落とし者、拾いました
リュックの中には大抵の物が入っていたようで、少なくともユッカが困る事はなかった。
食料もあるし、身だしなみを整える道具もある。
テントの中で寝た事で少しばかり身体が痛くはあったけれど、それでも普通に考えたら野宿同然なのにこの程度で済んでいるというのなら全然マシな方だろう。
顔を洗う水もロゼが魔法で出してくれたし、荷物はリュックの中に全部入る。それでいてリュックはほとんど重さを感じさせなかった。
異世界ってすげー、とまるで何かの鳴き声のように発して、そうしてユッカは気を取り直して歩き出したのである。
ある……が、その歩みは案外すぐに止まる事となった。
周囲は自然一杯の、人などいないような場所だ。
ロゼの家周辺は町から離れていたらしく、あの辺りはあまり人が来ないとロゼも言っていたので崩落に巻き込まれた人はいないだろうと思っていた。
動物は危険を察知して崩落前に逃げたか、崩落後にどうにかして脱出したかは定かではないが、少なくともここに他の誰かがいるとは思わなかったのだ。ロゼも、ユッカも。
だがしかし人が倒れている。
その事実にユッカは足を止めざるを得なかったのだ。
「ロゼ、人だよね?」
「なんでこんなところに……?」
「もしかしてロゼの家に行く予定のお客さんだった、とか?」
「まさか。いくらボクが凄い魔女でもこんな……えっ、胡散臭い」
「突然の暴言。どこ見て言っ……わぁ」
ロゼが一度ユッカの肩から降りて倒れている男の顔を覗き込むようにした途端言い放ったので、ユッカも同じように回り込む形で男の元へと近づいて。
そこで気付いてしまったのだ。
なんとこの男、目隠しをしている。
もしかしたら透けて見えるタイプの布か……? と一瞬考えたがその可能性はとても薄い。
黒い布で一切の光を通すつもりなどないとばかりに覆われていて、むしろこれでよく外を歩けたなと呆れるやら感心するやらだ。
倒れている男を思わずユッカは観察した。
高身長。今は大地に伏しているが、立ち上がれば確実にユッカよりも高い身長である。恐らく目を見て話そうとするとユッカは見上げなければならない。この男は目隠しをしているのでそもそも目を見て話すも何もないな、と即座に思ったが。
ファンタジー作品の鎧を着用していないタイプの騎士が着てそうな印象の服ではあるが、魔導士とかそういう系統のキャラも着てそうな服だな、というのがユッカの雑な感想だった。見たところ武器は持っていないので、騎士というよりは魔法使いとかそっち系だろうか。
黒い髪は少しばかり長く、軽く結わえられている。
首から上の後姿だけを見たら一瞬女性と見間違うかもしれない。
全体像を見るとどうしたって野郎である。
目を隠しているとはいえ、それ以外のパーツは案外整っているので多分イケメンなのでは……? と思ったが、ユッカが抱いた感想はそこまでだった。
どう考えてもワケありの雰囲気しかしない。
ロゼの知り合いであるのならまだしも、ロゼも知らないというし、では彼は一体何がどうしてこんな場所にいるというのか。
旅人と言うには軽装すぎるし、迷子だとも思えない。
「どうしようか」
正直見なかった事にしたい気持ちもあったが、先にロゼにそんな風に言われてしまえば、見捨てようとも言えない。
ここが崩落した場所でいずれ完全に崩壊する状況じゃなければ、見なかった事にしたかもしれない。
けれどもやがて崩壊するとわかっているのだ。この場合見捨てるといずれ彼はこの土地と共に崩壊し、死んでしまう。
「うーん、見捨てるのもなんだかなぁ……罪悪感とか半端ないよね」
この男が明らかに悪党みたいな見た目をしていたら、関わらないように立ち去ろうと言えたかもしれない。
だがいかにもな不審者感はあれど、現時点ではまだ彼が悪党と決めつける理由もないのだ。
彼が単純に旅をしていて迷って彷徨ってる途中で崩落に巻き込まれただけの善良な存在の可能性はゼロではない。
「とりあえず声かけてみよっか。おーい、もしもーし、聞こえてますかー?」
怪我をしている様子はない。目隠しをしている割に、服はそこまで汚れていないのでそこかしこにぶつかったり転んだりという事もなさそうだ。
であれば彼は普段から目隠しをしているのが通常なのだろうか……?
