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ロゼとユッカ~二人がおうちに帰るまで~  作者: 猫宮蒼
一章 道しるべを探す旅

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決着の後に



 城、と言うものの、その中の構造は思っていたよりは複雑なものではなかった。

 だからこそ、ロゼはユッカに引き返すように告げたのである。

 これからロゼが向かう先には間違いなくクークラがいる。

 あまりにも距離があればともかく、ここまでくればクークラの持つ魔力反応で把握は可能だ。

 であれば、会えば戦う事になるのは言うまでもなく。


 あの巨大人形や、フラワリー地区を狙う兵器のどちらにしても、ユッカが何かできるとは思っていない。

 だが、そちらの方がまだ安全だろうというのがロゼの下した判断だった。


 向こうで何かある前にロゼがクークラを倒してしまえば、あとはどうにでもなる。

 そう信じて。



 そうしてたどり着いた先には、お飾りの玉座があった。


 城、といっても形だけそれらしくしたレプリカと呼ぶのもおこがましい代物だ。


 空を飛ぶ、という部分に全てを費やしたかのようですらある。

 だが、それ以外にフラワリー地区を攻撃するための武器……いや、兵器と呼ぶに相応しいものもあるので、この城はきっとその二つにリソースが割り当てられているのだろう。

 あとは巨大人形だが、あれは元々この地区の住人を使ったものであるので城で使われているリソースとはベツモノか。


「猫だけ? 一体何しにきたの?」


 道が迷路のようになっていれば辿り着くまでにもっと時間がかかっただろうけれど、シンプル構造だったためあっという間にクークラが待つ玉座へ。

 猫になって不便極まりないな、と思っていたけれどしかし走った時の速度は猫の方が便利ね……なんて思う暇すらなかった。


「何って、お前を倒しに来たんだよ」


「猫が!? 猫だけで!? はぁ? アタシも随分と馬鹿にされたものね」

「ただの猫だと思ってると痛い目見るぞ」


「できるものならやってみなさいよ!」


 自らの優位を疑っていないのか、クークラは余裕に満ちた態度だった。

 その余裕、すぐに崩してやる……!


 内心でそう思いながら、ロゼは攻撃を仕掛けた。


 猫の姿になったといっても、魔力量そのものに変化はない。

 確かに詠唱をするとなると、猫の姿では発音しにくいものがあったりするが、しかしそれなら詠唱をせずに発動させればいいだけの話。

 並の魔法使いであれば不可能でも、ロゼには容易い事だった。


 そもそも魔法に必要なのは言うまでもなく魔力であるが、あとはどんな魔法を発動させるか、というイメージである。詠唱はそれらを言葉で形作るためのもの。最悪なくたって、己の想像力でしっかりとどんな魔法にするかができていれば問題はないのだ。


 ただ、想像するといってもふわっとしたものでは失敗するので、精密に描く必要がある。

 詠唱はそれらが難しい場合の補助のようなものでしかない。


 具体的な想像ができても、魔力がなければ発動はしないので、魔法の扱いは決して簡単なものでも楽なものでもないのだが――クークラはそう言う意味ではそれなりの実力者であった。

 それを言うのならディオスもそちら側である。

 もし詠唱を毎回して魔法を使うようであったなら、ロゼもあの巨大人形を前にディオスがここは任せろなんて言った時に反対をしていた。


 ある程度の魔法使いは脅威だが、詠唱をしないとマトモに魔法が発動しない程度の魔法しか使えない魔法使いは脅威にもならない。

 敵の攻撃から逃げ回りながら詠唱し、同時に魔法を具現化するための魔力を使うというのは、中々に難しくなるので。


 詠唱すればイメージしなくてもいいというわけではないのだ。あくまでも詠唱は補助。いくら詠唱に具体的な意味を込めたところで一切の想像がなければ威力はたかが知れている。


 マギサリュクレイアの後継を自称するだけあって、クークラの魔法はそういう意味では合格点と言ったところか。

 だが、合格点であって合格ではない。

 何故ならここにいるのは、マギサリュクレイアの娘であるローザローゼシカなのだから。


「このっ、たかが猫の分際で……!」


 いくつかの攻撃を躱され、いくつかの攻撃を無効化された事でクークラの苛立ちが増していく。


 猫の姿は俊敏に動けるけれど、しかし以前とは異なるせいでどうにもやりにくい。

 慣れるまでにはまだまだかかりそうだ。

 そう思ったのは、回避し損ねた魔法の一つがロゼの身体を掠めた時だった。


 離れたところから轟音が響く。

 何事かと思ったが、ここからは何が起きたのかわからない。

 だが――


(想像はつく。多分、フラワリー地区を攻撃しようとしていたやつがどうにかなったはず……)


 この想像が外れていたら大惨事だが、そうだと思う事にする。

 まずはクークラとの決着をつけて、それから他を確認するしかないのだ。


 本来の姿ならきっともう決着はついていた。

 けれど、慣れない猫の姿のせいでクークラとの決着は中々つかない。

 いつもならもっと威力のあるはずだった魔法でも、魔力配分が上手くいかなかったのか思ったよりも威力が低いなんて事も何度かあった。

 しかし何より――


(猫の身体についていけない……!)


