命運を共にしない
フラワリー地区に狙いを定めているらしき物体は、意外とすぐに視認できた。
城に足を踏み入れる以前は動いていないようだったが、今はエネルギー充填してますとばかりに活動しているのだ。気付かないはずがない。
そちらに向かって走っているアーロスを見て、ユッカも走る速度を上げた。
「アーロス!」
「は!? お前なんでこっちにいるんだよ!?」
ある程度近づいたので後ろから声をかければ、振り返ったアーロスは驚きの声を上げた。
ユッカの後ろからディオスの姿も見えた事で、アーロスは思わず足を止める。
「あのでっかい人形は」
「ディオスが倒した!」
「じゃあなんでお前はこっちにいるんだよ!?」
「クークラはロゼに任せてる!」
「猫だぞ!?」
「猫だけど、ロゼをそんじょそこらの猫と一緒にしないでくれるかな!」
元は魔女だ。言えないけど。
今は猫で、人の姿をしていた時と多少勝手は違っても正直ユッカよりロゼの方が圧倒的に強いのは言うまでもない。
ユッカは魔法が使えないがロゼは使えるので。
言っちゃなんだがロゼではなくユッカが一人でクークラに立ち向かう方が余程危険である。
「こっちはこっちでフラワリー地区を破壊しようとしてるやつを止めるのに専念しよう。クークラはロゼに任せて大丈夫だから」
むしろユッカやアーロスがいる方が足手纏いになりかねない。
ディオスは……どうだろう? 魔法が使えるのは確かだけど、先程巨大人形を倒していたのだからそれなりに力は使っているので、こちらもいない方がロゼにとってはいいのかもしれない。
流石にそんな考えを口に出しては言えないので、ユッカはとにかく強気に大丈夫だから! と言うしかなかった。
「まずはあの装置を止めよう。ロゼの所に行くのはそれからでも遅くないから!」
ロゼが負けるとは思いたくないが、ユッカたちが行ったところで勝てる可能性が上がるか……と言われると微妙なので、それならクークラの狙いを阻止した方が精神的な動揺を誘えるだろうし、そうなれば隙ができる。
むやみやたらに突っ込んでいってロゼの足を引っ張るよりは、そちらの方がいいだろう。
城に入った直後の空間はだだっ広いだけの、手抜きか? と言いたくなるようなものだったが、そこを抜ければ案外ちゃんと城らしき内装になっているせいで、目的の場所に一直線、というわけにはいきそうになかった。
「これ魔法で壁ぶち抜くとかは無理だよね流石に」
「やめておいた方がいいと思いますよ」
某ライトノベルでそんな感じでお手軽ショートカットする主人公がいたな、と思ったので言ってはみたが、あっさりとディオスに却下された。
「そこらの一般建築ならいざ知らず、こういったところでは魔法対策もされているでしょうし。そうでなければあの巨大人形と戦った時点であの辺りは崩壊してますよ」
「何それヤバ。まぁ、魔法で建物ぶち壊すとなるとここ地上ですらないもんね……やらない方が身のためって事か」
正直この高さから落っこちようものなら、地上に落ちる前に気絶しかねない。
仮に助かったとしても反動で高所恐怖症になりそうな気がしている。
廊下を駆け抜け、角を曲がり、階段を上がってまた廊下を駆けるも、先に進めそうな通路はない。適当にいくつかの小部屋のドアを開けてみれば、他の場所に繋がっているであろう別の扉があったので部屋の中に入ってそちらの扉を開ける。
「いやこれ絶対外からみた構造と違いすぎでは!?」
「魔法を用いて空間拡張などをしている建物であればよくある話ですよ」
「マァジでぇ!? 土地が狭いとこならいいけどこんなところでよくやるわ」
なんだここダンジョンかよ。
まぁダンジョンみたいなもんだったわ。
内心で自己完結してとにかく駆ける。
救いと言うべきかは微妙だが、ディオスが巨大人形を倒した事で既にもう他の球体人形が出てくる事がない、というのだけは大いに助かった。
これでまだ球体人形たちが襲ってくるようであったなら、移動するだけでも相当な時間がかかっただろうから。
(そう、それこそロン〇ルキアの洞窟のごとく……!)
