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第九章 被害者 西堀竜子宅  第十章 対決壇対優美子と下鴨教授

事件捜査はいよいよ佳境に!

犯人が誰かを示す決定的な手がかりが浮上…

第九章 被害者 西堀竜子宅



 壇はその足で優美子を乗せて、殺害された西堀竜子の自宅に向かっていた。

 優美子が壇に訪ねる。

 

 「壇さん。害者自宅に行くって言うことは、何か捜査の当てがあったりするんですか?」

 

 壇が面倒くさそうに答えた。

 

 「そんなもの分かっていたら、捜査以前の問題だろう。あてずっぽうだよ。害者の自宅には何かありそうだって言うカンはあるが…どうも今回の事件、殺害の直接の動機が分からないんだ。怨恨の線は考えにくいし…普通に考えると下鴨教授と竜子の間に援助交際とかがあり、どちらかがそれまでの関係を世間にバラすと相手に迫った。それが下鴨にとっての直接の殺意の原因となったという仮定なのだが、それには…」

 

 「それには、何ですか壇さん続けて下さい」

 と優美子。

 

 「それには…この西堀竜子の写真を見ろ。何か感じないか?」

 

  壇は晴れ着を着た地味なゴツイ感じの四角い顔をした眼の小さい女性の写真を手渡した。

  

 「あっこれ成人式の写真ですね。良いなぁ晴れ着で着飾って。私もこんなの着たかったなぁ…私の時は前日の着付けの予約が取れなくて…」

 

「そんなことを、今、この場で、桜木に感じて欲しい訳ではない。分かるよな!もっと根本的な部分だ」


「そうですか…この写真が撮影されたのは1、2年前の1月ですよね」


「2年前の写真だ。事件当日遺族から所轄の警官が借り受けた物だ」


 そう聞いて、一拍おいてから優美子は写真を見つめて話始めた。

 

「その後、彼女は性転換手術をモロッコで受けて男性になっていますね。そのため帰国した彼女は大学に入学して、下鴨教授の男色趣味の標的になり…あんなことやこんな事をいろいろいろいろされた揚げ句に、とうとう発掘現場に捨てられたりしたとかですか?」


「えー!!!それ、本当なの?それって??!」

壇は今の話に驚いて優美子の顔を覗き込んだ。


「嘘です。今作りました。ほやほやのネタです。湯気がたってます。壇さんの言われる根本の部分って性の問題なのかなぁって」


「いやぁそうだったら凄い展開なのだが…お話を勝手に作っていいという訳ではないからなぁー」


「で、壇刑事の言わんとしている正解は何なのですか?教えて下さいよぉー」


「そこまでの前振りをされてしまうと言い出しずらいのだが、この西堀竜子というのは、年齢の割には男性から見たら魅力がない。ちょっと魅力に欠けるとかじゃあ無くて、全然魅力がない。皆無だ。ツンツルテンのはげ頭だ」


「酷い!!壇刑事、仮にも被害者の女性に対してそんな言い方ないでしょう」


「おまえはそう言うとは思ったが、これは男性の視点から見たら動かしがたい事実なのだ。彼女が被害者である以前生きている頃から何も魅力と言うものを持ち合わせてはいなかったのだ。この事実はどんな持って回ってた言い回しをしたって一向に本質が変わるものではない。要はこの女は不細工で恋愛の対象に成りえないということだ。下鴨も男だからな…それでも見合いして目の不自由な方と結婚するチャンスは残されている。」


「それって言っちゃって良い事なんですか公僕が?男女平等の時代で、彼女には人権もあり一個の成人女性としての人格もあり…」


「桜木は女性だからそういう弁護をするかもしれないが…。ましてや彼女は殺害された本人なんだから、それは差し置いて

死者の尊厳を守るべきと言うモラリストの意見もあるだろう。しかし、しかしだ!これは単純だが重大な要素で大多数の男性はこの写真を見てこの女性とどうこうしたとは決して考えないだろう。

これこそは歴史が証明している真実だ。それをあれこれ言っていても時間の無駄ってものだ。男はこれではチンコが立たないの!!この女が生きていても、死んでても!いや死体が好きな犯罪者資質の男はいるか…回りくどい言い方は止めてこの写真の意味を誤解なく伝え、話の核心を突いて言えばそう言うことだ」


「酷い…壇さんから見たらそうなのかも知れないけど、それって全国の女性が聞いたらみんな引きますよね」


「全国の男性が聞いたらほとんどの男性は俺の意見に同意すると確信する。何とも思わないと思うが…」


「このタイプが良いって言う殿方もきっといます!」


「いない!絶対いない!命を掛ける…」


「あーあ、命掛けちゃいましたね」


「掛けちゃいましたぁー」


 壇は両手を宙に挙げてバンザイのボーズを取った。優美子に対しての壇の受け答えもはなはだ大人げない。その時、壇は何かに気がついたようにいきなりハンドルを切ってブレーキを踏んだ。

 

「おっと、西堀の家はこの奥だ。あまり興奮してハンドルを切りそびれる所だった。危ない危ない…大切な捜査の手掛かりについての話の途中だったが…」


「もういいです。この話、お終いで…」


「良く聞け桜木!俺は牛乳瓶のフタでも消しゴム相手でもオナニーが可能な男だ。それは以前実証してみた。そんな俺が…」


「西堀宅に向かいましょう」


「俺の話を聞け桜木!!」


「だって、とってもとっても聞きたくない気がするんです。キィワードがオナニー、消しゴム、牛乳瓶のフタときたらろくでもない話としか思えません。例えばですよ。壇さんがまさかの私の旦那さんで…今まで私は自分の旦那様にそれなりに好意を持って結婚生活を送って来たとします。それなのにその日は旦那様が私に対して私が嫌だって言っている話を楽しそうに繰り返し話されたら、私その旦那のことその日から嫌いになっちゃいますよ。それが原因で離婚ということにも成りかねません。それほど今のは嫌な話をされる予感なんですって。だから、捜査にね、向かいましょ」


「あっあっあっあっーそれでも話したい」

 壇は頭を掻きむしりながら苦痛に表情を歪めながらそう言った。

 

「離婚でも…?」

優美子が畳み掛ける。


「離婚でもだ!」

 優美子は仕方なく覚悟を決めた。このなにやらのセクハラ話を聞かないと、捜査は次の段階に進んで行けそうにないと思われたからだ。

 

「わっかりました。そこまでの覚悟があるのでしたら、どうぞお話下さい。拝聴させていただきます。ただしそこまでして話を聞いた私を不愉快にさせられたらその場で仮想ですが……、

離婚です!」


壇にとってはここで優美子の出してくる条件などはどうでも良かった。今話したいと思っている話を出来るだけで嬉しかったのだ。

「よし!話すぞ…」


「どーぞ!!」

壇はそこまで言ってから、何故かじっと優美子の顔を見つめていた。


「どうしました。お互いが譲れない一線を何処かと宣言して、さあっこれから戦いが始まると言う時です。どっからでもかかってきなさいですよ!」


壇はもぞもぞと気まずそうに話始めた。


「俺、今、何話そうとしていたのか、忘れた…」


「エーおじいさんですか?さっきまであれほど前振りして、この話だけはどーしても話したいと言ってたじゃないですか?それほどだったのに…」


「忘れた、おまえがごちゃごちや言って人の話の腰を折るからいけない」


「その言い訳自体が年寄りですよ、ね!人のせいにして」


「そろそろ聞き込みにこうか…桜木…」


「いいですけど…離婚の覚悟までさせられて話を聞こうとした妻の気持ちはどうなるのですかね?」


「忘れちまったんだから仕方無いだしょー!!でもまた、思い出したらしゃべって良いー?」

 とか言って壇は可愛く笑った。

 

