その1
環境の違いで人の生き死にが決まる。
廃墟の片隅で産み落とされた俺には親にはいなく、ただ引き取られた彼女の話では死んだ売春婦のそばでへその緒につながれた状態で見つかったという、このあたりでは珍しくない孤児というものだ。
運よく引き取られた先には俺のような孤児たちが何人もいた。
食うものにも困り、着るものも上下の一着を時折洗濯して着ている状態だった。
貧乏ではあった。おなかもすいていた。だが何よりも楽しみなものがあった。
カードゲーム。
同じ孤児の連中が道端で落ちているのを拾ってきたのだ。
カード大国、日本。
カードゲームのめまぐるしい普及によって今では政の内容すらカードゲームで左右されるほどの浸透ぶりで、年に一度行われる国を上げての大会に優勝すれば多くの富を得られるそうだ。
そんな中で俺たちは拾ったカードをメンコのようにぶつけ合って吹き飛ばされたほうの負けというルールで遊んでいた。
楽しかった。
ルールは把握していなかったがそれでも楽しいことには変わりなかった。
年月がたち、文字を覚え始めるとその拾ってきたカードのテキストが気になり始めた。
効果やルール説明、能力、数字さまざまなものを解読していき、町に出てはルールの内容などをカードショップなどで聞いて一枚一枚理解していった。
理解していくうちに正式なルールを孤児院内で広めようと思った。
ただのメンコとして遊んで卒業していったみんなに教えてまわった。
最初はルールが難解でとっつきにくく教わるのも拒否する連中が大半だったが、徐々にカードゲームの輪は広がり数名の連中と正式なルールで遊べるようになった。
そして味わったカードの真の面白さ。
いままでにない高揚感につつまれていた。
そんな最中、ゲームをやっていた友人が言った。
『大会に出てみないか?』
小規模なカードショップで行われている大会で毎週どこかしらで行われており、連勝しつづければ国主催の大きな大会へ出られる足がかりにもなるというもの。
興味本位で出てみることにした。
ルール規定に反していないか、デッキをチェックして下準備をすべて終えて挑んだ初戦。
一回戦敗退でもいい、負けてもいい。
ただ純粋に楽しもうと思い出た大会だった。
だが、嬉しい誤算がソコにはあった。
初めて出た大会で俺は優勝してしまった。
出来合いのカードたちだったので、ほとんど運で勝ちあがったようなものだ。
後で聞いた話だと、その日はいつも出てくる強豪がほとんど出場しておらず、優勝候補も一回戦二回戦でほとんどつぶしあっていたらしく、本当に運がよかったとしかいいようがない結果ではあった。
しかし、この結果がさまざま幸運を呼ぶことになる。
後に知ったのだが、この大会は国公認の特殊な大会で一度この大会で勝つとスクールと呼ばれるカードゲームプレイヤーを育成する機関に入れるようになる。
プレイヤーは全員寮に入ることになり、カードもすべてその機関が支給してもらえ、一年間カードゲームの英才教育を受けられるそうだ。
費用も国が負担してくれるので、実費は無料。
孤児院の皆との別れはつらかったが、拾ってくれた院長先生の強い後押しもありそのスクールに入学、寝食が約束された生活を楽しむこととなった。
もちろんカードゲームの授業もかかさず行った。
ルール把握からデッキ作成、授業のみならず放課後もそのノウハウを生かしたデッキでクラスメイトたちとカードゲームを行った。
そして、あっという間の一年が過ぎ、俺はそのスクールを主席で卒業。
全国大会への参加出場権を手に入れたのだ。
なにもかも出来すぎて夢でも見ているのかと思った。
周りのクラスメイトや先生は努力と才能の結果だと褒め称えてくれた。
そして大会当日。
さまざまな地方から集まる強豪ぞろいの面々。
初めて戦ったカードショップのレベルなど当に飛び越えたスクールのやつらでも太刀打ちできないほどの戦略の数々。
苦戦した。
一勝一勝するたびにそれを凌駕する強敵と出会う。
負けそうになるたびにつらく苦しくなるたびに、カードたちが助けてくれた。
そうして一つ一つ勝利を重ねてきた。
そして、国内大会決勝戦。
その日は来た。
「全国のカードプレイヤーの皆様お待たせいたしました。まもなく日本一を決める戦いが始まります。年間を通して行ってきた地方大会から駒を進めた精鋭たちの熱き戦いは今日を持ってピリオドになります。雌雄を決める最終戦、ごゆるりとお楽しみください!」
