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南の国へ

       ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 東の国でも色々な乙女とカエルを引きあわせててみたが成果はまったく出ず、次こそはと向かった先は南の国だった。


「こっちの国は、美人で気立ての良い人が多いって話をよく聞くわ。だから呪いを解いてくれる乙女も必ず見つかるわよ」


「はい。でも――」


 フードの中にいたカエルが、ギュッと服をつかむ。


「これで呪いが解ければ、この旅とも……セレネーさんともお別れになるのですね」


 不意打ちのしんみりとした声に、セレネーの胸が締め付けられた。


 こういう湿っぽいのは好きではない。

 気分が落ち着かなくて、わざと明るい声を出した。


「旅は終わっちゃうけど、アタシと永遠に会えなくなる訳じゃないんだから」


「……そうですね。会える機会は作ろうと思えばできますからね」


「そうそう。呼んでくれれば王子の結婚式とかにも顔出せると思うし、子どもができたら祝福の魔法をかけに行くつもりだし」


 このセレネーの言葉にカエルからの返事はなかった。


 なにか変なこと言ったかしら?

 セレネーは首をかしげたが、それ以上は気にとめなかった。


 南の国に到着すると、セレネーは毎度のごとく水晶球を手にして、呪いを解いてくれそうな乙女の居場所を尋ねる。


「クリスタルよ、この国でカエルにキスしてくれそうで、自分の家族よりも伴侶を選んでくれて、王子の中身を愛してくれる気立てのいい娘を教えておくれ」


 セレネーが囁きかけると……水晶球は今までにない金色の光を放つ。

 そこへ映し出されたのは、街の中央にたたずむ修道院。

 そして、どこか小さな部屋の一室にある祭壇で、祈りを捧げる修道女だった。


 いつまでも祈り続ける彼女の横顔は、鼻筋の通った美しい輪郭をしている。

 絹のような銀糸の長い髪は輝きを放ち、肌も透き通るように白く、その清楚な外観からは気品が溢れ出ていた。


 どう見てもそこらにいる村娘とは空気が違う。

 不思議そうにセレネーが水晶球を眺めていると、カエルが「あっ」と声を上げ、肩へよじ登ってきた。


「もしやこの方は、フレデリカ姫! なぜこのような所に……?」


「あら、王子の知り合い?」


「はい。カエルになる前、ぜひ私の妃にして欲しいと南の国から姫の肖像画が贈られたのですが、その絵に瓜二つです」


 他人の空似じゃないかしら? でも、世の中にこんな絶世の美女が二人もいるとは思えないし――。


 半信半疑であったが、会って話をすれば分かる。セレネーはホウキを修道院へ向けた。





 左右対称に造られた修道院は、手入れの行き届いた漆喰の白い壁をしており、門扉や窓枠に施された百合の模様が、穢れのない聖なる領域へと高めている。


 まずは様子見をしようとセレネーが修道院へ足を踏み入れると、聖水入りの小瓶を持った中年の修道女が駆け寄り、前に立ちはだかった。


「悪しき魔女よ、ここは貴女のような人が来る場所ではありません。神の天罰が下る前に立ち去りなさい!」


 あまりの形相にセレネーが呆然としていると、女が手にしていた聖水をかけてくる。

 ピシャッと服にかかったが、濡れただけでなにも起きなかった。


「せ、聖水が効かない?! そんなハズは……」


「効かなくて当然よ。確かにアタシは魔女だけれど、悪魔と契約している訳でもないし、悪事も働いていないもの」


 後ろめたい事なんか、これっぽっちもない。とセレネーが胸を張っていると、ようやく女は表情をゆるめて「すみません」と謝罪した。


「確かにそのようですね。この聖水が効かない事が、なによりの証拠ですから……今日はどのような要件でいらっしゃったのですか?」


「フレデリカさんっていう人に会いに来たの」


 その名を出した途端、女の顔が悲しげに曇った。


「……すみません、今は誰ともお会いさせる訳にはいかないのです」


「もしかして、フレデリカさんになにかあったの?」


「貴女も知り合いなら、彼女の美しさをご存知でしょう。容姿だけでなく、清らかで慈悲深い心を持った方だと……そんな彼女に人はおろか、動物までも慕ってくるのですよ。ただ、その美しさに悪魔まで魅了されてしまって、彼女を連れ去ろうとしているのです。それを防ぐために、強力な結界の張られた部屋から出られないのです」


 悪魔に気に入られたとなれば厄介だ。

 彼らは一度気に入ったものを手に入れるまで、あらゆる手を使って執拗に狙い続ける。

 下手すれば標的が死んだ後でも、その魂を手に入れようとしてくる。


(小さな部屋から一生出られないなんて……これは放っておけないわ)