「そんなの駄目に決まってるでしょう!もうたとえ壇刑事がこの後何時何時に思い出しても私、絶対聞きませんから。忘れて下さい。これは命令です」


「命令とまで言われますかー」


 壇は何かのセクハラネタをド忘れしてしまったことで、優美子に対しての立場が圧倒的に不利になってしまったことにようやく気がついた。セクハラネタも侮るなかれか…壇はしみじみ思った。それに対して優美子はニコニコしている。セクハラネタをぶつけられ無くてこの場は取り合えず生き返ったといったところだ。脱線した線路からやっと捜査に復帰出来る。

 

壇は車の停車位置が西堀宅から見えない角の百円パーキングにそっと駐車して、西堀宅に向かった。


「ここが発掘現場で遺体となって発見されていた西堀竜子という大学研究員生の自宅か…」


「簡素な住宅街にあるんですね。刑事課の捜査ファイルだと公務員の家庭とか…」

 と優美子は答えた。

 壇はそれには答えずインターホンを押して港町署の刑事である事を伝えた。

インターホンに出た声の主はおそらくは竜子の父だと思われる。


「はい、はい…分かりました。今ドアを開けます」


ドアを開けたのは、50代後半の初老の男性だ。容姿外見物腰から温厚な性格の勤め人の様に見える。


「入るぞ。おじゃまします。港町署の刑事壇頑と言います。署では誰が言ったのか私の事をブリットと呼んでいる。困ったものです。こっちは桜木巡査」


「刑事課の桜木巡査です。署で壇刑事の事をブリットとか呼んでいる方は見た事ありません。困ってもいないですよね」


「話の腰を折るな桜木君。すみません、まだ研修中の新人警官なもので、物の道理をちっともわきまえていない、困ったものですなぁ…はっはっはっ」


その壇の説明を無視して、優美子は西堀に尋ね始めた。


「こういった時に大変恐縮なのですが西堀さん、実は事件以来警察からはたびたび刑事がお伺いしていると思いますが、娘さんの死因に付いて再度お話を聞いていただければと思いお邪魔しました。色々とお尋ねしたい事がありまして…」


「あっあっあっあっー私が竜子の父の弓夫です。わぁー竜子、竜子、可哀想に…可哀想に…」


 壇が優美子に対して小声で聞いた。

 

 「尋ねたい件っていったい何なんだ…そんな事は聞いてないぞ」

 

「言葉のアヤですよ…言葉の。何か口実がないのにこんなお通夜、葬式と立て込んでいる時に警察だからって被害者の御自宅にたびたびお時間をいただいてお邪魔して、その揚げ句被害者の親族は何回も同じ話を繰り返しさせられるのってとっても酷に思えませんか?」


「俺は殺人課だぞ。いつも捜査の流れから、こういった気まずい席に出向いて、事件当日、遺体発見日に現場の刑事が尋問したのと同様のとっても気まずい質問を繰り返し聞くことを仕事としている。それが仕事であり、疑問に感じた事などない」


「それは分かってます。尋問って言わないで下さい。尋ねるとか…」


壇は優美子を引っばって玄関の片隅に連れていき、優美子の耳元で小声で話を続けた。


「いいか良く聞け。殺人事件と言うものはな、その被害者の家庭内に容疑者、関係者がいるケースは多い。死体の第一発見者を疑えというのも捜査の基本の第一に挙げられるがこれと同様の大原則なんだ。いいか、桜木、ここは我々刑事にとって敵地である可能性は高い。ナイーブな感性で殺人という異常心理を内側に秘めている犯罪者を見落としてしまうわけには行かないんだ。親も兄弟も刑事の脳内では容疑者だ。わかったか!」


「わかりました。わかりましたから、もう少し声を小さくしていただけませんか…」


「わかれば良い。差し出がましい気の回し方をするな」


何時までも尋ねてきた二人が玄関先で何やら小声で口論しているのを、先に居間に入ったこの家の主人西堀は、彼らが自分についてこないのを不信に思い振り返った。そして居間の襖越しに首を出して二人に向かって視線を投げかけている。


「どうされましたか?」


 優美子が壇に小声で言う。

 

「行きましょう、壇さん。はい今上がらせていただきます。ご主人!」


 ふたりが通された和室に上がると、仏壇が置かれていて線香が数本立っていた。今しがたも焼香に現れた人が数人居たのだろう。ふたりが遺跡の発掘現場に張り込んだ日が確か西堀竜子の通夜であった。それ以前の2日は警察の検死で取られているから、ここに来てやっと遺体が両親の待つ自宅にもどされ、お葬式の手順が取れたようだ。壇、優美子の順でふたりは西堀竜子の霊前に焼香をあげて、霊を弔った。優美子は霊前に手を合わせながら心中竜子に話しかけていた。

 

 (竜子さん、私必ずあなたを殺害した犯人を逮捕します。待っていて下さい。私はまだ駆け出しの刑事ですが、年齢も近いあなたみたいな若者がこんな無残に殺されて…とっても若かったのに…色々生きていたらやりたい事も沢山あったんだと思います。親族の方々もみんなとっても悲しんでいると思うし、私に出来る事があるとしたら…)

 

 そんな時、壇が優美子の肩を叩いた。

 

 「いつまで、手を合わせているんだ。時間もない。そろそろ話を聞かせてもらおう」

 

 優美子は振り返って答えた。 

 

 「えっ私、そんなに長く手合わせてましたか?」

 

 壇が答える。

 

 「おまえが付けた線香見ろ。もう燃え尽きてるだろう」

 

  壇にそう指摘されて優美子は線香に眼を向けた。

  

  (本当だ…もう燃え尽きそうだ…何か一瞬だったように思えるのに、5分くらい私位牌に手を合わせていたのかなぁ…)

  

  「わかったらこっちに来い」

  

 と壇は自分が座っている座布団の横を指さした。優美子は何か変な感じがした。それは今まで自分が感じた事のない感覚だった。優美子の頭に部屋の中の映像が浮かんでいた。誰の部屋なんだろうか?今まで優美子の育ってきた自宅や友達の部屋とは違っていると感じた。ふっと現実に戻ると自分が座っている座布団の横に壇刑事が座り、向かい合って座っている西堀氏と会話している。西堀氏は娘の事を思い出すたびに繰り返し涙が溢れてきて止まらないようだ。ずっと目頭を押さえて、悲しそうな表情で嗚咽を漏らしている。悲しまないで…私まだここに居るよ…それに対して壇刑事が語りかけている。

 

「いやいや、困りましたな。これではお話を聞く事も出来ない。西堀さん、どうかここは落ち着いて下さい」


「はっ、はい…」

 壇は西堀に改めて問い掛けた。

 

「娘さんは、大学では何を専攻していたんですか…?」


「うっうっうっうっ専攻は応用物理学だったんです…理系でした…」


「えっ、じゃあ竜子さんは趣味で考古学とかをされていたんですか…??違うんですか?」

と優美子。


 優美子は殺された竜子がてっきり文化系の考古学課の学生とばかり思っていた。それが事実は理系の学生が何故か発掘現場に足を踏み入れて殺されたのだ。一体何が彼女を発掘番場に足を向かわせたのだろうか?竜子という名前を優美子は自分でしゃべっていた。その途端また先程の室内の情景が頭をよぎった。優美子は西堀氏に問い掛ける言葉が自然に口を付いて出たように感じた。

 

 「失礼ですが、竜子さんの私室はお二階ですよね?」

 

 「はい、そうですが刑事さんは以前竜子の部屋にはいらっしゃったこととかはありませんよね…?」

 と西堀は不思議そうに優美子に答えた。

 

 「そのお部屋を見せていただけませんか?」

 また優美子は無意識に問い掛けている。

 

 「別に構いません。どうぞ付いてきて下さい」

 と西堀が答えながら、立ち上がった。

 

 壇は西堀との会話ではこれ以上話が進展しない、らちがあかないと困り果てていたため、この優美子の提案には黙って従った。階段を登ろうとした優美子は階段の下に置いてあった着替えが目に付いた。

 

 (この服、お母さんに洗濯してもらって学校からかえったら部屋に上げようとしていたんだ…)

 

