クークラの正体
クークラの記憶を見た時間は、長いようで短かった。
一瞬と言ってもいい。
白昼夢でも見たような気持ちになって思わず意識を飛ばしかけたが、しかし次の瞬間城が揺れて、飛びかけていた意識は強制的に戻される形となった。
「ちょっ、何この揺れ、ここ空中だよね!?」
「アタシが倒れた以上、ここはもう駄目ね……」
「あっ、そういう……!」
「えっ、ユッカ何その、そういう、って。何が起きるっていうのさ」
「いいかいロゼ、時間がないから率直に言うね。
この城は、墜落する」
「なんだって!?」
どこか遠い目をして言ったユッカにロゼは思わずぎょっと目を見開いた。
もしかしたら瞳孔も開いて真ん丸おめめになっているかもしれない。
なんでそんな事がユッカにわかるんだい……!? と思わず呟けば、ユッカはそういうお約束ってやつよ……と乾いた声で答えた。
そしてそんなユッカの言葉に、クークラは満足そうに笑った。ふ、と息の漏れる音がロゼの耳に届いて、なんだか釈然としないものを感じる。
「えぇそうよ、アタシが倒れた以上、もうこの城を維持し続ける力も残っていないわ。
ほら、早いとこ脱出しなさい。じゃないと、アタシと一緒にあんたたちの人生も終わっちゃうわよ……」
「脱出って言うけど……そんな脱出できるルートあるわけ?」
ぴくりとも動かないままのクークラは、どこか満足そうに笑っている。
先程までの棘が全部抜け落ちたみたいでユッカとしても戸惑いはあるけれど、しかしそんな事を気にしていられる場合でもない。
「あるわ。この先にいけば一応転移装置があるもの。ただ、他の地区に脱出は無理だけど。ここから行ける転移装置は、ルボワール地区の転移装置よ。
そうね……多分、ここから一番近くのルボワール地区の転移装置は……」
ゴォン! とクークラの言葉を遮るように城の一部が倒壊する。同時に城が傾いて、まっすぐ立っていられなくなる。
倒れたままのクークラの身体もまたゆっくりと下に落ちるように移動していく。
「ほら、早く行きなさいよ。折角アタシの記憶を一部見せてあげたんだから……ここでアンタたちが死んだらその意味もなくなるじゃない……」
あっちよ、と転がりながらもクークラは腕を伸ばし、転移装置があるであろう場所を指さす。
「ユッカ!」
ロゼが叫ぶ。
治癒魔法で怪我を治す余裕も今の状況ではなさそうなのでロゼはユッカに抱きかかえられたままだが、このままでは二人揃ってクークラと同じように傾き崩れていく城と心中しかねない。
「う、うん……!」
ユッカも流石にこの状況はヤバイと察していた。
ゲームなら、イベントとかで脱出口とかに移動しない限りは案外好き勝手移動できそうな状況だが、現実はそんな猶予を与えてくれるはずもなく。
むしろこれ、制限時間ありきで脱出しないといけない系のやつ……! と思いながらもユッカは一度ロゼを抱えなおして、それから重心をやや下にしつつ駆け出した。
「ディオスは大丈夫かなぁ……」
「そういやあの二人どうしてるの!?」
「それがまぁ色々とありまして……」
大丈夫だと信じたいけど、けれどもディオスがもしアーロスを救出してこっちに来てもこっちもヤバイ状況である。いっそそのまま地上に脱出していてくれと思いながらも、引き返したりするわけにもいかず。
ユッカは今までの人生の中できっと今日が一番真剣に全力で走った日だな、なんて思いながらもどうにかクークラが言っていた転移装置の元に辿り着いたのである。
フラワリー地区の転移装置と異なりこちらの転移装置はシンプル極まりないものだった。
行き先は一か所しかないようなので、選ぶ余地もない。
駆け込みそのままの勢いで装置を起動させる。
その頃にはもう周囲の壁や天井も崩壊しつつあるようで、聞いていて不吉極まりない音がそこかしこからしていたのだが。
装置が起動し、次の瞬間にはその音が消える。
どこか見覚えのあるような景色。
「ここは……」
「あっ、最初に来たところだここ」
行き先はルボワール地区だと言われていたとはいえ、ユッカたちが通ってきた以外の場所であれば現在地の把握もままならない。
そうでなくとも簡素な建物の中、特徴らしいものがない以上はすぐにどこであるかを把握できるわけもない……かと思われたが、ユッカの腕からぴょいと飛び降りたロゼが外の様子を確認すれば、呆気なく現在地は判明した。
遠くの方で何やら大きな音が連続して聞こえてきている。
音がしている方角をユッカもロゼと一緒になって眺めてみれば、恐らくは城があった場所だろうか。何かが降り注いでいるように見えなくもなかった。
