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第四章 発掘現場到着 第五章 驚愕のオヤジ変身 ビルドブリットMk-Ⅱ  第六章 壇対下鴨教授  第七章 アマゾンブリット 必殺技!噛みつき! 第八章  聞き込み東京西大学考古学研究室 

殺人事件の捜査を始めるべく、覆面パトカーで警察署を出発した壇刑事と桜木巡査は遺体の発見された遺跡発掘現場に到着した。


そこから……

第四章 発掘現場到着


 優美子は到着を壇に告げた。


「そろそろ現場に着きますよ、檀さん。車どこに止めるんですか?」


「ここいらに止めとけば良い。問題は、ない。今は大切な話をしようとしていたのだ」


 桜木は、仕方なくそのまま道路上に車を停車させた。離れてはいるが偶然停車位置からは、女性の殺害現場の遺跡発掘場は、眼下に見下ろせる位置であった。


 桜木は鑑識課から借りたDVDカメラを車内から発掘現場が見える位置にセットし始める。


 壇は桜木が自分の話を膝を正して聞こうとしない態度にいらいらしてしゃべりかけた。



「オイ、聞いているのか、桜木?」


「はい、はい、聞いてます。 ところでここの位置から張り込みで良いんですか、檀さん?ここだと、下り車線一車線ですから、ずっと停車していたら交通の邪魔になります…………

 現場にもっと近づいて適当な場所を探した方が……」



 優美子は一向に壇の会話に耳を傾けようとはしていない。



「そんな事より俺は今は大切な話をする。なかなか聞けない話だ。実は俺はこびとを見たことがある!

 どうだ、真実のメルヘンだろう、刑事魂のたぎる勇壮な肉体の中に潜むメルヘンの心…………正に男のロマンよね」



 優美子はやはり壇の話をまじめに聞かなくて良かったと確信した。


 しかし、仕方なく話に相づちを入れた。


「いったいこびと、どこで見たんですか、幼少期の頃にとか……??」


「いや、現在形だ。今もちょろちょろ署の中にいるじゃないか、視界の端に小さなおやじみたいのが見えていて、さっさっと机の陰とかに隠れたりして、

桜木も見たことあるだろ署の中で」


「無いですよ!それってメルヘンじゃなくてただの危ない中年の幻視ですよ。

幻覚ですって」


「こびと観察日記とかいう絵本があってな、それに俺がいつも見えているこびと達が載っているのか探してみたんだが……」



 優美子は多少この話に興味を持ち始めた自分が悔しかった。


 しかし事の真偽は聞いておこうと思った。



「壇刑事、それで署内はくまなく探しましたか?で、居ましたか、小人は…………!」



 壇は口惜しそうに答える。



「いない、いないんだ。俺に見えるのは動きの素早い黒くて小さい……」


「わかりました、触覚の長いヤツだったんですね?」



 優美子は騙されたと思ったが、話に釣られた自分がいけないのだと後悔した。

 壇は話を続けた。



「そう、そう……そう言えばその図鑑の中に「モクモドキオオコビト」とか言うこびとがいてな。

 オオコビトとか言っても全然大きくない、どちらかというと他のコビトと同じ位の大きさなんだが。

 カブトムシの種類に大カブトとかいるから、そこいら辺のゴロから名付けられたんだろう。

 カブトムシと言えば、カブトヨソオイというコビトはカブトムシみたいな殻を被って擬態していてな、人間に捕まえられると、体を下を向けられると、

体の殻を残してパカッと中身が落ちて逃げるんだ。まぁ、トカゲの尻尾切りのパチネタだな、はっはっはっ」


「こびと信じてるとか言っているその口で、パチネタだ、とか言いますか!」



 優美子は一応突っ込んだ。



「臨機応変にだ、日本語は適切に使わないとな。とにかくだ!!こびとのOVAは桜木が小さい頃に置き忘れて来たメルヘンの心を呼び覚ましてくれる。一見の価値が…………」


「誰が、置き忘れて来たんですか!私、今でも夢は沢山持ってると思っています」



 優美子は壇のさりげない一言に自分の人間性に対しての批判が含まれていると感じて、反論した。


 その言葉を受け流して、壇は話を続ける。 


「……でさぁOVAって言い方おかしくねぇ…………?」


「もう、私の問いかけに返して下さいよ。こびととかは、いいですから」



 壇は話題を変えた。



「ところでさぁ桜木、OVAって、何の略だと思う」


「オリジナル・ビデオ・アニメーションの略じゃないですか?」


「そうだが……今、ビデオって新作って製造されてないだろ?落語とか浪曲とかは例外だが。だったら言い方変えてさ、ODVで良いじゃない。DはDVDのDだよ」


「ちょっと言いづらいですね。でも、檀さんが、そう言いはって、その言い方を世の中に広めて行ったら良いんじゃないですか?」



 それこそどうでも良いと優美子は思った。



「それがさ、改めて言うほど大発見でもないし、ポンと手を叩くほどの話でもないじゃん」


「そうですね」


「ただ、その事に気がつくと、もうこれからOVAって言い方は言いづらくなってくるだろ。

 しかしそれを自分から世の中に大々的に言い出しづらい理由はな、自分以外の大抵の人はもうその事に気がついているみたいに感じに思えてしまうからだ。

 言い出しづらいわけよ。そう言う心理から、ことばの狭間サルガッソーにはまりこんだことばが「OVA」じゃないだろうか!」


「檀さんの話聞いてたら、私もどうでも言いように思えて来ました。ODVの事。誰か何時の間にかそっと、言葉を言い換えてくれませんかねー」


「桜木、おまえの出番だぞ!」


「私が何言ったって、こんな小娘の話、誰も聞いてませんよ!」


「いや、いや、いや、交通課のネットで、パンチラ写真とセットで押していばODVも注目される可能性が出てくるかも……」


「警視庁のHP使えるわけないじゃないですか。ネットだとよっぽどのパンチラじゃないと、大体の人は無視しちゃいますよね」


「桜木、意外と自分の価値を分かってるな、おまえって」



 この一言には優美子はさすがにむかっと来た。



「私、価値はありますよぉ、かなりぃ!バカにしないで下さい。ただ、ネットでは、その手は飽きられてると思いますっ」



 壇は優美子の機嫌を損ねたことにはとんちゃくせず、言葉を続けた。



「じゃあ、どうやったら注目されると思う?」


「え……え……そうですね……私の育てている熱帯魚のモモちゃんとか、自作の刺繍付きの手袋を公開しちゃったりしてですね……!

 そこで、私が登場して……ピースピースとかして、可愛く…………」


「よさんか!!聞いた俺が悪かった。そんな映像流したら、俺みたいな男は顔真っ赤にしてパソコン壊すぞ、マジでぇテロ電波だろぅ……!」


「えっえっえっ何でですか……?!」



 優美子は壇の表現に反論しようとしたが、とっさに言葉が浮かばない。



「話がOVAだか、ODAから遠く離れてもはやおうちに帰れなくなって来ちゃっているだろうが!お母さんが心配するだろう!」


「檀さんの話だって遙か銀河の辺境まで遠く離れて、おうちに帰れなくなってしまってばかりじゃないですか!歩いてイスカンダルの出番ですよ!お母さん心配しまくりマンボですよ!」



 優美子の口をついて出た言葉は、悲しいかなおよそ壇に対しての反論には不適切な表現だった。

 それに対して壇が答えようとした。



「帰れるよ。なぜかと言うと……」



 その時、優美子は刑事として重要な発見をした。



「あっ!今、車の横を通り過ぎたの下鴨教授では!?」


「会話に夢中になって、思わず見過ごす所だったな」


「檀さんは完全に見過ごしてました、今は!全く気がついていませんでしたって?気がついてのは、私です。」


「言うようになったな。桜木」


「言葉の使い方、また違ってませんか……檀さん?」


「教授の素行調査は今日はもういいから、俺の話を最後まで聞け」


「聞いてましたけど、聞き込み、張り込み職務優先ですよね。

「何時しか価値の逆転が起こったのだよ」


「古代……」


「そーそー、語法はそれで正しい!良い嫁になるぞー桜木」


「ですかーですよねー。えへっ」


「ちょっとおだてるとこれだ。けっけっけっけっ」


「もう、話合わせてあげたのにー」


「張り込みは良いのか?こんなくだらない話にカマケている暇は刑事には、ないんじゃないのか?桜木」


「今日の流れ、私のせいにしますかー?」



 優美子は誰に対して何を抗議していたのか、訳が分からなくなってきていた。


 



第五章 驚愕のオヤジ変身 ビルドブリットMk-Ⅱ


「今、教授は発掘現場からの坂道を上って来ましたよ」


「だから……」


「だからって、彼は今まで発掘現場に居たという事ですよね。この先は行き止まりになっていて発掘現場しか行く場所は、ありませんから……ちなみに今日は発掘作業は中止のはずです。

