第一話「いつもの日常」
事情によりカツオから常煮一人に変わった僕が書く、バンドストーリー【空に歌えば】をお願いします。
男はアコースティックギターを弾き、空を眺めていた。
俺は川原の土手に黄昏ているその男に声を掛けようと思ったが、彼が弾くその音色は、聞いた事がないのに何故かすぅーっと耳に入り、出て来ない。閉じ込められた感じだ。頭の中で何度も繰り返される。俺は固まったままその男の演奏を聞いていた。
今日、そんな夢を見た。
「さみー」
冬だから当たり前だ。と思ってしまったが、あまりに寒すぎて、無意識に出てしまった愚痴。
「冬だから当たり前だろ」
俺と思った事を言ってくれた中原剛は、どこに忍び込ませておいたのだろうと疑う使い捨てカイロを両手で挟み、何回も擦っている。
「貸してくれ、中原様」
「やじゃ」なんてかわいらしい返事だろうか。
「いいじゃねえかよー!!こんな寒い日はストーブだけじゃもの足りないって」
俺がブツブツ屁理屈を言ったが、それはことごとく崩された。
「何がストーブだ。ここ、貯水タンクじゃねえか」
あっ、忘れてた。
我が校にある四つの貯水タンクのうち、一つを私、稲垣拓真とその友人、剛くんが占領していたのだった。
「なぁ、剛。そろそろ秋冬用のサボり場所見つけようぜ。さすがに貯水タンクは辛すぎる。なんか『下は冷水、上は猛吹雪、これなーんだ?』みたいでさ、寒すぎるのなんのって…」
寒すぎる。さむすぎるのだ。
まるで氷の上で寝てる気分で、私の辞書に「ぬくぬく」と「ぽかぽか」と「ほっかほか亭」はありません。て、まるでナポレオンみたいな名言が浮かんでしまう程寒いのだ。
寒さに提供してる方も、こんな場所に寝転がるなんて…と苛立ってきて、冷たい空気をガンガンと流してるはずだ!絶対。
「もー、我慢できねぇ!頼むからカイロ貸せぇ!」
俺は剛に覆い被さり、無理矢理にでもカイロを奪おうと企んだが、やはり小、中とバスケを経験した奴は違う。意地でもボールを離すもんかとコート上で誓ったかのように、カイロを離さない。
「お、おい、馬鹿…!先生に気付かれるだろ…。静まれ、静まれ…授業中だ」
時代劇の見過ぎだ、と突っ込んでしまうようなボケをかます程余裕があるとはムカつく。こうなりゃ…くすぐっちゃえ!
剛は何かを感じると、ギャハハハ!と大声で笑い始めた。
「ばっ、馬鹿ぁ!ギャハハハ、やめ…グハハハ、やっ…ハハハハ、無理…無理…死ぬ…ダハハハハ!」
右手はカイロ、左手は剛の脇腹付近をまさぐる。
剛は体をよじらせながら悶え笑う。だがカイロは離そうとしない。くそっ!いい加減諦めたまえ!
「よこしな…。さもなければ…。加速!」
「よせぇえええ!」
くすぐり攻撃が佳境を迎えた時だった。カイロが見事に半分に破れ、上半身と下半身に別れた。俺が掴んでいた上半身は、俺の手から離れ、中身とともに貯水タンクから転がり落ち、グラウンドに打ち付けられた。下半身は中身がなくなりもぬけの殻となり、剛の手の中で眠っている。とんでもない殺人事件が起こった。
「ばかぁ!俺のぬくもりが…、俺のワイフがぁ…」
剛のワイフになられてもカイロはどうすればいいかわかんないだろうな。なんて考える暇もなく、剛は俺の肩を何回もバシバシ叩いている。痛い。もう正直に謝るしかないようだ。
「正直すまなかった」
「すまなかったじゃ警察はいらねえんだ。返せ!俺のぬくもりを返せ!」
カイロを破られただけで警察呼ばれても困るのは警察だよな。
俺はもう少しで泣きそうな剛を見て「わかったよ」と言って、そっと抱き締めた。だが、「気持ち悪い」と誰もが言いそうな返答をし、俺を押し退けた。ば、馬鹿!貯水タンク屋上にあるんだぞ!カイロだけじゃなく俺も殺すのか!?
そうやって俺が慌てている時、授業中には珍しい、ピンポンパンポーンという誰かが呼び出される合図が鳴り響く。まず職員の呼び出しだろう。
『授業中なのに貯水タンクの上で馬鹿やってる二年三組の稲垣拓真と中原剛。今すぐ職員室に来なさい』
ピンポンパンポーン…。
俺らじゃん!?
誰が!?ここは屋上だろ!?職員室からじゃ見えないだろ!?俺は誰も答える奴がいないのに次々と質問していた。
「何やってんだ!?逃げるぞ!?」
おお、そうだ。剛のもっともな意見に賛同し、俺らは貯水タンクを飛び降り、唯一の屋上と校舎を繋ぐ出入り口の戸に手をかけ、ガラガラと開ける。
この戸も、最初の方は南京錠が付いていたが、古臭いため、蹴ればすぐ取れる。だが、取れたのが先生にバレ、鍵をつけたが、その鍵がピアノを開けるような鍵。針金を曲げ、入れ、捻るとすぐ開く。頑張れよ鍵!
