二人の関係
二の腕をきつく掴まれ、黒羽はたたらを踏む。
「放してください」
ブーっというインターホンの音が鳴る。
「水無月だ」
黒羽の言葉は呆気なく無視される。付き合ってるのに、名字で呼んでるんだなと黒羽は少し意外に思った。
「ああ、今来てる。帰りたいと言い出してるがな」
有村は先程のことなどなかったように、淡々と流宇子と会話を交わす。
黒羽は、帰る気も失せて、ぼんやりとした目で有村を眺める。状況に流されやすく、意思を主張できない自分を恨めしく思った。
長身に、長い黒髪。画家と言われてイメージするような繊弱なタイプではない。何か運動でもやっていたのかしなやかに筋肉の付いた身体つきをしている。
痩せ型で貧弱だという自覚がある黒羽としては、羨ましくてならない。
「流宇子さんはなんであなたなんかと付き合ってるんでしょうね」
黒羽は嫌味っぽく聞こえるように毒つく。
「俺が魅力的な野心家だからに決まってるだろ」
有村は堂々とうそぶく。黒羽は呆れ、ため息を落とす。
高慢な言葉を当然のごとくさらりと言ってのけるなんて芸当は、黒羽にはできそうにない。
「すいません、遅れましたぁ」
流宇子の冗談めかした明るい声が廊下に響いた。
流宇子は、ぱたぱたと有村と黒羽に走り寄る。
今日の流宇子は、黒のAラインのワンピースに、ワイン色のピンヒールを履いていた。
胸元には、一粒の真珠がまろやかな光を放っている。寝坊をしたと言っていたせいか、短い髪が寝癖ではねていた。
「劉生、どう黒羽君。美少年だし、雰囲気あるでしょ」
流宇子が得意げに笑う。流宇子が黒羽の肩に手を回す。
流宇子の柔らかい手や腕を肩に背中に感じ、黒羽はどきまぎした。心拍数が上昇する。流宇子の顔が近い。化粧品のかすかに甘い香りを感じた。これは大人の香りだと黒羽は思った。
「さすが水無月。俺の好みが分かってる。よくやってくれた」
有村は手を伸ばすと、子供にするように優しく流宇子の頭を撫でた。
黒羽はむっとした表情で、有村を睨みつけた。流宇子がこれまた褒められた子供のような、こそばゆい表情を浮かべたのも気に食わない。
「中入っていい?3人で食べようと思って、ケーキ買ってきたの」
流宇子が心なしか弾んだ声で言う。
「お前は帰れ」
「え」
思ってもみなかった恋人の言葉に、流宇子は固まる。
「絵が描きたい。こいつの印象を絵に残しておきたい」
有村は傲然と言い放つ。黒羽はむかむかした。
「…分かった。今日は帰る」
流宇子の声は硬い。黒羽は気遣わしげに流宇子の方を見やる。
「ねえ、今度いつ会える」
流宇子はすがるような眼で長身の男を見上げる。見ている黒羽の方がせつなくなるような、必死なまなざし。
「会いたくなったら、連絡をいれる」
「劉生から会いたいって言ってくれたこと一度もないじゃん」
叫ぶように言うと、流宇子は走り去った。