 優美子は丁寧に折り畳んだ服を見て自然とそう感じた。その時にはそう感じた事を優美子は別段不思議とは思わなかった。2階に上がって左側に竜子が中学生の頃から使っている勉強部屋がある。その部屋に入ると優美子は口を開いた。

 

 「私のパソコンがない…どこに持って行ったの…?」

 壇がすかさず小声で聞く。

 

 「おい、どうしたんだ、寝ぼけてるのか?ここは桜木、お前の自宅じゃあないんだぞ。おかしな事を口走るなよ。被害者の家族との信頼関係にひびが入るだろうが…ほら見ろ、西堀さんが不安な顔をしてこっちを見ているぞ…」

 

 西堀はなにか不思議なものでも見るような視線を優美子に向けていた。眼は下での会話で腫れ上がっている。

 

 「ない…私のパソコン…あれには…」

  そう言っている最中、優美子は貧血を起こしたようにふらっとその場に座り込んだ。その優美子を見つめて西堀が言う。

  

  「確かにここに娘のパソコンとその周辺機器があれこれ置いてありました。しかしそれは検死の当日に署から刑事さんが家に車で来られて、パソコンを調べると言ってみんな持っていきましたが…」

  

 壇が何かに弾かれたように西堀の方を睨みつけて今の言葉に問い返した。

  

「西堀さん。その時所轄から来た警官は何か預かり書を書いていきましたか?」


「いや…特に。私自身が酷く取り乱していましたから、ただただ娘の遺体にメスを入れないで欲しいとか、遺体を早く自宅に戻して欲しいとかそう言った事を、頼み込んでいたような記憶だけはありますが…それより同行されているこちらの方は気分でも悪いんですか…?何故竜子の部屋にパソコンが置かれていたことを知っているんですか?あっ、署に置かれているからですね」


  壇が口を開いた。

「署に竜子さんのパソコンはありません。というより署には運び込まれた形跡は無いんです。担当刑事の俺が言うのだから確かな話です」


「えっえっえっそれじゃあ娘のパソコンは何処に運び出されたのですか?誰が持っていったのですか?」


そう詰め寄られて、壇は回答に窮した。優美子の方を見てこう言った。


「おまえが持って行ったのか?」

優美子はチラッと壇の方に目線を投げ掛けて答えた。


「なんか、さっきお焼香をしていた時、今まで感じた事のない変わった感じがしたんです。そしたらここの部屋の事が頭に浮かんで…」


 西堀がしゃべり出した。

「竜子だ、まだこの部屋に竜子がいるんだ。だから何かを伝えようとして…」


  西堀は立ち上がり部屋の中をクルクルと見回し始めた。そして天井に向かって手を合わせた。

  

「竜子…成仏しておくれ…」

  その動作を見ていた優美子は、頭がボーとしていたのだがなんとか力の入らない右手をゆっくりと挙げて指さし、西堀にこう伝えた。

  

「違う…あっちの角です」


 それを聞いた西堀は慌てて振り返り違う方向の天井の隅にまた手を合わせた。  

 

  壇が西堀に尋ねる。

  

「西堀さん…そのパソコンを運び出した車の車種は記憶していますか?」


「いえ…家の中にいて作業には立ち会って居ませんでした」


「そうか…どうやらそのパソコンは大胆にも犯人か関係者に持ち去られた可能性が高いな…」


 その発言に対して優美子が

  「そうです。ですから優美子さんは私にここにあったものが大切だったと教えようとして…私の中に入ってきて…教えてくれたんです」

  

「おまえはいつから恐山のイタコになったんだ。そんな特技は履歴書に書いてなかったぞ」


「私、竜子さんが可哀想で何かしてあげられないかって霊前で手を合わせたんです。そうしたら…」


「竜子…」

 その言葉にまた西堀は号泣し始めた。壇が優美子の耳元に囁きかける。

 

「その調子で、ついでに本人から殺害犯人を聞けないのか…手ッとり早い話だろう」


 その言葉に西堀も振り返り優美子の方を見つめた。優美子の表情が一瞬固まった。その後西堀の方を向いて肩をすくめて言った。

 

「さっき倒れた時に竜子さんとのコンタクト切れちゃったみたいなんです。彼女その後どっか行っちゃったみたいです…」

 壇が言う。

 

「ホント、肝心なところでおまえは役に立たない女だな、呆れたよ。卒業式で生徒代表に選ばれて順番が回ってくる直前にトイレに行くタイプな…」


「それって、この場面で言いますか…?十分良い働きしてると思うんですけど。出来る女って言うか…」


 得意げに優美子は反論した。壇はそれには答えず、西堀に質問の矛先を向けた。

 

「西堀さん教えてくれ、ここにあったパソコンに入れてあったデータとはいったいどんなもんなんだ?」


「私もパソコンのデータについては全く見当もつきません。なにしろ娘の物ですし…プライベートに属する事なので、聞いた事すらありませんでした。」


「そうですよね。それが普通の親ってものです」


「何か娘さんは、ネットをやっていたとか、考古学関係のデータを触っていたとか知りませんか?」


「残念ながら、一切分かりません」

 壇は西堀に対しての質問を続ける。

 

「遺体の発見現場から考えて、警察としては捜査対象を広く取って考古学研究会の人達も勿論捜査対象には入れて見ているのですよ」


「娘から考古学に興味を持っているなどと言う話は聞いたことがありません…私たちも娘が発掘現場とかに出入りしていたとか知りませんでした。そんな所に娘は何の用事があったのだろうかと…私は戸惑っているのです」


「そうでしたか…では、竜子さんはどんな事に興味を持たれていましたか?」


「はい、高校の頃から数学研究会に入って、コンピューターの扱いに興味を持っていました。それで高校1年生の誕生日には服とかケーキとかはいらないから代わりにパソコンを買ってくれと頼まれて…」


「なるほど、考古学とは正反対と言って良い趣味だ。」


 西堀が話を続けた。

「娘は大学に入ってさらにコンピューターに凝りはじめたようです。最近は立体設計図のデータを入れると立体を作り出す事が出来るプログラムとかに凝っていたみたいで…私の写真からこんな彫像を造ってくれたり…」


 そう言って西堀は二人に竜子が父の写真を元に制作したフィギュアを持ち出してきた。彼の書斎の机の上に大切に飾られている作品で今となっては娘の形見と言って良い。竜子の遺品となってしまった高さ15センチ程のフィギュア……それをを一目見た優美子はびっくりして叫んだ。

 

「凄い!!お父様にそっくり!!このお人形…」

 その言葉に反応して、西堀は喜ぶどころか、また西堀は泣き出してしまった。

 

「おっおっおっおっ竜子……」

 堪えていた想いがまた表に出てしまったのか竜子の父親はその場に泣き崩れていった。優美子は子を持つ親の悲しみの深さが、彼の号泣からひしひしと伝わってくるのを感じた。

 

 (私の両親も私が不慮の事故や警察官のお仕事を続けていく中で、殉職してしまったりしたら、同じように泣くのだろうか。自分の両親のこんな姿を見るくらいなら私、健康に生きて人生を送っている事は最小限の親孝行なんだ…)

 と優美子は思った。

 

 そんな時、優美子の横に立っていた壇はツンツンと優美子の左腕に肘を当ててきた。優美子がチラッと視線を向けると、眼を合わせた壇刑事は不気味にニヤリと笑いかけてくる。優美子は嫌な予感がして、西堀に視線を戻した。

 

 (無視、無視…)

 そんな優美子の態度に壇は、次の行動に出た。優美子の耳元に顔を寄せてそっと囁くのだった。

 

「さっき忘れたと言った話思い出したぞ、しゃべって良いか…?」

 キッと言う表情で優美子は壇の方を振り向き小声で返した。

 

「こんなシリアスな場面で何を言い出すのかと思ったら…その話題は金輪際止めて下さいと言いましたよね、おじいさん。少なくてもここで蒸し返すには全く適切とは思えません。とても非常識です。大人の対応をして下さい。コホン」


