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黒羽の鬱屈

ついてない。まったく咲神黒羽はついてない。一目ぼれとまでいかないが、初対面で強く惹かれた女性には、イケメンの画家の恋人がいた。しかも、その画家のモデルをしろという。一方で、流宇子をあれだけ真剣にさせる有村劉生という画家にも少しだけ興味があった。どんな男なのだろう。才能があって、容姿にも恵まれ、美人で魅力的な彼女のいる男。いずれにせよ、黒羽とはかけ離れた男であるに違いない。

流宇子のくるくる変わる表情を思い浮かべたり、まだ見ぬライバル有村劉生の事を考えているうちに、自宅に着いてしまった。思ったより、帰宅が遅くなってしまったので、身が狭い。一本遅くなるとメールをいれておけばよかったと後悔したが、後の祭りだ。日も暮れて、すっかり気温も冷え込んでいた。家に帰って温かい料理にありつきたいものだ。

黒羽は、おざなりにチャイムを押した。

「イリヤ、帰ったよ」

ドアに向かって、声を張り上げる。

「あいあい、今開けますよぉ」

双子の姉であるイリヤが、すっぴんで、スウェットという家族以外には見せれない姿で顔を出した。

イリヤはパートで、会社の受付嬢をしている。美人というのではないが、女性らしい好感のもてる顔だちをしている。合コンではいつも人気だと本人が自慢していた。

「黒羽、今日は牛肉いっぱいのカレーだよぉ」

いつもテンション高いなと、黒羽は感心してしまう。疲れないのだろうかという疑問も湧く。

「ふうん」

「反応薄っ。せっかくいい肉買ってきたのにぃ。黒羽肉好きでしょ。この肉食獣め」

イリヤがふざけて、蹴りを繰り出して来たので、無言で避ける。

「うー、なんかやなことあった?」

一転心配そうに聞いてくる姉。

「いいことと悪いことがあった。ごめん。今は話したくないや」

姉の好意を冷たく跳ねのけ、夕飯のカレーを一人黙々と食べる。

イリヤは、弟の事は放っておくことにしたのか、ソファの上で膝を抱えて、恋愛もののドラマに口をぽかんと開けて見入っている。ミリアとリンネは、自室だろうか。黒羽は、食べ終わると早々に自室に引き上げ、パソコンを立ち上げると「有村劉生」で検索する。かなりのサイトが出てきた。個展の感想をのせたブログなんかも出てきた。一番上にでた公式サイトをクリックする。公式サイトの経歴のあまりの見事さに、黒羽は机に突っ伏す。時給800円のフリーターが太刀打ちできる相手ではない。これ以上、サイトを見る気にはなれなかった。劣等感で押しつぶされそうだ。有名美大在学中に若手作家の発掘を目的としたシェル賞を取り、画家としてデビュー。在学中に、銀座で個展も開いている。サイトには、有村劉生本人の写真も載っていた。肩のあたりまで髪を伸ばし、黒ぶちの眼鏡をかけている。優男という感じはしない。白いシャツに、ベージュのチノパン。長い前髪の間から覗く、切れ長な鋭い瞳が忘れられない印象を残す。思った以上のいい男だった。

これでは、水無月流宇子が夢中になるのも仕方がないなと黒羽は自嘲気味に思った。いやなことがあった時は、寝るに限る。これが黒羽の持論だ。間のいいことに明日はバイトが休みだ。ゆっくり朝寝坊しよう。明日になれば、またいつもの退屈な自分に戻れるはずだ。

黒羽は、椅子に座ったまま猫のように伸びをすると、風呂場に向かった。

ベッドに横になったが、流宇子の様々な顔がちらちらと浮かんで、なかなか寝付けなかった。有村の前で、彼女はどんな表情をするのだろうと考えると、かすかに胸が痛んだ。

ようやく寝たのが2時過ぎで、起きたのは11時過ぎ。当たり前だが、パートで、受付嬢のイリヤも、外資系でバリバリ働いてる母も、私立のお嬢様学校に通うミリアとリンネもすでにいなかった。ちなみに父は、単身赴任中だ。一人きりの家は、どこかよそよそしく感じられた。

 あまり空腹を感じなかったので、ヨーグルトと紅茶だけで朝食をすます。

テーブルには、咲神黒羽様と角ばった字で書かれた厚い封筒が置かれていた。流宇子が届けると言っていた画集だろう。手でびりびりと封を破り、画集を取りだす。表紙の絵に、黒羽は吸い寄せられた。流宇子が言っていたように、美しい女性のヌードである。しゃがんだ女性が斜めから恨めしそうにこちらを睨みつけている。背景は重い黒で、蒼白い肌が一層不健康に見えた。黒羽の想像していた美人画とは、まったく違っていた。なんだろう、この感覚。黒羽は自分のつたない語彙を探す。寂寥、寂寞。そんな言葉が浮かんだ。実物を見る前は単に美しい女性が描かれた絵としか思っていなかったが、その程度の才能では絵だけで食べていけないだろう。黒羽の素直な感想で言うなら、有村劉生はまさに天才だった。黒羽ははやる気持ちで、画集のページを繰り、じっと見つめる。その作業を繰り返し、薄い画集を

何時間もかけて見終わった。この絵を生で見てみたい。そして、この絵を作り出した有村劉生に会いたい。黒羽は切実に思った。

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