 今回の殺人事件が興ったせいで、大学側も動揺しているのだと思います。被害者の学生さんのお葬式などの予定とかで、研究室も喪に服す意味もあると思います」


「下鴨教授はここの責任者なんだろうが。例え休日と言え、いろいろ現場に来てやらなきゃいけない仕事があるんだろう」


「そうです、檀さん今日はそろそろ被害者のお通夜がある時間です。大学の関係者一同は、そちらに向かっていておかしくない時間ですよ。


 教授とかは、真っ先にお通夜には行っていないと……」



 優美子は壇の頭を必死で捜査に戻そうとしゃべり続けた。



「桜木お前の言いたい事は分かる。しかし俺はさっきからDVDいや、ビデオ業界の話をしているのだ。これからって言う時に話の腰を折るな!」


「そのDVDの事ですって、檀さん!良いこと言って下さいました。

それですよ。たぶんDVDには……」


「ほっほっそうだろう、そうだろう……」


「しっ!檀さん静かに!」



 そう言っていきなり桜木は突然、運転席に座っている檀に覆い被さるようにシートベルトを着用したまま抱きついた。


 左手で檀のシートを少し倒して、すぐに自分の両腕を檀の後頭部に回してきた。


 壇は戸惑いを隠しきれない表情を浮かべ、優美子の顔を見つめた。優美子はじっと壇を見つめている。瞳が壇に語りかけている。


 彼女の髪から、シャンプーの香りと若い女性が付けている基礎化粧品の香りが漂ってくる。

 壇刑事といつも捜査には同行してくる桜木巡査なのだが、ここまで彼と密着した体勢になったことはかつて無かった。

 壇は彼女の突然の行動を無分別な若い女性の衝動的行動と受け取ってしまった。


 壇は思った、職務の枠を越えた過ちも、若い女性警官にとっては今後の長い人生、刑事を続けて行く上での良い経験になるかも知れないと。


 ここは中年の懐の広さでその若さを受け止めてやることも優しさなのだと考えた。



「桜木おまえも一応は年も年だが、ついに発情したかぁ遅咲き桜の大爆発、確変でも引いたのかぁ……? この狂い咲きの雌犬がぁ……!

 しかし一体全体、行為の根本となる生理は来ているのかね生理は! 女としての体の準備もろくに出来とらんで、後先考えん行動をとるな……雌犬が。

 最も俺が良い男過ぎるからな……罪だよなぁ……仕方がないなぁ……俺は立っているだけで女が蛾のように寄ってくる誘蛾灯みたいな存在とも言えるからな。

 まぁ罪な男を絵に描いて、撮影部で動かしているアニメみたいな存在がこの俺であることも間違いない。

 しからば、桜木よぉ、お前の理性は今まで辛うじて保たれていたのも、仮に理性に人格があるならかなり頑張っていた方の理性ちゃんと言えるだろう。

 それが遂に……あっあっ、はしたない……」



 壇は自分の世界に浸り込んだ視点から、優しく桜木巡査に語り続けている。


 優美子は車に近づいてくる男の足音をかなり間近に確かに感じていた。


 男が坂道を登って接近してくる角度からだと、車外から運転席のシートの二人ははっきりと見られる事になる。

 ここで、二人の張り込みを気づかれてしまったら、今日の行動が無駄になるどころか、今後容疑者が警察の捜査に対して警戒感を持たれてしまうと彼女は確信した。



「黙って、檀さん、彼が戻って来ます!教授は坂道を上から降りてくるのでこの車のフロントガラスの中は丸見えになっていると思われます。

 今日は私達私服ですから、この後の張り込みや聞き込み調査の時に警戒されたくないですから、ここは絶対に我々の顔を見られたくない所ですよね」



 壇は優美子の説明が聞こえているのかいないのか、ひどくだらしなく口元をほころばせ眼を潤ませて遠くを見ていた。



「恥ずかしいんだな、桜木。色々くだくだと……照れているな、言いわけは見苦しいぞ、人として、まだまだ発情雌犬に成りきっていないようだな……

 理性は時として邪魔にしかならない。まだそういった大人の事情を知るには心が幼すぎるかな…………」



 優美子は壇に覆いかぶさる体勢のまま、彼の耳元にそっと囁いた。



「来ました……」



 壇は優美子のさらに大胆な行動に驚愕した。


 なんと、檀の唇に桜木は自分の唇をそっと合わせてきたのだ。


 その体勢は、車の外から見ると仲の良いカップルが車の中で抱き合ってキスをしているように見える。女が男の顔を抱き寄せ、男は女の後頭部と背中に手を回している。


 下鴨教授は、何か考え事をしているのか思い詰めたような表情で彼らの乗っている車の横を通り過ぎて坂を発掘現場の方向に下っていった。


 それで、桜木から仕掛けたこの偽装行為は成功したかに見えた。しかしその状態は終わった訳ではなかった。

 二人の間では車の中では無言の格闘のゴングが鳴り響いていた。


 それぞれ譲れない一線を賭けた男と女の最終バトルの幕を切って落とされていたのだ。



 檀の顔の両側を両手で押さえた優美子は檀と自分の唇の間をほんの数ミリの間隔を取り固定していた。


 ここまでは優美子の計画通りの展開だった。その強大なリスクも優美子は彼女なりに理解しているつもりだった。


 教授に対しての偽装恋人の変装は完全に成功していた。

 しかし壇から体勢を離してシートに戻ろうとする優美子の行動を完全に阻止して、無言の檀は優美子の後頭部に右手を回して自分の方にそれまで以上に強く密着させて来た。

 優美子は、貞操の危険をはっきりと意識し、渾身の力を振り絞って壇の呪縛から逃れようともがき始めていた。



 優美子の背中に回した左手も右手同様に彼女を強く壇の側に強く引き寄せている。

 その壇の力に対して優美子の華奢な体にそれに対抗出来る様などれほどの力が秘められているのだろうか!?

 

 しかし。予想に反して優美子の腕力はその細腕からは想像もつかない途方もない渾身のパワーを発揮していた。


 その発動したパワーで、徐々にではあるが体制を変え、檀の顔からの距離を少しずつ少しずつ引き離し始めていたのだ。


 教授目撃の際の瞬時の判断から、この行為に踏み込む決断をした優美子からすると、行動を起こすはじめから思考は極めて冷静だった。

 檀に覆い被さると同時に檀の顔を両手で掴み止め、二人の顔と顔との距離を5センチでしっかり固定していたのだ。


 車外から見たら、それはそれで確かに仲の良い二人がイチャイチャ抱き合ってキスを交わしているように見えるだろう。


 しかしその実、二人の間ではそれぞれが全身の筋肉をフルパワーで使った強力な組み手が続いていたのだ。


 壇は、優美子に囁き続けていた。



「いけないなぁ……職務中だ……いや、いけないなぁ……」


「もう、教授通り過ぎました、檀さん冷静に!!離していただいて構いません。私もいきなり飛びついて失礼しました」


「だめだなぁ……こんなところで……いけないなぁ……やめておくれなはれ、御無体な……」


「離して下さい、檀さん、怒りますよ。先ほどの失礼はもう詫びましたから。離・し・て・下さいもう……」



 優美子は思った。



(だめだ……完全に理性のシャッターが降りてしまっている、こうなったら檀さんに言葉は何一つ耳に届かない……

 完全に私がいけないんだよなぁーでもさっきはこの方法以外思いつかなかったから……あぁあぁ優美子のバカ!!)

 


桜木は渾身の力を両腕に込めて檀の顔を引きはがして行った。二人の顔面の間の距離は10センチまで遠ざかった。

 優美子は思った。



(勝った!)

 


 それに対して壇は優しく呟いた。



「せからしかぁ……」



 固定された檀の顔からいきなり彼の唇だけが、にゅっと前に伸び始めたのだ。信じられない神技と言えよう。

 まるで「ゲゲゲのなんとか」妖怪城の決戦の時の妖怪二口女のようだ。



「キチッ、キチッ、キチッ……」



 檀の何処からか虫の羽音の様な音が聞こえた。


 優美子はこの擬音にあたりを見回した。



「エ……人間……?」



 せっかく10センチ近い距離を檀の顔面から引き剥がすことに成功した優美子だったが、檀の人間離れした神の唇の動きまでは全く計算に入れてはいなかった。

 唇は檀の体制は固定されているに関わらず顔面からゴム人間のように伸びて、優美子の唇を完全にロックオンしていた。


 唇だけは苦もなく10センチ程度の距離は伸縮自在な構造をしているようだ。



「迂闊だな……桜木君……」



「あ……」



 思わずそうあきらめに近い吐息が優美子の口から漏れた。



「しょうがない娘だなぁ……」



 壇は囁いた。



(しかし、もらったぁ……)



 その刹那、優美子は無言で顎を引き、首を大きく左に振り、そのまま檀の顔に頭突きを入れる形で自らの側頭部を檀の顔面にヒットさせて行った。


 ブンッ!