 優美子はわざと声に出してせき払いをして見せた。

「だって、後になるとまた忘れちゃいそうなんだもの…今聞いて…」


 優美子は壇の言葉にまたキレた。しかしここは、今回の事件で被害者となった竜子さんのご自宅だ。この部屋こそは霊前と言ったほうが良い。本人もまだ近くで見ているようだし…そんな場所で交わしていて良い会話とはとても思えない。優美子は壇刑事の不穏な言動に即座に手早くここから退散した方が良いと判断した。

 

「お気持ちはわかります、わかりましたから…娘さんアルバイトか何かで、考古学の発掘を手伝ったりしている話をしていたことはありませんか?」


 優美子は聞きそびれることが無いよう早口に西堀に尋ねた。

 

「ない、そんな話聞いたこともありません」


 優美子は壇に向かって尋ねた。

「檀さん、考古学に興味のない竜子さんが、発掘場になぜ向かったんでしょう…?」


 檀はポケットから下鴨教授の写真を西堀に見せた。

「ここに来た刑事はこの人かい?」


「……あっあっあっあっ竜子…」

 依然泣き崩れている西堀に壇は写真の確認を求めた。

 

「西堀さん、しっかり見て下さい。犯人探しはお嬢さんの敵討ちですから!」

と優美子。


「…眼鏡をかけていて、マスクをしていたからはっきりとは分からないが、年齢は近い気がします…」


「…パソコンには何のデータが入っていたのでしょうか…」


「お嬢さんの金使いが最近荒くなったとかは記憶にありませんか…」


「あっあっあっあっ…そんなことは一切無かった…!!!」


「檀さん、そろそろ失礼しましょう。弓夫さん、お嬢さんを殺害した犯人は必ず逮捕してしかるべき処罰に処します。お約束します」


「お願いします!!!」

 優美子は壇の背中を押して、西堀宅を退出した。

 

 二人はその足でとりあえずは駐車場に戻った。そして車に乗り込んだ。そこで優美子は口を開いた。

 

 「竜子さん言ってました。私を殺したのは下鴨教授だって…」

 壇は助手席に座っている優美子の顔をびっくりして覗き込んだ。まじめな顔で嘘をついているようにはとても見えない。

 

 「だって、さっき俺がその事を聞いた時はそんな事は答えなかっただろうが…」

 


「あそこには、西堀さんがいましたから、霊の発言で犯人を決めたりして、もしもそれがその後の捜査で万が一間違っていたりしたら、西堀さんや彼の親族の方々にも人に恨みを持たせてしまうことになりかねません…だから言わなかったんです。場をわきまえました。」

 

「そうだな…確かに霊は霊だ…桜木良くしゃべるのを留まったな。それは賢明な判断だ」

 

「ありがとうございます!」


壇はおもむろに口を開いた。

「しかしだな。桜木よぉ。取り合えず内々には犯人は確定したと考えて良いわけだよな。」


「あっはいっ、多分間違ったりはしていません」

優美子の答えに壇は話始めた。


「クリスティのアクロイド殺人事件は発表当時の推理小説ファンにとって誰もが考えつかない一人称の犯人の登場だった。そしてクリスティは次々と読者の推理の裏をかいていく。オリエント急行殺人事件では登場人物全員が犯人、そして彼女の死後に発表されたカーテンでは事件の謎を解く役回りの名探偵が犯人と来た。ここに来て古典推理サスペンスの世界は読者の虚を突く意外な犯人は出尽くしたと想われた。その後の推理小説ではその殺人の犯人は誰かと言うより殺人のトリックに小説の興味の焦点が移行していく訳なんだが…密室殺人とかな…しかしまさかここに来て殺害された本人が犯人をバラすという犯人トリックが登場して来ようとは…こんな意外な展開になろうとは…俺の推理の上を行く展開だ…」


「思いついても顰蹙(ひんしゅく)を買うから誰も書かなかっただけでは…」


「いや、そんなレベルじゃない、得意になった作者が次回から毎回、死んだ被害者の口から犯人を指命するパターンをやりかねない。桜木の霊媒巡査の誕生ってわけだ」


「まっさかぁー」


「仮面ライダーには決めポーズの変身シーンが必ずあり、水戸黄門には印籠を出す決めシーンがある。それを外したら視聴者の期待を殺いじゃう。霊魂がコクるシーンをそんなシーンにされたらどーする」


「それは…推理小説を舐めとると想いますね。だってクリスティの昔から、トリックを考える事で推理小説家は血の出るような努力と苦労を一作一作続けてきたわけじゃないですか、それをパターン化だなんて、許されないですよ。」


「そーだよな、ここで壇と桜木が改めて釘を刺しておく。一回にしとけよ、このパターンは」


 壇は左手を腰に当て、右手を天に向かって指さして叫んだ。

 

「壇刑事、誰に向かって何を警告しているんですか?しかも、私も仲間?」


「もう良い、話を戻すぞ。しかし桜木、いくら竜子の自室で彼女が呟いたとしてもだ、度々語られる霊についての現象の中には、動物などの低俗霊の悪戯、成りすましとかも多いと物の本に書いてあったりするぞ」


「さっき私が西堀家の位牌の前から二階の自室に至間に感じていた感覚はそんな低俗霊の悪戯レベルじゃないと想います。ほんまもんの心霊体験でした。それは体感していた私本人がいちばん良く感じています。タンバ気分です」


「一番ねぇ…ホントおまえ…イタコに成ってきたな」


「そうじゃなくて、壇刑事は西堀家に行く前から竜子さんのことブスだって言って彼女に好かれないような話ばっかりしていましたよね。その上彼女の家に入ってからもここに犯人がいる可能性とかを語っていましたから、壇刑事の精神が竜子さんと共鳴とかする下地は皆無だったじゃないですか」


「俺は今まで霊と共鳴したことはない。もしそんな事が起こったら、すぐに医者に行くかも知れん」


「そうじゃなくって、竜子さんは誰でも良いから自分を殺した犯人の手掛かりを警察や捜査関係者に伝えたがっていたんです。そんな時、偶々年齢も近い女性の警察官の私が伝えやすいと彼女想って寄ってきたんじゃないですかね」


「それは、それは、これからも若い女性の被害者の事件では是非桜木君はその力を見せて下さい。近代捜査より心霊捜査の方がなんぼかてっとり早いことか…」


「人がまじめに説明しているのにそうやってまた茶化す。そんなんだと、まだ近くで竜子さん見てるからバカにすると怖いですよ」

「えぇぇぇ」


 壇はいきなり、頭を抱えて周りを見回し始めた。恐怖に瞳孔が開いている。

 

「壇刑事って意外と怖がりだったりするんですね」


「そりゃおまえ…見えない、触れない、臭わない物が相手だとこのハードボイルドな俺にも手の出しようがないだろうが。まさにお手上げってやつになっちゃうだろうが…」


 そんな壇の仕草がかなりツボったようで、優美子は壇の頭の辺りを指さしてこう言った。

 

「あっまたも竜子さん戻ってきた…」


「なっ何…帰ってもらってくれ…そろそろ成仏するのも良いかも…」


そう言って壇刑事は頭を両腕で抱えてうずくまった。


「死んでまで人の容姿を蔑んだわね…」


 優美子の声が変わった。怒りに燃える瞳で壇を睨みつけている。

 

「あなたはどれほどの人よ…ちゃらいただの中年じゃない、口説いても飲み屋の女それも化粧で誤魔化した年増ばかり…。女の気持ちなんぞ何も分からない…家に帰ればオナニーと酒浸り…臭い臭い…」


 そこまでしゃべって優美子はしまった、言い過ぎたと思った。

 それを聞いた壇の表情が変わる。

 

「おい、桜木!!いい加減にしとけよ、大人をからかうと後が怖いぞ!!」


 そういって優美子を睨みつけた。それまでの脅えきった表情とは別人のようだ。

 

「ごめんなさーい!!桜木優美子言葉が過ぎました。深く反省します!!」


 壇は拳を振り上げていたが、思い直して手を下げた。

 