 思った以上に素早く動けるのは便利ではあるけれど、ロゼの意識がその速度についていけないのだ。


 思ったよりも跳躍できるし、思った以上に小回りもきく。

 けれどその速度に自分自身もまた振り回されているのだ。


 そのせいで回避したつもりの攻撃に勢い余って命中してしまったり、これくらいの威力なら大した事ないだろうと思った攻撃が掠った直後に吹っ飛んでいたり。

 猫の身体はロゼが思っている以上に軽かった。


 そのせいで、気付けば思った以上に満身創痍である。


 だが――


「な、んで……猫に……負け……」


 それでも、ロゼは勝利を掴んだ。


 本人が思った以上に苦戦してしまったものの、それでも負けるつもりのなかった戦いだ。

 クークラの身体が力なく倒れる。

 倒れた後はもう立ち上がる力もないのか、何度か腕が動いたもののそれも結局は単なる足掻きでしかなかったようだ。


「なんで? なんでぇ……!? 力だって手に入れたのに……それなのに猫に負けたっていうの……!? なんでよぉ……!?」


握りしめた拳が床を叩くが、その力も弱々しい。


「ロゼ! 無事!?」

「ユッカ!?」


 そこにユッカがやってくる。

 決着がついたからいいが、あと少し彼女が来るのが早ければ危ないところだったかもしれない。


 もしユッカがいた状態でクークラと戦っていたのであれば、いくらユッカに護りの魔法をかけてあるとはいえ彼女を矢面に立たせるわけにもいかず、立ち回りに更なる苦労をして負けていた可能性もあるのだ。


「あ、大丈夫そうだね良かった」


 ユッカも決着がついているというのを確認した上で、ロゼに近づいた。

 これで戦闘中だったなら流石にこんな風に無防備に近づいたりはしない。


「それで、なんでこんな大掛かりな事しでかしたの? 聞き出せた?」

「いや、それはまだ」

「ふーん。ねぇ、なんでこんな面倒くさい感じの事してんの?

 ローザへの復讐とかなんとか言ってたけどさ、ローザの家近辺を崩落させてるんなら、そこで終了してるはずじゃん?

 その後でわざわざ自分の力を知らしめるためにフラワリー地区全体を攻撃するにしたって、なんかやってる事手間かけすぎだしアーロス一人残してるのもおかしな話だし」


 倒れたままのクークラにユッカがかけた言葉は特に裏を持つでもなく、素直に思った事をそのまま言ったに過ぎない。


「うっさいわね……あんたに何がわかるっていうの……」

「知らんよ。何も。

 だって別にあんたと私は友達でもなんでもないし、一緒に今まで行動を共にしたわけでもない。

 なんかたまたま遭遇して、たまたまこの事態に首突っ込んだだけであんたの背景なんて知るはずないでしょ。

 あんたに何がわかるっていうのとか言うなら、まず何があったか言ってからにしてくれる? 言った上でこっちが理解できないっていうなら、まぁ、その言い分もわからんでもないけどさぁ」


 生憎ユッカは神様でもなんでもないので、何でもお見通しだとかそんなはずもないのだ。

「言ったところで理解なんてしてもらえない、って思ってるならそれでいいよ。

 こっちもそこまでして知りたいわけじゃないし」

「え?」


 聞き返したのはロゼだった。

 え、聞かなくていいの?

 そんな風に言いそうな声だった。


 だがユッカはそんなロゼに小さく頷いてみせる。


「ここでクークラは負けた。それはどうしようもない事実だ。

 そしてルボワール地区が終わるっていうのなら、君もここで終わりを迎える。

 その事実も変わらない。


 そして私たちは他の地区に脱出して、そうして本来の目的に戻る。

 数日後にはもうクークラなんて存在を綺麗さっぱり忘れてね」


「あ……!」


「君のことなんて何も知らないもの。せめて何がしたかったのか、どうしてこんなことをしたのか、もっと詳しく語るならこっちだってもうちょっと記憶に留めるくらいはするけど、それもないんじゃ早々に忘れるのなんて当たり前。

