有村劉生
流宇子の地図は分かりやすかった。S駅から10分程度歩いて、なんなく有村劉生の住むマンションに到着した。ホテルのようなマンションだなというのが第一印象。リッチかつゴージャス。リアル警備員のいる高級マンションなど初めて来た。若いのに、有村劉生は経済的にも成功しているらしい。羨ましい限りだ。写真からすると、流宇子と同年代くらいか。たいしたものだ。有村と張り合う気力さえなくなっていた。有村のマンションは、オートロック式だった。部屋番号を押すと、しばらくの間ののち、「だれ」とぶっきらぼうな、若い女の声がした。不機嫌そうな声で、黒羽はわけもなく申し訳ない気分になる。家族だろうか。てっきり有村は一人暮らしだと思い込んでいたのだが。
「有村さんのお宅ですか。あの、咲神黒羽と言います。水無月流宇子さんから有村さんの絵のモデルを頼まれたものです」
言い終わらないうちに、乱暴な音を立て、がちゃりと切れた。
何か不愉快にさせただろうか。それとも、流宇子が部屋番号を間違って教えてしまったとか?
黒羽が逡巡していると、マナーモードにした携帯が振動した。流宇子からの着信だった。
「もしもし、黒羽君。水無月です。今タクシーでそっち向かってるとこ。もう着いたぁ?」
「マンションまで来てます。あの、部屋番号301であってます?インターホンに出た女の人、突然切っちゃって」
「たぶん、モデルの子よ。あたしが、劉生に電話入れて開けさせるから。それじゃあ」
それだけ言うと、電話は切れた。流宇子の声はなんだか機嫌が悪そうだった。
「なんだかなぁ」
黒羽はひとりごちた。モデルをするんだ、有村劉生に会ってやるんだと意気込んできたものの、気後れしてしまう。
気を取り直して、再度インターホンを押す。
「あの咲神ですけど」
「今開ける」
愛想のない声だ。画家というからには多かれ少なかれ偏屈なものなのだろう。黒羽の偏見かもしれないが。