「そうだよな、実際今もまだ犯人は逮捕されていないんだし、そこいら辺に浮かばれない霊が居てもおかしくないよな…」


 そう言って壇は話題を変えた。

 

「それはそうとさっきの思い出した話なんだが…」


「まだ言ってるんですか、思い出した下ネタはくだらないっていいませんか?」


「そうなのか…」

「ええっ私の判断は賢明だと思います」


 壇はこの優美子の返答に口をつぐんでしまった。何となく竜子の霊が見ているような気もして、ここで話すのははばかられた。

 壇は駐車場から車を出して署に戻る事にした。




第十章 対決壇対優美子と下鴨教授


 発掘場で下鴨の尻に歯形を付けた檀は、犯人逮捕の足がかりを後一歩まで近付けたと思った。

 

 そして、事件の概要はお助け爺さんに聞き、決定的証拠を殺害された竜子本人から入手した壇であった。

 

 しかし、現実は甘くなかった。

 

 近代捜査が前提の警察においてはイタコ桜木の口移しは証拠能力を持っていない。指紋やら手垢やらチンカスからでもDNAを引っ張ったりしてこないと証拠になりえないというのが業界の通例というか慣習だった。そこで、事件は息詰まってしまう。


 月が変って、港町署暴力団撲滅キャンペーンが始まり、捜査1課2課の刑事達まで、広域暴力団検挙に駆り出されてしまう。そうこうしているうちに捜査1課の課長の誕生会のサプライズを準備する係りに桜木が抜擢され、檀は一人新装開店の看板に惹かれてパチンコ屋に捜査対象を集中してしまう。その結果領収書のない調査経費が大量に発生して、檀は追いつめられていった。

 

 檀は何か手放す物が何かないかと質入れできる物を、狭い雑然とした自室の中から探し続ける事が毎日の日課となっていた。

 

 さらに季節は移り、港町署は青少年育成キャンペーンが始まっていた。

 

 捜査から離れていた桜木巡査が刑事課に帰って来た。

 

「檀さん、お待たせしました。手の込んだ課長の誕生日の手作りプレゼントをみんなから頼まれて作っていました。その間捜査に参加出来なくてすみませんでした!これから一気に犯人追い詰めて行きましよう!!遂に大詰めだぁー!!下鴨覚悟ぉぉぉぉ!」


 テンションの高い優美子の挨拶に対して壇は、ため息混じりで小声で応えた。

 

「おはよう、桜木、腹減ったなーなんか奢ってくれないか…」


「また、パチンコで摺っちゃったんですね!!ちょっと目を離すとすぐこれだから…」


「腹…減った…」


「わかりました。私のお昼のお弁当差し上げます」


「わーい!!」


「もう中学生の早弁みたいですね。で、捜査の進展は…?」


「捜査…?何だっけ…?」


「がぁーだめだー」


 優美子は泣く泣く檀に鑑識から借りたスタンガンを壇刑事に気付けで一発お見舞いし、記憶を覚醒させた。

 

 「どうですか、眼覚めましたか?」

 

 「キツイ…キツイ一発だ…」

 

 「まだだめなら、スタンガンチンコ行きます」

 

 「人のだと思って無茶言うな!!桜木、おまえ人が弱っていると思うと無茶苦茶するなぁ…」

 

 「普段は優しいんですけど…相手が壇刑事なんで、生半可な気付けは利かないかと…」

 

 「確かに…しかし精子死ぬぞ…」

 

 「気をつけます!すみません!」

 

 優美子は壇に気付けは利いたと思った。これで捜査再開だ。

 

 その日から改めてあらゆる観点から事件の見直しが始まった。

 優美子は檀と共に手がかりと証拠を求めて、東奔西走した。

 

 時には日本アルプスで熊に遭遇しこれを撃破、富士の樹海で大蛇のヌシとも戦った、これは引き分け。時空犯罪者を追い求めアース様のお力を借りて4億年ほどタイムスリップしたりもした。イグアノドンの卵を守ってティラノサウルスと死闘も演じた。

 

 そして二人はついに、ほぼ事件の核心にたどり着いたのだった!!

 そこで立ち止まった優美子は壇に問い掛けた。

 

「壇刑事…今ナレーションみたいなのがサラッと4行程度で語られた例えるなら前号までのあらすじみたいな部分にえらい強烈な内容が入っていたように思うんですが…」


「そうだったっけ?」


「そうですって!明らかにさらっと流す話では無いような事件が入ってましたよ!」


「それはまあ、経過であって我々はまだ結果には辿り着けていない!!経過はさらっで良いんだ、サラッで。大河ドラマとかでは大体そうだろうが…」


「でも、このお話大河ドラマほど長く無いですし、例えばですよー法事の席で親戚一同が会食をしている席で、それぞれの家族がそろって色々な話題で盛り上がっている時に、いきなり次男の嫁が法事の度に爺ちゃんと墓の後ろでハメてたーとかを長男が笑いながらサラッと会話の合間に話したら、それは経過じゃ済まないでしょう」

「いやいや、この場合は我々の当たっている本線の事件があまりに壮大な推理サスペンスなので、恐竜とのバトルとかタイムスリップとかはその影に霞んでしまっているという程度の事なんだよ。桜木巡査もそれだけ我々が大きなヤマに挑んでいる事を分かってもらい自覚を持ってもらえたらそれで良い。そういう演出だろう、たぶん」

「はぁ…そうだったんですか…」


 その時、優美子はデスクの上に置いてある日めくり猫ちゃんカレンダーに眼を止めた。

 

「檀さん、ヤバいことになって来ましたよ。今週中にこの事件解決しておかないと、来月は港町署は交通事故撲滅キャンペーンに突入してしまいますよ」


「交通課と一緒に違反車の取り締まりに駆り出されるのか……」


「また、キャンペーン終わった頃には檀さんすっかり忘れてますよね!」


「これは、いかんな!」


「なんとか今のうちに犯人逮捕まで行き着きましょう!」


「そ、そうだな!桜木どうだ、分かったか……事件の全体像……桜木」


「だいたいは……」


「じゃあ、お前の推理を言って見ろ」


「はい。西堀竜子さんは、大学の研究室に在籍していて応用物理学を研究する傍らで、コンピューターを使った造形の研究を実用段階まで高めた実験を行っていたのだと思います。最近そういった市販のツールも出回って来ていますから。3Dプリンターとかそれに類する複製製造機です。その西堀さんが、どうやって下鴨と知り合ったのかの接点は現在はまだ謎のままです。彼女は下鴨からアルバイトを持ちかけられます。それが……」


「フタバスズキリュウの立体複製の作成だと言いたいんだな。それも素人目には化石と寸分違わない精度の高いレプリカの制作だったのだろう」


「そうです。竜子さんは自分自身の腕試しのつもりもあってそのアルバイトを受諾します。その制作はおそらく成功してレプリカは下鴨教授に納品されたと思われます。アルバイト代金も少額ながらも支払われたんじゃないんですかね」


「西堀竜子から不満が出ない程度にな……しかし、竜子は下鴨がフタバシモガモリュウの発見を大々的に記者会見するという新聞記事を見つけてしまった。自分が造ったレプリカが何に使われるかにその記事で彼女はすぐに気が付いてしまったのだ。罪の意識を感じた彼女は、下鴨教授に発表を止めてほしいとか、アルバイト代金の返却したいとかの理由から発掘現場に相談に行った」


「下鴨教授は、自分の企みが世間にいずれ西堀竜子を通じてバレる危険性にそこで気が付いてしまう。そう言った一件があり、シモガモリュウは盗難にあったという事でマスコミ発表を中止して、証拠の隠滅を計ったのでしょう。しかし、それならなぜ教授は化石を凶器に使うような、あえて目立つ事をしたんでしょうか……?」


