FILE2:恋人
今日も喫茶店『flat』にいる。
先ほどまでゆったりとしていたが……
「本当に、別れたいの?」
「…うん。」
今は修羅場となっている。
カウンターから少し離れた丸テーブルに座る男女。
私がオーナーの方を見れば、相変わらずコーヒーを作っている。
慣れているのだろうか。
正直私はこういう場面をテレビでしか見たことがないため、つい横目で二人の様子を見てしまう。
「他に好きな女でも出来た?」
「そういうわけじゃ…」
「じゃあ何で?」
女の質問は止まらない。男はただ曖昧に答えるだけ。
「…もうはっきり言ってよ。」
涙声で女が言う。
「…付き合ってもう一年経つだろ?…毎日が同じに思えて、つまらなくなった。」
「…それが理由?」
女の問いに男がうなずく。
店内に痛々しいほどの沈黙が流れた。
「お待たせいたしました。」
修羅場の中へ飛び込んだオーナーはいつもの柔らかい笑顔を見せていた。
「注文ならもうしましたけど…」
「これは私からのおすすめです。ただでかまいませんから、その代わりに私の願いを叶えていただけませんか?」
私はオーナーのおすすめという言葉に反応した。横目で見るのをやめて、現状をじっと見つめる。
「…お願いって何ですか?」
「それはこのコーヒーを飲み終えてから。」
女の問いに答えた後、オーナーはお辞儀をしてこちらに戻ってきた。
「癒しのコーヒーですか?」
「さぁ…どうなりますかね…。」
私とオーナーは行く末を見つめることに。
「ただでって…怪しくないか?もう出よう。話はここじゃなくても出来る。」
男は去るためにコートに手を伸ばした。
「あたし飲む。」
「お前何言ってんだよ…。」
「だって、もうこんなこと二人で出来なくなるじゃない。」
「…。」
伸ばした手を膝に戻し、男はカップを見つめる。
「「いただきます。」」
二人は同時にコーヒーを飲んだ。
「…旨い。」
「それだけじゃないよ。懐かしい味…あたしこんなコーヒー飲んだの久しぶり。」
「俺も。」
恋人達はポツポツと会話を交しながら、コーヒーを飲み終えた。
「いかがでしたか?」
「凄く美味しかったです。」
「…頼みって何ですか。」
「お二人にしか出来ないことです。」
「…?」
「二人で思い出の場所巡り…それで何か変わるんですか?」
二人が店から去った後、私はオーナーに尋ねた。
「私にはわかりません。ただ、隣にいるのが当たり前と思って欲しくなかったんです。」
「…。」
オーナーはどんな過去を生きてきたのだろうか。
彼の言葉にはいつも重みを感じる。
それから一ヶ月後、オーナーから一枚の写真を見せられた。
純白のウェディングドレスとタキシードに身を包んだ例のカップルの姿。
「結婚したんですか?」
「ええ、手紙と一緒に写真が入ってました。」
「手紙…」
「あの後…flatを出た後、本当に思い出の場所巡りをしてくださったみたいで。公園や水族館、色々巡った後、最後にたどり着いたのはこの店だったそうです。」
「…どういうことですか?」
私の問いにオーナーがニヤリと笑う。
「あの二人が始まった場所は『ここ』なんですよ。」
そう言われても、いまいち頭がついていかない。
そんな私に気付いたのかオーナーはわかりやく説明してくれた。
「告白した場所が、flatだったんです。二人はその時お互いに緊張してて、どの喫茶店で想いを伝えたのか覚えてなかったそうですけど。」
「…まさかオーナー、それ知ってたんですか?」
「面白かったですよ。メニューを逆さに持ったり、トイレに行こうとして外に出るドアを開けたり。」
…まるで漫画のようなボケだ。それなら自然と記憶にも残るだろう。
「それを思い出したのが二人同時で、昔の気持ちから何も変わってないことにも気付いたそうです。…隣にずっといて欲しいとも。」
「…うらやましい話ですね。」
「お客様もいつか連れてきてください、恋人を。」
「…努力します。」
何年後になるかまったくわからないが…
私は少々苦いコーヒーを口に運んだ。
…カップルって死語でしょうか?何だかわからなくなってしまいました(>_<)
読んで下さり、ありがとうございました!!