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北の国へ

       ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 ホウキに乗って空を飛び、まずは北の国へ向かった。


 フードの中にいるカエルが飛んでいかない程度に、でもしっかりスピードは出して、ギュンッ、と空を疾走する。


「うわあ、凄いですね! もう森があんな遠くに……」


 カエルがさっきまで泣いていたとは思えない、嬉々とした声を上げた。


「景色見るのはいいけれど、落ちないでね。アタシそこまで責任持てないから」


「は、はい、すみません。空を飛ぶなんて初めての事なもので、嬉しくてつい」


 照れ笑いを交えてから、カエルは声の調子を落とした。


「……私の呪いを解いてくれる姫は、見つかるのでしょうか? 情けない話ですが、自信が持てません」


 どうやらさっきのはカラ元気だったみたいね。

 王子にしてみれば、呪いが解けなかった上に失恋しちゃったから、そうそう簡単に立ち直れなくて当然か。


 ……でも、ちょっと気になる事を言ってたわね?

 同情しながらも、セレネーは引っかかった事を尋ねる。


「ちょっと王子、もしかして今までお姫様ばっかり狙ってたの?」


「はい……私が元に戻ることができれば、その方を妃に迎えなければいけませんから。誰でもいいという訳には――」


 こ、この世間知らず!

 と言いそうになるのをこらえ、セレネーは大きく息をついた。


「それ、すごく高望みしているわよ。結婚も最初から考えているんだったら、相手の人となりも見ているんでしょ? 性格よくて、カエルにキスできるお姫様なんて、限定し過ぎだわ。そんな事じゃあ、死ぬまで呪いが解けないわよ」


