第二章 捜査会議
ウチの犬の名前はブリットと言う。
ウンチをする時
「ぶりっと」
するからだ。
しかし、誰だって、
ウンチをする時
「ぶりっと」するよね
だから、名付けの理由には、
ならないのかも、しれない。
ウンチをするときに、
少し腰を浮かべて、
集中しているポーズが、
かわいい。
第二章 捜査会議
壇は桜木巡査に強制的に鑑識課から連れ出され、捜査2課の会議室に来たのだが、耳の痛みに多少不貞腐れていた。
しかし黙ってついてきたのは、壇刑事が自分を常日ごろバイオレンスデカと評しているにも関わらず、今日の桜木巡査の剣幕を目の当たりするにつけて、
阿修羅のようなオーラはとても逆らえる雰囲気ではないと感じていたからだった。
こいつには逆らえない。一応見てくれは小娘の皮をかぶっているが時たま本性が顔を出す事がある。桜木優美子の正体は鬼女なんじゃないかと壇は思うことがあった。
そんな壇の思惑とは裏腹に、キュートなプロポーションをスーツで着こなした桜木優美子は、
軽やかな仕草でホワイトボードの前の書類をテキパキと整理して今回の事件のファイルを広げた。
さっきの怒りは収まったようで壇に向かって微笑みかける。
アイドルになっても十分通用する容姿だ。警察官にしておくのはもったいないと署の交通課の若手男子警察官の間ではファンクラブすら存在している。
その魅力は何故か全く壇には通用していない様だ。
壇にとっての魅力的な女とは、二丁目あたりの裏路地の飲み屋で壇の猥談をまじめに聞いて受けてくれるような、話のノリが良くて化粧のノリもすこぶる良いお姉ーちゃん達の事だ。
壇に言わせると桜木は女と言うものが分かっていない小娘ということになってしまう。
女の無駄遣いであり、ひいては良い女に対しての冒涜とまで壇は感じていた。
壇は桜木の容姿に目配せして、思った。
(おまえのパンツには一銭の値打ちもないわい。)
そんな不貞腐れた壇の態度は一切無視して優美子は捜査会議を始めようとしていた。
窓際に立った桜木は深呼吸して、今回の事件の調査ファイルについて、今までの経過を壇に語りはじめた。
「檀さん、本田刑事からいただいた鑑識報告にはもう目を通されていますか?」
「おぅ、大体な」
壇はイスをクルクル回しながら、おとなしめな応答に心がけた。不貞腐れた態度は消えて主人の様子を伺う子犬のような表情になっている。
「了解です。経過の概要は説明しました。それではどこから捜査を始めていけば良いんでしょうか?」
「被害者は港町大学の研究生ってことは大学院の学生ってことか?」
「はい、将来は考古学研究者志望ってところです。全国に研究者は六万人はいますから、地球の歴史に興味を持っている人々の数は相当なものですよね」
「指導教授は下鴨って名前の教授か……。神の腕を持つ発掘王か……大体神と名がつくものは大概はとても胡散臭い……それが俺の経験から導き出した結論だ。
雷、カミキリ虫、剃刀……」
そういう例を挙げる時には後ろに神の付く言葉を言うのが普通ではないかと優美子は思ったが、冒頭から捜査会議がいきなり脱線するので優美子はコメントを差し控えた。
代わりにこう答えた。
「檀さんにとって神は、かなり胡散臭い存在みたいですね」
壇は思った。
(やはり桜木はただの世間知らずの小娘だ。想像妊娠以前の蒙古斑的存在だ。多少は良い成績で警察学校を卒業してきたかも知れないが、人生の経験が無さすぎる。
クラスで苛められて口に雑巾突っ込まれて。パラシュート部隊のリンチにあったこともない。虎とボートで漂流して太平洋を横断した事もない。
剃刀で神だとぉ、バッカじゃないのー。人の話をまじめに聞いていない証拠の受け答えだ)
「世の中全般にとってもそうなんだ!脱線していると会議が進まん!!