「ゲホッ!ゲホッ!グァァァァア!」



 優美子は決死の覚悟でドムのトリプルアタックに突っ込んで行ったマチルダさんのミディア輸送機の様に突進していった。


 檀の唇は、優美子の唇こそ奪えはしなかったのだが、彼女の側頭部に潰されるような形で彼女の頭皮に触れてはいた……。



「これが、チュウか……」



 壇は呟いた。

 優美子はそれに答えた。



「たかがメインカメラをやられただけだ! お宅言葉、使い方はこれで良いんですよね、檀さん!」


「う……うぅぅん……合ってる……こ……これが若さか……(Zガンダムのクワトロバジーナ大尉の口調で)」



 檀は一瞬意識を失い、全身から力が抜けていった。優美子はやっと全身全霊をかけた接近格闘戦のバトルから解放された。



「とっさの事で、この手しか思い付かなかったけど、一瞬の内に覚悟して突入した格闘戦。正直キツかったわ……」



 そう言って、サイドシートに戻り、自分のシートベルトを外して車外に出た。



「なんて良い天気! さっきまでの出口の見つからない最悪なバトルが嘘のよう……」



 優美子は全身で伸びをして、思いっきり深呼吸した。

 空には、ヒバリが鳴いていて、雲が高く流れていた。

またヒバリ……

 檀はどうやら気がついたようだ。車内からうめき声が聞こえてくる。


 優美子はガードレールから身を乗り出して、先ほど発掘現場に向かった教授の姿を探した。見つけた。


 教授は300メートル程先の現場でなにやら作業をしているようだ。幸いにして二人の存在には気がついていないと思われた。



「発掘のお休みの日に何をしているんだろう……?」



 車から出てきた壇が頭を押さえながら答えた。彼の額は血が滲んでいた。



「何か胡散臭い奴だな……直接下に降りて尋問かければ、吐くんじゃないか」


「ちょっと待って下さい。檀さん面と向かって聞き込みに行くのはる今まで私達がとてもそんな余裕が無くて、殺害現場での彼の行動に気が付かなかった間に、

彼が何をしていたかを見てからにしませんか?」


「桜木、お前タイムTV持ってたのか、ならなぜそうと言わない?」


「違いますよ、ここに着いた時にセットしたDVDカメラ、発掘現場に向けて回しっぱなしにしてありましたから。それに教授の行動が写っていたんじゃないかなと思って……」


「なんだ、タイムTV持ってないのか……」


「普通に持ってないです!!」



 檀がさっきの接近戦筋肉バトルについて、自分から謝る様子もないので、優美子もそれが自分から勝手に起こした行動の招いた結果と割り切って、

その事の会話を蒸し返さないことにした。優美子は思った。



(おあいこだ。酔った席での出来事だったのだと言うことにしときましょう)


「巻き戻します」


「先ほど、奴がこの道を登ってくる前の映像だな」


「はい、何しているんでしょうか?」


「わからん、しかしかなり疑わしい事だけは確かだ。良くやった!、桜木! これは……、奴には正面から尋問に当たる前にいろいろ調べたい所だな」


「昨日、捜査1課の現場に行った刑事の取り調べに対しては犯行予測時刻には研究室で仕事をしていたとか証言していますが……」


「ちょっと今回は変装して向かおうかな。桜木、変装と言っても秋葉のメイド喫茶に出勤に行くのとは訳が違うからな」


「よーく、理解しているつもりですけど……私、メイドの格好には成りません」


「よし、じゃあそこいらにいそうな町内のおばさん風に行こうな」


「そこいらに居そうな……女子大生風で行きます」




第六章 壇対下鴨教授


 壇刑事と桜木巡査が坂道を下って行った所は、一昨日港町大学の考古学研究室の院生が死体で発見された考古学の発掘現場だ。


 その日は16時から、遺体で発見された西堀竜子のお通夜がしめやかに港斎場で行われているはずである。


 大学の学生、教授達は全員それに出席していると思われ、この発掘現場には誰も来ていない。


 マスコミ各社も、お通夜の席に集まっているのだろう。


 そういった事情から、この広い発掘現場には深く帽子を被りよれよれのコートを来て作業をしている下鴨教授しか人影は見えなかった。


 下鴨教授はこう言った状況をある程度予測していた。


 人の来ない隙をついて、教授はこの発掘現場に仕込みをするためにやってきていた。


 彼は人目を凌ぐために、こんな地味な目立たない格好で現れたのだと優美子は感じていた。


 教授はあたりを見回している余裕もなく、自分の作業に没頭していた。


 彼は思った。


 

(わざと昼間のうちにここに来たのは図に当たったな。

 思った通り今日はここには誰も来ていない。

 お通夜の後にはマスコミとかがこちらにも回ってくるかも知れないのだが……。

 

今のうちに、次の神の発掘の仕込みを済ませておかないとな。

どんな手品にも仕掛けは存在するんじゃ。

 

種も仕掛けもなくて、次々と発掘現場で大発見を堀り当て続けることが出来る訳はないじゃないか。

こう言った成功者の見えない地味な苦労が大変なんだよなぁ。

 アヒルは優雅に水面を泳いでいるように見えていてその実、水面下では必死にツボや矢じりを埋めているのじゃ)



 発掘現場には、そこかしこに穴が掘られている。


 その一つで何かが動いたようだ。


 下鴨教授はそのわずかな気配に作業の手を止めて振り返った。



「誰だ!そこに誰かいるんですかー?」



 下鴨教授は立ち上がり、人影が動いた方向に向けて大声で呼びかけた。

 

 その人影は答えた。



「あーあー?」



 良く言っている言葉が聞こえない。その男はゆっくりと立ち上がり、ズボンを直し始めた。


 目立たない下鴨教授のコート姿のさらに上を行くボロボロのコートを羽織ってボサボサの髪型で穴の中から顔をあげた男がそこに居た。


 檀頑刑事だ。彼は徹底的に浮浪者に変装していた。誰が見ても完全にこの生活を長期に渡って続けている人間に見える。



「あんた、ここで何しているの?ここは市の許可を得て港町大学が発掘に当たっている貴重な歴史遺産の発掘現場ですよー。勝手に立ち入って良い場所じゃないんだ。

 すぐ出て行って下さい」


「あっあーあーもようしてな……我慢が出来なかったもんでな……」



 壇が答える。しゃべり口調も堂に入っている。



「おい、あんた、何してんの!まさか!」


「うんこじゃよぉー そのまさかじゃよぉー ふぉふぉふぉー ヒョヒョヒョー」



 そう言いながら壇は下鴨教授に向かって近づいて来た。

 教授は壇の臭いに慌てて息を止めた。



「う……く……臭い、臭くてたまらん!!」


「この穴はトイレじゃろー 昔、ワシがなぁ大陸の広州とかに行った時、こういった公衆トイレに入った事があったなぁ。中国はかつてはとても貧しい国だった。

 こんなトイレは中国にも台湾にもあった、外国のデザインを真似るとは、ずいぶんハイカラな観光地じゃなぁー」



 中国奥地の共同便所の話をしているようだ。

 下鴨教授は鼻を押さえながら、泣き声になっていた。


 

「バカ言ってんじゃないよ、おじさん、早く出て行ってよー。

 ここは近い将来、遺跡が発見されたり、土器が出土したりして近い将来有名な観光地になるかもしれないけど、今はまだただの立ち入り禁止の発掘現場にすぎないんだから……

 汚されたり、壊されたりしたらホント困るんだよねぇー」



 壇の顔色が変わった。



「まだ、出るんじゃー待っとりなはれー」



 そう言って下鴨教授の間近で壇はズボンをずり下ろして、排泄の体勢に入った。



「それ以上出すな!! そこは大切な発掘中の穴なんだ! 戻せ! 手で押さえろー!」



 下鴨教授の叫び声は虚しく宙にこだました。ブリッブリッブリッ

 2度目の排泄とは思えない勢いで、壇は容赦ない排便を発掘現場の大地に叩き付けていった。



「出すなぁと言っているのがわからんのかぁー!」



 飛沫が下鴨教授の額に飛ぶ。壇は大便の体勢のまま、下鴨教授の横に置いてある鞄の中身を指指して言った。



「そこに持ってきた土で出来たバケツみたいのは何かなぁー? うんこ入れかい?」


「!……これは、ここから出土した縄文時代の土器……便器ではない! だが……これが何か……?」



 壇が答えた。



「出たって、あんた、さっき持ってきて今そこで穴掘って深くに細かく割って埋めてたでしょう?」



 下鴨教授の表情が変わった。壇に対して警戒心を露にする。



「浮浪者、何時からそこに居たんだ?」


「あーかれこれ1時間くらい前かなーこの穴に入って、糞踏ん張っている内にウトウトして寝てたかもしんねぇなぁー」



 下鴨教授は驚いた。


「そんなに前! この土器はここで発掘されたのぉー。見てたんなら分かるでしょう!」


「いや、埋めてた。確かに、う、め、て、た!」


「聞けー! 神の手を持つ発掘王と言われているこの下鴨教授が言っているんだから、間違いはないんだよ、オレに楯突くな、バカおやじ! おまえの目の錯覚だって」


「あー掘り出してたのね、ハイハイ分かりましたー埋めてから出したのねー」



 壇の応答に下鴨は切れ始めていた。



「だー違うって言ってんだろがー!」



 いきなり下鴨教授から怒鳴られて、壇はその場から一歩退いた。

 それに対して、壇の方に近づいて来ようとしている下鴨教授の足下を指さして、壇が叫んだ。



「あーそこ踏んじゃだめ!」


「ん……?」


「そこはさっき、お風呂のおもちゃアヒルちゃんを埋めてみたのぉー」



 下鴨教授は頭を掻きむしった。



「だー勝手に埋めるなよぉー」


「あっあっあっ!そこもだめ、踏まないで!」


「今度は何を埋めたんだぁー」

 

