背景には割れたガラス窓。誰かが野球をやって割ったそうだ。

 俺らの手にはグローブやバット。俺らが野球を職員室付近でやっていた。

 何が気に入らないのだろう。

 

「だから言ってるだろう!バームクーヘンは」

「管に何回も生地を塗るから層が出来るんですよね!?」よせ!やめろ!山田。

 生徒指導部長の話を妨げると、大変な事になる。

「…いい度胸だな…山田」

 職員室が微かに揺れ、職員の机のペン立てが倒れる。割れたガラスが振動により、ヒビが入った。

 部長がキレたぞー!

 

 キーンコーンカーンコーン。

 校内にチャイムが響いた途端、生徒指導部長の怒りが収まった。

「あー、三時間目は数学だったな」

 ラッキー!

 片岡は数学教師だったんだ。興味すら持ってなかったから助かったぜ。

「若林先生、私が戻ってくる間見ててくれ」

「わかりました」

 若林先生が了承してくれたおかげで片岡は早めに職員室を出た。

 なんてラッキーなんだろう。

 真冬にストーブと暖房で包まれた省エネなんて言葉も知らない職員室に、一時間以上もいれて、さらに若林先生と話すなんてほぼ休み時間だ。

 

「ガラスを割るからバームクーヘンに話が変わるとは思わなかったな」

 若林先生が呆れた顔で話す。

 若林先生は新任と同時に生徒指導部に入ったが、指導しないため、唯一生徒の事を理解してる教師だ。年も近いから話しやすい。生徒の人気者だ。

「まさかガラスに見立てた飴で菓子だって作るのは大変って話になって、バームクーヘンですよ」

 藤原がため息を吐く。

「大変だったよ。職員会議でハバネロの話になった時は…」

 若林先生がその事を思い出し、藤原と同じようにため息を漏らす。

「それはお気の毒で」

 剛が頭を下げる。

「お前なぁ」若林先生は笑いながら剛の頭をペチンと叩く。

 全ての教師たちよ、これが俺たちの望む教師像だ。

 

「そういえば、お前ら今週の土曜日暇?」

「はい、暇です」

「その日俺らのライブがあってさ、そのライブにレコード会社の関係者も来るんだ。大切なライブだからよ、お前らに見て欲しくって」

「もちろん、絶対に行きます!」

「おう!じゃあゲストに入れておくからよ」

 若林先生が本棚から一冊の書類を出し、何枚か紙をめくって、名簿に俺らの名前を書いた。ゲストは俺らだけらしい。

 若林先生は教師として働いている最中、バンドも頑張っている。オロチクローズというバンドで、歌が俺ら向けに作られてるため聞きやすい。

「今何人買ったんですか」

「お前らを除いて50人ぐらいだな。先生には内緒な」

 若林先生は人差し指を立てた。

 一か月前、生徒にチケットをさばいている所を、不運なことに片岡の耳に入り、クビになるところだった。だから休み時間や昼休みにはそう容易く売れない。

「必ず行きますよ」

「頼むな」

 

 そして土曜日になった。

 最初は電車で行こうと考えたのだが、駅からライブハウスまで遠い事が判明し、バイクで行く事になった。

 コンビニに集合だが、俺が着いた頃にはみんな居て、おでんを肴に、酒を飲んでいた。俺が来るまで待ってて欲しかった。

「お前が遅刻するなんていつもじゃん。前なんかダーツバーが閉店した後来たし」

 藤原がいつの間にか買ってきたするめを噛みながら愚痴る。

「山手線五周したんだっけ?」

「八周だよ」

「ダッセー!!」

 山田がバカ笑いしている。

 一週間前、新しくできた二十四時間営業のアミューズメントパークで朝まで遊び、そのまま学校に行って、早退して寝ようとしたが、同じクラスの中島がバイトしているダーツバーに行こうという事になり、一人山手線に乗ったが、寝過ごし、起きた時には出発駅を八周していた。目的駅に着いた時には、ダーツバーは閉店していた。

 俺はそんなに夜に強くないって。

 

 俺の痴態に笑いながらも、俺たちはエンジンを吹かし、ライブハウスへと向かった。

 フルフェイスじゃないとこの冬にバイクは跨げない。

 だが、俺らぐらいバイク好きになると、こんな風も衣服に思える。

 俺らは缶ジュースだ。

「なぁ、若林先生デビューできるのかさ?」

「できるだろ」

「あんないい唄、世に出さなきゃもったいないって」

 

 文学的でもないし、難解でもない。なのにこんないい歌詞を書け、さらにその歌詞にフィットしているサウンドは絶品だ。まさしく、オロチクローズはデビューしなきゃいけないんだ。

 

 気がつけば、もうライブハウスは目の前だった。

「よし、ついた」

「早いなぁ。まだ時間あるけどどうする?」

「うーん…」

 俺が考えていると、「拓真!前!」という山田の呼び掛けに気付き、前を向いた途端、何かにぶつかった。

 俺は慌てて、ブレーキをかける。猫だったらよかったが、猫はパーカーなんか着ないよな…。

 

 

「俺、人轢いちゃったよー!」

 

 

 倒れている。「おーい」と呼んでも応えない。冷や汗まで出て来た。

「うわぁ、ついにやっちゃったよ、人殺し」

「なんで前見ないんだよ!」

「すまん、つい出来心」

「じゃあこれは故意か!?」

「違うって」

「どうしよっかぁ、埋めよっかなぁ」

「酔った剛は相手にするな」

「おい!誰か来た!」

「やべ、逃げるぞ」

「お前は轢いたんだからいろ!」

「嫌だよ」

「捕まりたくないよ」

「逃げるぞ!」

 

 俺たちは何回もエンジンを吹かし、逃げた。

 後ろからは「待てよ!」と俺らを呼び止める罵声が響く。

 夜の街の中で、罪を犯した四台のバイクが走り回っていた。


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