離れているからもしかして……程度にしかわからないが、もしあの近くにいたのであれば今頃はそんな風に呑気に考える余裕もなかった事だろう。
「随分離れてるのに音が聞こえるって……結構ヤバくない?」
「あの辺りの地上は壊滅的だろうね」
「ルボワール地区に既に誰もいない、って言われてるからあの下に誰かがいて被害に遭うって事はないとはいえ、誰もいない原因を考えると素直に良かったとは言えないかなぁ……」
「うん……」
元はといえばクークラがやらかさなければ良かっただけの話ではあるけれど。
しかしユッカはクークラの記憶を一部とはいえ見せられた。
その結果、クークラの事を全く理解できない存在ではなく、まぁわからんでもない……くらいにはなってしまったので。
結末としてはスッキリしないし、胸にはもやもやしたものが残ってしまったけれど。
「でも、止める事はできた」
「うん」
ロゼもユッカの言葉に頷いて、それから少しして治癒魔法を発動させる。
少なくともここは崩れた城が落ちてくる範囲外であるし、既にここには誰もいないとなれば治すのなら今のうちと判断したのだろう。
「問題はディオスとアーロスか……大丈夫かな……」
「城の落下がおさまってから、様子を見に行った方がいいかもしれないね」
「そうだね。うっかり破片の下敷きになってたりしたら見つけられるかも危ういけど」
むしろそんな事になっていたら見つけた時点で悲鳴を上げかねない。
無事でいてほしい、という気持ちに嘘はないが、仮にディオスがあの後アーロスを連れて城へ戻れたとしても、クークラが指し示した転移装置までたどり着けるかはわからないし、城へ戻らず地上へ戻る方向に舵を切ったとしても、地上に戻る前に城の破片が降り注いで無事では済んでいないかもしれない。
どちらにしても、楽観的に大丈夫だよ、とは言い難い状況であった。
「じゃあ、今のうちに少し休憩しておこうか」
「そうだね」
何をするにしても、どのみち崩壊した城が地上へ降り注いだ後でなければ危険である。
ようやく安全地帯で休憩ができるとなったユッカは椅子を取り出してそこにどっかりと座り込んだ。
「あ゛ー……マァジ疲れたー」
「ホントにね。ボクもまさかこんな事になるとは思いもしなかったよ」
ユッカの膝に飛び乗ったロゼが言う。反射的にロゼの身体を撫でながら、ユッカはそれで、と話を切り出した。
「クークラの記憶を見たわけだけど。ロゼの正直な感想は?」
「え? あぁ……うん」
クークラの言葉に偽りはなかった。
彼女の親がマギサリュクレイアであるというのも嘘ではなかったし、ローザローゼシカと共にいた事もあるというのも嘘ではなかった。
「捨てた、つもりはなかったんだ」
「うん」
「でも、すっかり忘れてた」
「うん」
「だって随分昔の話だったし……」
ロゼの言葉は言い訳に聞こえるが、こちらも言い訳をしようとして言っているわけではなく本心からのものだろう。
ユッカとしてもロゼの言い分はわからないでもないのだ。
「でも、クークラはいつから意識があったんだろう?」
「あれ?」
「ん?」
ロゼの口から出た疑問に、ユッカは思わず膝の上のロゼを凝視した。
「いや、ん? じゃなくて、ちゃんとそこら辺もあったはずだけど?」
「えっ!?」
「えっ?」
ユッカはロゼが何を言っているのかちょっとすぐには理解できなかった。
クークラの記憶は思っていたよりしっかりばっちり知る事ができてしまったから、ユッカとしては成程ね、と思っていたわけなのだがロゼはそうでもなかったらしい。
単純にロゼの読解力とかそういうのが低いのか、それとも別の理由か。
わからなかったので、ロゼから見たクークラの記憶についてを語ってもらう事にした。
結果として、ロゼの知った情報はあまりにもあっさりしていた事が判明した。
ユッカがいやそこもっと詳しくあったでしょ、と思ったからこそ深く突っ込んで聞き返したりもしたけれど、ロゼはわざとそこを端折ったりしたわけでもなく。
ロゼから見たクークラの記憶とユッカが見たクークラの記憶の情報量にかなりの違いが生じてしまっていた、となってしまったのである。
ロゼの見た情報は以前クークラが口にしていた部分が嘘でもなんでもなく真実であった、というのがわかるだけのものでしかなかった。
クークラに力を貸してくれたという存在についてもふんわり存在感があるだけで、個人を特定できそうな情報は残されていない。
だがユッカの方では、クークラが生まれる少し前の部分から知る事となったのだ。
クークラは確かにマギサリュクレイアを母親としている。
しかしローザローゼシカと姉妹というわけでもない。
何故ならクークラは、マギサリュクレイアが娘のために作った――人形であった。