「さっき食べたコンビニの海苔弁とソーセージの食べかす……」


「ここはゴミ捨て場じゃない!」


「でもご安心、いろいろ埋めてわからなくならないように地図書いてみましたぁーこれには教授の埋めてたお皿とか石とかも書いておいたよ……わからなくならないように」



 壇が埋めた石器の地図とかを作っている事を知った下鴨教授は完全に冷静さを失った。



「石じゃない、矢じりだ馬鹿者が!!いやいや、埋めてた物はわかっちゃ困るの……いやおまえの埋めたゴミは全部掘り出しとかないといかん!……よこせ!!その地図!」



 下鴨教授は手を伸ばして壇が持っているその汚い紙切れを奪い取った。



「あ……それは」


「うわぁ!これ、うんこ着いてるじゃないか! 今、尻拭いたなこれで!」


「ピンポーン」



 下鴨教授の奪い取ったのは、壇が尻を拭いたただの新聞紙だった。


 ムキになって浮浪者に変装した壇と話していたためか、下鴨教授は背後に近づくもう一人の別の人物の気配に気がつかなかった。


 ジャージ姿の桜木優美子が、下鴨教授の背後から声を掛ける。




第七章 アマゾンブリット 必殺技!噛みつき!


「あのぉー」



 驚いた下鴨教授は振り返って彼女を見た。



「はい!どなた?」


「今日は発掘はお休みと聞いていたのですが……」


「あ…………今日は……?知らないなぁ……ワタシは全然分からないよ……」


「私、小本田沙由里と言います。失礼ですけど発掘中の教授のお名前は……??」



 優美子は変装しているので、ここでは取りあえず小学校の友達の名前を使わせてもらった。一回きりだろうからかまわないだろうと彼女は思った。


 今の自分がこの発掘現場で行っている行為を誰かに公にされると非常にまずいと、下鴨教授は判断した。

 しかし、遺跡の発掘現場の穴の中にいて、自分を偽る口実などそう咄嗟には浮かぶものではない。


 教授は支離滅裂な事を口ずさんでしまった。



「私……ボ、ボボナッパと言います」


「はぁー??ボボナッパ教授さんですか?」


「教授では全然なくて、ただの通りすがりのボボナッパでーす」



 優美子はなんとか、下鴨教授に本名を名乗らせようと突っ込みを入れた。



「発掘の関係者の方ではないのですか?」


「発掘……ああ……ここは何かの発掘とかしている現場なのですね……なんか工事とかしているのですねー……と思いました。

 散歩してたら、ちょっとふらっと入りこんじゃっただけなんで……あっはっはっはっはっはっ」



 優美子は下鴨教授の足下に散らばる土器や石器を指さして、聞いた。



「その土器の破片みたいなのは発掘されたものですか?」


「あ……土器?ドキっとか言ったりして……はっはっはっなんだかわかりましぇんねぇー……それじゃあ、これで、バイバイー」



 とにかく、ここから消えてしまえば、後で何とでもしらばっくれる事が出来ると教授は考えた。


 そそくさと土器などを鞄にしまい込み、発掘現場から立ち去ろうとしている教授の後ろ姿に向かって、優美子は訪ねた。



「ちょっと待って下さいよー。埋めたり、出したりしてる下鴨先生ったらー」



 ドキッ!!

 下鴨教授の足が止まる。壇もそれに追い討ちを掛けるように声を掛ける。



「どこ行くんだねーあんた?」



 優美子は、この発掘現場にいる不審者が正真正銘の下鴨教授である事質をなんとか彼の口から言わせたかった。

 ただ、下鴨教授としては正体が世間、マスコミなどにばらされる事だけは何としても避けたいと考えていることは明白だと優美子は思った。


 偽名を名乗るにも、思いつかないにしてもボボナッパはひどすぎる。


 下鴨教授は、かなり焦っていると優美子は感じていた。



「あれ?ボボナッパさんって、実はあの有名な下鴨教授なんですかー?

 そうですよね、おかしいと思いました。新聞、TVとかで以前からお顔は拝見していましたから。今日はどうして、そんなお名前を名乗ったりされたんですかー?

 サプライズパーティーとかあるんですかー?」


「……はて……?……ボボは、まだ日本語良くわかりませーん」



 教授は立ち去りきれずにさっきからの演技を続けている。



「私、今日は……TV局の人達にお金もらって頼まれましたー……。私、誰かにそっくりだそうですー。

 それで、ここにこのゴミみたいな石の破片を持ってきて、そこにある穴の中に人に見つからないように埋めて歩けって言われてまーす。そうしたらワタシ、沢山お金もらえまーす。

 このこと人には内緒です。しゃべったらお金もらえなくなりまーす。だからあなた達も内緒にして下さい」



 優美子はびっくりした。



「ムーそっくりさん……その手があったか……檀さん……どうしたら良いんですか?……」



 優美子はその次が思いつかずに壇に助けを求めた。


「しかたがないなぁ……」



 壇はそう言うと、そそくさとその場所から立ち去ろうとしている下鴨教授の臀部にいきなり飛びついて、臀部に噛みついた。



「ぎぎゃぎゃぁぁぁ!痛い!痛い!痛い!何するんだぁ……おまえは……」



 下鴨教授は悲鳴を揚げて、壇刑事を自らの臀部から引きはがした。


 人間は日ごろソーセージなどの皮付き肉を自然に食いちぎる顎力を持っている。ただその力を日常生活においては、誰も回りに人達に対して使ったりはしない。


 文明社会に生きる人類はそれだけ温厚な生き物なのだ。


 だが本編の主人公壇頑は違っていた。


 具体的に人間離れした力と精神を内に秘めたデカなのだ。教授は壇を引き離せなかったら危うく尻の肉を突然後ろから食いちぎられる所だった。


 あまりの苦痛に顔を歪めて尻を押さえる。意味が分からないといった表情で壇を睨みつける。


 壇が言う。



「あれっ!間違えちゃった……」



 下鴨教授は頭のおかしい浮浪者の相手などこれ以上していられないと思った。


 さっき現れた女子大生も自分の大学の生徒だったら、これ以上関わりを持つのはまずいと彼は考えた。



「いきなり何をしますか……おかしい人ですか……」

「おかしい人ですね……私もそう思います。もう、私は散歩に戻りまーす」



 優美子は思った。もう一度声を掛けてみよう。それに答えたら彼は教授だと。



「教授!」



 優美子のその声に、彼は振り返った。

 残念ながら、振り返ったのは下鴨教授ではなくはボボナッパという男の笑顔だった

 男は優美子の声に尻を押さえながら答えた。



「はーい、ボボでーす。よろしくねー!」



 彼は最後まで優美子のカマ掛けには乗ってこなかった。



「下ちゃんまたねー!」



 遠ざかる男の背中に優美子は駄目押しで、声を掛け続けた。



「ぺっ!」



 男はその呼びかけには答えず、唾を吐いているのが見えた。



 壇が普段の口調に戻って優美子にしゃべりかけた。



「行っちまったぜ、なかなか一筋縄ではいかない相手だな……あの下鴨教授という男は…………」


「檀さん、私あそこでまさか壇刑事が、いきなり教授のお尻に飛びついて噛みつくとは思いませんでした」


「俺はぁ何でもするよ、実際……禁じ手無しが檀頑だゼ!!」


「はぁ?でも、殺人事件に関しての手がかりまで話を持っていけませんでしたね」


「惜しかったな。あそこで桜木がうんこすれば、もしかしたらそこまで行けたかもな?」


「檀さん、改めてお聞きしますが、私のことをどういう人間だと思っているんですか?