だが、戸を開けてすぐ足を踏み入れる踊り場に置いてある古びた椅子に、古典の授業中の古川がケータイ片手にニヤニヤ笑っている。チラッと見えたディスプレイには貯水タンクで馬鹿やっている俺らの模様が15秒に渡って流されている。
メールで添付しやがった!
女子高生が友達の彼氏の浮気を見つけた時にやる、内部告発と同じじゃねえか。
「だから真央ちゃんは三回転半ジャンプを出来るようになったんだよ…分かるか?」
わかりません。
結局逃げる訳にもいかず、俺らは古川の今風な手によって捕えられ、職員室という檻に放り込まれ、生徒指導の話を聞く事になりかれこれ二時間。長い。つまんない。もうすぐ昼休みだ。腹減った。でも職員室の中あったかい。
様々な思いを胸に秘めながら、生徒指導の話を聞く。長い。こいつに限らず先生という職人は、なんでこうも長い話が出来るのだろう。別にすべらない話なら何時間でも聞ける。むしろ望む。だがつまんないんだ。しかも話の広げ方がおかしいんだ。俺らの努力の無さ→浅田真央の努力→パンダの人工増殖と広げている。
確かに俺らは努力が無い。浅田真央が三回転半ジャンプ出来たのはすごい。パンダを人工的に増殖?やろうと思ってもできねぇよ。
だけど関係ねえじゃん!
そんなの関係ねぇ!はい、オッパッピーじゃん!
小島よしおを崇拝するよ。よく俺の気持ちを的確に、なお面白く表現したもんだ。
俺の頭の中で小島よしおが舞っている途中で、昼休みを告げるチャイムが鳴った。「おー、昼休みかぁ」と生徒指導が小さく欠伸しながら言う。疲れたのか?なら短くしろ。
ついに生徒指導も腹が減ってる、という単純な理由で解放された。すると、不機嫌そうに俺らを待っていた藤原正則と山田悠哉が「来た来た」と小さく呟いた。
「よう、待たせたな」
「待たせたな、じゃねえよー。何回職員室に呼ばれたら気が済むんだよ?」
俺は詫びの気持ちを込めた気持ちで言ったのだが、正則に対しては機嫌は取れないようで愚痴をこぼし始めた。
生徒指導のあいつに言ってくれ。
「もういいじゃねえか。早くいかねえと学食の席無くなるぞ」
腹が減ってるようで山田が急かす。とりあえず俺も腹が減ったから四人で学食に向かった。
ここの学食は種類も豊富、味もなかなかイケると好評で常に行列、もみくちゃになり、せっかく買った食券を無くす奴も跡が立たない。だけど、随分遅く来たようで、行列など無く、入れ違いで女子四人組が席を立ったからこれはチャンスだと確信し、サッと席に座る。
もう食券は渡したから、後は出来るのを待つだけ。だが、作り置きしておくから早く、数分も経たないうちに「カレー待ちの子ー」とおばさんの大声が食堂を埋め尽くす。
カレー、ラーメン、鮭定食、うどんがテーブルに並び、食べ始める。
「生徒指導の片岡めー、話長すぎだってのー」
俺は辛めに見えるカレーを頬張りながら愚痴をこぼす。うん、やはり辛い。
「ちょ、馬鹿、飯粒が飛ぶって!」
俺の向かいでラーメンをすすっていた藤原が、ひょいと器を持ち上げる。猫手じゃないのか、藤原…。いいな。
「あれ話聞いてたけどよー、なんか話ごっちゃになってなかった?」
悠哉が向かいにいる剛に賛同を求める。
片岡、他の先生よりも人一倍声がデカイからな。マイクがいらないから電池代が安くなるね。いいじゃねえか。片岡、あんた学校に必要な人物だよ。
「なってたかも!なあ、拓真?」
話の内容を思い出した剛は、同じく説教を受けた俺に賛同を求める。そういえば、そうだったな。
「なんだっけ?浅田真央の愛犬、リンリンとか言ってたよな?」
「言ってたわ!」
「犬にリンリンはないよな」
「パンダもエアロなんて付けないし」
「荒川静香なんも関係ねえし」
「てか三回転半ジャンプに犬何にも力貸してねぇっての」
「『真央はリンリンのおかげであのジャンプを成功したんだ!(片岡の真似)』」
「ダハハハハ!」
「真央って呼び捨てー」
「娘かよ!」
「あいつより真央ちゃんの方が偉いし」
「リンリンも滑ってたらしいよな」
「犬用あるん?」
「ねーよ!」
「ダハハハハ!」
俺らの爆笑を打ち消すかのように、あの地獄の音色が校内に響いた。
ピンポンパンポーン。
『二年三組の稲垣拓真、中原剛。二年四組の藤原正則、山田悠哉。職員室、片岡まで。ふふふ…』
何故だ!?
俺が焦っていると…肩に黒い小石みたいな塊がくっついている。
俺と剛の肩を見る…。うん、盗聴器だね。犯罪だよね…。
俺が盗聴器を確認していると、どこからか足音が聞こえ、気付いたら食堂の出入り口を二人の職員が封鎖した。
こ、これは…片岡チルドレンだ!!
片岡チルドレン。片岡を尊敬し、片岡の使命を必ずやり遂げる者達。ある説によると、片岡に他人には言えない弱みを握られ、嫌々片岡の言う事を聞いているそうだ。
片岡チルドレンに捕えられた俺達は、片岡の長話を聞かされる事に…。
今度は石油の高騰を中心に話が広がりました。
次回、詐欺師に出会います。