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ロゼとユッカ~二人がおうちに帰るまで~  作者: 猫宮蒼
序章 家までが遠い

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3/9

チュートリアルもままならない



 その後は途端に慌ただしくなった。

 ユッカが、ではない。ローザが、である。


 召喚した部屋を調べた結果、ユッカが来たであろう道は判別できたらしいので、帰す事は可能だが、こういった儀式というものは必要な道具を揃え、然るべきタイミングで行わなければならない――らしい。

 ユッカは実際に魔法がどういうものなのかを知らない。

 ある作品では想像力を魔力という力を使い具現化させるものであるだとか、神々が与えたもうた力であるだとか。ゲームのように特定の技として使うものでしかない、何でもできる力というわけでもない代物だとか。


 とりあえず呼び出したのが夜になってしまった以上、帰すためには反対の朝である必要があるとの事。


 あ、なんだ。ちゃんと帰れるのか。


 それを聞いて思ったのはこれだった。

 だって召喚されたらもう二度と帰れない、なんて作品だってあったのだ。

 帰る事ができる、というのならもうそれで充分だと思えた。


 帰すにあたって、ちゃんと呼び出した時間とほぼ同じ頃に帰す事が可能というのもあって、異世界から帰ったら数年が経過してました、なんていうどこぞの亀を助けた男のような事にもならない。ちゃんと自分が直前にいた場所に戻れるというので、雪花はちゃんと祖父母の家の居間に戻る事ができるのだ。


 というわけで急遽一晩ユッカはローザの家に泊まる事になってしまった。

 ところで、とユッカは黄泉戸喫の可能性もちらっと考えていたのもあって、ローザが出してくれたお茶に未だに手を付けていなかった。異世界の物を不用意に口にした事で、本来の世界とは異なる因子を取り込んだせいで帰れなくなった……なんて事になったら一大事である。


 そういう可能性はないか、と聞いて、もしその可能性がちらっとでもあるのなら、一晩飲まず食わずを貫くしかない。


「そういう話はないと思うけれど……余程おかしな力を取り込んで本来の生命とは別の形になった、とかならまだしも、普通にご飯を食べたくらいじゃ影響はないと思う。

 こちらが貴方をこの世界に留めておきたい、という意思があって何かを仕掛けるのならともかく」

「じゃあ、このお茶も飲んで大丈夫なんだね?」

「あっ、そういう心配……!? 勿論なのだわ。貴方の事は明日の朝にきちんと帰すから安心して」



 ――と、まぁ、懸念はひとまず消えたのである。


 その後は時間も時間だから夕飯にしましょう、とローザが言って、お客様が来たのなら少し豪華にしちゃおうかしら、なんてウキウキした様子でご馳走が並べられる。

 食事に関しては異世界でもユッカの世界の料理とそこまで違いはなさそうだった。

 わけのわからない生き物の丸焼きとかがドン! と出てきたらどうしようかとか、そんな想像は無意味に終わった。


 お客様が来ること事態珍しいから、と楽しそうなローザにやたら豪華なネグリジェを出されたものの、流石にそれを自分が着るとなると尻込みするしかなく、ちょっとした攻防戦が繰り広げられたりはしたものの。


 概ね平和に一夜が過ぎた。



 そして翌朝。

 焼きたてサクサクのクロワッサンとベーコンエッグ、フルーツが添えられたヨーグルトと紅茶、という朝食をいただいた後で、ユッカとローザは再びユッカが召喚された部屋に戻る事となった。


 ここまでは、何の問題もなかった。


 異世界に来た、という事実は浮足立つものがあったとはいえ、帰れるならもうちょっと滞在しようかな、とはユッカは思わなかったのだ。ローザがいつでも帰せると言ったとしても、異世界でユッカは一文無し。観光には金がかかるが、金を得るためには働かなくてはならない。流石にローザにたかるわけにもいかないし。いくらなんでもどうかと思っている。


 流石にそこまでして滞在期間を延長したいとユッカは思っていなかったし、今回の事は少し不思議な体験をした、という事で早々に終わらせるつもりだったのだ。

 昨夜、窓の外が真っ暗でほとんど外が見えず、朝になって窓から見えた外の景色に色々と聞きたい事はあったけれど、下手に興味を持っても仕方がない。


 だからこそ、ちょっと不思議な夢を見た。

 そういう感じで今回の事は終わるはずだったのだ。



 送還のための魔法陣をローザが描いて、外側の円の部分にいくつかの物を置いていく。

 触媒とか媒体ってやつかなぁ……と漫画で見た知識からうろ覚えな事を思いつつユッカはそれを眺めて――



 ゴガシャン!!


