出会い
三角関係のお話でございます。マクロスFでは、優柔不断な主人公アルトにやきもきさせられました。それを画家の男を、ヌードモデルの男と学生時代からの腐れ縁の女性で取り合うというお話です。BLですが、きわどい描写はないです。正直、エロって苦手なんです。私がエロくないからですかねww
吹き付けた冷たい秋風に、黒羽は、くしゅんと可愛らしいくしゃみをした。きょろきょろと周りを見渡し、20過ぎの男がするには可愛らしすぎるくしゃみが誰にも聞かれなかったことに少し安堵した。薄着だったかなと、黒のカットソーを纏った細い二の腕を撫でる。下は、バーゲンで買った同じく黒の細身のパンツ。足元は黒のレースアップブーツ。黒づくめの格好だ。パーカーか何か羽織り物を持ってくればよかったと、今更ながら後悔した。黒羽は、近所の城址公園の近くを歩いていた。城址公園を2重の堀が囲っている。咲神黒羽は、その堀と堀の間の歩道をのんびりと歩いていた。周りには、犬を連れたり、ジョギングをしている20代から30代の男女や、ウォーキングをしている中高年の姿がちらほらとある。適度に人通りが多いので、歩いていても不安にならない。東和市は、現在、通り魔事件やら、連続墜落死事件で騒がしい。男の黒羽も、人気のない道などはなるたけ避けるようにしていた。2つの事件とも犯人は捕まらず、被害者だけが増えていく。警察でもない、ただの一般市民である自分は、自分が被害者にならないよう祈るばかりで何もできない。なんとなく憂鬱な気分になってしまった黒羽は、気分転換にあそこに行こうと思い立った。あそことは、最近見つけた画廊のことだ。散歩の途中に偶然立ち寄って以来、折を見ては尋ねて行っていた。あまり美術に明るくない黒羽から見ても、その画廊に置かれている作品は、見るべき価値のあるものだと思え、いつまで見ていても飽きなかった。それに、画廊のオーナーである羽瀬川さんという老人と、コーヒー片手によもやま話するのが、絵画以上の楽しみだった。羽瀬川さんは、60過ぎだろうか、真っ白い髪に、いつもモスグリーンや紺、臙脂など美しい色のセーターを洒脱に纏っていた。黒羽は、歩みを速めて画廊へと向かう。
画廊の入り口には、意外なことに先客がいた。黒羽が訪れる時は、いつも客の姿はなかったのだが。珍しいと、黒羽は先客を観察する。彼女は、小さな鏡を片手に、手グシで乱れた髪を直していた。少し離れたところにいる黒羽には気づいていない。黒羽の推測では、20代後半くらいの女性だった。28.9といったところか。ウェーブがかった淡い色の髪をさっぱりとしたショートにしている。ベージュのパンツスーツに、インナーは若草色。胸元にはシンプルなシルバーのネックレスをしている。すっと伸びた背筋が見ていて気持がよい。バレエをやっていたのかもしれないと、黒羽は思った。彼女が、ふっと黒羽の方を振り向いた。美人という印象より、好奇心の旺盛さが第一に伝わってきた。アーモンド形をした大きな瞳が、あなただあれと問いかけているようだ。黒羽は根負けしたような気分になって、口を開いた。
「あの、初めまして。咲神黒羽と言います。黒に、羽って書いて黒羽」
初対面の相手と話すのは苦手だ。社交的な性格ではないと自分でも自覚していた。こういう時にどう振舞っていいかいつも戸惑ってしまう。
「素敵な名前ね。あなたの雰囲気にぴったり」
女性は、にこりと笑った。黒羽もつられて、ぎこちなく笑う。どういう表情をしていいかわからなかった。誰もが心を開いてしまいそうなあけっぴろげな笑みだ。黒羽はそんな笑みを浮かべることのできる女性を羨ましく思った。きっと多くの人に愛されてながら育ったのだろう。