本題に戻すのだが、ここにある昨日までの捜査経過報告書を読むと、凶器に使われたという化石も確かに捜査のポイントだが、
今回の事件以前に下鴨という教授の発見した恐竜の全身化石というのが盗難にあったというのも、なんか引っかかるな。
引っ掛かるというのはこの殺人との関連性がありそうだという意味だ。
駅前で英会話の勧誘に引っ掛かるとか、トイレのドアを閉めたらスカートが引っ掛かったというような意味で使った単語ではない」
「わかりますよ。そこ詳しく説明してもらうとこすか?」
「説明しとかないと意味を取り違えるかと思ってな」
「はいありがとうございます。話を紛失した化石に戻しますが、私もその化石気になっているんです。だって下鴨教授のコメント以外誰もその化石の全体を見てないですし…………
本当はどうだったのかとても気になります」
「気になるか……樹になるのが果物で地面に生るのは野菜……するとイチゴは野菜か……」
「メロンは栄養学上の分類では果樹、園芸分野では果菜(実を食用とする野菜)とされています。私も一応栄養士の免許持ってますから」
「脱線していると会議が先に進まないと言っただろう!」
優美子はカチンと来た。
「壇刑事が先に樹に生るのは……とか話をふったんじゃあないですか」
「その程度の誘惑に負けて、本筋を見失うのか?先生はそんな子に育てたのか?」
「はいはい!すみませんでした!」
「はい、は一回!」
「はい!」
優美子は泣きたくなってきた。
(しかしこの程度でめげていたら、捜査の現場になかなか足を向けられない。ここはもう一我慢。壇刑事の頭を整理させないと。事件解決を最優先に……)
そんな葛藤が表情に出たのか壇から見ると優美子は百面相の様に泣いたり、笑ったりしている様に見えた。
壇は思った。
(こいつ、ちょっと面白いかも……)
そこで壇は下鴨教授の研究室で見つけたディスクの存在を思い出した。
「このCDちょっと中身見といてくれないか」
「何ですか、それ?」
「下鴨教授の研究室に先日行っただろう……」
「あっそう言えば、教授が泥棒に入られたって被害届け出してましたよ」
「それ、俺か……」
あんなディスク一枚程度で被害届か……大げさなヤツだなと壇は思った。その不思議そうにしている壇に向かって桜木は言った。
「檀さん……捜査礼状取ってから出かけて下さい!手癖悪いんだから……」
「ただ、せっかく出かけて行ったから、なんか土産の一つもないかとCDケースを探したんだが……FのファイルのバックアップCDは一枚しかなかったからそれをちょっぱいで来た」
「なんで、Fなんですか……?」
「FuckのF……何かエロいコレクション持ってないかなと……」
「そのファイルを私に調べろと……」
「いや……立ち上げたら内容はちっともエロくなかったんだ。骨……恐竜とかの骨格図みたいなもんだ。かなりマニアックな趣味だよなぁー」
「残念でしたー」
優美子はバッカじゃないのという表情で壇をのぞき込んだ。壇の顔がちょっと赤くなっているように感じたのは優美子の気のせいなのだろうか?
「フンッ」
「檀さん、私今回の件で本読んで多少考古学についての知識を身に付けたんですが、恐竜という生物の定義は何だと思いますか?」
「のび太の恐竜に出てくるヤツ全部だろう?」
「それが違うんです。2本ないしは4本の足を垂直にして立てる事が恐竜である条件みたいなんです」
「じゃあ、ワニとかトカゲとかは?ちびっ子恐竜じゃないっていうのか?」
「はい、足が体と平行に付いていて、移動するのに腹を地面に擦りつけていますから恐竜とは違います。この定義だと蛇も恐竜から外れます。
そしてプテラノドンとか魚竜、首長竜の仲間も恐竜から外れるんです」
「ふーん、それで?」
「それだけです。豆知識です」
「…………」
檀はじっと桜木の顔を見つめていた。
桜木は気まずそうに下を向いて、自分の手帳をめくりながら檀の発言を待っていた。
「桜木……今の話な、俺が今回の骨を署の全体会議や記者会見とかで「恐竜」とか言って、恥かかないように気を使ったのか?フタバスズキリュウは首長竜だからな」
「あ……いやそんな……」
「ありがとうな……」
「余計なこと言ってすいません」
「本題に戻るぞ教授の身辺調査が重要だと思われるな」
「はい、教授は現場での聞き込みによると犯行当時の教授のアリバイは研究室にいて、目撃者は少ないです」
「ちらっとでも研究室に居たという学生とかはいるのか?」
「今のところは居ません。まだ数人しか聞き込みは出来ていませんから」
「それなら、一発下鴨をしょっぴいてさ、取り調べ室で吐かせるっていうのがこの場合は、てっとり早いんじゃないか?」
「檀さん、そこまで決めつけて良いんでしょうか、この事件?」
「え、ダメなの……」
「まだ、被害者の交友関係がまるで分かっていませんし、殺害の動機も分かりません。
一概に下鴨教授を犯人扱いするのもどうかと……」
「そういう時の為に重要参考人という便利な表現が警察にはあるわけだろ」
「は……い」
「嫌……いやなの……?」
「檀さんはいつも、警察の権力を笠に着た捜査って檀さんとっても反発するじゃないですか。
というか神様も敵対国家も全て含めて、世間で使われているありとあらゆる権力による強制という物全てに檀さん無防備に反発しますよね?
