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ロゼとユッカ~二人がおうちに帰るまで~  作者: 猫宮蒼
一章 道しるべを探す旅

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任されたものは



 ――第一印象は変わった人だな、である。


 ディオスは自身が周囲からどう見られているかを理解している。

 光を透かしたところで見えないくらいの真っ黒な布。

 それで目を覆っているのだから、周囲からは盲目なのだと思われる事は良くある話だ。

 ただ、別に見えないわけではない。

 見えている。


 見えすぎているから布で覆っているわけではない。

 けれども見えている、と理解すると次に起きる感情は好奇心である。


 どうして布を巻いているの?

 見えているのなら巻く意味なくない?

 ねぇ、ちょっとでいいから見せてよ。


 旅の途中で知り合って、多少なりとも交流があった者にはいずれかの言葉を言われている。


 怪我をしているのなら、魔法で治してあげようか?


 そんな風に言われた事もあった。

 親切で言ってくれているのはわかるけれど、しかし生憎怪我をしているわけでもない。


 傷痕が……なんて下手な嘘を吐けばだったら治してあげるなんて言われる事もあるが故に、ディオスは怪我をしているとは決して言わない。


 それに……治癒魔法で治るものではないのだ。

 下手な小細工をするよりも、だったらいっそ物理的に隠してしまえば済む話。


 けれども人というものは、隠されていれば知りたいと思う者が実に多く存在している。


 うっかり道中で行き倒れていたディオスを助けたユッカも、当たり前のように好奇心でもって目について聞いてくるかと思っていたのだ。これでも。


 むしろ、意識を失っていた間に布を勝手に外されていたっておかしくはなかった。

 もしそうなっていたのなら、その時は……少々手荒い方法であっても相手の記憶を抹消しておかなければならなかったのだが、布に触られた形跡すらなかったのだ。


 ソルシエルロスなんて大半は好奇心の塊だというのに。


 相棒であろう猫も落ち着き払っていて、まるでお目付け役のよう。

 けれどもその割に、ユッカという少女も勢いだけで行動に移るような無鉄砲な者ではない。


 ディオスとて長い間旅を続けていたのだ。

 ユッカ以外のソルシエルロスとだって会った事はあるし、言葉を交わした事もある。

 

 過去の例から落ち着きのないソルシエルロスにお目付け役として落ち着いた性格の猫がつく事はあったけれど、ユッカはそれに当てはまっていない。

 もしかしたら、自身の相棒は何らかの事情で失って、他の猫が後になって新たな相棒となったのかもしれない。そういうケースは稀にある。


 だが二人の間を流れる魔力はほぼ同一で、綻びのようなものはなかったように思う。

 魔女と猫との魔力が同一の波長であるなんて、それこそ生まれた時から長い年月をずっと共に過ごしていなければ……いや、過ごしていたってあり得ないのに。


 気になりはしたけれど、しかしディオスは相手の事情に踏み込まなかった。

 向こうがこちらに踏み込んできたのであれば、同じように踏み込む事もしたかもしれない。

 だが、そうなる前にこちらから踏み込む真似はしたくなかった。


 ともあれ、助けてもらった事実に変わりはない。

 踏み込んでほしくないところまで向こうが踏み込もうとしない限りは、恩を返すという言葉にも偽りはない。

 フラワリー地区の町に戻ってきた時点で、適当な事を言って別れる事だってディオスにはできたのだ。けれどもそれを自ら拒んだ。


 あの二人には何か面白い事が起きそうな予感がしたからだ。


 まぁ、既に起きているのだが。


 スヴェトゥリィを探しているという点から、何らかの魔法儀式を行うつもりであるのは理解できた。

 ルボワール地区で見た事があるというのは嘘ではない。

 嘘ではない……が、随分昔の話であるので既にいない可能性は高かった。

 それでも、元々警戒心の強い鳥だ。いなかったとしても、ディオスが何らかの責任を取る必要はどこにもなかった。


 もっとも、クークラがこの地区の人々を全て捕らえて消費しているとは、流石にディオスだって思ってもいなかったのだが。


 善人もいれば悪人もいる。

 フラワリー地区で悪戯をしている魔女というのも、そういう意味では別に珍しい話ではなかった。己の力に溺れる者なんていうのは、それこそどこの地区でもありふれている。


(そう、別に珍しい話ではない。

 ない、のですが……)


