疑似的な不老
「あ、そうだ。今のうちにユッカに色々と魔法をかけておくね」
思い出したようにローザに言われて、ユッカは思わず足を止めていた。
「……なんで?」
ここで、あぁそうだった忘れてた、なんて反応にならないのはユッカとしては当然である。
むしろ何の魔法をかけるつもりなのかすらわかっていない。
そんなユッカの反応にローザも「あ」と気付いたらしく、魔法をかける前に一先ず説明してくれるようだ。
「あのさ、こんな状況になっちゃったから、ユッカをすぐに元の世界に帰してあげられなくなっちゃっただろう?」
「まぁ、うん。そうだね」
「さっきの衝撃のせいで、いくつか必要な道具も駄目になっちゃったから、まずそれらをどうにかして確保しないといけなくなった」
「……まぁ、そんな気はしてた」
確かにあの時、魔法陣の周囲にあった色々な物も割れたり折れたりと、どう見ても壊れたとしか言いようのない状況になっていたし。
それを指摘する以前に脱出する羽目になったので、結局その事について触れる機会がなかったが、なんとなくそんな気はしていたのだ。
だから諦めて、とは言われていないだけマシではあるが。
「お金で解決できるものばかりならいいけれど、そうじゃないのもある」
「お金で解決も何も私こっちの世界のお金は持ってないよ」
「ボクが出すからそれはいいんだ。元はと言えばボクがユッカを遠い世界から連れ出す形になっちゃったわけだし。こっちにいる間の生活にかかるお金は勿論出すとも」
「わぁ太っ腹……じゃなかった、お金で解決できないものもあるって事だよね」
「そう。貴重な材料はそもそも売ってない事もある」
「……まぁそれはそう」
仮に売っていたとしても、どえらい金額になってたりとかするやつだな……とユッカはあたりを付けた。
ゲームでもよくある展開ではないか。
そういう物というのは危険を冒して自力調達する流れが定石であると。
「場所によっては危険なところもあるから、そういうのから身を守る魔法を事前にかけておこうと思うんだよね」
「ちなみにどれくらいの範囲で守られる感じ?」
ある程度のダメージは防いでくれる、とかいうのであっても油断して即死レベルの怪我をするような事になったら大惨事である。過信して自滅するような真似は避けたい。
「どれくらいの範囲って言われても……物理的な攻撃とかは弾くようにしておくし、高所からの落下は途中で速度調整して墜落しないようにとか、大抵はどうにかするよ。ユッカが死んだら元も子もないからね」
「まぁそうね。死にたくはないかな」
むしろ異世界で死んだ場合、向こうの世界の自分はどうなってしまうのか。
帰る時は召喚された直後の時間に戻すと言われているけれど、死んでしまった場合ローザが死体を送り返すような事をすれば祖母が仰天する。いや、仰天の一言で済ませていいものではないのだが。
突然孫の死体が居間に転がる形になるのだ。事件の香りしかしないし、祖母は重要参考人どころか犯人にされかねない。
こちらの世界で弔ってもらったとして、だとすると向こうの世界では一生ユッカが戻ってこない事になるので謎の失踪事件になってしまう。
祖母がちょっと目を離した隙に忽然と消えた孫。
やはり事件の香りしかしない。スマホは充電したままなので、マジで手掛かりがゼロになる。
これがスマホも消えていた、とかであればまたゲームするのに外に出たのかも……とか祖母も発言しそうだが、そうではないので謎しか生まれない。
「うん、何が何でも絶対生きて帰らないとね」
「魔法の攻撃とかもないとは思うけど、それも大体防ぐやつかけとくつもりだけどね。
ただ……」
「ただ?」
「万全じゃないから、溺死だけは注意してほしい」
「溺死」
「にゃん」
「なんで溺死?」
「もしかしたら結構長い時間がかかるかもしれないから、ユッカの身体の時間もある程度止めておくつもりなんだけど」
「うん」
「完全に止めちゃうと仮死状態になっちゃうから」
「時間停止となるとまぁ、わからなくもない」
時間と一緒に心臓も止まりそう。強制コールドスリープみたいなものかな? と思いつつも、ローザの言う事もわからなくはなかった。
「うん、そこら辺完全に止めちゃうと今度は時間を動かした時に反動が凄くなっちゃうからさ」
「あー……」
ユッカの脳内で、不老不死を夢見た人物がいざその夢を実現しようとした結果、とんでもない速度で時間が進み一瞬で老化し朽ち果てていくシーンが浮かんだ。あれ何の漫画だったかな……なんか、そういうのあったな……と思い出しつつも、あれは時間停止ではなく単純に肉体と言う檻から魂だけが解放されたとかだったかな……? と思い直して。
ともあれ、時間を止めた以上、動かした時の状況次第では今までの反動で一気に時が加速して進む、なんて事は想像可能だ。
