種族偽装
崩落。世界の中心である光の柱との繋がりが途切れ、支えを失った結果世界から切り離される現象。
切り離されるのであれば、落ちた先から戻る事は不可能のようにも思えるが、しかし若干の猶予があるとの事。
異世界召喚された挙句即ゲームオーバーみたいなオチじゃないだけマシだが、それでもよくよく考えると相当な出来事である。
途中、泉を見つけそこでローザが見せてくれたのは、崩落した場所がどうなるか、というものだった。
泉を鏡のようにして、ローザの家があった場所を映し出す。
「えっ、うわ、ちょっと待って!?」
それを目の当たりにした瞬間、ユッカは驚きの声を上げていた。
泉に映し出されているのは間違いなくローザの家があった場所だ。
自分たちが立ち去ってまだ間もないというのに、ローザの家は完全に倒壊していた。
それだけではない。ユッカが家から外に出た時、地面はボロボロになっていて歩くだけでも下手をするとそこらに引っ掛かって転びそうな状況だったが、地面からは黒い靄のようなものが発生していてゆっくりと崩壊しているところだったのだ。
「あぁ、これはもう駄目だね」
「駄目なんだ」
「うん。崩落したらね、こうやってゆっくりと壊れていく。そこに生き物が残されていたら、その生き物も」
「こっわ」
成程、ローザが急いでその場を離れようと言うわけだ。
建物の倒壊の危険性とか、そういうのもあったから言い分としてはわからないでもないけれど、だがユッカの中ではあくまでもその程度だった。
崩落というのがどういうものなのかよくわかっていなかった以上、崩落と言う危険性を想像できなかったのである。
「こうやって消滅して……また世界に溶けて新たに構築される、とは言われてるけど……崩落に巻き込まれて消えた人が新たに復活したっていうわけでもないからね。巻き込まれて消滅した時点で死ぬのとおんなじ」
「とんでもな……災害って大体そういうものではあるけれどもさぁ……」
魔法がある世界なのにそういうのなんともできないんですか?
思わずそう聞けば、魔法は万能じゃないにゃ、と返された。
まぁ、ごもっともである。
「でも、最初に沈んでくのが家でこのペースなら脱出するのは難しい事じゃなさそう」
「……本当に?」
「以前、別の地区に出かけた時に巻き込まれた事があるけど、その時はもっと崩壊速度があったからね」
「巻き込まれたんだ……」
一先ずフラワリー地区に戻るという話だが、戻ったところであっちもそのうち崩落するんじゃないのかなぁ……なんて不安に駆られるが、ローザは問題ないと言ってのけた。
「崩落ってね、本来はある程度の予兆があるの。でも今回のはなんていうか……事故みたいな?
何かがぶつかって結果家の周辺だけが落ちた感じだから、フラワリー地区そのものが全体的に崩落するって感じじゃないはず」
不安はあるが、この世界の住人でユッカよりはこの世界に詳しいローザが言うのだ。とりあえず信じる事にする。
「だからね、そこまで急がなくても大丈夫だよ」
泉に辿り着いた時、ローザが少し休憩しようかと言ったのに対してユッカは大丈夫とこたえていた。
崩落した後どうなるかを見せられる前であったけれど、それでも何となく嫌な予感はしていたし、一刻も早く安全な場所に戻らなければという思いが強かったのも確かだ。
だから、休憩なんてのんきにしている暇なんてないと思っていたが、どうやらそれもローザにはお見通しだったようだ。
「勿論、余裕がない時には急いでもらう事もあるかもしれないけど。でも余裕がある時に無茶をして肝心な時に体力が尽きるような事になる方が困るからね。
ま、肩に乗って楽をしてるボクが言えた事じゃないんだけど」
「……じゃあ、お言葉に甘えて少し休ませてもらおうかな」
崩落した場所がどうなっているかを見て、すぐさまここを離れよう、とかそういう流れかと思っていたユッカだがしかしそうではなかったので。
ローザの言うとおり、ユッカは少しだけ気を緩める事にした。
正直に言って、いつも以上に気を張り詰めていた自覚があったので。
休む、と言っても特に何があるでもない場所だ。
適当な木の幹に寄りかかるくらいしかできなかったがそれでも。
少しばかり身体を預けて、深呼吸をすれば幾分か楽になったような気はした。
その間にもぽつりぽつりと、ユッカは気になった事を聞いていく。
移動中ならそこまで集中できないかもしれないが、今は足を止めているのだ。休憩するにしても黙ったままというのも気まずいし、雑談くらいの気持ちだった。
そこで、ユッカは改めてここが異世界である事を実感したのである。
こちらの世界にはローザという魔女がいるように、魔法が普通に存在している。
ユッカはそれに対して、こっちじゃ魔法なんてお話の中に出てくるもので、概念としてしか存在してないんだよね――なんて、本当に何の気なしに言っただけだ。
それに対してローザは、じゃあ魔法が使えない種族だけで存在しているの? と返してきた。
種族も何も、というのがユッカの反応だ。
エルフやドワーフといったファンタジー作品によくいるような種族はこちらの世界にもいるようだが、ユッカの世界ではそれだってお話の中だけの存在だ。
種族っていうか……肌の色とかで分類される事はあっても、私の住んでるところじゃ人間しかいないよ。勿論猫とかそういう動物もいるけど。
そう答えた瞬間だった。
ローザの気配が張り詰めたものに変化したのである。
「人間……? 人じゃなくて、本当に人間……?」
「え? 人だけど、人間って、え? 何、人と人間は別の種類扱いなの?」
