FILE1:女子高生
秋も終わりに近づき寒くなる頃、私は喫茶店『flat』にいた。
「お客様は毎週木曜日に必ずいらっしゃいますね。」
カウンター席に座るとオーナーに言われた。
「ええ、友人にこの店できっと良いものが見れると言われてもう四回も来てしまいました。」
四回来たにも関わらず、この店の紅茶は飽きない。
「良いもの、ですか?」
「はい。オーナーには心当たりありますか?」
「私はただ飲み物を提供しているだけで……ちょっと失礼します。」
そう言ってオーナーは足早に外へ出ていってしまった。私はしばらく紅茶に口をつけていた。
数分後――
戻ってきたのはオーナーだけではなかった。後ろに眉間にシワを寄せた女子高生がいたのだ。
「お待たせしました。」
「いえ…それよりその子は?」
「ナンパしました。」
朗らかに言うオーナー。
「…は?」私は思わず聞き返す。
女子高生の眉間はシワが深くなった――おそらく否定の意味だろう。
「まぁ冗談はやめましょうか。ミルクティーは飲めますか?」
カウンターに座った女子高生に尋ねるオーナー。
女子高生は静かにうなずく。
「お待たせいたしました。flat特製ミルクティーです。」
カップからは白い湯気がたち、紅茶の香りが店内に漂う。
自分の分を飲み終えていた私はただそれを見つめていた。
「…いただきます。」
か細い声がした。女子高生が紅茶を口に運ぶ。
「…甘…。」
余程甘かったのだろう。女子高生は顔をしかめた。
「いかがですか?」
「甘すぎです…。」
「恋も、甘すぎはよくないと思いませんか?」
突然の話に私と女子高生はオーナーを見上げる。
「ミルクティーのように甘すぎると逆に美味しくありません。…たまには苦い恋も必要だと思いませんか?」
「…そう、ですよね。」
その後、女子高生は泣きながら甘すぎるミルクティーを全て飲み干した。
私は紅茶のお代わりを貰い、オーナーは洗い終わったカップを拭いている。
店内にはこの三人しかいなかった。
数十分後――
「…ごちそうさまでした。いくらですか?」
「いくらでもかまいませんよ。」
「…え?」
女子高生の目が丸くなる。
「貴方の満足したという気持ちと、お財布の中身とで相談してください。」
オーナーは柔らかく微笑んだ。
しばらく悩んだ女子高生だが、千円札を置いて店を出ていった。
「…あの子、オーナーの知り合いですか?」
好奇心で私は尋ねた。
「いいえ、彼女がうちに来たのは初めてです。」
「なら何で恋愛話なんか…」
「お客様、私は毎日ここから外を見ています。恋人といつも腕を組んで歩いていたのに今日の彼女は一人寂しそうでした。だから紅茶を飲んでもらったんですよ。少しでも気分が変わればと思って。」
「じゃあ値段が自由なのは…?」
「この店には一人に一度、私がいれるそのお客様だけの紅茶・コーヒーがあるんです。それには値段を決めてありません。お客様が満足した気持ちで決めていただくんです。」
「それがオーナーの考える癒し…?」
「…そうなりますかね。」
オーナーは何故か複雑そうに笑った。
今思い返せば、最後の女子高生の顔はふっきれたような表情だった。癒しを得たのだ。なんとなく羨ましくなり、私にはどんな紅茶が合うか尋ねてみた。
「それはまだです。」
「え?」
意外な解答に私の目が丸くなる。
「今の貴方は心に悩みがありません。」
そう言われると確かにこれといって深い悩みはない。
「いずれ、貴方にいれる紅茶かコーヒーがあるでしょうね。」
その後、再び静寂に包まれる。静かだな、と私は思う。それと同時にまたここに来ようとも。
私だけの特別な物を飲むために…。
「ありがとうございました。…また木曜日に。」
帰り際、ニヤリと笑うオーナーの言葉に私は照れ笑いしかできなかった。