いっぱい戦闘したいゲームもあるけれど、しかし今回はそういうのを求めているわけでもないのだ。
なので無駄エンカウントは本当に勘弁してほしかった。
とはいえ、エンカウントがないから楽ができる、というわけでもない。
現状楽ができているか、と問われればユッカは即座に首を横に振る。
ディオスが巨大人形と戦ったあのだだっ広い空間からでも、一応城の外側が見えはした。
そこからフラワリー地区を脅かそうとしているらしきブツが見えてはいたのでとにかくそちらに向かってはいるけれど。
途中の道が複雑になってきて、中々目的の場所に辿り着けないのだ。
制限時間ありきな状況であったなら確実にアウトである。
「ねぇこれさぁ! アレ止めるやつってホントにこっちにあるとかなのかなぁ!?」
「知らんが最初に別行動しようとした時にはこっち側にしか行けなかっただろうが!」
「そうなんだけども!」
ディオスが戦うために一人残った時に、巨大人形に踏みつぶされたりしないようにと距離をとりつつ移動した結果、ルートが限られてしまったというのがアーロスの言い分であり、それはユッカもわかっている。
あの状況下で巨大人形を無視して移動するのはあまりにも危険すぎたから。
だが、ふと思ってしまったのだ。
城へ行くためのセキュリティ解除とやらで、塔では最上階から最下層まで移動させられたのだ。
フラワリー地区を滅ぼそうとしている兵器を止めるものが、本当に近くにあるのか、という疑問を持つのも仕方のない話だった。実はこれ逆方向にあるんじゃないの? そんな疑問がよぎった事をユッカが言えば、アーロスも否定はできんな、と頷いたくらいだ。
「ですが、今からまた別行動をするのも微妙なところでしょう」
「そうなんだよね、下手に戻ってその途中でフラワリー地区への攻撃が始まっちゃったらって思うと……あぁもうやり方がヤらしいよねクークラは!」
悪役としてならちゃんと機能していると言えるが、現実でそれをやられると困るのは言うまでもなく。
(あれが動き始める前にロゼがクークラを倒してくれるっていうのが一番いいんだけど……!!
どうかな? どうだろう?)
話しながら走ると余計疲れるので口を閉じて、ユッカはとにかくアーロスの後ろを走り続けた。
これで止める装置だとかが反対側にありました、なんてオチであれば最悪だったが幸いな事にそうはならなかった。
今までの塔を思い返すとそういうのがあっても何もおかしくなかったが、流石にそれが続くとこちらもそのパターンでもって動くとでも思われていたのかもしれない。
制御装置と思しきものは、いかにもこれがそうだとばかりにドンと設置されていた。
「色んな意味で雑ぅ……」
「その雑さに今回は助けられておりますが」
「そうなんだけどもさぁ……
でもこれどうやって止めるの?」
それらしき装置はなんというかとても無造作に設置されている。
一つだけであるのならまだ悩む必要もなかった。
けれどもそれらしき装置は二つあり、片方はレバーが二つついているもの、もう片方はボタンが一つだけこれみよがしに目立ったものである。
シンプルすぎてちょっと意味が分からない。
いやあの、こういうのってもっとこう、なんかさぁ、ねぇ……? と誰に同意を求めればいいのかわからない反応をしつつも、ユッカはそれぞれの装置を見た。
ミサイルの発射ボタンだけ、とかいうのならまだわかりやすいのだが、それぞれの装置には特に何かが記されている様子もない。
「これ片方が発射装置で片方が停止するやつとかそういうオチない?」
「可能性としてはありますが……」
「いいや、違う……」
「アーロス?」
困ったように装置を見るユッカと、恐らく困った反応をしているであろうディオスとは違い、アーロスの声には確信めいたものが宿っていた。
「少しだが思い出した。
以前あいつと対峙した時にあいつは確かに言っていたんだ。
ただ、あの時の俺はそれが何を意味するかを理解できていなかったが」
たった一人になったあんたにはもうどうする手立てだって存在してないんだから!