言い方になんだか違和感があったので、思わずユッカも問いかける。
ローザの口から出た言葉は、ユッカからすれば荒唐無稽な話にも聞こえた。
ローザは魔女だが、人扱いをされている。
というか、人の形をした種族は多く存在しているのだ。
この世界ではエルフも人と数えられるし、ドワーフだってそうだ。
だが、エルフやドワーフ、魔女は人間とは言わない。
この世界にもかつては人間という種族が存在していたが、しかし今は存在していないというのだ。
「勿論、人間の血を引いた種族もいるとは思う。魔女が人間の男と結婚した、なんて話も昔はあったみたいだからね。でも、純血種の人間はいないんだよ」
「えっと、それはどうして?」
「そっちの世界の人間がどうかはわからないけど、こっちの世界の人間は魔法の媒体として優秀すぎたんだ」
「え……?」
てっきり戦争とかで滅亡しました系のオチだと思っていたが、途端に不穏な空気になってユッカの喉からは妙にひきつった声が出た。
「こっちの世界の人は大抵魔法が使えるからね。個体差はあるし、得意不得意もあるから万能でも全能でもないけど、それでもいかにして自由に、便利に魔法を使えるようにするかっていうのはそれぞれの種族にとっての命題みたいな部分もある。
かつて、魔法があまり得意な種族じゃなくても自由に魔法が使えるように、と研究を始めた人がいたんだ」
「そこまで聞くとまぁ、普通かな……?」
ありがちな出だしだとは思う。
ユッカが住んでいる世界で言うのなら、技術の発展がそれに該当するだろうか。
かつては水場で水を汲んでいたのが今では水道から水が出るような、かつては必死に火を熾していたのが今では簡単に道具で誰でも点火できるようになった事とか。
そんな事すらできなかった――古代の人から見るのなら、ユッカが今暮らしている時代はまさに魔法のようなものに見えるのかもしれない。
そうやって置き換えて考えれば、理解はできる。
「そしてどういう経緯かはわからないけど、人間が魔法を媒介するのに適した素材だと、その人は知ってしまったんだ。
結果として人間は研究材料として捕らえられ、実に多くが犠牲となった」
「ひぇ……」
「大幅に数が減った人間は、恐らくそのままいけば滅亡したと思う」
「あれ? でもいないんだよね?」
「力ある存在が当時残っていた人間を集めて、保護したって話だよ。この世界のどこかの地区には人間だけが暮らすところもあるって言われてるけど……ユッカはそこから来たわけじゃないんだよね?」
「うん。生憎とこの世界……ロウェルフィセールだっけ? その名前もこっちに来てから知ったし、そもそも私が住んでたところはこんな光の柱なんてなかったし、空を見上げたら他の地区が見えるなんて事もなかった」
ユッカが住んでいたところで空を見上げて見えるのは、高層ビルや鉄塔から伸びる電線といったものだ。祖父母の家は田舎の方だからそういったものもあまり見えないが、つまりは空を見上げてもここのように他の地区らしき影が見えたりするわけでもない。
「地区間の移動は割と自由だけど、人間がいるとされてるそこに行く手段はない。だから、この世界の多くの住人たちからすれば会える存在じゃなくなった人間は、もういないって認識なんだ」
「へぇえ……そうなんだ」
「だからねユッカ」
「はい」
「何があっても自分を人間だと名乗るような真似はやめておいた方がいい」
「まぁ、今ので大体は察した」
「ボクはやらないけど今でも人間がいたらなぁ、って思ってるロクでもないのはいるからね。絶対に、絶対にバレたら駄目だよ」
「う、うん。でも普通、種族とか聞かれるものなの?」
わざわざ貴方は人間ですか? なんて聞かれる事ってそもそもあるのだろうか?
ホラー作品だとかで、閉じ込められたところに人間の姿に擬態する化け物がいたとして、そいつかどうかを確認するかのように、あんたはちゃんとした人間か? なんてセリフを言う人物はいたとしても、普通に生活をしている上で貴方は人間ですか? なんて聞かれる機会も聞く機会もそもそもないのではないか。
「他所の地区から来た人には聞く事もあるよ」
「そうなんだ」
ユッカの世界で当てはめるなら、それは海外から来た人にどこの国の人かを聞くようなものだろうか。
あぁ、じゃあ、聞かれる事もあるかもなぁ……と納得してしまう。
「でも、ただの人だよ、なんて答えで納得される? 色んな種族の統括が人、みたいな感じなんでしょ?」
ローザとの会話で少なくともそうユッカは受け取っている。
多分言語的に人生をエルフ生だのドワーフ生だの魔女生だのと言うのは語呂が悪いというのもあるのかもしれない。
「そうだね……じゃあユッカ、もしこの先、聞かれるような事になったならその時は」
「ときは?」
「ソルシエルロスって答えるといい」
「ソル……なんて?」
「ボクと同じような魔女だけど、あっちは使い魔とはまた違う相棒として猫と行動している」
「猫……つまり、今の私とローザみたいな? 私魔法は使えないけど」
「それでも、答えられないよりはマシだ。
それにソルシエルロスは一所に固まって過ごしているわけでもない。相棒と各地を巡って見聞を広める旅に出る事も多い種族だからね」
「成程、そういう意味なら打ってつけ……なの?」
ユッカの脳内に、世界的に有名な電気ネズミを肩に乗せて旅をする少年の姿が連想される。
つまりは、ああいう感じだろうか。
でも流石に「いけっ、ローザ! きみに決めた!」とかそういうセリフを言う事はないんだろうなぁ……なんて。
ユッカは思わず現実逃避のように漠然と、そんな事を想像してしまったのである。