「……多分……教授は以前にどこかの採掘場か、博物館の未発表の化石の中から首長竜の骨のほんの一部分を手に入れていたんだろう。過去に日本国内で発見されている恐竜はフタバスズキリュウを除いて全て体全体の一部の骨しか発見されていない。という事は、なかなかそれ以上の大規模な発掘、発見には繋がっていけていないのが現状だ。そこで教授は、自分が今まで以上に世間から注目される為には新種首長竜の全身の化石の発見が効果的と考えた。これは確実に大ニュースになると踏んだんだろう。化石の全身は紛失したと言っても、一部の骨は本物だ。下鴨はこれを使ってなんとか自分の功績を作り上げ、目立たせられないかと考えてしまったんだ。その結果、紛失した化石の一部が殺人の凶器に使われたという一石二鳥の手を思いついてしまったんだ。なにしろドラマチックなストーリーになる」


「それって……殺人を偽装するために工作するんじゃなくて……」


「そうだ。考古学者としての自分の功績を偽装するために殺人を工作したんだ。考古学という学問はとても地味で多大な時間を費やして僅かの成果を長い年月と多数の人間が積み重ねていく学問だ。その僅かの成果、進展のために一生を費やしていく学者、研究者の数は限りがない。その努力を誠実に続けていく意味は、過去に失われた歴史を少しづつ解明していくのが人類の使命でもあるからだ。俺は考古学の小難しい事は分からないが、この下鴨と言う男はそういった人類のたゆまぬ努力を冒涜している、巧妙心に自分を見失った大悪人だ!」


「私もそう思います。檀さん」


「桜木は言ったよな……警察がしっかりした捜査をして、確かな証拠をそろえて犯人逮捕をしていかないと、現在の法のシステムは一方通行に成りがちだって……」

「言いました。私、西堀さんが娘さんからプレゼントされたフィギュアの下面を見たんです。そこに(Ryu)と印がありました」


「竜子の制作って意味だろう」

「檀さんが私に預けたCDに入っていた骨の立体図のパーツにもこれと同じ(Ryu)のサインが入っていました。九州の博物館のホームページからパーツデーターを手に入れて立体化したのだと思われます」


「何!オレが噛みついた歯形より確かな証拠だな!」


「それが、私当初データをチェックした時には、化石が海竜の竜で(Ryu)という意味と勘違いして見過ごしちゃったんです」


「サインの入った立体じゃあ、いずれにせよ博物館とかには、展示はできんな。西堀さんも何でサインとか入れたんだろう」


「おそらく、自分の制作物にはみんな入れていたんじゃないでしようか? 造型製作者の自己主張ですかね」


「そのダミーの化石は全部行方不明だ。これじゃあ物的証拠が弱すぎる」


「まだ、何かあると思います」


「このまま、もたもたしていたら交通事故撲滅キャンペーンが始まってしまうぞ!それでまた、下鴨を取り逃がしてしまう事になる……だとしたら、オレはこれ以上時間掛けて証拠固めなどやっとれん! 下鴨が殺人犯かどうかは、今のところは確かな証拠はない。あるものは全て殺人の動機付けを裏付ける状況証拠だけだ。桜木おまえは俺達は市民の盾となるべきだといったよな。しかし、俺は警察権力を笠に着まくって下鴨を逮捕しようと決心した。例え殺人を犯している証拠が見つからなくてもヤツは人類の地球の遺産に対しての大罪を犯していると俺は勝手に判断したからだ!」


「はっはいっ! そうです! 私もそう思います」


「なーに、一度逮捕さえしてしまえば、日本の検察は下鴨程度の男なら、必ず有罪にしてくれるさ!俺はヤツを逮捕する、止めるなよ桜木!」


「檀さん、礼状は……?」


「ないよ、この程度の証拠じゃ礼状は出ないだろう。なしで捕まえるしかないよな」


「えぇぇ!……分かりました! 桜木巡査、同行します!」


「桜木……俺は下鴨って男は許せん!」

 そう言っている檀の腹がグウッと鳴った。

 

「檀さん、お腹減ったんですか?」


「ああ……」


「今日は朝から動き詰めでお腹空いちゃいました……お弁当で良いですから、何か買ってから帰りませんか?」


「じぁあ鮭弁で」


「私も同じのにして良いですか?」


「構わん……食ったらすぐに、下鴨のとこに出かけるぞ!」


「はい。腹が減っては戦は出来ませんから」

 と言って、優美子は笑った。


「桜木飯食ったか、そろそろ出かけるぞ!」


 捜査2課で内線を受けていた小杉という刑事が、受話器を手に檀に向かって叫びかけてきた。

 

「壇刑事!出かけるのちょっと待って下さい。今、署長から呼び出しが来てますよ! すぐに所長室に行ったほうが……」


「何……? 全然聞こえんなぁあぁ……小杉よぉ、最近耳が遠くなってなぁ……あんたが署長の話、代わりに聞いといてくれぇ!」


 小杉刑事は困ってしまった。

「無理言うなよ……檀さん……ちょっと……」


 檀は優美子の手を掴み、小杉の声を振り切って足早に刑事部屋を出た。

 

「檀さん……良いんですか、署長の話放っといて……」


「なんだか嫌な予感がする。上から首根っこを掴まれそうな予感だ。俺のこの手の予感は120パーセント的中するんだ。桜木、すぐに出るぞ!」


「はい! 檀さん、警察無線に緊急連絡が入っています……港河川に男性の死体が打ち上げられたと……男性の身元はTSSTVのレポーター川村さんだそうです。この人って……」


「下鴨の発掘現場に隠しカメラ仕掛けてスクープ狙ってた兄ちゃんか……桜木、俺の腹は決まった。これ以上発掘絡みでの犠牲者は出せん! 一刻も早く下鴨を逮捕するぞ!」


 ルルルルルッ

「檀さん携帯なってますよー」


「ちっ! もしも〜しっ、ただいま取り込み桜木だぁー」


「奇遇だねぇー私も取り込み中でね、壇君」


「署長……」


「いいか、今すぐお前の運転している爆走中の警察車両を止めて、署に帰ってこい! 話はそれからだ。いいか、言うとおりにしろよ檀頑。戻ってきたらそのままお前は一週間の自宅謹慎だ。下鴨教授は、現在港町にとって町起こしに欠かせない重要人物になっている。今日も、市は全力を持って彼の発掘事業を支援していくことを市議会で再決議されたんだ。間違っても一刑事風情が礼状無しでしょっぴいて来たりして良い男ではないんだぞ! いいかー、犯罪捜査より、経済政策だ、上が決めてる事だからな! 聞いてるのかぁー!」


 ガシャ!

 壇の顔色を見ながら優美子が声を掛けた。

 

「経済第一主義って中国共産党の受け売りですか。檀さーん、どうするんです」


「電波が遠くて良く聞き取れなかったが……署長は確か下鴨を迅速に身柄を拘束しろと言ってたよなぁーひっひっひっ」


「檀さん……また警察無線に緊急連絡入っています。道路封鎖、検問が引かれます。捜査対象は……」


「分かってる、皆まで言うな……俺だよな……」


「そうです、この車のナンバーは今所轄全域に指名手配されました」


「桜木、降りて良いんだぞ。お前は良くここまで頑張ったな……」


「降りません! 私、檀さんの相棒ですよね! 今までも、これからも!」


「この後は、俺といるとやばいんだよ、分かるよな」


「……大丈夫です。やばいのは檀さんの近辺ですから。ここは安全なんです。だから檀さんの側から離れません!」


「ああ言えばこう言う、利かん気な小娘め、いや強情な雌犬か……」


「下鴨の本日のスケジュールは市の講演会です。16時には、市民公会堂ビルから退出してくるはずです。その後の彼の立ち寄り先の情報は入ってきていません。公会堂に向かいますか?」


「道路封鎖かけられたら裏道使って迂回して、いったい市民公会堂までどれだけ時間掛かるんだ……。車はここで捨てよう」


「警察無線は聞けなくなります」


「署長の考える事くらいお見通しさ。その方が安全だ。道路封鎖がひかれる前に公会堂までたどり着いて下鴨をしょっぴいてやる!」


「じゃ、タクシー拾いますね!」


「タクシーありかい?」


「ありありでしょう」

 優美子は明るく応えた。

 