 その気になればディオスなんて簡単に踏みつぶせそうな巨大な人形が、思ったよりも素早い動きで拳を叩きつけてくるのを躱して、小さくため息を吐く。


 アーロス。

 ルボワール地区で出会った、唯一の生存者。


 クークラと何らかの関わりがあるようで、しかしクークラによって記憶の一部を封じられているらしく、あるはずの因縁をコロッと忘れている男。

 ただ、忘れているといっても綺麗さっぱり記憶を消されたわけではなく、奥底に沈められているようなものだ。


 ここに来るまでの間、夜が来てテントの中で休む際、アーロスはよく魘されていた。

 それについては球体人形にかつての村人の魂がぶち込まれている挙句、倒してもその場で消滅もできずまた別の人形に入れられて苦痛を繰り返し体験している、なんていうのを何度も見ているのだ。しかもその人形を倒しているのはこちら側。

 助けたくとも手遅れで、助けられなかったが故に何度も知り合いの断末魔を、恨み言を聞かされ続けている。


 精神を病むのも仕方のない話だ。

 唯一の生き残りであるが故に、助けられる存在は自分しかいないと思っていても何もおかしくはないのだから。

 勿論その場にはユッカやディオスもいるけれど、こちらはアーロスと比べれば村人たちには何の情も持ち合わせてはいない。

 そりゃあ、ちょっとくらいは助けてあげられなくて申し訳ないかな……という気持ちはあるけれど。

 だがクークラのやらかし度合いからして、こちらが完全に相手を救えるかとなると無理なのだ。

 なのでこちらとしては割り切っていられるけれど、アーロスはそう簡単に諦めたり割り切れるものではないはずで。


 自分がここに残ってこの巨大人形を相手にする、と宣言しておいて良かったと思う。

 アーロスを残したところで数秒で死んでいたに違いないので。


 自分の事を踏みつぶそうとしている人形には悪いが、踏まれないように足元を移動して人形のバランスを崩す。そうして体勢を立て直す事もできないままに転倒した人形に、ディオスはすぐさま魔法をかけた。

 魔力を編んで作られた糸でもって縛り付けていく。


「生憎と、貴方たちが救われる道は既にないんですよ。もしかしたらあると聞いていたのかもしれませんが、それは嘘です」


 そうしてそんな事を言えば、人形の口からは複数名の叫びが一斉に飛び出してきた。

 嘘だ嘘だ信じない!

 叫びの大半はそんな言葉で満ちていた。

 無理もない、とは思う。

 助かると信じて、その上で何度も苦痛に晒されてきたのだ。

 けれどもそれが、前提から覆されたとなれば簡単に信じたくない気持ちは充分すぎる程ディオスとて理解はできる。


「信じなくても構いません。理解してもらおうとは思っていませんから。

 ですが……貴方たちがどう聞いているのかは知りません。えぇ、そこを聞いたところでどうにもならない事なので。


 ですが既に貴方たちの肉体は『無い』のでしょう? 肉の一塊、骨の一欠けら、血の一滴。何も残さず使われた。残されたのは魂だけ。

 仮に解放されたとして、その後の魂の行き先がどこになると思っているのですか。

 そうでなくとも、何度も傷ついた結果もうボロボロなのに」


 アーロスが理解しているとは思っていない。

 あのちょっとちぐはぐなソルシエルロスは、果たしてどこまで把握できているだろうか?


