第73話「四人」
静かな森。
サクヤは、一人で立っていた。
目の前には、あの小さな歪み。
昨日までなら、何度殴っても壊せなかったもの。
サクヤは拳を握る。
「……」
構えない。
ただ、見る。
空気の流れ。
木々の揺れ。
音。
そして――歪みそのもの。
中心ではない。
ほんの僅かにズレた場所。
「……ここだ」
踏み込む。
拳を突き出す。
――パキッ。
小さな亀裂が走った。
サクヤは拳を止める。
「……やっぱり、毎回同じじゃない」
昨日見つけた場所とは違う。
けれど。
見える。
歪みの中にある、僅かなズレ。
「……少しずつだけど」
サクヤは拳を握り直す。
「分かってきた」
『へぇ』
頭の中で声が響く。
ノクスだった。
『随分と偉そうになったじゃねぇか』
「……うるせぇ」
『一回見えた程度で、分かった気になってんじゃねぇぞ』
「分かってる」
『ならいい』
それだけ言って、ノクスは黙った。
サクヤも、それ以上は何も言わない。
その時だった。
「サクヤ」
背後から声がした。
振り返る。
「……ガルド?」
ガルドが森の奥から歩いてくる。
「来い」
「どこに?」
「会わせる」
「誰に?」
ガルドは答えない。
ただ歩き出した。
サクヤは少し遅れて、その後を追った。
しばらく歩く。
やがて――
開けた場所に出た。
「……!」
そこにいたのは。
「久しぶりだな」
大剣を肩に担いだレオ。
「……遅かったわね」
魔力を纏わせた杖を持つ雪。
「別に待っていたわけじゃない」
刀に手を添えたレイ。
三人だった。
サクヤは目を丸くする。
「お前ら……」
「久しぶり」
雪が笑う。
「サクヤ、ちょっと雰囲気変わった?」
「そうか?」
「うん。なんか……」
雪がサクヤを見つめる。
「前より静か」
レイもサクヤを見る。
「……目が違う」
「目?」
「周囲を見ている」
サクヤは少しだけ笑った。
「修行してたからな」
レオが大剣を地面に立てる。
「俺たちもだ」
「……そうか」
四人の間に、少しだけ沈黙が流れる。
以前なら。
当たり前のように一緒にいた。
だが、今は違う。
それぞれが別々の場所で。
別々の相手に。
別々の方法で鍛えられてきた。
「……随分と仲良しになったものだな」
ガルドの声。
四人が振り向く。
そこには――
ガルド。
バルガス。
シオン。
セレナ。
四人の師が並んでいた。
「今日は確認する」
ガルドが言う。
「それぞれが何を身につけたのか」
レオが大剣を握る。
「……つまり?」
バルガスが笑った。
「四人で来い」
「……え?」
雪が目を見開く。
「俺たち四人で?」
「そうだ」
シオンが静かに答える。
「全員で一人の相手をする」
レイが刀を抜く。
「……誰が?」
四人の師が一歩前へ出る。
「俺たちだ」
レオが笑った。
「……マジかよ」
雪も杖を構える。
「久しぶりに、燃えてきた」
レイが腰を落とす。
「行こう」
サクヤは三人を見る。
そして――
前を見る。
「……やるか」
四人が並んだ。
レオが前。
レイがその隣。
雪が後方。
サクヤは中央。
その瞬間。
「来るぞ!」
レオが叫んだ。
バルガスが踏み込む。
速い。
レオが大剣を振る。
――ガンッ!
受け止められる。
「くっ……!」
同時に、シオンがレイへ迫る。
レイは刀を滑らせる。
「そこ――!」
だが。
シオンは一歩だけ身体を引いた。
レイの刀が空を切る。
「まだ甘い」
「……!」
雪が魔法を展開する。
「――展開!」
複数の魔法陣。
セレナへ向けて放つ。
しかし。
「遅い」
セレナは最小限の動きだけで避ける。
「……っ」
その隙に。
ガルドがサクヤへ迫った。
「――!」
拳。
サクヤは横へ避ける。
続く二撃目。
避ける。
三撃目。
身体を捻る。
「……!」
サクヤの目が動く。
肩。
足。
重心。
空気。
全部じゃない。
必要なものだけ。
「――ここ!」
拳を突き出す。
ガルドが腕で受ける。
――ドンッ!
僅かに身体が動いた。
ガルドの目が細くなる。
「……なるほど」
その瞬間。
「今だ!」
レオが叫んだ。
サクヤが振り向く。
レオがバルガスを正面から押さえている。
レイがシオンの動きを誘導する。
雪の魔法が逃げ道を塞ぐ。
四人の動きが――
一つに繋がった。
「――行け!」
レオ。
「右!」
レイ。
「上!」
雪。
「……見えた」
サクヤ。
四人が同時に動く。
だが。
次の瞬間。
――ドンッ!!
全員が吹き飛んだ。
「ぐっ!」
「きゃっ!」
「……っ!」
サクヤも地面を転がる。
森に静寂が戻った。
四人は起き上がる。
レオが笑う。
「……やっぱ強ぇな」
レイが刀を構え直す。
「だが……」
雪も立ち上がる。
「さっきよりは……」
サクヤは三人を見る。
そして。
「……動けたな」
三人が顔を上げる。
「四人でなら」
サクヤが言った。
「前より、ずっと」
レオが笑う。
「ああ」
レイも頷く。
「まだ終わってない」
雪が杖を握り直す。
「もう一回」
四人が構える。
その様子を見ながら。
ガルドは静かに目を細めた。
「……ようやく始まったか」
その言葉の意味を。
四人はまだ知らない。
――この修行が。
本当の戦いへ繋がることを。