 やるわけないじゃないですか! 例え捜査上必要になったとしても人前でうんこするなんて年頃の女性には不可能です」


「俺はうんこして良いのか? 俺はしたぜ」


「立派です。立派だと思います。うんこによって明らかに教授は檀さんのことは警察官とは思わなくなりましたから。警戒心を一撃で解いた訳ですよね。

 それで彼は自分が下鴨だと檀さんに容易に自分の身分、正体を明かしたんだと思います」


「じゃあ、桜木もしてみたら……」


「私がしても、相手はただドン引きませんか……」


「引くと思う。しかし引いた先に新たな展開が開けてくる可能性を感じるのだ!」


「その可能性って何パーセント程度あるんですか?」


「俺から見て、正直3パーセント以下かな……」


「やりませんって……消費税以下ですよね。しかもやった後もうこっちの世界には戻っては来られないじゃないですか! 無謀な地獄への片道切符ってヤツですよね!」


「実際やったら、俺もその日から桜木の事はエンガチョ女と呼んであげよう」


「檀さんー! 酷い!」


「はっはっ、からかってただけだ。教授は辺りに散らしていた土器の破片を手早く自前の袋に仕舞い込み、帽子を深く被り直して足早にその場を後にしていた。

 何処に向かったのだろうか?」


「追いますか?」


「いや、今日はこのくらいにしとこうか……ヤツは明らかに自分がここに土器を埋めていくことを隠そうとしていた。

 この場さえ取り繕えば後はどうとでも言い逃れられると踏んだんだろう……兎に角、全く食えないおやじだ……俺には神の手を持つマジシャンとしか見えねぇ……

 しかし、いくら人違いだと言い張っても尻に残した俺の歯形は消せまい!!それはここで俺に噛まれた動かぬ証拠となる」


「あのーお言葉を返すようですが……その歯形があったからと言って、第3者に対して何かの証拠になるんでしょうか?」


「う…………そこを突かれると痛いが……状況証拠としてだな……」


「ただ、噛みついただけに終わってしまう話なのでは……ところで、ここ臭いです。車に戻りましょう」



 壇と優美子は発掘現場手前に駐車してある覆面パトカーに戻っていった。





第八章 聞き込み東京西大学考古学研究室


 東京西大学は、都下の大学の中で考古学課に名物教授が在籍している事で有名だ。


 この大学の仙波教授は、港町大学の下鴨教授とは犬猿の仲であるということはマスコミでは有名な事実だ。


 たまたま仙波教授のマスコミ嫌いが原因で両名の座談会などの対決企画は実現されていないが、

やればテレビ受けする派手なバトルが展開されるだろう事は考古学界では良く人の噂に昇る話題の一つだった。


 その仙波教授に話を聞くべく、壇刑事と桜木巡査は所轄の枠を越えてここ、東京西大学のキャンパスを訪れた。


 校舎を見上げて、桜木が呟いた。


「所轄からかなり離れちゃいましたね」


 壇刑事がそれに答える。


「考古学の発掘について、立ち入った内容を聞くには港町大学とあまり近い関係の大学では、いろいろと都合が悪いだろう。

こちらの聞き込みが下鴨教授に筒抜けになりそうだしな。

 しかもなかなかその道に詳しい学部がある大学は所轄管内にはないと言っても良いからな」



「そういう意味ではこの東京西大学考古学部は最適な訳ですね」



「そうだ、学会での下鴨教授の評判、能力評価とかもこの際、聞いておきたいからな」


 二人はしゃべりながら、校舎の門をくぐり、考古学研究室のある文化部学部棟の二階に上がって行った。


 階段を登った廊下の突き当たりに考古学研究室の入り口がある。


「ここが考古学会で西の仙波と評される仙波教授の研究室です」


 壇はさっと優美子に目配せしてドアのノブに手を伸ばした。


「入るぞ、桜木……おじゃまー港町警察です。おじゃまします」


 教授の研究室に至る部屋は受付が用意されていて、そこには受付嬢らしい女性が座っていた。


 しかし女性だと想定されるその人物は顔、手など衣服から出ている皮膚を全て包帯で覆っている。


 おそらく服で見えない部分を含めて全身を全て包帯で包んでいると思われるその女性は通常社会においては、異様な格好の人物と思われる。


 檀と優美子はその女性の座っている考古学研究室の受付デスクの前に立ち、デスク越しに自己紹介をして、教授に取り次いでほしい旨を告げた。


 その受付に座っている女性がうめき声をあげる。


「う……ううっ」


 心配そうに優美子は彼女の顔をのぞき込んだ。


「あの……失礼ですが、大丈夫ですかあのー全身包帯巻いているんですか?大怪我とかをされたんですか……?そんな状態で、仕事場に来なくても。

 私、上の方にお休みさせていただけるようにお話しましょうか?おうちに帰りたいですよね……?」


 彼女が何も答えないので優美子は矢継ぎ早に質問をしてしまっていた。少し間を置いてまた受付の女性が口を開いた。


「う……うううっ」


 言いたい事の意味がさっぱり伝わらない。そう感じた壇はせっかちに中に入ろうとした。


「行くぞ。入って良いと言ってるみたいだ」


 その壇の態度に、優美子は意見を挟んだ。


「そうは見えないんですが……? なんかこの人、何かに怯えてるみたいな…………」


 優美子の助言など一切聞かず、壇は受付の奥にある仙波教授の部屋のドアまで進み、さっさとドアを開けた。


 ドアに背中を向けて、机に向かっている人物に対して壇が声を掛ける。


「一応警察だ。任意で聞き込みをしている。忙しい所悪いんだがちょつと話に付き合ってくれないか?」


 壇にしてみたら、随分と下手に出た挨拶をしているなと優美子はびっくりした。


 同行して捜査している時、優美子から見ると壇という刑事は、ただ街中を歩いているだけで四六時中誰かに喧嘩を売っているような態度に見えてしまう。

 始終はらはらはらしどうしなのだ。

 大人しい分には助かるのだが。

 壇は背中を向けて座っている男に対して話を続けた。


「先日、港町警察の検死係に持ち込まれた仏なんだが、その仏の事で、あんたに聞きたいことがある」


 仙波教授だと思われる男性は、ゆっくりと手を止めて壇の言葉に耳を傾けた。

 それまでは机の上に置かれていた顕微鏡を熱心に見つめていたようだが、檀の声でドアの方向に向かって振り返った。

 新聞、雑誌で何度か見たことのある老人の考古学者がそこに座っていた。

 確かに仙波教授だ。


「警察か。わしは何もやましいことはしとらんぞ。何をしに来たんだ。わしのその事件とやらの当日のアリバイでも聞きにきたのか?そうさなぁ、わしのアリバイか……

 おそらく穴の中にいたな……その日もな……で、その穴なんじゃがな…………どんな穴の中にいたと思う。わしは穴の中が大好きでのぉー ひゃひゃー」


「いきなり下ネタで来たな、この親父は……残念だが、あんたのアリバイを聞きに来たんじゃないんだ。」


「ひゃひゃひゃ……見たところお主かなりいける口じゃな、いやいや、酒じゃない……下ネタの方じゃ……」


 優美子は仙波教授の態度が分からず、壇に問い掛けてみた。


「何一人でしゃべっているんですか、このお爺さんは?…………」


「ああ、だいぶやばいな この爺さんは……いいか爺さん 俺たちが来た理由はな。今回捜査している事件の山について、専門家の意見を聞かせて欲しいからだ。

 それでわざわざ港町からここ、西東京くんだりまで来たんだよ」


「殺人課の刑事さんか……?人殺しか……そんな話は聞きたくもないわい。

殺しなんぞは人と人の欲のぶつかり合いの行き着く果てじゃ。俗の極みじゃー。

 考古学は俗世間の垢にまみれてはいけないんじゃ。いいか考古学は遠い時代、悠久の過去に想いを馳せる想像力、イマジネーションが大切な学問じゃ。

 そんな警察を騒がせる物騒な仏の事で、ドカドカこのわしの神聖な研究室に土足で踏み込まれても、果たして何も得る物はないだろうがな。

 わしも大切な研究の時間をそんな世間の雑事で邪魔されたくはないんじゃ」


「ふーん…………神聖な、イマジネーションね…………今回の仏が、女だったら、しかも神聖な生まれたままの姿で…………」


 また檀は同様のカマを掛けた言葉を仙波教授に投げ掛けてみた。その途端仙波の目に光が宿ったように見えた。


「何…………生まれたままの姿で、どうしたというのだ……続きを聞かせぃ……」


 壇は思惑通りに反応を返す老人だと見て、言葉を続けた。


「どうしていたと思う…………ひ、ひ、ひっ」


「檀さん…………やめてください。しゃべり方が下品です」


「桜木、ここは彼から話を引き出したいのだ。このままこの研究室から話も聞けずに追い出されて見ろ。東京西大学まで来た努力が全て無駄になっちまう。

 ここは俺にしゃべらせとけ。この爺さんから手がかりを引っ張りだしてやる」


「だ……檀刑事、分かりました。黙ってます。気になっているのですが……さっきからあの女性……」


 そう言って優美子の指さす先には、さっき受付に座っていた全身包帯の女性がドアに体をもたれかけさせて、震えていた。


 生きている人間にしては不自然な動きをしている。

 教授が口を挟んだ。


「おお、私の助手の魅羅林君のことか……」


「変わったお名前ですね」


「変わっているのは名前ばかりではない、習性も変わっている、むしろ人間離れしていると言って、いいか…………彼女の仕草を見ていたまえ」


 カリ、カリ、カリ……と魅羅林と呼ばれたその女性はくねくねした不自然な動作で身をよじっていた。


「何をしているのですか……彼女は?」


 魅羅林は受付に座っていた時と同様に意味不明の声をあげている。


「う、ううう……」


