旅の仲間(仮)
「助かりました。まさかあのような所で行き倒れる事になろうとは……」
翌朝目が覚めてテントからのそりと出てみれば男は既に目覚めていたらしく、どこか困ったような様子で立ち尽くしていた。
まさかそんなところで突っ立ってるとは夢にも思わず、わっ、と反射的に声が出てしまったのは言うまでもない。
寝起きドッキリの方がまだマシに思えるレベルの出来事であった。
「えっと、それで、貴方は?」
「あぁ、申し遅れました。我が名はディオス。各地を旅するただの根無し草にございます」
やけに芝居がかった仕草で右手を胸に当て一礼をする男――ディオスに、ユッカとしては「はぁ……」としか声を出せなかった。
「つまり。身も蓋もなく言うと住所不定の浮浪者」
「そうなりますね」
ふふ、と笑うディオスだが、お前はそれでいいのかと突っ込みたい。割と失礼な事を言われていると思うのだが、同時に事実だからなのだろうか。あまりにもあっさりと受け流された気がして、ユッカとしては「いやホントにそれでいいのか?」という感情と「えぇ……(ドン引き)」という気持ちが絶妙にミックスされてしまっている。
「それでどうして行き倒れに……?」
聞かなくてもいいかなぁ、と思わないでもないけれどもしディオスが魔女ローザローゼシカに用事があって立ち寄ろうとしていた、なんて事になればここから脱出したところで彼の予定は台無しである。
そうでなくともいつから倒れていたのかもわからないので、もしかしたらこの人崩落したって事に気付いてないのでは……? とも思えてしまったので。
「あぁ、そうでした。路銀が尽きて何か仕事を探そうかと思っていた所だったのですが」
「ですが?」
「空腹には勝てなくて……」
空気を読んだかのように、ディオスの腹からぐぅ、という音がした。
「……えぇと、どうぞ」
住所不定の無職、文無しと割とどうしようもない大人を目の当たりにしたユッカは、自分が食べようと思って用意していた朝食をそっとディオスに渡す事にした。
目隠しをしたままなのは相変わらずだが、男はどうやらこちらの動きを察知している様子で、
「よろしいので?」
なんてパンに適当に具材を挟んだ物をしれっと受け取っている。
「よく噛んでお食べ。そうする事で満腹中枢刺激されるから」
「ありがたくいただきます」
よく噛んでお食べ、なんてばあちゃんにも最近は言われなくなってるのにな……なんて思いながら言ったユッカに、ディオスはそう返してパンに噛り付いた。
意外と豪快な食べ方に見えるが、しかし思ったよりも上品ですらある。
目隠しをしているという一点で不審者感全開なのだが、実はこの人いいとこの出か? とも思えてしまう。
パンを渡したユッカはとりあえずリュックから出てきた小さめのリンゴ――によく似た果物をかじる事にした。
屋台のりんご飴みたいな少し小振りのサイズだが、いざ齧ると味はリンゴというよりはスモモみたいな味だった。だが食感は硬めの大根である。脳内がバグって最終的に思ってたより美味しいという評価に辿り着く。
しゃりしゃりと口の中で小気味よい音がしているが、延々噛みしめているうちに脳内でもその音が響いてきた気がする。
「ご馳走様でした」
ユッカもユッカでよく噛んで食べていた事で思っていたよりも時間が経過していたらしく、ユッカが食べ終わるのと同時にディオスも食べ終えたらしい。
「ところでお嬢さん、ソルシエルロスとお見受けしますが……旅の目的は?」
「えっ?」
「いえ、一宿一飯の恩を受けた以上、何も返さぬのは道理に反する。荒事は苦手ではありますが、これでも長旅をしてきた身。何らかのお役には立てるでしょう」
「何らかって言われても……なぁ」
もしこれがユッカがロゼのところではなくどことも知れぬ見知らぬ場所に放り出されて、そこで助けたディオスにそう言われたのならばこちらも遠慮なくその助けに乗っかったとは思う。得体が知れないとはいえ、それでも頼れる者が他にいないのであれば。
だがユッカにはロゼがいて、それ以前にユッカの事情はおいそれと他人に話さない方がいいやつなのだ。
今は単なる怪しい人、で済んでいるが、もしうっかりユッカが異世界の人間であるなんて知られてしまえばどういう反応を示すかもわからない。
ロゼは自分が呼んだ責任があるから帰すつもりでいてくれるが、そうでない相手からすればユッカという存在は、とても都合よく利用できる相手でもあるのだから。
何せ身内は異世界にいて、こっちにしゃしゃり出てくる事はない。そういう意味ではこの世界で天涯孤独である。身寄りも後ろ盾もない少女。相手の倫理観にもよるが、殺したところで問題はないと思われてしまえばユッカなどあっという間にお陀仏だ。
一応、助けてくれたお礼に……とか言い出せるだけの気持ちは持っているらしいディオスだが、しかしそれだけで信頼するには無茶が過ぎる。
欲に目が眩めば、いくら親しい相手であったとしても裏切る時は裏切るのだから。
絶対的に大丈夫、と言い切れない以上、行動を共にするのはどうかな……と思ったからこそ。
「ロゼ、どうしよっか」
ユッカは困ったように助けを求めたのである。
「確かにボクらはソルシエルロスだ。旅をしているのはつまりそういう事。
けれども、いくら恩を返そうって言ってもそこについてくるつもり? ソルシエルロスだってわかっているなら、その旅がどういうものかわかってるって事だろう?」
どういうこと?
