その2
いつの間にやら意識は完全に落ちており気が付いたときには、会場前までついていた。
「着きましたよ。早乙女君」
よだれをぬぐい車の中から辺りを見渡すと、そこらじゅう人だらけ。
老若男女全国各地からこの大会を見にきた人たちだろう。
カードゲーム大国日本。
この大会の優勝者は国の代表として世界戦に出られるがここ数年は日本から選出されたカードプレイヤーがことごとく優勝している。
ある種、国内一は世界一と評されるほどにレベルの高いもので、その次世代のスタープレイヤーの顔を一目みたいという当然だと思われる。
本当に自分のような初心者がこんな大舞台に立てるとは思ってもみなかった。
「さ、行きますよ。デッキは持ちました?」
「はい。あります」
「体調は?」
「万全です」
「……緊張してますか?」
「はい。……少し」
こうして会場を見てしまうと眠気なんぞはすべて緊張に変わってしまう。
車のドアを開ける手がぷるぷると震えて汗がじわりじわりと額から出る。
「緊張はいけないことではありません。ほどよい緊張感はプレーイングをより高度なものへと昇華させますから、安心して緊張してください。安心して失敗してください」
肩をぽんぽんと軽く叩かれて送り出される。
「気をつけて。深呼吸」
先生の笑顔と深呼吸のアドバイスで多少勇気が出た。体はいまだがちがちに緊張しているが心は少し穏やかになった。
「はい、行ってきます!」
車から外に出ると、熱気でまた頭がくらくらしそうになった。
今度も後頭部をがしがし叩いてめまいを止める。
人だかりで混雑している正面入り口ではなく裏口のほうに進んでいくと『選手用専用入り口』と立て札を発見した。
大会スタッフだろうか、緑のキャップをかぶった男性に声をかけられる。
「早乙女選手ですね」
「は、はい」
選手といわれ緊張に拍車がかかった。
喉が渇く。
スタッフに連れられて控え室まで移動する。
控え室につくとスタッフに『準備が出来るまでこちらで待機してください』といわれた。
スタッフがいなくなったあと、部屋を確認する。
備え付けの水道があったので、それに手を伸ばし水を飲む。
「うぇえええ」
のどの渇きが癒えた。
だがそのあとは、嗚咽が止まらなかった。
緊張からくるもので吐きはしなかったが、目に大粒の涙がたまる。
嗚咽をして水を飲んでは冷静さを保ち、また数分もすると嗚咽がはじめる。
あまりにもこのループがひどいので、デッキを見て落ち着くことにした。
何度も何度も調整を行い再構成を行い、クラスメイトにも手伝ってもらって完成したデッキ。
「落ち着いてプレーすれば勝てる、落ち着いてプレーすれば勝てる」
カードを再確認しながら呪文のようにつぶやく。
そうこう緊張を取り払うのに苦戦していたらあっという間に時間が来てしまった。
「時間です。スタンバイお願いします」
そうして緊張をぬぐえないままに、大会スタッフに誘導されて会場の裏で待機することになった。
外で見たとおり当然のごとく会場は超満員。
カードゲームの国内一位を決める戦いを一目見に多くの人が集まった。
一週間にもおよぶトーナメント戦の末、ついに決勝戦。
対戦カードも白熱する要因になった。
ひとりは無冠の王者、過去国内戦や世界戦などに幾度も挑戦しているものの優勝したことはなく、いつも残念な結果になっていた実力者。
もうひとりは、全国大会初出場孤児院出身でで決勝戦にきたダークホース。
市場予想とは大きくことなる対戦カードに人々の目は釘付けになった。
そんなダークホースの俺は大舞台で緊張しきっていた。
熱気と興奮。
市内の小規模の大会ですら、数回しか出ていないのに今年はこの大舞台。
用意したデッキを何度も見ては手についた汗をぬぐう。
緊張で動悸がとまらない。
心臓が耳の横にあるのかと錯覚するくらいやけに鼓動が大きく聞こえる。
加速していく呼吸を何度も何度も深呼吸をして正常に戻す。
「今までやってきたことをやるんだ」
舞台裏で呪文のように自分に言い聞かせる。
「みなさまお待たせしました。選手入場です! 赤コーナー。本日のダークホース、前例にない初出場決勝進出を成し遂げ前代未聞の初出場初優勝を成し遂げるのか。早乙女あきぃいいいいらああぁああああ!!!」