「彼女は野生的な感が働くのじゃよ。小動物のようにな」


壇が聞き返した。


「すると、例えば危険を察知して逃げようとするとかか?」


「例えばそうかな。わしは発掘現場に彼女を同行させているのは、ある時あまり彼女が騒ぐので、発掘を止めてトンネルから外に出たことがある。

 その時大規模な落盤が起こってな。わしは彼女のおかげで九死に一生を得たことがある。

 他にも地中で真っ暗な中、彼女は水のある場所を求めて移動することが出きるとか、春になると草木が芽吹くとか、地震の…………」


 言葉を詰まらせて、不安そうな表情を浮かべ始めた仙波教授を見て、壇は問い掛けた。


「どうしたんだ……?」


「いや……なんでも無い…………」


 そう言っている仙波教授は額に脂汗を滲ませている。


 いつまでもドアのノブを執拗に握りしめている魅羅林の行動を見て仙波博士は過去の話をしているうちに、彼女の不審な行動を被らせて、心中不安が広がってきたようだ。


「何かが起こると言うのか……魅羅林???」


 教授は彼女に訪ねた。無論返答などはない。


 壇が教授に話しかける。


「待て、待て、待て、そんなに慌てる事はない。だいたい俺の行くところ常に嵐が吹くのさ。俺の存在を怖がっているのだろぅ」


 檀にしてみたら、ここで仙波に逃げられては大変だ。


 檀は魅羅林という女性についての話から会話を逸らすことにした。


 優美子もそれを察して、話を合わせる。


「そうですね。小動物なら怯えるかも……です。」


「桜木、そういうおまえもそうとう小動物的な生き物に見えるのだが……」


 いつもの不必要な感想が壇の口から漏れる。


「失礼な……こんな年頃の美少女警察官を掴まえて。私は、確かに臆病ですけど、危険の避け方は本能的に知っている方だと思います。

 台風の中心は無風ですから、爆心地から離れさえしなければ安全なんです」


 優美子の解釈に対して、ピンと来ないのか壇の反応は薄い。


「ふーん、」


「美……美少女……??」


 いきなり会話を聞いていた仙波教授が周囲を見渡し始めた。


 キョロ、キョロ

 会話の流れとは関係なく、仙波教授は「美少女」という言葉だけが心の琴線に触れたようだ。


「美少女って、おまえ、警察官ならとっくに大人、アダルトだろうが」


 アダルトという単語を聞いた仙波教授の口が開いた。


「あ……アダルトビ……」


 優美子は、やっぱりと思った。


「そう、突っ込んでくると思いました。美少女というのは昨今20代なら普通に通用する形容詞です。年齢制限が上がって来たんです。檀刑事」


 壇が答える。


「高齢化社会か……」


「そう、高齢化社会です。失礼な」


「う……うう……」


 相変わらず身体を壁にすり寄せて魅羅林嬢はうめき続けているのだが、彼ら三人の関心は彼女の仕草から離れてしまったようだ。


「美少女……はぁ、アダルト はぁ……」


 仙波教授の息が上がってくる。言葉で興奮できる妄想力を持っている老人のようだ。


 壇がぽろりと言った。


「地方少子化か……」


「そう、少子化は進んではいますね。この話とはあんまり関係ないと思いますが……」


 壇は仙波教授の変化に気がついた。


「それはそうと、この先生、出だしの崇高な発言とは裏腹に、やたら俗っぽい目つきでおまえのこと舐め回すように睨んでるぞ」


「やだー、正月に実家に泊まりに行った時に私のお風呂覗いてた惚けた曾祖父ちゃんみたいー! ぞっぞっぞっー」


 改めてと言わんばかりに仙波教授は優美子に対して質問してきた。


「む、娘!なぜ、脱がんのかね??」


「はぁ…………???」


「聞こえんのか! 脱いでなんぼだろうが! この世界は!」


「檀さん! 何か言ってあげて下さい」


 優美子は黙っていろと壇に釘を刺されている手前、壇に助けを求めた。


「教授、話を戻そう。仏さんの話だ……」


「死んでる女よりも、生きてる女…………」


 仙波教授の視線は優美子にくぎ付けになっている。


 ギラギラした発情した表情の老人に変化していた。


「女ならそこにもいるだろう、おまえさんの助手の……」


「彼女が生きているように見えるのか……? あんたたちには……?? ふっ、ふっ、ふっ……ひゃ、ひゃ、ひゃ」


 仙波教授はうそぶいた。


「え、え、えー!」


「じゃあ、彼女ゾンビだったりするんですか……??」


 びっくりして堪らず優美子は仙波に声を掛けた。


 壇は優美子を安心させるように、説明した。



「心配するな、これは、この爺さんの取っておきのジョークさ、なぁ爺さん」


「そうなんですか……とても冗談には聞こえなかったのですが……」


「ひゃ、ひゃ、ひゃ、学問は全てに通じている……」


「いったい、どこと、どこに通じているんですか……」


 仙波は改めて桜木優美子の存在に気がついたという風に彼女の全身を凝視し、上から下へ目線を走らせ確認するように言った。


「ところで、お嬢さんお名前は?」


「港町警察署巡査桜木優美子です……けど」


「タレント所属事務所のことか? 代表作は?」


「はぁ……大丈夫ですか 博士……?」


「心配するな、桜木。俺の見るところは今は比較的正常な目をしているぞ、この老人は!」


「そうですか……」


 今に限らず壇の見立ては全く信用出来ないと優美子は思っていた。


「博士の言っていることは、AVタレント嬢のことを言っているのだろう」


「なんで私に代表作を聞くんですか! 侮辱です! 女性蔑視!」


「職業に貴賎無しじゃ。待て、待て、お嬢さん慌てるでない。話はこれからじゃ、お嬢さん あんたは塩噴き派か? おしっこ派か? どっちだね?」


 優美子は顔を真っ赤にして言葉を失っていた。


 誰からも酒の席でも男性から聞かれた事の無い恥ずかしい質問だ。


「……檀さん……これって、このおじいさんの発言かなりパワハラに近いひどいセクハラ発言だと思うんですが 檀さんどう思いますか?……」


 優美子は壇に助け船を求めた。


「桜木……この後、大切な話を聞くためだ いま少し我慢してくれ」


「しかし……セクハラです……檀さん、ホントに専門家のアドバイスをこの老人から聞く気あるんですか?……」


「ある!大いにある! けっこうおもしろい爺さんだ」


「今時のAVは、塩噴いてなんぼの世界だからな 塩も噴けんような女優じゃ一人前とは言えんからな ひゃひゃ塩噴きは業界じゃあシャワーとも言われておる。

 一口に塩噴き塩噴きと言ってもな、女性性器膣口の内側から噴き出す昭和の頃からあった元祖潮噴きと、

昨今生体科学により解明の進んだ研究成果が公開された膣と尿道の中間から吹き出す謎の分泌液を指す塩噴き、そして絶頂時の噴射放尿の3通りに分かれるのだ!

 この膣口と尿道口の中間にある線スキーン線の開口部という」


 壇は質問する。


「昭和の頃からあったって、人間の体はそうは変化しないから、そう極端な塩噴きが出来るようになったみたいな変化は起きないだろう?」


「檀さん エロ惚け爺さんの話にまじめに突っ込まないで下さい。檀さんのそこはかとなく肯定的な受け答えがいらっと来ます、私聞いていて……」


 仙波が優美子に語りかける。


「人が変わらないって バカ言いなさんな 人は変わるんじゃよ!!そう 変わったんだよ ここ10年、20年で大きくな!

 お嬢さん4年毎のオリンピックの記録がそれぞれの種目で、どんどん更新されていくのはなぜだと思うね?」


「私に会話を振らないで下さい」


「答えられないのかな?」


「そんなこと、分かりますよ! そ、それは、近代的トレーニングのカリュキュラムの発達とスポーツ理論と器具の進化……」


「バカ言いなさんな 人間の体はここ100年で飛躍的に先端化、分化が加速度的に進んでいると言うのがわしの理論じゃ。

 そうでなくて、ここまで足が早くなったり、人が高く人が飛び上がれるようになるかい!」


「そうなんですか……えぇえぇ」


「桜木、お前はそこで止めとけ おまえはすぐ乗せられるからな」


「えっ、やっぱりそれって作り話??」


「そうは言ってないが……」


「黙って話を聞きなさい。そういった人間の先端的進化が革新的AVの時代の到来を迎える口火を切ったのじゃ!」


 もう分かったと言う表情で壇は答えた。



「また そこに戻るんかい……」


「現代の若者は、若いうちに鍛えれば誰でも塩を噴ける時代なのだ!

 だから聞いている!

 お嬢ちゃん!

 あんたはどこで塩を噴く派なのかと!

 告白するんじゃぁ、なぁんにも恥ずかしい事はないぞはぁ、はぁ、はぁ」


「檀さん 私、今日はもう帰って良いですか?き、気分が優れなくて……」


「桜木、警察官にとって第一に必要なこと、一番大切なことは何だ?」


 壇の問いに優美子は答えた。


「はい! それは…………我慢です!忍耐です!」


「よし!それを分かっているならいいか桜木、今は耐えろ ここは耐えろ!良いか桜木」


「しかし……檀さんこの部屋の空間に目一杯セクハラな空気が漂っています。今この部屋私にとっては、とっても息苦しいです。博士、もうセクハラ発言は止めて下さい……」


「ワシの話がセクハラ……セクハラじゃと! 聞き捨てならん発言じゃな、娘さん」


 仙波教授は憤慨していた。


「じゃあ博士は、も、もしかしてこの会話の流れ、ことばの暴力をセクハラではないとおっしゃるのですかぁ?」



「当たり前じゃろう セクハラなどと、どこか別の世界の話じゃ。セクハラとは、どういうものか知らんようじゃな。お嬢さんまずそれを教えてやろう!

