落ちた先で
人違いで異世界召喚というとんでもな体験をする羽目になったユッカは、いざ帰ろうとした矢先に謎の事態に襲われる事となった。
轟音。衝撃。家屋からの脱出。
その場を離れ、安全そうなところまでどうにかたどり着いたユッカはそこで更なる衝撃に見舞われるのである。
「ごめん。すぐには帰せなくなっちゃった……」
しょんぼりするローザ。彼女がどうして黒猫の姿になってしまったのかもわからないが、猫がしょんぼりと背中に哀愁を漂わせている姿にユッカも一方的に責める事はできなかった。
周囲は木々が立ち並ぶ、所謂森のような場所で人の気配も何もない。
とりあえずここで少し休憩しよう、とローザに言われてユッカは「休憩って言われてもなぁ……」と思っていた。
ローザがユッカが持ってきたリュックサックを開けてみて、と言うから言われるままに開けてみれば、中からテントがポンと音を立てて出てくる。組み立てられた状態で、明らかにリュックの中に入らないだろうサイズでである。
「魔法で空間圧縮してるから色々入ってるんだ」
「え、じゃあ別にこれじゃなくても、小さいやつでも良かったって事?」
「鞄同士で空間を繋げてあったから、まぁそうだにゃ」
にゃ、と最後に出た鳴き声に、ローザは誤魔化すように前足で顔を撫でた。
一体全体何が起きているのか。
「あまり時間がないから端折る部分もあると思うけど」
そう前置きして、ローザは今の二人の状況を説明し始める。
まず、先程の衝撃。
どうしてそうなったかはわからないが、それが崩落という現象である事は確かな事実だそう。
崩落、とは? と当然の疑問を抱く。
それにはこの世界の成り立ちについて知る必要があった。
この世界、ロウェルフィセールの中心には光の柱が存在している。
そうローザに言われて思わずユッカは周囲を見渡した。
そうしてずいぶん遠くに、確かに朧気に輝く光の柱のようなものが見えて、あぁあれね、となった。
けれどもその光の柱はハッキリと見えるわけでもなく、所々影に覆われているようにも見えた。その疑問を口に出せば、ローザはなんて事のないように答える。
「それは別の地区だよ」
地区。
ユッカが別の地区から来たものだとローザは思っていたようだし、ここではそれは珍しいものではないのだろう事はわかる。
わかる、が……ユッカの常識とはまた異なるものであるのだろうと思うと、自分が思う地区とはベツモノであるとみた方がいい。掘り下げて問いかければ、ユッカが想像していなかった答えが返ってきた。
世界の中心であるあの光の周囲に、様々な地区が存在している。それはまるで大樹の葉のように。
それぞれの地区はあの光の柱と結びついている。それこそ、目に見えない糸でつながっているかのように。
だが、その繋がりがふとしたはずみで切れる事がある。そうなるとどうなるか。
糸が外れた地区は落ちるのである。
支えを失い落ちていく。その現象をここでは崩落と呼んでいるとのこと。
そうして落ちた地区は世界から切り離されたものとして、やがて消える。
そう聞けばユッカは確かにのんびりできない状況だと理解したのである。
とはいえ崩落したからといって、すぐに消滅するわけではない。まだ少しばかりの猶予はある。
ローザが暮らしていたのはフラワリー地区。
そしてローザの家近辺が落ちた。
だがしかし、どうやらフラワリー地区が完全に崩落したわけでもないらしい。
恐らくは一か所だけ欠けて落ちたというのが正しい。
「つまり、なんかがぶつかってここだけポロッととれたみたいな……?」
「多分その認識で合ってると思うよ。本来のフラワリー地区とこことの繋がりはまだ完全に途切れてないし、フラワリー地区に戻る事ができれば一先ずは安心だと思う」
本当に大丈夫かどうかはわからないが、ここでローザの言葉を疑っていても始まらない。
ローザが信用できない、と言ったところで、じゃあこの先ユッカがどうするべきかと考えれば。
どうしようもないのだ。
明らかに自分が住んでいた世界と異なる常識や理がありそうなところで、特別秀でた何かがあるでもない平凡な女子高生に何ができるというのか。
この世界の常識も知らない以上、信用できようとできまいと、ともあれローザと行動するしかないのだ。
もっとも、今のところユッカは現状が本当に大丈夫かどうかは疑っているものの、ローザ本人を疑っているか? と聞かれれば別にローザ本人を疑ったりはしていない。
「つまり、これから私たちは崩落してないフラワリー地区を目指してここから脱出するって事ね。
……えーっと、どうやって?」
落ちた以上、上がるという考えになるけれど。
道が繋がってるならまだしも、そうじゃなければ空でも飛ぶのだろうか?
「そこはまぁ、なんとかなるよ。最悪ボクがなんとかする」
「そっか」
魔法かな?