アナウンサーの声が聞こえる。
スタッフの指示で入り口まで案内されてがちがちに緊張したまま向かう。
右手と右足が一緒に出てしまう。
一緒に出ているのを意識してやめようとすると、余計に体が固まって不自然な動きなってしまった。
「いつもどおりでー」
「頑張ってください」
「大丈夫、楽しんでいきましょ」
あまりにも緊張していたのが伝わったのか、スタッフの人達からエールをもらう。
がちがちに固まった笑顔を投げ返すがスタッフは苦笑いしていた。
ゆっくりと歩き出すと横から花火が上がった。
爆音と横から噴出す火花。
突然のことで立ち止まってしまったが、後方から『あぶないからそのまま進んで!!』と、怒声のような指示が飛ぶ。
「は、はい!」
声がうわずる。
おっかなびっくりで会場中央に位置してあるテーブルまでたどり着いてしまう。
観客から若干笑い声が漏れた。
死んでいなくなりたい。
気を取り直すようにアナウンサーが咳払いをひとつ。
「それでは……青コーナー! 無冠の帝王本日ついに王となるのか、飯島! まさはあぁあああああるぅううう!!」
会場から歓声があがる。
プロレスさながらに選手入場のごとく、同様に花火があがりそこから選手が登場する。
割れんばかりの歓声の中、飯島は入場してきた。
両手をあげて観客にアピールする。
飯島は全国大会に何度も出場してきたが優勝経験は一度もなく、今年結果が残せなかったら引退も覚悟するとインタビューしていた。
会場につくと颯爽と自らのデッキをテーブルに置く。
俺もデッキを出すことを思い出して、それにならう。
しかし、さすがは大会実力者。
動作も凛としていてこの状況におどおどしている俺とは大違いだ。
「正々堂々やりましょう」
テーブル越しに握手を求められ緊張でしめった手をぬぐってから、それに応じる。
その瞬間、MCのアナウンサーが試合開始のゴングを鳴らす。
「それでは決勝戦スタートです!」
アナウンサーのスタートの合図に背中がぞくぞくっとした。
嫌な震えではない、武者震いのようなものを感じる。
歓声と視線を一点に浴びて、頭から足の先まで鳥肌がたつのがわかる。
心地よい高揚感に包まれる。
少し前まで緊張していたのが嘘のようだ。
「ソレデハ試合ヲ開始シマス。審判ハ私玉座が判断シマス。不正行為ハ失格にイタシマスノデ、ソノツモリデイテクダサイ」
電子音声が会場にこだまする。
このカードゲームはルールが複雑な上に不正の見逃しやルールの誤解などがあってはいけないので、ルールの審判は『玉座』と呼ばれる審判システムと主審一名、副審数名と審判員数名で構成された審判団が判断する。
この試合はモニタリングされており、名義上は試合の全国放送のためだが、『玉座』の監視モニターとしての扱いもある。
「デッキシャッフル」
電子音にならい、お互いのデッキを前に出す。
不正がないように互いのカードをシャッフルするのだ。
ぷるぷると緊張で震える手でカードをきるが思うようにうまくいかない。
時間はかかるがカードの束を崩してもいけないので、ゆっくりときっていく。
なんとかシャッフルを終え、デッキを相手にかえす。
カードをかえしたあとデッキからカードを引く。
引いたカードは6枚。
これを手札といい、手札は基盤となるプレイングをするために必要な駒のようなものでお互いがここからゲームを展開していく。
最初に引いたカードで試合を決定づけたりもする重要なものだ。
お互いに6枚引いたのを確認すると、先攻後攻をきめるじゃんけんを行い決定する。
「飯島勝利プレーイングヲ開始シテクダサイ」
先攻は飯島がとった。
「では、わたしのターンですが。…………ここは何もせずに終わります」
飯島の言葉を聴いた会場がどよめく。
動揺は俺にもあった。
「なに、演出ですよ演出。大会初出場のあなたへせめてものプレゼントとしてこのターンに何もせずにカードを展開せずにあげましょう。これで五分五分とはいきませんが多少なりともあなたと対等にたたえると思いましてね」
そう、飄々といってみせる飯島。
腹がたった。
つまりは完全になめられているわけだ。
初心者相手に全力を出してもかわいそう面白くない、ハンデをやっても勝てると。
緊張のせいで震えていた手がぴたりとおさまった。




