カエルと魔女
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「あ、おかえりー……って、なんで王子がまだカエルのままなんだよ? そんなに難しい呪いなのかい」
魔法で少年の姿になって留守番をしていたネズミに、セレネーたちは「……ただいま」と答えることが精一杯だった。
八方塞がりになってしまった旅を終え、取り敢えず森の中の家へ戻った二人は、各々にうつむいて意気消沈する。
セレネーは壁際のソファーへ座り、盛大なため息をついた。カエルも後に続いて隣へ座る。
「どうしてフレデリカさんで呪いが解けないのよ……明らかに王子のこと、心から愛していたのに」
南の国を去る際、フレデリカは王子の呪いを解けなかったことを謝り続け、呪いが解けなくても一緒にいたいと言ってくれたのだ。
しかしカエルは「貴女の人生を縛りたくありませんから」と申し出を断って、今に至る。
カエルの呪いを解くために、心から王子を愛する乙女のキスを求めていたが……それでも呪いが解けないとなれば、いよいよ解呪の魔法が間違っていたのではと思ってしまう。
解呪の魔法は、他の魔法と間違えてかけられるものではなかったとしても。
無言に耐えられなくなったのか、ネズミが「もしかして」と明るい声を上げた。
「片方が想っていても、もう片方がそれを受けようとしなかったら、いくら愛情を注いでも呪いが解けないんじゃないの?」
言われてセレネーはハッとなる。
確かに愛情が一方通行であれば、呪いを解く力が注がれず、ない事と同じになってしまう。
こんな基本的な事をネズミから教えられるなんて……。
自分にがっかりしながら、セレネーはカエルを見る。
思い当たる節があったのか、カエルは感慨深げに目を閉じていた。
「実を言うと、カエルのままでいいから、セレネーさんと一緒にいられれば……と思っていました。貴女は自分の事よりも相手の事を考えられる、優しくて強い人だから、近くにいて心地良よかったんです」
面と向かって褒められ、セレネーは急に頬を赤らめる。
本音を言えば自分もこのまま一緒にいられれば、と思っていた。
けれどカエルの呪いを解きたいという思いが強かった。
今もそれは変わらないが、こう呪いが解けないとなると心が折れそうになる。
このままでも良いんじゃないの? と。
(ふう……ダメね。疲れてると気が滅入っちゃう。少し休んでから、解呪の方法を見直していかなくちゃ)
セレネーは背伸びをしてから、カエルを手の平に乗せた。
「ちょっと休ませてもらうわ。王子もしばらく休んだ方がいいわよ。次の旅に備えて体力を回復させなくちゃね」
「……はい」
まだ気落ちしているカエルが痛々しく、どうにか慰められないかと思ってしまう。
気がつくと、セレネーはカエルの頬へ軽くキスをしていた。
「元気出しなさいよ、原因が分かれば次に活かせ――ん?」
突然、シュウゥゥゥゥゥッという音とともに、カエルの周囲に煙が立ち込める。
そしてセレネーの体へ重みがのしかかり、思わずソファーへ体勢を崩した。
徐々に煙が消えてくると……そこには金髪の穏やかそうな顔立ちをした青年が、セレネーを見下ろしていた。細身の体だが肩幅は広く、手足もすらりと長い。
二人は呆然と見つめ合う。
先に動いたのは青年の方だった。覆いかぶさるようにセレネーへ抱きつく。
「セレネーさん、やっと元に戻れました! ありがとうございます、これからは一生貴女を愛し続けます」
「ちょ、ちょっと、急に抱きつかないでよ。嬉しいのは分かるけどさ。しかもいきなり一生決められても困るから。少し落ち着いてよ」
こちらが身じろいでも、青年はしっかと体にしがみついて離れない。
もう気の済むようにした方がいいようだと悟り、セレネーは体の力を抜いた。
青年から伝わってくる体温と吐息に、鼓動が早まった。
「あー、もう……しょうがないわね」
セレネーは青年の背に腕を回し、ためらいがちに彼を抱き返した。
二人を見ていたネズミは、くるりと背を向け「お幸せに」とつぶやいた。