FILE4:オーナーと私
土曜日の朝。私はflatの前にいた。
「ふぅ…。」
ため息を一つこぼして、私は店に入った。
「いらっしゃ…どうしたんですか。」
客はいなかった。
いつも通りだが一つ違うのは普段何事も動じないオーナーが驚いている。
無理もないだろう。私は毎週木曜日に来る常連として気が付けば半年も過ごしていたのだから。
「オーナーのコーヒーが飲みたくなったんですよ。」
「…わかりました、作りましょう。」
「いつもの、お願いします。」
「お待たせいたしました。私のおすすめです。」
「…オーナー…?」
「今の貴方なら、出しても良いと思いますから。」
優しく微笑んで差し出したのはコーヒー。
「…。」
私はそれをただ見つめるだけ。
「…冷めますよ?」
「あ、はい…。」
そうは言ったものの、手が動かない。
「これに、興味を持ってたんでしょう?」
持ってたんでしょう?」
「そのはずなんですけど…実際目の前にすると不思議な感じがして…」
苦笑してしばらくカップを眺めた後、そっと手に持った。
「…いただきます。」
コクンと一口。
甘くもなく苦くもなく、私好みのコーヒーがすっと喉に通っていく。
いつものように美味しいだけでなく、不思議と暖かな気持ちになれた。
私はオーナーに自分の胸の内を話した。
「私は小説家を目指していました。ここに来てたのも、話のネタを探すためです。」
「…そうですか。」
初めて知ったはずなのにオーナーは落ち着いている。
「この前出版社に原稿を送ったんです。結果はまぁ惨敗…これから自分がどうすべきかわからなくなって、気がついたらflatの前にいました。」
オーナーは黙っている。私は話を続けることにした。
「…オーナーは、この店にいて後悔したことはありますか。」
「…ええ、何度も。」
目を伏せてオーナーが言った。
「十年前まで公務員だったんですよ、私。ありきたりな毎日が嫌だった時、この店を見つけました。」
「…見つけた?」
聞き返す私にオーナーは微笑む。
「…私も元はお客です。」