そんな、かつてクークラが言い放った言葉がアーロスの脳裏でクークラの高笑いと共に再生される。
まだ村の誰かが残っていたのなら、彼女を止める手立てとして手伝ってもらう事もあったかもしれない。
けれどもそれらを全て封じられて、記憶さえ自分自身のものなのに重要な部分は封じ込められて。
思い出せないなりにそれでも何かを訴えるようなものは確かにあって。
焦燥のままに駆け出して装置に向かいはしたけれど、この二つの装置を見てあの時の言葉が明確に思い出されたのだ。
「一見すればどっちかが止めるやつでどっちかが攻撃開始っぽく見えるが、そうじゃない。どっちも止めるやつなんだ」
「え、そうなの?」
「攻撃開始の合図なんて必要ないからな。その時がきたら勝手にそうなるようにしてあったし、邪魔をするであろう俺は記憶を封じ込められていた。あえて時期を早める必要はどこにもなく、ただタイムリミットを待てばそれで終わる話だった」
「あー、まぁ、味方もいないなら確かにそうかもね。
複数名の手が必要なのに一人しかいないなら……や、でもこれ頑張れば一人でもいけそうじゃない?」
アーロスの言葉に頷きつつも、ユッカはそれぞれの装置をじっくりと見る。
ボタンがある方は一つなので、それをポチッと押せば済む。
レバーの方は二つレバーがついているので両手を使う他なさそうだが、頑張れば道具とかでどうにかできそうな気がしてくる。
「恐らく同時にやらなきゃならんのだろうよ。じゃなけりゃクークラが勝ち誇る意味がわからない」
「まぁそうね。定番っちゃ定番か……しかもレバー同士が若干距離あるし、ボタンの方もとなると確かに一人じゃ厳しいか……」
レバーは一人で頑張れば両手でどうにかできるけど、同時にボタンもとなると足で押すにしたってだ。
目いっぱい足を伸ばしてその上で更にボタンのあるところまで足を上げなければならない。
柔軟性が試される仕様である。
というか、恐らくこの中の誰が頑張ったところでギリギリ届かない気がしている。
アーロス一人にまかせっきりにしなくて良かった……と思いながらも、ユッカはとりあえずレバーのある装置へ向かった。そうして一つのレバーに手をかける。
見たところこれをぐいっと前に突き出すように押せばいいだけだ。
だが――
「かっっっっっっっっった……!!」
ぐぎぎ……! と力を入れつつも動かそうとするが、ロックされてますよと言われたら信じてしまいそうなくらいガッチガチに固まっている。
安全装置とかもしかしてついてたりする? と思ってレバーの周辺を見てみたが、そういったものは見受けられなかった。
「思った以上に重労働になりそうですねぇ……」
言いながらもう片方のレバーにディオスが手を添えた。
「あー、嬢ちゃん、そっちは俺がやるからボタンの方頼むわ」
「そだねぇ……お任せするわ。いやマジでかったい! なんなのこれ」
レバーにかけていた手の平部分が地味に痛い。軽く手を振って痛みを振り払うようにしてはみたものの、正直気休めでしかなかった。
「ボタンの方もガチガチで押し込めないとかないよね……?」
「そっちは多分大丈夫だろ」
「そうである事を祈るしかありませんね」
何一つとして安心できない気休め以下の言葉に、ユッカはともあれボタンの前に移動する。
「じゃあ、そっち大丈夫そうなら声かけて」
「おう。いくぞ。
せー、のっ!」
アーロスの声を合図に、ディオスはアーロスと同じタイミングでレバーを前に押し倒した。
ユッカも万が一を考えて、渾身の力をこめてボタンに全体重をかける勢いで押す。
その結果どうなったかというと――
ガコン、という音と共に、足元が傾いた気がした。
「え?」
「ん?」
「おや?」
傾いた、と思ったのは気のせいではなかったようで、それぞれが顔を見合わせる。
ギラギラと眩い光を集めていた兵器は相変わらずで、光はあるがそれらが向けられていた方角が変わった気がする。
ワンテンポ遅れて、ユッカたちの目の前に船が出現した。
船と言っても大きな木をくりぬいて作ったようなとても簡素な代物である。
座って乗るには難しいような、立って乗る事を強いられていそうな見た目。
かろうじて人が乗れそうな場所は、しかし僅かなスペースでどう頑張っても二人しか乗れそうにない。
「おい、俺ら落ちてるぞ」
「えっ!?」
なんで船が? なんて思う間もなかった。
焦ったアーロスの声に何を言っているんだなんて突っ込む余裕もなく、ユッカの足が床から離れる。
傾いた気がした、なんてどころの話ではない。
城の一部が切り離されて、ゆっくりとではあるが落下している。
重力とかどうなってんだと言いたいが、ユッカからすればここは異世界。物理法則だとかが自分の知ってるそれと同じだと思うのは明らかに間違いである。