 例えばじゃ、女性が居る場所が彼女の仕事場とかで、その女性がそこから動けないような状況にあったとする。

 そこに押し掛けてきた男性がその女性が聞きたくもない性の話をして、彼女を不快にするとしたらその行為はセクハラなのじゃ!」


「だしょうーでしょう。だから」


「分かったようじゃな。わしの行為はセクハラではない。はっはっはっ」


「そうですよねー え?え?え?えー?」


「なるほど」


 壇は頷いた。


「檀さん 何感心しているんですかー!」


「しからば、ここはわしの研究室、そこに前からわしはいたのじゃ。押し掛けてきたのはどっちじゃ?」


「あ、私たちですけど……」


「そうだろう! そして、ここで、このわしの話が聞きたいと言ったのは誰じゃな?」


「はい 私たちから……」


「ワシはいつもの通りに自分の研究室で、いつも学生達に話しているような塩噴き革命、スキーン線の発達秘話の話をしているだけじゃろー」


「………………」


 プルプルプル……


 我慢して仙波教授の御託を聞いていた優美子の手が震え始めていた。


「これのどこがセクでハラなのか! 大きな声で言ってごらんなさい!

 だいたい 今時、いい年をして塩の一つも噴きだせんような女がいたら、女子中、高生のように絶頂時にシッコでも噴き出してごまかしているしかないだろう。

 子供のごまかしじゃよ! 大人になってそれじゃあ、みっともない話じゃ。ペッペッで、どうなんじゃお嬢さんのは?」


 優美子は思った。


(…………帰りたい……セクハラだぁ……)


 何事も無かったように仙波教授は話を続けていた。


「話は変わるが、女性の最近の整形箇所はどこの部位じゃと思う?」


「胸だろう 巨乳になるとか?」


「博士の話をつなげないで下さい檀さん! 一々応答しないで!」


「これはちょっと難しい質問じゃったな。シリコンで巨乳になるなんざもう古い。最近の整形の主流はクリトリスと膣の間のスキーン線の開口部の拡張手術じゃよ。

 女性は男性が何を見て喜ぶかを知っているんじゃ! 今は、塩噴けて一人前成人女性と言える御時世なんじゃよ!」


「完全嘘・で・す!」


「嘘ではないぞ!それだけ現代の女はみんな金を掛けて、努力して塩噴いとる時代になって来たんじゃ! 塩の一つも噴く努力をせん女は、結婚なんかする資格はないわー!」


 仙波教授は加速度的にハイテンションに成っていった。


 調子に乗って桜木を指さしからかい始めた。


「あそこに蜘蛛の巣が張るわい。スパイダーガールじゃ! ひゃひゃひゃ!」


「おっさん ノリが絶好調みたいだが相手が悪いぞ……そろそろ本題に戻らないと桜木の……」


 桜木は下を向いてじっと立っていた。


 両手を握りしめて、ひたすら爺さんの言葉の暴力に耐えていたのだ。


 あまりの怒りに、桜木は次第次第に何を我慢し続けているのか分からなくなってきていた。


 今までキレるという感覚を経験していなかった優美子は、初めてそれを味わう事になる。


「檀さん! ごめんなさい! 発砲って、たかが始末書一枚ですよね!」


 ホルスターから拳銃を抜取り、安全装置を外そうとしている優美子を見て、教授に付き追って桜木巡査をからかい過ぎたと壇は反省した。

 しかしもう遅い!!


「おい待て、桜木! 何を言っているんだ、早まるな!

 そう俺が言うのもおかしな話だが、ここは一つ、冷静になれ!

 桜木、幼い日にお父さんと田舎の夏、山に上った楽しいハイキングを思い出すんだ!

 お母さんに編み物を教えてもらった故郷の冬の日の縁側の日溜まりを! 思い出せぇ!」


「檀さん、ごめんなさい!」


 その時、今まで以上に大きなうめき声を魅羅林はあげて。壁を掻きむしり始めた。


「あああああぅあぅあぅ」


 その直後、辺りの状況は急変した。


 魅羅林と呼ばれている女性の危機感覚、警鐘の鳴り響くレベルは最大級になってしまったようだ。

 彼女は絶叫を上げて、ドアに体当たりしていた。檀の野生の感も、何かの危機をはっきり感じ取っていた。


 その時、考古学研究室内で何かが爆発した。


 時間はストップモーションがかかったようにゆっくりと流れた。


 密室での爆発は強大な圧力を発生させる。その衝撃の大きさはダイナマイト程度の爆発で、人を死に至らしめるには十分な威力となる。


 檀は、爆発の起こる直前の刹那にとっさに桜木の腰を掴み、窓に突進した。その場で出来る最大限の回避行動だ。


「いかん!桜木!」


 優美子は拳銃を構えて、仙波教授の頭蓋骨に照準を合わせた。


「始末書ぉぉぉ! 女の敵だぁ!」


 優美子は檀に掴まえられながらも、身をくねらせて仙波を睨み付け、安全装置をおこした拳銃で、劇鉄に手をかけて震える手で銃口を仙波教授に向けて引きがねを引いた。


 優美子のもがき射撃と檀が優美子を抱えて、窓ガラスを突き破り研究室の2階の窓から飛び降りるのは、ほとんど同時だった。


 優美子の慣れない興奮した動作で構えた銃の銃口から、勢いで弾丸が打ち出された。


 それは、彼女の肢体が檀に抱えられていた事により本来の目標を大きく外し、研究室の外の中庭の大空に向かって飛んでいった。


 檀は優美子を庇うように中庭に両足で着地し、彼女を放り出しながら転がって足の衝撃を、着地で吸収しようとした。


「畜生!外したか」


「じ、人格変わってるだろ!」


「あの助手の女性。檀さん あの人は助け出さなかったのですか? あの包帯の……」


「今更 無理言うな この状況では、おまえ一人で手いっぱいだ 見て分かるだろう」


「すいません あ、ありがとうございます……」


「お前が俺の近くに接近していれば、安全だって言ったんだろうが……ちっ!足くじいたかな」


「ごめんなさい! わたしが冷静さを欠いて、我慢出来なくて…………すみません!」


「もういい……それに彼女は たぶん死んでない……」


 檀の言うとおりに、爆風でガラスが全て吹き飛ばされた窓から黒く煤けた姿で這いだしてくる魅羅林がいた。


 檀の言う通りに確かに動いてはいる。


「ぐぶっ……あっ、あっ……」


「ほら無事だろぅ見て見ろ桜木…… 生きているというよりは、さっきと大して変わらない状態だろう彼女は……」


「はい、確かにそうみたいです……けど……アニメに出てくるやられた敵キャラみたい………………あの博士は……私、殺してないですよね?」


「お前の撃ったたった一発の弾丸が致命打になったか……」


「えー!退職処分、人殺し あー!」


「嘘だ。素人の腰の座らない射撃なんざ、どんな至近距離でも人になんざぁ当たらねぇーむしろお前の腕の方が心配だ。脱臼とかしてないか?」


「そんなやわな体じゃありません! 私、頭に来てたから腕にも全身力入ってたし……」


「そうか じゃあ行くぞ!!」


「すいません あと一息というところで捜査の手がかりが掴めそうだったのに」


「……どうだかな……まだ博士は息がありそうだ。爆発は単なる偶然か……それともの狙いは俺なのかもな……それなら俺以外は狙われていないから、巻き込まれているだけだろう。

 それほどは危険はないかもしれない」


「爆発は檀さんを狙っての犯行なんですか!偶然じゃなくて……」


「偶然かもしれない。中国では、あれだけどこもかしこも爆発を繰り返しているからな。チャイナボカンとか言われているが、どこもかしこも爆発するみたいだ。

スイカでも河でも、下水でも妊婦の腹でもな」


「えーうそですよね??」


「おまえ、ネット情報みてないな。結構有名な話だ」


「私、人の悪口とか読むの嫌なんです。不用意にネット見ていると、いつの間にかそんなサイトに行っちゃったことがあって。それで…………ネットがあまり好きになれなくなって……」


「しかし、この日本じゃあそこいらが爆発するなんて聞いたことない。爆弾テロなんて極めて希なことだ。それにしても、研究室の魅羅林とか言う女ゾンビも、

その爆発を本能的に感じ取って研究室から逃げようとしていたんだろうな」


「えーあそこにいた魅羅林という女性ホントにゾンビだったんですか? ホントに!??私、気がつかなかった」


「俺だってはっきりはわからんが、そんな感じがした。あの女は生きてる気はしなかった。仙波博士がどこかの発掘の経過で掘り出したミイラが生き返ったりしたんじゃないのか?