とユッカは思わず口に出しそうになったがそれを必死に堪える。
ユッカはソルシエルロスを猫がパートナーの魔女、という認識しか持っていない。
もしかして、なんか壮大な目標を掲げたりしていないといけないのだろうか……?
そんな風に思ってしまって、もしそういうのをある日突然他の人から聞かれた場合どう答えるのが正解なのか、まだありもしない展開を先読みして思わず顔色を悪くさせてしまった。
「何もずっとついていくつもりはありませんよ。それなりに恩を返した時点で、道が分かれる事もありましょう。その時はお別れすればいいだけですから」
「……そう。それなら、まぁいいよ」
「いいの?」
「あぁ、どうせここで問答を続けたところで仕方がない。どのみち途中まで一緒に行動するのは確定事項だからね」
「あぁ、そういう……」
ロゼが案外簡単に頷いたように思えて聞き返すも、どのみち確かにここから脱出しないといけない事に変わりはない。つまり、ここを出るまで一緒に行動してその後は穏便にお別れする、というつもりなのかと納得する。
ディオスがそれに納得するかはさておき、ともあれ一緒に行動してその間心強かっただとか、なんか適当な事を言って煙に巻けばいいのだ。要するに。
「あの、どのみち途中まで一緒に行動するのが確定事項、とは一体……?」
そしてディオスの反応から、彼はここが崩落したという事実に気付いていないのだと発覚した。
倒れていたのがロゼの家の近所じゃなくて良かったな……と内心で思うユッカをよそに、ロゼがサクサクと説明していく。
「……成程、つまりあの衝撃が崩落だった、と」
「その時はまだ倒れてなかったってこと?」
「えぇ、そうですね。先程路銀を稼ごうと思った、と言いましたが実は魔女を探していました」
「魔女を? なんで?」
「最近不審な出来事がいくつかあったらしく、町の方々の話を総合するとその事件の容疑者が魔女である可能性があったのです」
「それで、魔女退治、とか?」
「場合によってはそうなりますね。できれば話し合いで解決したいというのが本音ですが」
「荒事苦手って言ってたっけ」
じゃあ仮に魔女と戦闘になりそうな依頼を受けるのってどうなんだろう……と思わなくもない。
「不審な出来事と言っても悪戯の範疇。話し合いでの解決は不可能ではない、そう僕は判断しました」
「でもこの辺の魔女っていうと……」
「ローザローゼシカ」
ユッカの言葉につなげるようにロゼが言う。
まるで他人事のような声音に、まぁ今のローザはロゼとして別の存在を装ってるしな……とユッカも余計な事は言わずに頷くだけに留める。
「そのようですね。けれど、彼女ではないと思いますよ。直接お会いした事はありませんが、町で集めた情報からローザローゼシカとは見た目が異なるようでしたから」
「じゃあ、この辺に来たのはその魔女を探しに? それともローザローゼシカに情報収集?」
「どちらも、ですね。フラワリー地区の一部分だけが崩落したというのもおかしな話なので、もしかしたらその魔女の仕業であるかもしれない……とは疑っていますね」
「町では悪戯の範疇の事しかしてなくても?」
「悪戯は度が過ぎればとんでもない損害を出します。魔女にとっては遊びのつもりでも、それ以外にとっては厄災になるなんて事もよく聞く話ですよ、お嬢さん」
「あの、そのお嬢さんってのやめてもろて。背中がぞわっとするから」
「おや、失礼。ではなんとお呼びすれば?」
「あ」
そこで気付く。
ディオスが名前を名乗った時、そのまま普通に話が進んでしまったのでユッカは名乗ってすらいない事に。
「あー、ごめん。うっかりしてた。私はユッカ。こっちはロゼ」
「えぇ、よろしくお願いいたしますね」
「……えっ、じゃあ名前も知らないのに同行するとか言い出してたの!? 危機感どこいったの!?」
「ご安心を。こう見えて人を見る目は確かな方です」
「いや目隠ししててその発言は説得力がなさすぎるんだわ」
「それです」
「えっ?」
「貴方がたは僕のこの目隠しを勝手に取り払ったりはしなかった。それだけで充分信頼に値しますよ」
「信じる基準がどうかしてるぜ……」
気絶してる間に一度取って、新たに付け直した可能性とかあるだろうに、と思ったが、もしかしたらそういうのがわかる仕様なのかもしれない。それならまぁ、言い分もわからないでもない。
そうじゃなかったらこの人の信じる基準はガバが過ぎるので信用しない方がいいかも……と思ってしまうのは無理もない話ではあるのだけれど。
ともあれ、これがユッカたちとディオスの出会いである。