「船、これちょっと浮いてない?」
「乗れ、という事なんでしょうねぇ。ですが……」
「これどう頑張っても二人乗るのがやっとじゃん!?」
しかも立って乗った挙句、お互いに密着していないと上手くバランスがとれなさそう。
なんて言っている間に、兵器の方に集められていた光が徐々に薄くなる。
城から切り離された事で、エネルギーが集まらなくなったのだろう。
だが……
「えっ、落ちてるって事はじゃあ、地上に真っ逆さまって事だよね!?」
咄嗟に窓の方に視線を向ければ、本体と言っていいかも微妙だが城の大半が上に見えた。
塔を延々のぼらされて、更にそこから空高く移動して。
そうして今いるのがここだ。
つまり、そこから落ちるという事は。
「えっ、潰れたトマトの出来上がりって事……!?」
冗談ではない。
だがしかし、ユッカがとれる手段はなかった。ロゼがいない今、ユッカに魔法という便利な手段はないものなので。
「お前らそれに乗れ。浮いてるって事はそれに乗って脱出しろって事だろきっと」
「クークラが仕掛けたやつだよホントに大丈夫!?」
「言ってる場合か。それしかないだろ。魔法で飛ぶにしたって、限度があるだろ!」
「まぁそうだけども!」
アーロスにつられるようにしてユッカも大声を出す。
ディオスが魔法を使えるとはいえ、流石に全員をどうにかできるかまではわからない。
「でもそしたらアーロスはどうすんのさ」
「あのなぁ、俺の背中にあるやつ見て言ってるか?」
背中、と言われて改めてユッカはアーロスを見た。
「あ」
「俺には羽がある。だから、お前らがそれに乗れ」
言われてみればそうだった、と納得して、そろそろ傾きすぎてマトモに立てそうにない床から船に飛び乗る。
(日本昔話に出てくる漁師の船よりしょぼいんだけど大丈夫かな……)
絵本だとかアニメだとかで見た木の船よりもシンプルすぎて不安しかない。
かろうじて船の形をしてはいるが、これが本当に水に浮くかも疑問なのだ。
とはいえ水もないのに浮いているので、大丈夫だろうとは思うのだが……
ユッカが乗って、それから次にディオスが乗る。
「失礼しますよ」
「わ、っと……」
座れるような余裕もないし、立っているからとはいえ密着度合は通勤ラッシュ時の満員電車レベルである。
むしろしっかりくっついていないとうっかり落ちそうで怖いので、ユッカは遠慮も何もなくディオスの服を掴んだ。
二人が乗った事を確認したかのように、船は滑るように移動を開始する。
切り離された事で城にくっついていたはずの部分から徐々に崩れていき、ぽっかり開いた穴になっているそこから船は大空へと飛び出した。
向かう先は、切り離されて既にそれなりに上空にあるクークラの城である。
「地上に戻されるんじゃなくて、あっちに戻る感じなのね」
「仮にアーロスが一人でここに来て、装置を一人で止めるという事ができたとして。
その後決着をつけるためのもの、だったのかもしれませんね」
「あの装置を一人で止めるのは無理じゃね?」
「それはそうなんですが、それでも万が一奇跡が起きる可能性を考えたかもしれないじゃないですか」
「まぁ、この船がなかったら私たちも大惨事だったからとやかく言える感じじゃないんだけどさぁ……」
ぐんぐんと速度を上げて上昇する船ではあるけれど、普通に立っているだけなら特に問題はなさそうだった。揺れるとか、バランスがとりにくいだとか、そういった事もないままに船は城を目指している。
そうして思っていたよりも早く、船は城へとたどり着いた。
ディオスが巨大人形と戦った空間にまでやってくると、船はぴたりと動きを止める。
「あー、別に揺れて怖かったとかじゃないけど、ついでにここもまだお空の上なんだけど。でも地面の安心感よ……」
ロゼがいないという状況で危うく超高度からの落下という事になりかけていたために、余計に地面の偉大さを実感する。
「ではあとはクークラをどうにかするだけですね」
「うん、多分ロゼがなんとかしてくれてるとは思うけど」
「ユッカさん、一人で行けますか?」
「え? うん、行けるけど、ディオスは?」
「アーロスを待ちます。いくら羽があるとはいえ、この船ほど速くは飛べないでしょうから」
「そっか。うん、わかった。じゃあ私先に行ってロゼの様子確認してくるよ」
「えぇ、後で会いましょう」
ユッカとしてはロゼに足手纏いになるだろうからとこちらに寄こされたのだが、こうなった以上行かないという選択肢はない。
先程進みかけて、途中で戻る事になった道を再び進む。
そんなユッカの背を見送ってからディオスが船に目を向ければ。
「使用は一度きり、というわけですか……」
船は役目を終えたとばかりに、キラキラと光り輝きつつ消滅するところだった。