 目立たないパーキングに車両を止めてタクシーを呼び止めた二人は、さっとタクシーに乗り込み目的地を告げた。

 

「講演会の終了時間まで後何分ある?」

 壇は優美子に聞いた。

 

「後、15分です。あっ!!前方の交差点先で、警察が検問ひいてます」


「運ちゃん、そこの交差点を左に」


「分かりました」

「また、検問です」


「次を右に」

「はい」

「正面で検問!」


「そこを左だ!」

「一通です」

「バックで逆走しろ!」


「出来ませんよ、だんな」

 檀は優美子のホルスターから拳銃を引き抜き、運転手の頭に当てた。

 

「これが、オモチャじゃないくらいの事は分かるよな……」


「そんな、旦那無茶な……分かりましたよ……逆走でも何でもやりますから。ひっひっーバックで逆走しますぅ……」


「なんだか、公会堂に向かって進んでいるのかどうかも分からなくなってきました。方向これで良いんですかー?」


「刑事さん信号赤です」

「赤だな……」


 前方を見つめていた優美子は目ざとく警官を見つけた。

「横の道を巡回中の警官が2名歩いています。検問に当たっている交通課の職員です。信号で停車している渋滞の車の中を見ながらこちらに向かってきます」


 運転手は、渋滞でどうにも動けない現状を説明した。

「前後に車がありますから、この状態からじゃあ信号が青になるまでまるで動きが取れませんよ。これ以上無理言わないで下さいよ」


「俺は無理しか言ったことがない……来るなら来い!」


 この時、優美子は瞬時に決断した。ついに再びその残念な時がやって来てしまったのだ!

 優美子は思った。

「避けては通れない刑事の道だ!


(ドクン、ドクン!)


 優美子は見る間に自分の心臓の音が大きくなっていくのが分かる。しかし今はもう、躊躇している余裕など全くない。

 

 ここで警官2名に捕まったら、下鴨逮捕はもう永久にチャンスを失ってしまう。

(なんとしても、ここは檀さんを公会堂に行かせなくては……!)

 良く見ると2名の警察官はどちらも桜木の顔見知りだった。

 

(交通課の宮下君と桜島君だ!もう警官達の表情が確認出来るほどの距離まで二人は近づいて来ている)


 途方もない事に再び優美子は檀の顔に覆い被さった。

 優美子にとってはこれは2回目の命がけの試練の時となったのだ!

 しかし、この状況では、もはや選択の余地は他にない!

 

 自分の信じる正義を貫くには、警察官としてこれ以外に選択枝は残されていないのだ!

 

「檀さん、お願いですから静かにしていて下さい。ここで捕まったら、公会堂まで行けなくなっちゃいますから」


「桜木……あいつらぁ顔馴染みなんだろう……いくら抱きついて顔を隠しても、おまえの後ろ姿とか服装で分かっちまうんじゃないのか……」


「絶対自信あります。人間はあり得ないと思ってる状況は、無意識に否定しますから……」


「あり得ない……ありっありっありっあ……」

 と言ったのが檀の人間らしい最後のことばに優美子には聞こえた……。檀の瞳はシャッターのように堅く閉じられて、彼の全身に痙攣のような震えが走り抜けていった。

 

 キチッ、キチッ、キチッ、キチッと以前優美子が聞いたことのある異様な虫の羽音のような音が檀の体のどこかしらから聞こえ始めた。

 

「檀さーん……正気に戻って……」


 と言いながら優美子は全身の力を両腕に集めて、檀の顔を左右から押さえつけていた。二人の顔の間の距離は5センチ程しかない……優美子の唇はすでに檀の唇射程の中に入っている。

 

「お願いですから、檀さん、下鴨を逮捕したいなら、今は後少しこのままじっとしていて下さいね……」


 もし2人の警察官がこのタクシーの外から檀達二人の今の光景を覗きみたら、仲の良いカップルがタクシーの後部座席でいちゃついているようにしか見えないだろう。

 しかしその実は二人の間では火花を散らす壮絶なバトルが、小さな車内の後部座席で繰り広げられていたのだ!

 

 檀の唇がムズムズと動きだした。すでに檀の意識は消失している様だ。

 前回優美子は経験から、檀がこれと同じ精神状態に移行した時と同様に、いきなり顔面からゴムのような動きで飛び出しくる唇の動きを予感して構えた。

 予感は的中し、唇はいきなり優美子の唇に向かって飛び出して来た!

 

 その気配を察して優美子はサッと顔を振り、檀唇の方向から優美子自身の唇の位置をずらした。

 その優美子の唇の動きを追うように檀唇は空中で小さく弧を描いて優美子の唇に追尾してくる。

 

 まるで、誘導ミサイルだ。

「そうくると思いましたぁー!」


 優美子は檀の唇に向き合うように振り返った。

 その瞬間、檀の唇を蜂の針のようなものが貫いていた。

 壇唇は優美子の唇にあと3センチの所で意外な反撃を受ける事となる。

 壇唇は激痛を感じて優美子の唇から飛び退いていった。

 ゴムゴムのガトリングのように迫る壇唇を何かが刺し貫いていたのだ。

 唇はまるでそれ自体が一個の生物であるかのようにその痛みに驚き、その場から飛び退いた。

 針の正体は桜木の唇にくわえられた爪楊枝だった。

 

「ヘルメットが無ければ即死だった……」


「お化けエロ唇ー!しゃべったーでも、何言ってるのかわかない……!」


 優美子は先ほどの昼飯の時、割り箸に付いていた爪楊枝をまさかの時に備えて、ポケットに忍ばせていたのだった。

 

口にしっかりくわえられているのはその時の爪楊枝だ。


「フゥー……私、同じ手は食いませんから!」


 檀の唇は一瞬は怯んだものの、受けた傷ものともせず、すぐに体勢を立て直し再度の猛烈アタックを仕掛けて来た!

 

優美子の口にくわえられた爪楊枝の剣は、壇唇の攻撃をかわしつつ、その本体の唇を再度貫こうとするように素早くまっすぐ繰り出されていく。優美子の顔は真剣な啄木鳥のように前後して動いた。


「ちゅ」の体勢で迫っていた壇唇は瞬間その口全体をクワッと開き、爪楊枝をガシッと前歯で砕かんばかりにくわえ込んで行った!


「ザクとは違うのだよ、ザクとはぁぁぁぁ!」


「は、な、せぇー檀ぁー!」


「いけないなぁー大切な事件のこんな緊急時に……僕のこと呼びつけにしたりして……」


 朦朧とした檀の籠もった声が歯を食いしばった壇唇の奥から響いてくる……。パリッパリッとポッキーを食べるように壇唇は少しずつ爪楊枝をかみ砕きながら優美子との距離を詰め始めていた。


「お客さん達、前方の道空いてきましたけど直進で良いんすかー?」


「いいんだよぉー……」


「急いで下さい運転手さん、公会堂へ先を……」


「聞いていいっすかねぇーひょっとしてお客さん達、恋人ですか……?」


「無論さ……はっはっはっはっ」

 壇が答えた。

「そんなわけあるか!」

 すかさず、優美子がそれを否定する。

 

 「ピピピィーピィ」

  やたら甲高いポケモンの叫び声のような声が聞こえた。壇は爪楊枝を前歯で押さえながら問いただした。

  

「なんだ、そのピカチューだかガッちゃんだか分かりづらい発声は??

「私だって声出しますよー負けませんから……音出せるの、檀さんだけじゃありませんから」


「俺は口から声など出していない……」

「え……違うの……運転手さんはよそ見しないで、公会堂に急いで下さい!」


 壇達を乗せたタクシーは渋滞をとっくの昔に抜けていた。しかし、一度スイッチの入った檀の攻撃は終わることがなかった……

 

 仕方なく優美子は応戦を続けていたが、もう彼女の体力は限界点に達していた。

「この勝負もらったぁー」


 勝利を確信した壇唇は一気に優美子との間合いを詰めようと迫ってきた。

「檀さん、ごめんなさい!ズゴッ……ク……」

 両腕で檀の頭を押さえている優美子の左からの膝蹴りが檀の股間に正確にヒットした!