 そんな音が響いたのは突然だった。

 同時に床がぐらりと傾く。


「うわっ!?」


 地震かと思ったがすぐにそうじゃないと思い直すも、じゃあ何が起きたのかユッカにはわからなかった。


 ローザも「きゃあ!?」と悲鳴を上げたが、すぐに何が起きたのか把握したのだろう。


「伏せて!」

 言って咄嗟に何かの魔法を発動させる。


 それが伏せたユッカを覆うように広がった事で、バリアみたいだな、なんて思った矢先に――



 凄まじい音を立てて、下に落ちる感覚がした。

 ユッカだけではない。建物ごとだ。

 落ちるのなら、上はともかく下はローザの魔法の効果があるかもわからないし、これ本当に大丈夫!? と思ったもののそれを聞く余裕はなかった。


 大丈夫だった、と知るのは完全に落下した後の事だ。


 建物ごと下の方に落ちるような感覚がして、実際本当に落下したのだろう。壁際にあった棚に並べられていた物は落ちてしまったし、瓶は割れ中身が零れているものもあった。

 建物が完全に崩壊していたら下敷きになって死んでいたかもしれない……そう考えると今更のように寒気がして、ユッカは無意識に自分自身を抱きしめるようにしていた。


 にゃあん、という猫の声が聞こえたのはそのすぐ後だ。


 猫? と思いながらそちらを見れば、真っ黒なにゃんこが盛大にきょどっていた。

 なんで? と言い出しそうな勢いの猫を見て、それからふと気付く。


「あれ? ローザは?」

「にゃあん、にゃ……ボクがそうだよ!」

「うわ喋った!?」

「喋るよそりゃあ。あ、いや、それどころじゃない。ごめん、ちょっとボクの部屋から適当に鞄を持ってきてくれないか!? 大急ぎで!」


「ローザの部屋ってどこ!?」

「二階の一番奥!」


 わけがわからない。一体何があってどうしてこうなっているのかを聞きたいが、しかしローザの切羽詰まった声から本当にそれどころではないとユッカも感じ取れたので、わけがわからないなりにまずは部屋を出る。

 二階はそもそもユッカは足を踏み入れた事のない場所だ。ユッカが泊まったのは一階の客室だったので。

 一番奥、一番奥……と呟きながらも階段を駆け上がり、小走りで廊下を突き進んでローザの部屋と思しき部屋のドアを開ける。


 どの鞄か指定されていなかったのは、すぐに察した。


 ドアを開けた真正面にはいくつかの鞄が置かれていたので。


 ちょっとした小物しか入らないような小さめのポーチと、同じくデザインは可愛らしいがやっぱり大して物が入らないような小さめの鞄。革製のシンプルなリュックサックと、旅行の時くらいしか使わないようなスーツケースらしきものがそこにドン、と置かれているのである。


 適当な、と言われたものの、鞄を持っていって何をするのかがわからない。

 大は小を兼ねると言うが、一番大きいやつは持って行くのが大変そうだったのでユッカは咄嗟に馴染みのあるリュックサックを手に取った。

 それからすぐに踵を返してローザがいる部屋まで戻る。


「持ってきたよ」

「ありがとう」


 うにゃう、と小さな鳴き声がしたかと思えば、室内にあった物のほとんどがリュックサックの中に入っていった。

「さ、急いで出るよ」

「出るってなんで!?」

「崩落したからね。このままだと帰れないし、ボクも危ない」

「え、え? え!?」


 やっぱりわけがわからない。

 わからないけれど、このままここにいるのが危険だというのは理解できた。


 わけがわからないなりにユッカはリュックサックを背負って、そうして両腕を伸ばす。

 今のローザは何故だか猫ちゃんの姿なので、自分が抱きかかえて運んだ方が確実だと思ったのである。先導された状態で猫の後ろをついていくにも、うっかり蹴飛ばしたらと考えてしまったらそうするしかなかった。


 ローザはユッカの意図を把握したのか、その腕をすり抜けるようにしてぴょんと跳んだ。そうしてユッカの腕の中――ではなく肩に乗る。

 空振った腕の行き場にちょっとだけ戸惑ったものの、まぁいいかとすぐさま思い直して。


 そうしてユッカは大急ぎで外に出た。


「うわ何これ」

「崩落したって言っただろ。急いでここから離れよう。とりあえずはあっちの――うん、あっちはまだ大丈夫そうだから、まずは向こうに」


 向こう、と言われてユッカが視線を巡らせば、大きな地震でも起きたのかと思うくらい地面が滅茶苦茶になってる周辺の中でも、比較的マシな部分が目に映った。ローザの言う『あっち』で間違いないだろう。


「これどこまで行けばいい感じのやつ!?」

「荒れてないところまで」


 具体的な距離を言われなかったので、まぁローザでもわからないんだな……と内心で思って。


 朝、窓の外から見た景色は綺麗だったはずなのに、今では見るも無残な状態だった。

 確かにこんな所にいつまでもいたら危険だろうな、とユッカも理解できたので事情がわからないがここで事情がわかるまで動かない、なんて選択肢を選ぶつもりもない。


 ともあれユッカは、凸凹な既に道とも言えないような地面を転ばないよう気を付けながら進んでいったのである。

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