一応生きてはいるようだが、意識はない。声をかけるだけでそう簡単に起きてくれるとは思えないが、だからと言ってユッカは足でつんつんと突いて起こすような真似もしなかった。
「ん? なんか今言った?」
「どうだろ? 唇が動きはしたけど、何かを言った感じじゃなかったよ」
耳をピクピク動かしたロゼに聞いてみても、ロゼも男が何かを言ったか聞き取れなかったようだ。
困ったなぁ……というのが正直な気持ちだ。
これが小さなこどもだったなら、抱きかかえての移動もできた。けれどもユッカよりも大きな男性である。ひょいっと抱えて運べる程の力をユッカは持ち合わせていなかった。
同年代の子たちと比べればユッカは体力はそれなりにある方だが――主にゲームをプレイする事で得た体力なので、腕力は流石にないのである。
「ロゼ、魔法でひょいっと浮かせて運んだりは……?」
「あ」
「……できるんだね」
「うっかりしてた」
「じゃ、とりあえず運んで移動しようか。で、気が付いたら自分で歩くなりしてもらおう」
ユッカからしてもこの事態は予想も想像もしていなかったので、恐らくいろんな考えが抜け落ちている自覚はある。
突然の異世界召喚。帰れるのかどうなのか。そんな不安があった時と比べれば、ロゼの口から帰すと言われているので帰れないという事ではないのだと安堵はした。
けれどもそれから間もないうちにこれだ。
崩落とかいう現象に見舞われて安全な場所に戻るために急ぐ必要があるし、今は大丈夫だとロゼが言っていてもそれでも不安が完全に消えたわけではない。
ユッカですらこれなのだから、ロゼからすればもっと大変だろう。
手違いでの召喚。帰すはずが崩落による儀式の中断。その時の事故で猫の姿になった挙句、更には家は崩壊している。
そんな中でユッカを帰すために安全を確保し、道案内を務め――ユッカがロゼなら間違いなくテンパりすぎて今頃もうやだ~と泣き叫んでいたかもしれないのだ。
トラブルというのは立て続けにやって来ることが多いと聞くが、流石にちょっとどうかしている。
右も左もわからぬ異世界。これでうっかり命の危機にでも見舞われてみろ。
ロゼがいる手前ユッカも平常心を装っているが、正直完璧に装えているとはとてもじゃないが言えないのだ。
全部が全部不安とかネガティブな感情ではないのだけが救いではあるけれど。
ユッカですらこうなのだから、ロゼが優先事項に思考の大半を奪われて男を運ぶのに魔法を使うとか、そういうのがすこんと抜け落ちていたとしても、まぁそうだよね……としかならなかった。
そういうわけでロゼの魔法で男を浮かせる。
倒れたままの姿で浮いて、すいっと移動する様はなんともシュールだ。
肉眼で認識しているからまだしも、画面越しに見ていたならコラ画像かな? と思うだろう光景。
いつ気が付いてもいいように男はユッカの少し斜め前を移動させている。仮に意識を取り戻して男が声を上げた時、自分の背後にいる状態だと確実にユッカはビックリする自信しかなかったので。
もののけあつめ以前にも、似たようなゲームに手を出していたのであちこち歩き回る事はユッカにとって苦痛ではない。だからこそ途中休憩を挟みながらも歩き続けて。
未だ脱出できないまま、またも日が暮れようとしていた。
「ところでロゼは疲れないの?」
「ボクはユッカの肩に乗ってるだけだからね。問題ないよ」
「いや、そうじゃなくて。色んな魔法使ってるでしょ?」
「あぁ、これくらいなら何の問題もないよ。ユッカにかけた魔法だってずっとボクの魔力で維持し続けるわけじゃなくて、ユッカがご飯を食べたりしてそこからエネルギーを賄うようにしているからね。勿論、食事ができない状況下だとボクの魔力を使うようにしてはいるけど」
むしろユッカがずっと歩き続けてるからそっちの方が心配、と言われても、ユッカとしてもそこまでの無理はしていない。確かに一日の大半を歩き続けるという事は今までなかったけれど、ロゼの用意してくれた服は動きやすいし、靴も軽くて歩きやすいものだ。まだまだ余裕がある。
だが、余裕があるからといえ、周囲が暗い状況で移動を続けるのは得策ではないとユッカも理解はしている。
ロゼがまだ余裕があると言えども、魔法で周囲を明るくさせながらの移動はやはり危険な気がするのだ。
なので今回もリュックから簡易テントを取り出して、サクサクと休憩スペースを作り出していく。
テントには寝袋、という認識だったのが不味かったのかもしれないな、と思いながらも、ベッドとかは流石に入ってないよねぇ……? なんて思っていたら、ひょっこりとリュックからベッドが出てきたので今日は昨日と比べてもっとぐっすり眠れそうだ。
男についてはどうしようかと思ったものの、一先ずもう一つテントを出して、そっちに寝かせておくことにした。
ほぼ一日ずっと意識を失っているので、もしかして死んでないかな……? と縁起でもない事を思ったものの、一応生きていたのでとりあえずこちらも寝る場所を用意してそこに置いておく。
食事はリュックの中から出てきたものをロゼが魔法で温めてくれたので、本日も美味しくいただく事ができた。
寝る時は念のためロゼがユッカのテント周辺に結界を作ってくれたので、これでもし男が悪党で夜中に目が覚めたとしても、こちらに危害を加えるような事もない――らしい。
崩落した時に使ったバリアみたいなものなら、確かにそれなりに信用できそうだ。
そんな風に危機感がほぼどこかに出かけた状況で、今日も一日が終了してしまった。
なお男が目覚めたのは翌朝の事である。