 

「檀さん、これで目を覚ましてー!」


「ぎゃぎゃぎゃーチンコが、折れたぁー!!ななななんじゃぁ!こりぁぁ!!こんな所で外折れかぁぁぁ!」


※外折れとは?

 壇が即興で作った造語である。精力が若干衰えた中年男性などが激しく腰を振っている最中に膣内に挿入されたエレクトした一物が本人の意思とは異なり体力の減少によりヘタることを中折れという。それに対して勃起したチンコが膣外で折れた状態を指す。

 

 後部座席で騒ぎ続けている二人を乗せたタクシーは、そんな事を続けているうちに公会堂に着いていた。

 

「ここで張り込んでいれば、講演会の後、そろそろヤツは出てくるという寸法だ」


 檀と優美子は駐車場で下鴨の車を発見し、それが確認出来る位置に体勢を移した。

 そうしているうちに、考古学学会の講演を終えた下鴨が駐車場に現れた。急ぎ足で携帯を見ながら、大きな旅行バッグを引っ張り、まっすぐ自分の車に向かっている。

 

「来た……いくぞ、桜木」


 キィを出して車のドアを開けようとした下鴨の前に檀が立ちふさがった。

 変装を解いた檀が下鴨を睨みつける。二人はここで初めて変装なしで対峙することとなった。

 

「誰かね君は……?」


 檀の後ろに立つ優美子を見て、下鴨の表情が変わった。何かを思い出したようだ。

 

「お前達誰だ……? そうか! 思い出したぞ、以前私の大切な発掘現場に立ち入っていた浮浪者だな。あの時は下品にも場所をわきまえずに野糞を垂れた男だったな君は……まさか警察官だったとはな、驚いたよ。警察官が野糞……ありえないでしょう」


 壇はニヤリと笑いかけた。

 

「まだわからんようだな、俺は檀頑という野糞垂れ刑事だ……」


「刑事だって……けっ、やっぱり警察なのか……警察の癖に人の土地、発掘現場に不法侵入したり、野糞の軽犯罪法違反まで……、あきれたヤツだな……」


「呆れただろう」


「しかし警察なら話が早い……私を保護しろと港町市、考古学発掘協会、市民政治団体からそれぞれ警察には、連絡が入っているはずだ。君も聞いているはずだよ。何しろ私は今、港町が最も必要としている人材なんだからな……私がいなければ、港町の町起こしはもはや成功はおぼつかないだろう! 分かっているのか……!おっと今日は私は急いでいる。この後、香港で考古学学会がある。急がないと、飛行機に乗り遅れてしまう!」


「高飛びするつもりなのですね……」


「貴様の様に歴史を改竄していく時間犯罪者を、この野糞垂れタイムパトロールの檀頑<ブリット>は逃しはしない。歴史は全て元通りに修復する」


「何……!」


「檀さん、言っている内容は微妙に合ってるんですが、私たちタイムパトロールじゃなくて……」


「ふざけるなー、おまえの戯言に付き合っている暇は私にはない!」


 下鴨は壇に向かってそう言い放った。そしてさっさと車に乗り込もうとした所に優美子が口を挟んだ。

 

「そこをちょっと、お話を聞かせて欲しいのですが……」


「何……まだ言うか……!」


 壇もこのまま彼を行かせようとは思っていない。

「この後、ちこっと署までご同行ねがえませんか……?」


「お断りだね、残念だな……私は急いでいるとはっきり伝えたはずだ! 一体全体、礼状でも持っていると言うのかね? 君は、私の身柄を拘束出来る礼状を持っているのかと聞いているのだぁ!」


「任意で……ちょっと……」


「そんな話は聞いてられるか、バカバカしい! うんこ垂れが! ええぇぇい! そこをどけっ!」


 下鴨は檀の脇をすり抜けて自分の車に乗り込もうとした。

 その時、彼の進路に一歩踏み出した檀を下鴨はちょっと押した。……ようにも見えた。

 

 その途端、まるで磁石のS極がN極に弾き飛ばされたように檀の体は強く弾き飛ばされた!

 

 そして体躯を海老のように折り畳んだ状態で檀はロケットのように勢い良く、2メートルばかり宙を飛び、強力に吹き飛び駐車場のフェンスに激突していった。

 

 さらにその勢いで檀は壁面から弾かれ地面に衝突し、そのままアスファルトを転がって行った。


「大丈夫ですか! 檀さん!血だらけ……」


 檀は、下鴨に殴り飛ばされて、どこか骨でも折ったかのように転げ回っていた。

 

「痛い、痛い、痛いょぅ…………!」


「何をしているんだ? ちょっと私の衣服が君に触れただけじゃないか! くだらない狂言はいい加減にしたまえー!」


「チッチッチッチッチンコが折れたぁぁぁぁ! さっき……痛い痛いょぉ……さっきから……」


「バカな狂言は止せと言っているだろう……!」

 檀は頭から血を流して転げ回っている。

 

 下鴨がその言葉を言い終わらないうちに優美子は素早くバックから手錠を取り出し、下鴨の手に手錠を架けようとした。

 

「公務執行妨害で逮捕します」


「何?」


「下鴨教授、このまま署まで連行させていただきます! 身柄を確保します。罪状は公務執行妨害です。壇刑事のチンコを折った傷害罪も付きました。警察官の急所にあそこまでの傷害を負わせたんですから覚悟しておいたほうが良いかと思います……下鴨教授!」


「何だって……! ちょっと待て! チンコが折れるというのはヤツのチンコは今、この状況で勃起していたと言うことだな? 勃起していなければ、折れるということはあり得ない。そうだろう?」


「はぁ……」


「オイ、ウンコ垂れ……勃起してたのか?、していなかったのか?どっちだウンコ垂れ刑事!? ふん!! 答えられないようだな。嘘だったんだな、女…… それでは、ここは通してもらおぅか!」


 その時優美子の何かが切れた……

 

「もう、うるさいなぁ……折れてんだよ、ホントに、弾刑事のチンコはなぁ、見るまでもなくさぁ……」


「何?」


「ほんと…………うるさいオッサンだょ。四の五の言うならあんたのその枯れきった100年物の尿道としてしか使いモンにならない化石チンコも、この場でへし折ってやろうかぁ!この桜木優美子様がぁ!」


「ひっひっー!」


「確保!」


 優美子は下鴨の両手に手錠を掛けた。

 ガシャ!

 

「桜木、何か性格変わって来てない?」


「いやだなぁーそんなことないですよぉ」


「下鴨教授よぉーいい加減、日本の警察組織を舐めんじゃねーよ。明日からじっくり取り調べ付き合ってもらうからな。拘留しているうちに逮捕状取ってやる、その後は調書書いて検察で有罪よ…………一方通行出口なしのねずみ取り! 日本警察の投獄有罪システムを舐めるなよーはっはっはっ」


「檀さん、やりましたね!」


「署に帰ったら署長に何言われるかなー俺が署長に捕まって謹慎処分とか受ける前に、取り調べでなんとかコイツを吐かせないとなー何しろ俺は権力を笠に着た悪徳刑事だからなー」


「ですよねー! 大丈夫です。例え檀さんが休職させられても私が全部吐かせちゃいますから!刑事 弾頑の相棒この桜木優美子にお任せよ!です!」


 ふっと空を見上げた桜木の目に、なんとも気持ち良さげに飛んでいるヒバリが見えた。




終劇

『弾丸刑事ブリット セクハラ事件簿』を楽しんで頂けましたでしょうか。

読者の方々の熱いメッセージが頂ければこの『弾丸刑事ブリット』書いていきたいと思います。

よろしくお願いします!!

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