「ふふふ。あなたが噂の美青年ね。羽瀬川さんから聞いてたの。最近、とんでもなく美形の子がしけたこの画廊を熱心に訪れてるって。まさか実物に会えるとは思ってもみなかったわ。これも天の配剤ってやつかしら。ほんと綺麗ね。肌なんかつやつやだし。化粧水とか使ってるの?髪も天使の輪ができてる。私、髪パサパサしがちなのよね。モデルか何か?それとも芸能人?私、ファンになっちゃおうかな」
一気にまくしたてられ、黒羽は目をぱちくりさせる。
「…モデルでも芸能人でもありませんよ。ただのフリーターですよ。コンビニと本屋のバイトを掛け持ちしてて」
黒羽は自嘲気味に言ったが、女性は意に介してないようだ。
「話したいことは山ほどあるの。中入りましょ。羽瀬川さんとは長い付き合いなのよ。私、これでも昔美大に通ってて、作品を展示してもらったこともあるのよ。あの羽瀬川スペシャルコーヒーを飲みながらお話しましょう」
女性に背中を押されるように、画廊へと足を踏み入れた。
ちらちらと横顔をうかがいつつ、なんだか今まで会ったことのないタイプの女性だと、黒羽は思った。黒羽の関わった女性の数など高が知れてるが。
「あの、お名前聞いてもいいですか?」
遠慮がちに黒羽は尋ねた。
「水無月流宇子。変な名前でしょ。でも気に入ってるんだ」
よく笑う人だなと、黒羽は思った。
「そんなことないですよ。綺麗な名前だと思います」
黒羽は気恥ずかしくて、早口で言った。
「こんにちは、おじさん」
「ルウちゃん、訪ね人に会えたみたいだね」
「おじさん、ちょっと向こう行っててよ。黒羽君とナイショの話があるの」
「口説くつもりかい?若いねえ」
「そうよ。口説き落とすの」
流宇子は挑発的な口調で言った。黒羽は、視線をさまよわす。助けを求めるように奥でコーヒーを淹れているオーナーの方を向くが、穏やかな笑みを浮かべているばかりだ。
「ねえ、黒羽君。バイトの時給っていくら?」
「えっと、本屋が800円で、コンビニが870円です…」
言って、黒羽は情けない気分になる。流宇子には笑ってしまうような額だろう。服には詳しくないが、流宇子の纏っているパンツスーツは、黒羽の月給ではとても買えない代物だろう。
「その安いちんけなバイトを辞めて、もっと儲かるバイトしてみない?」
流宇子が身を乗り出す。端正な白い顔には、面白いいたずらを思いついた悪ガキみたいな表情が浮かんでいる。
「儲かるバイト…ですか」
黒羽は流宇子の言葉をぼんやりと繰り返す。顔が近いので、なんとなく気恥ずかしい。
「そう。画家のモデル。有村劉生って知ってる?」
「いいえ。有名な画家なんですか?」
んーと言って、流宇子は首をかしげる。
「今売り出し中の画家。こっちの業界では天才って言われてるわ。これからもっと売れると思う。本人もイケメンだしね。女性誌なんかで取り上げてもらったら、知名度もあがるんでしょうけど。本人がマスコミ嫌いでね。美人の裸婦像ばっかり描いてる画家よ」
「はぁ」
なにやらすごい画家で、流宇子が高く評価しているということだけは把握できた。
「その美人の裸婦像を描いてる画家のモデルをなんで僕に?」
「壁を乗り越えさせるためよ」
流宇子は真剣な口調に、自然と、黒羽も姿勢を正す。
「有村劉生は、美人画しか描こうとしない。そんな小さな檻に収まる才能じゃないの。彼の才能は。あたしは、有村劉生の描く男が見てみたい」
流宇子は、目を真摯に強く輝かせていた。その光が黒羽には眩しい。多分水無月流宇子は有村劉生という画家に恋をしているのだ。思わず、目を落とした。
「あの、有村さんと水無月さんってどういう関係なんですか?」
流宇子は、一瞬硬い表情を浮かべた。黒羽は、尋ねた事を少し後悔した。自分で傷口を広げるようなものだ。
「付き合ってる…のかな?」
「そう…ですか。モデルの件、考えさせてください」
「劉生の画集届けるから。それを見てから決めて」
流宇子に住所と連絡先を伝え、流宇子は仕事があるからとビジネス手帳を片手に去って行った。
黒羽は、その颯爽とした後ろ姿をじっと見つめていた。