 セレネーは胸を叩いて「アタシに任せて」と言い切った。


「アタシが悪魔を退治してあげる。見返りはいらないけど、部屋から出られるようになったらフレデリカさんに会わせてくれるかしら?」


 女は少し泣き出しそうな目をして、「ええ、もちろんです」と小さく微笑んだ。





 夜になってセレネーはホウキへ乗り、上空で悪魔が現れるのを待った。


「あ、あの、セレネーさん……」


 肩の上からおずおずとカエルが尋ねた。


「悪魔は力も魔力も、人間を上回ると聞いています。そんな悪魔に戦いを挑むなんて……ああ、私が人間の姿であれば、セレネーさんに代わって戦えるのに」


 不安と心配が入り交じったか細い声に、セレネーはあっけらかんと答える。


「人が悪魔に正面から戦って勝つなんて、絶対に無理ね。まともに戦ってたら、命がいくつあっても足らないわ」


「えええっ! じゃあ、どうするんですか?」


「真っ当に戦わなきゃいいのよ。それにアイツらはね、骨の髄まで強欲で貪欲なの。要は執着心が強い知りたがりってところかしら。それを利用してやるのよ」


 不敵な笑みを浮かべた後、セレネーは顔を少しかたむけてカエルと顔を合わせた。


「王子、あなたの力を借してくれる?」


「もちろんです。でも、カエルの私に出来ることなど……」


「カエルだからこそいいのよ。アタシが悪魔に話しかけて興味を引くから、王子は――」


 セレネーが小声で伝えると、カエルの顔が青ざめていく。しかし「分かりました」とうなずき、フードの中へ潜っていった。


 しばらくして、涼やかな夜風がやむ。

 入れ替わるようにして、ざらついた生ぬるい風が吹き、セレネーの肌がヒリヒリとした。


(……近いわね。どこかしら?)


 セレネーはゆっくりと辺りを見渡す。


 と、南の上空から、コウモリのような翼を持った青年――悪魔が現れ、修道院へ近づいていった。

 月明かりに照らされた彼の顔は青白く、どこか背徳的な色香が漂っている。


 ホウキを飛ばし、セレネーは悪魔の隣に並んだ。


「こんばんわ、悪魔さん。ちょっとお話してもいいかしら?」


 気だるげに悪魔は振り向き、口元に歪んだ笑みを浮かべた。


「ほう……魔女よ、余の眷属になりたいのか? 見たところ、人間にしては良い魔力を持っている。見目も悪くない。余の下僕となるには申し分ないな」


「違うわよ。相手が悪魔でも人間でも、誰かの下で働くっていうのは性に合わないもの。ただアタシは貴方と話がしたいだけ」


 セレネーは薄く笑い、流し目を使う。


「修道院の人から聞いたけれど、貴方はフレデリカを自分の物にしたいのよね?」


「その通り。あの神の御使いのような美しさ、是非手に入れたい」


「ふふふ……アタシね、フレデリカの知り合いなんだけれど、ちょっと彼女に恨みがあるの。だから貴方に彼女の弱点を教えてあげるわ。結界の退け方も、彼女を堕落させる秘密も――」