 他に君の事を憶えててくれる人がいるなら、君がこの世界を生きていた証はあるかもしれないけど。

 でもそうじゃないなら君の存在は世界からも消失する。

 ただ、それだけの話ってやつだよ」


 死というものは二度訪れる。

 一度目は肉体の死。

 二度目は誰からの記憶にも残らなくなった時。


 そんな風にユッカが倒れたクークラを見下ろして言うものだから、ロゼはその言葉に思わず納得してしまっていた。


 何故だろうか。

 ユッカが来る前までは、クークラの事が憎たらしくて仕方がなかったけれど、今はそこまでじゃない。

 いや、確かに自分の母親の後継者を勝手に名乗ってるあたり、なんてふてぶてしい奴め! という怒りの気持ちはあるのだけれど、決着は既についてしまっている。


 ロゼが勝った以上、クークラがそれでもまだ、自分が、自分こそがマギサリュクレイアの後継者だなんて名乗ったところで所詮は口先だけと思えるだけの心の余裕が生まれているから、というのもあるのかもしれない。


「それとも、君に力を貸してくれたとかいう誰かさんがずっと君の事を憶えていてくれるから死んでも構わないとか、そういうやつかな?」


 ユッカがそんな風に言えば、クークラはびくりと身体を跳ねさせた。


 ユッカとしては別に深く考えて言った言葉ではない。

 正直何でこんな事しでかしたんだろう、とかそういう疑問は確かにあるけれど、しかしこれはゲームでもなんでもないのだ。

 そもそもルボワール地区で起きた出来事の最初から関わっているわけでもないし、どちらかと言えばわからない事の方が多いまである。

 中古で買ったゲームソフトの、一度クリアして恐らく二度目のプレイをしてる途中で飽きた誰かのデータから再開しました、みたいな中途半端さをユッカは常々感じていたし、しかもそれが今のユッカにとっての現実ともなれば。


 クークラが何を思っていただとか、そんな事も最後までわからないまま終わったとしても何もおかしな話ではない。

 そりゃあ、気になると言ってしまえばそうなのだけれど。


 けれどものんびりと今からクークラの思い出話に耳を傾ける時間的な余裕もないだろうなと思っている。

 それでも語るつもりがあるのなら、まぁ、聞くけれども……ユッカとしてはそんな気持ちであった。


 アーロスは無事なのかとか、ディオスの事も大丈夫だろうかという気持ちがあるからこそクークラの態度次第ではさっさと終わらせてしまいたい。

 なので下手に話を引き延ばすような態度に出るならその時は……


「そうね、忘れられるのは癪だわ。そこはあんたに同意したげる。

 だから……これを」


 倒れたままクークラは自らの腕を伸ばした。何かを掴もうとするのではなく、何かを差し出すかのように。


 そしてクークラの伸ばした手のひらから、ポッ、と小さな光が灯った。

 淡く輝くその光は、とても弱々しく今にも消えてしまいそうだ。

 だが――


「ユッカ!?」


 ロゼが慌ててユッカの前に飛び出す。

 その光からは危険な気配を感じなかったが、それでも万が一を考えて咄嗟だった。

 護りの魔法をかけている。

 その事実をロゼは一瞬忘却していた。それは単純にクークラとの戦闘で傷ついた事による疲労もあったし、今の今までユッカがこれといって危険な目に遭っていなかったというのもロゼがうっかりする結果となってしまった。


 護りの魔法は確かにかけたけれど。

 ただしそれはユッカが危険な時にしか発動しないものでもある。そしてクークラが今しがた使った魔法は攻撃魔法とは別のものなので、きっと護りの魔法は発動しない。


 ともあれユッカの前に飛び出して、その光を受け止めようとした。

 危険そうな気配はなくても、ロゼはクークラがしようとしている事を悟ったので。


 恐らくは自身の記憶を他者に見せる魔法だ。

 言葉にするよりも直接情報を与える事ができるので便利は便利であるのだが、しかし他人の記憶――それもどれくらいの容量になるかもわからない情報を一度に脳にぶち込まれるのだ。

 もしユッカが耐えられなかったら……!?

 そうでなくともユッカは人間なのだ。

 魔法とは縁のない世界で生きていた相手が、そんな魔法を直接受けようものなら一体どんな反動があるか――


 攻撃魔法などではなくても、ユッカ本人を危険に至らしめるものはいくらでもある。

 護りの魔法とて万能ではない。

 それならいっそ、自分がその魔法を受けてクークラの記憶を見る方がいいと思ったのも確かな事実だ。


「ちょっとロゼ、怪我してるのにそんな無茶して」

「あっ」


 だがしかし、目の前に飛び出してきたロゼをユッカは事もなげにひょいと抱きかかえてしまった。


 そして次の瞬間、クークラの放った光がロゼと――ユッカに命中した。

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