そんなのを助手に使っているのを見ても、あの先生だってただもんじゃないな」


「ただもんじゃないですが、ただの強力なエロ親父にしか見えなかったですけど」


「桜木……偉大な研究者には変人が多い。それを凌ぐほど彼の業績は偉大だと世間は評価している。下鴨教授とは、正反対の人物だ」


「檀さん、仙波教授の下ネタが気に入っているだけじゃあないんですか?」


「桜木……さっきおまえが撃った弾、人に当たらなくてよかったな……」


「はい、私どうかしていました。頭がカァと熱くなって……つい銃に手が延びてしまいました」


「俺が拳銃を携帯しないのは、何故か知っているか?」


「それ以前、鑑識の本田さんに聞いたことがあります。檀さんの同僚が銃で撃たれてしまい、殉職されて、それから檀さんは拳銃の携帯をしなくなったって聞いてます」


「半分は正解だ」

「半分もこの話外れているんですか??」


「ああ、まあなっその頃俺は始終金欠病だった、今もだが。給料日前にどうしようもなくひもじくなってふらふらと質屋に行き、飼っていたシーモンキーの水槽を質入れしようとした。

そしたら質屋の親父は一銭も貸せないといいやがったんだ。成長して2センチもあるシーモンキーを目の前にしてだ」


「当たり前ですよね、それって……」


「それでオレは頭に来てつい、ニューナンブM60を質屋に預けちまった。その金で食べた『豚骨ラーメン全部入り』の旨かったこと、今でも忘れられないぜ。

 そんなことがあった……。給料日前でヒモジくてな。警察の服装検査までにはM60は質入れから俺の手元に戻そうと思っていた……そしたら、流しちまった。

 そう流産した子供のようにあっさりとどっかに行っちまった」


「それって……ただの自業自得ですよね……あまり同僚の殉職と関係ない話ですよね」


「この話にはまだ続きがあってな」


「その後、質流れを追いかけたんですか?」


「むろん追いかけた。質屋の親父の首を閉めあげて、オレの銃を持ち去った不埒者の名前を吐かせた。佐藤とか言ったか……しかし、見つからなかった」


「首を閉めたんならもう少し具体的な情報は手に入らなかったんですか? 佐藤じゃどこにでもいますよ。それって、始末書レベルじゃあ済まされないですよね、もはや……」


「本当に済まされない話だ……その銃が俺の当時の相棒を撃った凶器に使われたんだ」


「!!」


「銃はその時に取り返したが、オレの同僚の命は失われた。オレの責任だ。その時だ、もう二度と銃を持たないと決めたのは……いいか 桜木!

 銃は撃つためのものだ携帯していれば何時かは撃ちたくなる!

 撃たなければいけない時がやってくる!

 それが、警察官の職務ってやつだ。その時がどんな状況であれ、銃は撃ったときに人の、誰かの命を失わせる力を持ってる凶器になるんだ。

 俺の仕事は刑事だ。だが、銃は必要なのか!

 その時から俺は考え続けて生きている。しかし未だに、その答えは見えてこない。だから、オレは未だに銃は持てないんだ」


「檀さん…………」


 二人の間に長い沈黙が流れた。先に口を開いたのは檀だった。


「本当は、ただ質に流しちまっただけなんだ。話を大きくした……すまん」


「嘘です……」


 桜木のことばを背に檀は、研究室の中庭で立ち上がった。


「もう行くぞ、退散だ帰るぞ 桜木」


 優美子は何かまだ、聞きそびれた手掛かりが辺りにあるような気がして周りを見回しながら、壇に話しかけた。


「はい、でもせっかく東京西大学まで来てエロ仙波教授からは、ただのセクハラ講義しか聞くことが出来なくて……」


「仕方がないだろう……撃っちゃったんだから、桜木が……」


「あっあっあっあっ……私って……」


「それにしても、今日の爆発は俺達を狙ったものか、それとも仙波教授を狙っていたのか……」


「それも気になります……あそこに用務員のおじいさんに聞いてみましょうか?何か分かるかも知れませんから……」


「おい、おい、おい、桜木いきなり何を言っているんだ! ここまで来て、わざわざ専門家に聞こうと思っている考古学の話だぞ……

 そこいらのじいさんに聞いて何が分かるって言うの?無駄、無駄、やめときなって」

「すいません、おじいさん。仙波教授についてお聞きしたいのですけど」


 掃除のモップを片づけていた老人が優美子の声に振り返った。


「別に良いが……何が聞きたいんじゃ……」


「はい、教授は何者かに命を狙われたりしていたんですか?、以前から……」


「教授の周りで爆発があったのは初めてではない。以前、教授が通勤に使用していたベンツが爆発したことがあった。それも彼は回避できたがな」


「それは、どうやって……」


「彼の秘書をやっている女性がいるだろう。あれはブードーという宗教の蘇生死人のような存在らしい。

 彼は幾つかの古代遺跡を巡る内にそういった死者蘇生についての何らかの秘密を解き明かしたことで彼女を生かし続けていられるようだ。

 それ以上はこのワシ、用務員風情には預かり知らん事じゃよ……」


「そこまでで十分ですよぉ。それじゃあ、仙波教授は誰に狙われているんですか?」


「ブードーからの使者とかいう噂も聞くが、ワシの読みは異なる。日本考古学会で彼と対立しているのは、港町大学の下鴨とかいう教授だ。この線が怪しい……」


「!」


「! どうして、そう思うんですか、おじいちゃんは……」


「それはな、下鴨とか言う教授の気質は名誉心の固まりのような人物じゃからだよ。

 うちの先生はかなりの変人だが、ゾンビ姉さんの例を見ても分かるように、実力の裏付けは大したものだ。

 下鴨は神の腕を持つ発掘技師とかほざいているようだが、その実、発掘現場から取り出している数々の化石やら、土器などはどこから持ってきたか怪しいものだ。

 ただの奇術師だろうが。大学の学生の調査結果を何度も自分のものとして発表しているという噂も聞く。悪辣で食えない男さ」


「!」


「!]


 老人の語る話に呆気にとられて優美子は思わず聞き返した。


「おじいさん、そんな話どこで……」


「こうして毎日学内を掃除していると色々な事が見えてきてなぁ……門前の小僧習わぬ経を読むというヤツじゃ」


「凄いですね!」


「誰でも目の見える人なら分かる事じゃ、大したことじゃない」


「そうなんですか……」


「もう良いのか……」


「あ……後、下鴨教授が発表しようとしていたフタバシモガモリュウってどんな生物なんですか?」


「あれは、フタバスズキリュウ骨格標本のコピーじゃろう。しかし、それでは学会に現物の提出を要求された時に話の逃げようがない。そこで、狂言盗難をもくろんだんじゃろう」


「おじいちゃん……」


「あの下鴨という教授の性格を考えたら、容易に想像の付く話さ……大体の化石の登録はコピーで済んでしまうからな。

 ただ、それを学会が黙認すればだ。

うちの仙波先生のように好奇心旺盛な博士が一人でも、フタバシモガモリュウの本体化石を肉眼で見たいといって港大学の保管庫を訪れた時点で、

一発でばれる嘘だ。

シモガモリュウなんて存在しないね。

彼がどこかの発掘場から持ってきたのは単に首長竜の骨の一本、

おそらくは『第一血道弓』あたりの骨一本だけじゃとワシは見ている」


「骨の年代は……」


「それは嘘は言っていないだろう。

地層に含まれる放射性同位体元素の測定は客観性の高い資料じゃからな。

 

ただし、土器などの発見に付いては、埋まっていた周りの地層の放射性同位体の半減期からの測定される。

 

だから、その地層に後から土器を埋め込んだりする事で割と簡単に偽装が可能になってくるんじゃ。

神の手を持つと言われている下鴨トリックだ。

 発掘者はその地層の年代から出土してくるものに対して年代の先入観を持ってしまうからな。

それを下鴨のヤツは巧く利用しているんしゃよ。これが神の手の正体じゃ」


「それじゃあ、後一つ聞いて良いですか? 下鴨教授の発掘現場から発見された大学の研究生の遺体は殺害によるものですか? だとすれば、その犯人は?」


 そこまで聞いていた壇が優美子の質問を制止した。


「おっと、もう止せ、桜木、帰るぞ……」


 檀はそこまで用務員と桜木との会話を黙って聞いていたのだが、そこで桜木の口を塞ぐとそのまま彼女を引っ張って学外まで連れ出して行った。


「でも檀さんて、ここで一気に事件解決の糸口が……」


「それじゃあ、俺たちの仕事はどうなる……? 自己の存在理由も考えて見ろ」


「…………確かに、冷静さを失っていました。良く考えたら、ここまで聞いた話でさえ用務員のおじいちゃんの推論の域を出ていませんから……」


「そうだ、帰るぞ、桜木……」


「はい!」


「それにしても、今回はいろいろ手間が省けたな。他の事件に付いてもまたいずれ爺さんにおじゃましようか……」


「檀さん!」


 壇はさっさとキャンパスに背を向けて歩き出した。その後を優美子が追う。

 壇はその足で優美子を乗せて、殺害された西堀竜子の自宅に向かっていた。


 優美子が壇に訪ねる。

いよいよこの後物語はクライマックスに突入します。

推理小説の醍醐味・意外な展開をお楽しみに……www

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