「いくら時間を止めるっていっても、ユッカは動くわけで。
そうしたら動くためのエネルギーは必要になるから」
「あぁ、ご飯とか食べないと駄目って事ね」
「そう。成長を止めるけど生命活動までは止めない、っていう感じだから」
「あ、そっか。ご飯食べるってなると水分も摂取するわけだから、水は普通に体内に入ってくるって事か」
「そう。それ防いじゃうとお水飲もうとしても飲めなくなっちゃう。水の中でも呼吸ができる魔法も場合によってはかけるけど、それはずっとかけておくわけにもいかないんだよね……」
「水の中で呼吸ができる状態ってつまり、魚が陸に出た時みたいな状況になって今度は陸で窒息とかいうオチがあったりする?」
「場合によっては」
「成程ね」
なんでもかんでも魔法で解決、とはいかない。そこは理解した。
「流石に何十年もかかったりはしないと思うけど、それでも向こうに帰った時、こっちで三年くらい経過してました、だと違和感とかあるかもでしょ?」
「そうだねぇ……ばあちゃんとか気付くわ」
一年くらいならどうにか誤差の範囲内で誤魔化せるかもしれないが、三年くらい経過した場合は流石に気付かれそう。一応ユッカはまだギリ成長期であるはずなので。
ユッカは多分ないと思うが、もし男子だったら成長期で一年で十センチ以上伸びた、なんてケースもあるのだ。そんな感じで異世界から戻ったら一瞬で背がぐんと伸びた扱いになる。流石にそれはちょっとな……と思う。まぁユッカはそこまで身長が伸びる事はないだろうけれども。
(でもご飯食べるって事は食事が合わなくて痩せたり、逆に太ったり、なんて事があるかもしれないわけでしょ?
えっ、戻ったら激やせしてたとか激太りしたとかだったらどうしよう!?)
そんな疑問も浮かんだことで、慌ててユッカはローザに質問した。
「えぇ? 成長止めるようなものだからそこも変わらないと思うんだけど……あ、そうだユッカ、いま月のものとか来てない? 大丈夫? そこで止めちゃうとずっと続いたままになったりするから、もしそうなら終わってから魔法かけるよ」
「あ、うん。それは大丈夫」
体重の増減よりもむしろそっちを気にするべきだったな……とは、ローザに言われて気付いたけれど。
そういった心配も魔法によって解決できそう、と知って安堵の息を漏らした。
異世界のシモ事情など知る由もないのでもしこっちでそうなっていたら、こっちの世界の生理用品の品質次第では地獄を見る事になっていたかもしれない。今では当たり前にある生理用品がまだ開発されて流通に出る前は綿の塊を詰めるだとかどうとか聞いた気がするので、そういった可能性が自分にも降りかかるところだったと思うと流石に笑えなかった。いや、魔法があるから流石にそんな解決法しかないとは思いたくないけれども。
「他に今怪我とかしてるとかない? そういうのも止めちゃうと中々治らないから……あ、いや、一応最初に治癒魔法かけておくね」
「うん、なんかよくわかんないけどよろしく?」
ユッカがそう言えば、ローザはユッカの肩の上でにゃむにゃむと聞き取れない言語を発した。次の瞬間自分の身体が光ったような気がして、一瞬温かくなったような……? と思った頃には既に光は消えていた。
「特に怪我とかはなさそうだね。じゃあ改めて」
またもやローザが何やら聞き慣れない言葉を発する。
先程のように身体が光るような事はなかった。
「え? これもうかかったの?」
「かかったよ」
「全然わかんないな……」
「違和感があったら困るからね。あ、でも。痛覚を遮断とかはしていないから、ある程度頑丈になってるからって馬鹿みたいに危険な事に突っ込んでかないでちょうだいね」
「わかった」
物理攻撃とかはある程度防げると言われていても、だからといって試しにじゃあ危険に身を晒してみよう、とはなるはずもない。痛みというのは危険信号の一種なので、それがわからないというのは自分が今どれくらい危険な状況にあるかを察する事ができなくなってしまう。
痛いのはイヤだが、だからといって完全に痛みを感じないようにされるとそれはそれで別の危険が生じる。痛くないから、で危険な状況にバンバン突っ込んでいって、気付いた時には死んでましたでは洒落にもならない。
まぁ、ともあれ。
(そんな魔法をかけたって事は、本当にすぐには帰れそうにないって事か……)
口に出せば、ローザに申し訳なさそうにされるかと思ったのであえて心の中で思うだけに留める。
ユッカは手違いで異世界に召喚されてしまったけれど、ローザもローザで家を失ったのだから、こちらがあまりあれこれ言うのもな……と気遣ったというのもあった。
そうでなくても今のローザは猫ちゃんの姿なので。
あまり強く言えないというのも否定はできなかったのである。