「完全に寝不足だ……」
自室のベットから飛び起きて支度をはじめる。
決勝戦進出が決まった日から二日目、ほとんど寝ずに対戦相手の戦闘記録を見ながら傾向と対策を考え、決勝で使用するカードの選出をしていた。
当日になってもほとんど決まらなかった。
決められなかったが正しい。
カードゲームに完全な必勝法はないからだ。
利点があれば弱点も必ずある。
グーを出せばパーに負けるがチョキには勝てる。
高度なゲームのように思えるが本質を突き詰めていけばじゃんけんのようにすくみが存在する。
どの利を取るかで二日かかってしまったのだ。
冷蔵庫にある栄養ドリンクを飲み干し、洗面所で顔を冷水で洗って眠気を極力飛ばす。
洗面所から出て、自室の時計を見ると決勝までもう数時間を切っていた。
なんとか遅刻せずに済みそうだ。
「早乙女ー、入るぞー」
ノックもそこそこに部屋の扉が開く。
するとぼさぼさな寝癖頭をした少年が部屋に入ってきた。
髪の毛が前のめりでかなり前衛的なアートと化している。
隣の部屋に住むクラスメイトだ。
「先生が外に車出してるから乗れー」
「寝不足のところ悪いな」
「いや、この場合は寝不足にして悪いな、と謝れ。二日間昼夜問わずにデッキの調整に付き合わせやがって、こっちだって眠い……ふぁああああーー。4時間程度しか寝てねぇー」
頭をぼりぼり搔きながらあくびを何度もするクラスメイト。
「俺は一時間だ。勝ったな」
「睡眠時間の短さで争う気はさらさらない。いいからもう面倒だからさっさと玄関行け」
「へーい」
俺はポケットにデッキケースをいれて髪を軽く整えて部屋を出る。
「おい」
「ん?」
「勝てよ……ふぁあああああ」
そう言いながら大あくびする。
「締まらないな、ははは……ふぁああああ」
あくびを仕返してクラスメイトに別れを告げる。
寮の部屋から階段を駆け下りて正面玄関へと向かう。
玄関で靴を履き替え、外に出る。
夏場でまだ早朝だというのに日差しがじりじりと照りつける。
寝起きでこれはきつい。
頭が太陽光でくらくらと軽いめまいを起こす。
後頭部を叩いてめまいを無理やり晴らしてやる。
外には一台の車が止まっていたその横にひとりの男性が立っていた。
「大丈夫ですか?」
先生だった。
先生はこの寮長でもあり、カードゲームの基本的ルールや寮内の生活指導などを行っている。
寮生には馴染みが多くこうして会場の送迎などの雑務まで進んでこなしてくれる。
「大丈夫です。おはよーございます、先生。ってガソリン車ですか……。へぇー初めて見ました」
技術の発達した都心部でも結構珍しいほうだ。
交通の便の大半が商業などの資材を運ぶ荷馬車で道路もろくに整備されていないあぜ道が大半なので、金持ちでも所有してるほうが少ないものだ。
利便性の低さと高額なために珍しい一品、それがガソリン車だ。
「先生、これ……走るんですか?」
「大丈夫。おふろーど仕様らしいですから大丈夫です」
おふろーどとはなんだろうか。
OFFのロード、つまり電源が切れている道。電柱のない場所でも夜間で走るということなのだろうか。それよりもおれはあぜ道やら都心部の石畳をこんな大きいタイヤの車で走っていけることを聞きたいのだが。
「うーん」
寝ぼけた頭で考えを口にするのも面倒なので、先生に促され車に乗り込んだ。
助手席に座ると、中はひんやりと涼しげで眠気がぶり返してくるぐらい心地よかった。
涼しさに顔が自然とふやける。
「氷室でもついてるんすか、これすんげぇ快適なんですけど」
「えあこん完備ですよ」
と、運転席に乗り込んだ先生が告げる。
なんだかよくわからない単語を言われても答えようがないので、とにかく反論するはやめにした。
そのえあこんなるもので心地よい涼しさを味わっているのなら、そのえあこんに感謝せねばなるまい。
「じゃあ、先生俺の代わりにそのえあこんさんにお礼言っといてください」
「わかった。ありがとう、えあこん」
なぜだかわからないが室内で頭を下げる先生。
などと馬鹿な冗談をお互いにやりとりしながら走っていく。
「寝ていていいですよ。ちゃんと会場まで送りますから」
「はい。ありがとうございます」
礼を告げると一気に睡魔が襲ってきた。