 肉体から精神だけを引っこ抜いて人形に移したとでも思っているかもしれない。

 確かにそれならまだ、助かる道はあったと思う。

 肉体が残っていて、そこに精神を戻す事ができるのであれば。


 だが、クークラは――いや、彼女の後ろにいるであろう協力者は。

 そんな優しい方法を選ばせなかった。


 アーロスを精神的に甚振るために、彼の知り合いである村人たちだけを何度も球体人形に閉じ込めては繰り返し襲わせてきた。

 そもそもの話、一度目の襲撃で倒された時点で魂は壊れていてもおかしくはなかったのだ。

 それをあえて復活させた。魂だけが復活したところで本来の器が存在しない以上、仮初の器である人形にまた押し込まれる形となる。


 肉体の怪我は治癒魔法で治せるけれど、魂はそうもいかない。

 だが何度も彼らは復活しているのだ。


 そのために使われるリソースは何か。

 簡単な話だ。

 彼らの肉体、それ以外のルボワール地区で過ごしていた者たちの存在。

 そういったもの全てを使い、彼らだけが何度も苦しみを繰り返していた。


 どうせ助からないのなら、彼らの贄として使われた他の住人たちの方が苦しみは一度で済んだだけマシなのかもしれない。

 無理矢理に他の生命を修復に使った結果、魂の形はどうしようもない程にいびつになってしまっている。しかし悲しい事に当の本人たちは自身の魂が歪みきった事に気付かない。気付けない。


 気付いたところで発狂するだけだし、気付けないようにされているのかもしれない。


 ちょっと考えたらわかりそうなものではないか。

 今までは一つの人形に一つの魂が閉じ込められていたけれど。

 今は一つの人形に全ての魂を無理矢理詰め込んでいる状態なのだから。


 人形が大きいからといって、複数の魂を入れて問題がないとは言えるはずもない。

 むしろ人形を動かす時に内部でぶつかり、弱っている魂から他の魂に吸収されて最終的に一つの塊になったとしても。それが最終的に一人の人となるわけではないのだ。

 傷つき歪んだ魂を集めて固めたところで、そんなものは異常でしかない。


 事実、ディオスには見えていた。


 人形の内部で無理矢理一つに纏められかけた魂が、しかし端から崩壊していく有様を。


 動きを封じた今、このまま放置しておけば後は勝手に魂が崩れ、消滅して終わりを迎える。


「けれどもそれは流石に同情します。

 せめて、安らかに眠りにつけますよう――」


 口々に喚き散らしている者たちに、ディオスの言葉が届いたかはわからない。

 ディオスにとっては聞こえていようといまいと同じ事。自己満足でしかないかもしれないが、最期まで苦しみ続けなければならないような業を背負ったわけでもないのだから。


 だからこそ安らかに終わりを迎えられるように。


 ディオスは魔法を発動させていた。


「あ、あぁ……痛くない……!?」

「助かるのか? 助かるのか俺たちは……!?」

「帰りたい」

「お母さんどこ……?」


 そんな言葉が人形の口から一斉に溢れる。


 同時に、人形の身体が緩やかに崩れていく。

 淡い光に包まれて、さらさらと砂が風に運ばれるように。


「ごぶっ!?」


 それを見届ける途中でディオスは咄嗟に口を覆うように手で押さえた。

 それとほぼ同時に咳き込む。


 げほっ、がはっ、と苦しげに何度か激しい咳を繰り返して。

 押さえた手には、真っ赤な血がついていた。


 はぁ、はぁ、と何度か大きく息を吸って、吐いてを繰り返して。

 手の甲で口元を拭う。

 手の平程ではないがそちらも真っ赤に染まった。


「同じようにしたかったんでしょうか……だとしても、決して同じにはなれないでしょうに」


 ドロシー……と、その部分だけは声は掠れて、言葉を発したディオスですら聞き取れないものになっていた。

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