 こちらを舐めるように見回し、ニヤニヤと悪魔は笑う。だがその目は笑っておらず、いつでもお前の命を奪えるのだと語っている。


 ほんの少しでも悪魔に弱さを見せてしまえばつけ込まれる。

 早まりそうな鼓動を抑えつつ、セレネーは修道院の庭へ視線を送った。


「ここで話をするのもなんだから、あそこへ行かない? 貴方と違って、アタシはずっと魔力を出しっ放しで空に浮かび続けてるから大変なのよ」


 本当は半日ぐらいなら飛び続けられるのだが、わざと悪魔の自尊心をくすぐって油断を誘ってみる。

 しばらく考えてから、悪魔は「よかろう」と偉そうにうなずいた。


 庭へ着陸すると、セレネーは悪魔へ近づく。背筋には脂汗が滲んでいたが、それを悟られぬよう涼しい顔をしてみせる。


 ふとセレネーは立ち止まり、煩わしそうに手を振った。


「嫌ね、虫がまとわりついてくるわ。刺されて痕にならなきゃいいけど……」


 そうつぶやきながら、セレネーは悪魔の目前に立った。


「今、フレデリカは修道院の最上階、西側の角部屋にいるわ。強力な結界を張って、貴方に抗おうと神に祈りを捧げているの」


 これは昼間に水晶球で確かめたことで、嘘ではない。悪しき者ではないから、結界もセレネーの魔法までは防げなかったのだ。


 悪魔はちらりと修道院を見上げ、にたりと笑った。


「言われてみれば、あそこから漏れ出る神気が一番強いな」


 セレネーも悪魔に合わせて笑みを作る。


「そうでしょ? 結界を破るのは難しいと思うけれど、窓の外から彼女に誘惑の言葉を投げかければ、自ら結界を解いて窓を開けてくれるわ」


「ほう。あやつは欲らしい欲を持たぬ聖女。その聖女が惑わされる言葉とはなんだ?」


 好奇心に悪魔の目がぎらつく。

 さらにセレネーは一歩悪魔に近づき、「それは――」と口を開きかけて、言葉をとめる。


「ああもう、虫が邪魔ね。なんでアタシ狙い撃ちで来てるのよ」


 そう言いながら再びセレネーは自分の周りを手で払う。


 ――次の瞬間、悪魔がセレネーの手首をつかんだ。

 グッと力が加わり、思わずうめき声を出してしまった。


 ポロリとセレネーの手から、銀の針がこぼれ落ちた。


「これはなんの真似だ?」


 悪魔は小さく舌なめずりすると、見下したように目を細める。


「大方、その針に聖水でも塗ってあるのではないか? それで私を刺して、動けなくするつもりだったのだろう?」


 セレネーはわずかに目を逸らし、眉間を寄せて苦悶の表情を作る。


「フンッ、人ごときの浅知恵など通用せぬ。さて……この私を謀ろうとしたのだ。覚悟はできているだろうな?」


 ククク、と悪魔の喉からかすれた笑いが聞こえてくる。

 その様をセレネーは血の気の引いた顔で見上げ――。


 ――口端を上げて、「今よ」と声を出さず唇だけ動かす。


 悪魔の体が一瞬にして強張った。


「な、なんだと……?」


 震える手で悪魔は首の後ろをさする。

 今度は悪魔の顔が青ざめた。


「銀の針……! どうやって私に打ち込んだ?!」


 セレネーはなにも答えず、悪魔の手を振りほどいて後ずさる。

 ピョンッ。肩にカエルが飛び乗る感触があった。


「これで良かったですか、セレネーさん?」


 流し目でカエル見ると、セレネーは「上出来よ、王子」と囁いた。


 悪魔は銀を恐れ、聖水は彼らの体にとっては毒となる。

 だから自分が囮になっている隙に、密かに悪魔の後ろへカエルを回り込ませ、聖水を塗った銀の針を刺してもらったのだ。


 あとは悪魔を封印するだけ。

 セレネーはにっこり笑って、ポケットから獣皮紙らしき巻物を取り出す。


 そして腰に挿していた杖を手にして、先端を悪魔に向けた。





 翌朝、セレネーたちが修道院を訪れて悪魔を封印した巻物を見せると、修道女たちは目に涙を浮かべて大喜びしてくれた。


「ありがとうございます。ぜひフレデリカとお会いになって下さい。彼女も貴女にお礼をしたいと申しておりましたから」


 昼間に約束を交わした女の案内で、セレネーたちはフレデリカの元へ案内される。


 通されたのは白いタイルに青い絨毯が敷かれた客間だった。

 その中央では、フレデリカが静かに佇みながら迎えてくれた。


「貴女が悪魔を封じてくれたのですね。本当にありがとうございます」


 フレデリカが少し目を潤ませながら、たおやかに微笑む。

 彼女の美しさは水晶球を通して見ていたが、実物を目の当たりにすると、その清楚な美しさに目がくらんでしまう。


 こんな人が世の中に存在するのね、と心の中でため息をつき、セレネーは彼女へ歩み寄った。


「力になれてよかったわ。ただね……いつもなら見返りは求めないんだけれど、よければ貴女に会って欲しい人がいるの」


 特に怪しむ様子もなく、フレデリカは「分かりました」と快諾してくれた。


 セレネーは安堵しつつ、フードの中にいたカエルを手に取り、フレデリカへ差し出す。

 それを見た途端、フレデリカは息を引いてカエルを凝視した。


「まさか……貴方は西の国の王子様ですか?」


「えっ? 私が王子だと分かるのですか?!」


 驚きのあまりカエルが声を上げと、フレデリカはとろけるような笑顔で「はい」とうなずいた。


「うっすらとですが、貴方の本当のお姿が後ろに見えます。噂で貴方が亡くなられたと聞いて、とても悲しかった……ずっと貴方に嫁ぐ日を夢見ていましたから」


 話を聞き、セレネーはフレデリカの想いを察する。


「もしかしてフレデリカさん、王子が亡くなったと思ったから修道女になったの?」


「はい。他の誰かとの結婚は考えられませんでしたから、一生をかけて王子様の御霊が天へ召されるよう祈りたかったのです」


 つまり、それだけ王子が好きってことよね。……これならイケるわ。


 内心セレネーは「よっしゃー!」と雄叫びを上げる。

 が、胸の奥がチクリと痛んだ。


(これで王子との旅も終わりか……そう思うと、ちょっと複雑ね)


 動揺を顔に出さず、セレネーはフレデリカに事情を説明する。

 それを聞いて、彼女は「私で力になれれば」と言って、カエルを両手の平に乗せた。


 少し見つめ合ってから、フレデリカはカエルにキスをした。

 ようやく呪いが解け――ると思っていたが、カエルにはなんの変化もなかった。


「「「……え?」」」


 思わず困惑した三人の声が、きれいに重なった。


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