「……確かにそうですね、立場にこだわりすぎてました。王族は王族と結婚するのが当然だと思っていましたから」


 カエルがしゅんとうなだれ、重く湿った空気を漂わせ始める。


 そんなに陰気にされると、こっちも滅入っちゃうじゃない。旅はまだ始まったばかりだっていうのに。


 セレネーはわざと朗らかな声で話しかけた。


「落ち込まないでよ、ちょっと条件下げればいいだけの話じゃない。お姫様じゃなくても、カエルの王子を愛してくれそうな乙女を見つけなくちゃ」


 話をしている内に、二人は北の国で一番大きな都にたどり着く。


 セレネーは都の中央で滞空すると、ポケットから水晶球を取り出し、眼下に広がる賑わいに向ける。

 肩越しにカエルが水晶球を覗いた。


「セレネーさん、なにをしているのですか?」


「足で探してたら時間かかっちゃうから、この水晶球で探すの――クリスタルよ、この国でカエルにキスしてくれそうな、気立てのいい娘を教えておくれ」


 セレネーが囁きかけると、水晶球はほんのり薄紅色に光り、一人の少女を映す。


 そこには食堂の看板娘と思われる少女が、昼時の忙しさに汗水を流し、懸命に働く姿があった。

 同じ給仕の娘にジーナと呼ばれ、少女は快活な声で返事をしていた。


 やや釣り上がった目は勝気そうだが、整った顔をしている。

 愛想はよく、接客の物腰も丁寧だ。仕事仲間に対しても心配りができている。

 親や弟妹を大切にしているようで、家事も喜んでやっているようだった。


「良さそうな娘じゃない。どうかしら、王子?」


「ああ、こんな方を妃にする事ができれば、きっと民にも心を砕いてくれるでしょう」


 夢見心地なカエルの声を聞き、セレネーはわずかに片眉を上げる。


 そんなに浮かれていたら、思わずボロが出て失敗するかもしれないでしょうが。

 でも、せっかくやる気を出しているんだから、水は差さないほうがいいわね、


 セレネーはあれこれ言い合い気持ちをグッと堪え、話を続けた。


「じゃあこの娘の所に連れて行ってあげるわ。でも、ちょっと夜になるまで待ってね」


「夜に? どうしてですか?」


「こういうのは雰囲気も大切なのよ。アタシに任せて、あの娘がカエルを受け入れやすくなるために演出するから」


 そう言うとセレネーは、一度都の端へ行ってホウキを降りると、時間つぶしのために街へと繰り出した。





 夜になり、セレネーは昼間見た少女ジーナの住処を見つけると、ホウキに乗って静かにその家へ向かう。


 水晶球に今のジーナの様子を映すと、狭い部屋に月上がりが差し込んでいる風景が見える。どうやら屋根裏の部屋で寝ているようだった。


「あら、好都合。呼び出しやすいわ……王子、準備はいい?」


 セレネーの囁きに、カエルはうなずく代わりに目配せをした。


 ただカエルにキスしろと迫ったところで、相手にされないのは分かっている。

 普通ではない事を押し通すには、普通ではない演出が必要。


 セレネーは屋根裏部屋の窓を見つけて前まで行くと、腰に挿していた杖を手に取り、先を窓へ向けた。


 きらきらと、光の粒が窓を通り抜けて部屋へと入っていく。

 始めはまばらに輝くだけだったが、次第に光の粒同士が互いの輝きを受けて、光を強めていった。


 バサッ! という音の後、「な、なにこれ……」という声が聞こえてくる。

 そして怯えながらも、光へ誘われるように窓を開けた。


「こんばんわ、お嬢さん」


 最初が肝心。セレネーは目を弧にして、朗らかに笑った。


 少女のエメラルド色の瞳が点になり、わずかに身を引いた。


「わ、私、夢でも見てるのかしら? ホウキに乗って空を飛ぶ人なんて――」


「夢じゃないわよ。アタシは魔女、幸せを運ぶ魔女よ」


 そう言い切ると、セレネーは窓辺へ近づき、ジーナに手を差し出す。

 手のひらには、ちょこんと行儀よく座ったカエルがいた。


「このカエルは、幸せのカエル。愛情を注げば注ぐほど、あなたに幸せが訪れるわ。家族思いでいつも頑張っているあなたにプレゼントするわ」


 ぽかんと小さな口を開けながら、ジーナは両手でカエルを受け取る。

 しばらくジーナと見つめ合った後、カエルは立ち上がってうやうやしく頭を下げた。


「初めまして。しばらく貴女の元でご厄介になります」


「ええっ! カエルが喋った……ウソ、信じられない」


 体を硬直させたジーナへ、セレネーは念を押すように破顔してみせる。


「カエルだからって粗末にしないでね。できる限り一緒にいれば、カエルの幸せがあなたに移って、より大きな幸せを手に入れる事ができるから……じゃあね」


 ウインクすると、セレネーはホウキに乗って夜空へと姿を消した。





「さあ、うまくやってるかしら王子」


 宿屋へ戻って一晩過ごした後、セレネーは水晶球で二人の様子を覗き見る。


 ジーナはすでに起床して店の準備に取りかかっており、エプロンのポケットには、人から見えないようにカエルが隠れていた。


(よしよし、まず第一弾は成功。やっぱり雰囲気作りは大切ね)


 満足のいく結果にセレネーは笑顔でうなずく。が、すぐに表情を引き締める。


 後はほったらかし、という訳にはいかない。

 しばらく二人を見守っていると、ジーナが大きな貝を下ごしらえし始める。器用にナイフで殻を開け、中の身を取り出していく。


 セレネーは魔法の杖を水晶球へ向け、えいっ、と魔法をかけた。

 すると、次にジーナが開けた貝の中には、ほんのり青みがかった大きな真珠が入っていた。


 ジーナは「まあ!」と驚きの声を上げてから、「これもカエルさんのおかげね」とつぶやいた。


 本当にカエルが幸せを運んでくれると思わせなくては、あっさり投げ捨てられる可能性が高い。


 この嘘を本当にすることがセレネーの役目だった。


(世間知らずだし、元に戻ったらどんな顔かも知らないけど、中身は悪くないと思うのよね。だから王子がどんなヤツかっていうのが分かれば、あの娘の気持ちも動くハズ)


 買い物に出かければ近所の人に野菜や果物をおすそ分けされ、仕事に勤しんでいれば、気前のいい客が「お釣りはいらないから」と余分に払ってくれ――。


 そんな事を続けていく内に、いつしかジーナはカエルに慣れ始め、人のいない所では楽しそうにお喋りをするようになっていった。


 カエルもジーナに好かれようと、彼女が落ち込んでいるれば優しく励まし、困った時には知恵を貸し、少しでもできる事があれば自らも動いていた。


 ある時、ジーナが祖母の形見の指輪を鳥に奪われ、カエルが鳥の巣を突き止め、木に登り、鳥と格闘しながら取り戻した事もある。


 街中でゴロツキに絡まれそうになった時、体を張ってジーナを守った事もある。


 それを見てセレネーは、


(王族って温室育ちで自分じゃなにもできないと思ってたけど、王子は自分が汚れる事も、傷つく事もためらわないのよね。感心、感心)


 と満足しながら、本当に危ない時は魔法でサポートし続けていた。





 いよいよジーナが心を開き始めた事を察して、セレネーはカエルに「今がチャンスよ」とうながした。


 魔法の声を聞いてカエルは小さくうなずき、月明かりがきれいな夜、部屋でお喋りしている最中に「実は」とジーナに語り始めた。


「私はここより西にある国の王子なのです。悪い魔女に呪いをかけられてしまい、このような姿になってしまいました。……どうか貴女の口づけで、私の呪いを解いて頂けないでしょうか? そして私の妃になって頂けませんか?」


 まじまじとカエルを見てから、ジーナは微笑みを浮かべた。


「分かったわ。お願いだから目は閉じててね、恥ずかしいから」


 そう言って、ゆっくりと顔を近づけ――カエルにキスをした。

 思わずセレネーは水晶球の前で拳を突き上げる。


(よっしゃー! これで元に戻る……んんん?)


 キスをしたフリではなかった。

 なのにカエルはカエルのままで、なんの変化もなかった。


 セレネーも、水晶球の中のカエルとジーナも、一様に呆然となる。

 しばらくしてジーナは、「うーん残念」と軽い調子でつぶやいた。


「王子様と結婚できたら、家族の生活がもっと楽になると思ったのに」


 この一言でセレネーはピンときた。


(この娘、確かに家族思いで気立てはいいわ。でも、家族を幸せにするために結婚したいのであって、相手のために結婚したい訳じゃないのね)


 心から望んでいるのは、生まれ育った家族の幸せ。

 それが悪い訳ではないけれど、カエルの呪いを解くには都合が悪かった。


 セレネーは大きなため息をつくと、杖をクルクルと回した。

 カエルの体が光に包まれ、水晶球から浮き出てくる。

 パアッ、と小さな閃光が走った後、セレネーの目前に呆けたままのカエルが現れた。


「残念だったわね、王子。悪い娘じゃなかったんだけど……まあ、ほら、まだまだいい娘はたくさんいるんだからさ、気を落とさないでよ」


 こちらの話を聞くにつれ、カエルの目に涙がたまっていく。

 それでも泣くのを堪えて「そうですね」と答えたが――。


 ――やっぱり我慢できず、カエルはその場に突っ伏して号泣した。


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