FILE3:少年
木曜日のflat。
いつものように私は来ているが、今日は何故か客がいつもより多い。
「いらっしゃいませ。」
「今日は賑やかですね。」
いつものようにカウンターに座りオーナーに話しかける私。
「ええ、今日は小学生が三人来てるんですよ。」
「小学生?」
「探検中にここを見つけたそうで…さっきココアを出しました。」
「そうなんですか。」
丸テーブルの方を見てみる。
そこにはわんぱくそうな男の子二人と頭の良さそうな男の子が座っていた。
「私も昔、探検しましたよ。」
「オーナーもですか?私も経験あります。」
他愛もない会話から十分後――
「おじさーん。俺達もう帰る!!」
「はい。ありがとうございました。」
「お金は?」
「今日だけサービス。ただで良いですよ。」
「やったぁ!!」
「またねー!!」
わんぱく二人は嬉しそうに帰っていった。
…もう一人は?
私は彼等の座っていた丸テーブルを見た。
「……。」
そこにはじっと座っている少年の姿が。
「あの子達と帰らないんですか?」
いつものようにオーナーが少年に話しかける。
「帰る方向が違うからね。それより…お金いくら?さっきの奴らの分も。」
冷めた口調に私は少し驚いた。
見た目は小学生なのに、この落ち着いた喫茶店が妙に似合っている。
「いりません。私が出したかっただけですから。」
「俺は『ただで』とか『あげる』とかいう言葉が嫌いでね。」
片方だけ口の端を上げて笑う少年。
「…でしたら、来週の木曜日にまた来ていただけませんか?」
「何で?」
少年は即座に質問を返す。
「貴方にまたお会いしたいからです。」
「…良いよ。」
少年は店から去った。
「…最近の子は大人びてますね。」
私はそっと呟く。
「まだまだ子供ですよ。」
オーナーは柔らかく微笑むだけだった。
翌週の木曜日――
「…来ますかねぇ。」
私は今日もflatに来ている。先週の少年はまだ来ていない。
「来ますよ。」
カランカラン――
ドアについているベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。」
「…。」
先週の少年だった。少し複雑そうな顔をしている。
「ちゃんと来たんだね。」
私はカウンターに座った少年に話しかけた。
「お兄さん、先週もいたよね。暇なの?」
…痛いところをつかれた。
「…黙っちゃって、図星かぁ。」
少年は意地悪な笑みを見せる。
「お待たせいたしました。」
「…まだ注文してないんだけど。」
「私のおすすめです。」
少年の前に置いたカップを見るとコーヒーの香りがした。
「コーヒー…。」
「飲めますか?」
「飲めるよ!!」
オーナーの挑発に乗って少年はぐいっとコーヒーを飲む。
「苦い…。」
少年がうめいた。
「やっぱりまだ早かったですね。」
「…これを飲ませたかったわけ?」
不機嫌そうに少年が尋ねる。
「ええ。」
オーナーは小さく微笑み、話を続けた。
「無理に大人にならなくて良いんですよ。有りのままの自分で。」
少年は黙ってコーヒーに砂糖を足した。
「…俺の父さんは社長でさ。いつも俺の欲しいもの買ってくれる。そのかわり俺は勉強して立派な父さんの後継者になるんだ。」
少年は一口味見をしては顔をしかめる。
それにしても…なんて堅実な未来なんだ。
「そんな人生つまらないと思わない?お兄さん。」
「え…。」
口味見をしては顔をしかめる。
…なんて堅実な未来なんだ。
「そんな人生つまらないと思わない?お兄さん。」
「え…。」
いきなり話を振られても…。
何も言えない私を見て少年は話を進める。
「俺も自由に生きたい。だから決めた。」
「何をですか?」
オーナーがやんわりと尋ねた。
「このコーヒーが飲めるまでは、自由な人生を過ごす。その先は…その時の俺に任せるわ。」
そう不敵に笑い、少年は五千円札を置いて帰っていった。
「…どうして親は子供に期待するんでしょうか。」
「…それは自分の生き方に不満があったんじゃないでしょうか。子供にとってはただの足枷でしかないのに。」
伏し目がちにオーナーは答えた。
「あの子は、どうなるんでしょう?」
「彼はもう充分大人ですよ。ほら…」
先ほどまで少年が飲んでいたカップを見せられる。
少年はコーヒーを全て飲み干していた。