まるで、道歩いていて周りの人達みんなに喧嘩売って歩いているみたいに」
「あれ……悪い……?」
「違うんです。私、他の性格はともかくそういった檀さんの性格の部分はとても素晴らしいと前から感じてたんです」
「俺は権力の僕で虎の威を借る狐さんよ」
「はい、わかりました。照れなくて良いんです。
だから、檀さんがまだろくに証拠堅めも出来る前から下鴨教授を引っ張って来て、署に拘束して20日間で吐かせるなんて手を使うのかなぁっ?て、今思ったんです」
「…………わぁるかった、いや、俺も人間だからさ。今の発言魔が差したのよ。ていうか、この事件誰が考えてもこの下鴨っておやじが事件の中心に居そうでしょー?」
「最近の警視庁の極秘データでは、逮捕状が出て、身柄を拘束された容疑者の中で22日間の拘束期間で罪状を認めた初犯の犯人は85パーセントです。
そして罪状否認を含めて、検察に起訴されて有罪判決が出る確率は96パーセント。
疑わしきは罰せずではなく、ネットの誤認逮捕の市民の自白例を見るまでもなく逮捕、拘留されてしまえばよっぽどの事がない限り日本警察では大体の市民は有罪になるんです」
「…………」
「だから、だからです!現場の我々警察官が法を正確に運営してもらえるように最善の捜査を行い間違いのない逮捕をしていかないといけない時代になって来ちゃったんだと思ったんです。
それほど現代の法システムは一方通行です」
「桜木は俺達が市民の盾になれと言いたいのか?」
「檀さんならやってもらえると、私信じてます」
「俺はただ俺が気に食わないヤツをぶっ飛ばすだけだ。それは変わらないぞ!」
「はい、それで十分です」
「今は捜査礼状を申請するのはおいておこう。まずは足で歩くのが捜査の基本だからな」
「私、歩くの得意です。私なんかの話、きちんと聞いていただきありがとうございます!ご静聴感謝します」
「少しは警察官らしくなってきたな」
「ありがとうございます!」
「捜査は現場からか…………」
優美子はダッと疲れが出たのを感じた。
しかし、この気難しい中年相手に捜査会議を先に進める事が出来たのだ。
忍耐力の良い鍛練になったと考えようと思った。
社会でやりたい事を実行していくには、忍耐力こそが必要とされるのだ。 それは警察学校で習った大切な教えでもある。
会議から開放された優美子はフッと視線を窓の外に移した。
快晴のとっても良い天気だ。会議室の窓の外を開けて風を頬に受けた優美子は視線を流れる雲に向けた。
快晴の空を気持ち良さそうにヒバリが飛んでいた。
捜査会議が終わり、いよいよ壇刑事と桜木巡査は、現場周辺の聞き込み・張り込み調査に出動する。
正義感に燃える純粋な若者の心を持った美少女警察官桜木巡査の魂を
壇刑事がどれほど汚してゆくのか・・・
が、この作品の見せ場だ。