内心でそう思う。いっぱい疑問はあるけれど、それを全部口から出していたらローザだって答えるだけで一苦労だろう。今はともかく重要な部分だけ確認して、急ぎじゃない質問は落ち着いてから聞けばいい。
そう考えて、ユッカは次に重要だろう疑問を口に出した。
「ところでローザはなんで猫に?」
にゃうう……と鳴き声半分唸り声半分みたいな音を出して、ローザはその後しばし黙った。
「さっき、凄い衝撃がきただろう?」
それからゆっくりと、とても不本意です、みたいな雰囲気と共に話し始める。
「あー、確かになんかすっごい音がした後地震みたいなのがきたね。あれ震度どれくらいになるんだろ……?」
体感的には結構強めだったと思うが、そう長い時間続いたわけでもなければローザが魔法でバリアみたいなのを張っていたのでユッカとしては「凄かった」以外の感想が出てこない。
「その時に、そのぅ……いくつかの道具が落ちてしまって」
「うん」
「それらが反応しちゃって……」
「うん」
「気付いたら猫に」
「完全にファンタジーなんだよね、それ」
具体的に何がどうしてそうなったか、をユッカは知らない。だがしかし、想像はできた。
ご都合主義の魔法のお薬で動物に変身したりする魔法ありきな世界の話とかをユッカはいくつか履修していたので。つまりそういうアレなんだな、で雑に納得してしまったのである。
「こういった変身薬ってのがないわけじゃないんだけど、今回のは正規の魔法薬じゃなくてその場にあった材料が色々と反応を起こした結果だから……」
「うん。なんか想像できたけど続けて?」
「戻るのに相当時間がかかりそう」
「やっぱりか」
魔法が使える世界の作品でもそういうのあったなー、といくつかのタイトルが脳裏をよぎったのもあってユッカとしてはローザの言葉に驚きはしなかった。
人の形をしたものが猫に変わるという事実には驚いたが、それ以上の驚きではない。
「詳しくはないけどアレかな?
ちゃんとした魔法薬で変身できるやつをうっかり服用したなら解毒剤みたいなのが作れるけど、今回みたいな正規品じゃないやつだと解毒剤の効果もないとか」
「詳しくないっていう割に合ってる。そうだよ、そのせいで薬の効果が抜けるのを待つしかないんだ。下手に魔法で時間を進めても変な作用して中途半端な戻り方をする可能性もあるから、こういうのは本当に時間が解決するのを待つしかないんにゃ……だ」
わざわざ最後の語尾を言い直したあたり、本人も好き好んでにゃーにゃー言ってるわけではなさそうだ、というのはわかるが、それでもなんというか微笑ましさについにっこり笑みを浮かべてしまう。
ローザ的には猫になりたくてなったわけでもないので、ほっこりするのもどうかなと思わないでもないのだが。
(まぁ、人と猫だと声帯も異なるわけで。最初はなんか鳴き声だったから、そこから人間の言葉に切り替えただけでも凄い事なのかも)
ユッカが暮らしている世界の猫ちゃんもたまに人間の言葉に聞こえる鳴き声を発する事はあるが、完全に人語で会話ができる猫ちゃんは流石にいない。
つまり、猫ちゃんの姿で人語を使いこなすというのはとんでもない難易度のはず……ではあるけれど、こっちの世界だともしかしたらそこまででもないのかも。
そう考えると、凄い凄いと言葉に出したら逆に馬鹿にしてると思われるかも……なんてネガティブな想像をしてしまう。
「えーっと、じゃあローザの今の目の色が違うのもその魔法薬の効果のせい?」
「目の色? え? 違ってるの?」
「うん、綺麗な金色」
黒猫に目の色が金色となると、暗いところで見て目が光ってたらさぞびっくりしそうだけど、逆にこれぞ黒猫、といった見た目なのでユッカとしてはおかしいとか、そういう意味で言ったわけではない。
けれどもローザにとってそれはおかしな事らしく、かすかに首を傾げていた。
だが結局考えたところでこれが原因だというものがハッキリしなかったのだろう。
この姿になった時の材料の一部が影響したという結論に至ったようだ。
「考えてもどうにもならない事に思考を費やしてここで立ち止まってるよりは、早く先に進んだ方がよさそうかも。ともあれ戻るまでにどれくらいの時間がかかるかわからないけど、急ごう」
「あ、うん」
「細かい話はもうちょっと落ち着いてからするね」
そう言われてしまえば、ユッカも否とは言えなかった。
移動しながら話すにしても、ローザを肩に乗せたままユッカが移動するならいいが、その場合ユッカの集中力の方が散漫になりかねない。ローザが話をしても肝心のユッカがそれをきちんと聞けていなければ、後になってまた同じ説明をしなければならなくなる。
それはローザが二度手間だよなぁ、とはユッカだって思うわけで。
「じゃあ、早いとこ安全な場所まで行かなきゃね」
ローザに、というよりは自分に言い聞かせるようにユッカは言葉に出したのである。




